③「王とわたし」
長い廊下をツーティア国、国王陛下親衛隊隊長のシュナイト・ストラルドブラグは早足で進む、後ろに続くのは侍女の格好をしたモモ・ハルヴァート。
ほぼ小走りしている位のスピードでシュナイトは歩いていたがモモは遅れる事無くぴったりと後をついて来た。そして一際豪華な装飾がされた大きな二枚扉の前で止まった。
「ここが陛下の執務室です。…失礼の無い様に」
―無理だと思うが…シュナイトは声には出さず心の中で呟いた。
部屋に入ると一人の男がどっかりと休憩用の椅子にもたれかかっていた。
「陛下、先日お話した護衛の者です」
「モモ・ハルヴァートだよー」
「……………」
やはりダメだったかとシュナイトはため息をつく。見た目は洗練された侍女そのものだったが中身が壊滅的だった。
「何だ。ソレはお前の愛人か?」
「…そう思って頂いても構いません。」
嫌みのつもりで言った事がそのまま肯定されるとは思ってもいなかったのか王は眉間に皺を寄せた。
「…モモとやら、面を上げよ。」
王を見上げた侍女は美しかった。が、
「護衛の件頼んだぞ。そろそろ平穏な生活に戻りたいからな」
「は~い」
モモ・ハルヴァートは本当に残念な人物だった。
モモがツーティア国、国王クラトス・ツーティア・マルティマルクの護衛を始めてから一週間がたった。 初めこそ奔放なモモに戸惑いを覚えていたクラトスだったが、3日目でモモを気にする事を放棄した。真面目の化身であるシュナイトが更正出来ない人物を自分が正せる筈が無い、と。
「…ルーティ・バーレーが国に帰ったと思ったら似たようなのを連れて来てくれて我が騎士は本当に優秀だな。」
「…返す言葉もありません。しかし彼女の実力はルーティ・バーレーと同等、もしくはそれ以上かと思われます。」
ルーティ・バーレーとは隣国ルティーナ大国から期限付きで派遣された騎士で、五年の間ツーティア国王に仕えた。かなり破天荒な人物で周りを困らせる事に関しては右に出る者はいなかったという。唯一の救いは騎士として非常に優秀な事位だった。
王と騎士の攻防は長く続くかと思われたが途中侍女が果物の乗ったワゴンを押しながら入室して来た事により中断される。
果物は一日一回医師から健康の為食べる様指示されている物でクラトスの毎日の日課だった。ワゴンには林檎が並べられていた。
「あっ林檎だ!!!モモが剥く」
いつも他の侍女がいる時は大人しいモモだったが今日は我慢出来なかったのかワゴンの林檎を見た途端瞳を輝かせた。
侍女は困った顔をシュナイトに向ける。
「…ハルヴァート、せめて手を洗って来てから剥きなさい」
「シュナイト様…!」
侍女が抗議の声をあげたが、モモが何かすると言い出したら静止しても言うことを聞かない。先に折れた方が早い事はこの一週間で分かっていた。
モモは器用な手付きでするすると林檎を剥いていく。あっという間に剥き終わり四等分に切り分けた。おもむろに林檎の一つをフォークに刺し、
「お姉さんあ~ん」
侍女に林檎を食べさせようと口元へ持って行った。
「ッ!!」
突然の行動に侍女の息が詰まる。
「おい、毒味は必要無い。俺に毒は効かないからな」
ツーティア国の王家の者は皆毒に抵抗出来る様訓練していた、よってほとんどの毒は効かないという。
「へえ、そうなんだあ…」
「だから早くそれを寄越せ」
「了解!ーと思わせといて、えい~!」
「んッ!!!!!」
モモは素直にクラトスに林檎を渡す振りをして侍女の口に林檎を詰め込んだ。
「きゃああああああああ」
侍女は口に入った林檎を慌てて吐き出した。ポケットから小さな瓶を取り出し口にしようとしたが、モモに腕を掴まれ壁に体を抑えつけられてしまった。
「ななな何をするッの?早く飲まないと、し死んじゃうじゃない」
「死ぬ前に何をナイフに塗ってたのか教えて欲しいなあ…王サマに毒が効かないのはみんな知ってるんだよねえ」
「ぐっ…」
モモは拘束の力を強めた。突然の圧迫に侍女の息が詰まる。
「何事です!!陛下っ」
「遅いぞ」
騒ぎを聞きつけた親衛隊の騎士が部屋に押しかけて来る。
「そこの侍女を拘束し牢屋に入れておけ」
「はっ!」
騎士は素早く侍女の元へ行き両手を掴んで拘束をした。
「ちょ…!何でモモを捕まえるの?モモ何もしてないのに」
「大人しくしろ!」
「…………いやそっちの侍女じゃなくてもう一人の」
「………!ミシャリア殿?」
ミシャリアと呼ばれた侍女は10年間王家に仕えた者だった。
「………いや、何かすまんかったな」
不機嫌な顔をしたモモに陛下は謝罪を入れた。
「陛下は悪くありません、私の指示が遅れたのが原因です。申し訳ありませんでした。」
「………………まあ、10年お城に仕えたお姉さんよりモモの方が圧倒的に怪しいよね。うん、大丈夫」
モモはあっさりと謝罪を受け入れ機嫌を直した。そして先ほど切り分けた林檎に手を伸ばすとそのままパクリと半分食べた。
「何してるッ!!!」
クラトスが叫びシュナイトがモモの手にあったもう半分の林檎を手で払った。口の中の林檎も吐かせようとモモの腕を掴もうとしたがひらりとかわされてしまう。
「勿体無い、こんなに美味しい林檎なのに…あ。ちなみに毒塗れナイフは使ってないよ。ワゴンの上にあるのはモモの私物のナイフで本物はこれ」
そう言うとモモはポケットから白い布に包まれたナイフを取り出した。
「お姉さんが持って来たナイフが超レアな逸品で本物か確認したかったんだよね、ちょうど同じデザインのレプリカを持ってたからこっそり差し替えて、洗面所で確認してたら刃に何か塗ってあるんだもん。びっくりしたよ。」
モモも初めは知らずにナイフを手に取り、後に何か塗られていると気づいたという。しかしナイフが貴重な品である可能性があった為素手では触らず手袋をはめ、布でくるんでから持ち去った。洗面所で確認すれば本物だとわかったが、刃に何か塗ってある事にも気づいてしまい、モモが侍女に疑念を抱く事となった。
「林檎にも何か塗ってあったかもしれないのによく口に出来たな…」
「………あ!」
「………ハルヴァート、今すぐ医務室に行って検査をしてきてください」
「えっ、でもほらモモ生きてるし」
「毒は速効性のある物ばかりではありません。1日後や1ヶ月後にいきなり効能が現れる物もあります。…早く行かないと医務室まで親衛隊に連行してもらいますよ」
連行が嫌だったのか珍しくモモが折れ、しぶしぶながら医務室へ検査をしに赴く事となった。 そしてぐったりとしたモモがクラトスの執務室に帰って来たのは三時間後で、手には〈異常無し〉と書かれた診断票が握られていた。