後日談③「執事のお見舞い」
「ハルヴァート様お久しぶりです。少しお痩せになりましたね」
入院生活も2ヶ月半が過ぎようとしていた。未だうつ伏せ状態での安静が続いているモモはげっそりとした様子で見舞い客を迎える。
「ああ、おじいちゃん…多分ねコレうつ伏せダイエットだよ…脅威のストレス体勢で驚きの減量!…はあ、背中もう痛くないのに…」
「では少しだけ体勢を変えてみましょうか」
「ええっ、大丈夫だよ!!モモ重いし、お風呂あんまり入ってないし!変なパジャマ着てるし!」
「失礼しますね」
拒否したが執事は断りを入れテキパキとした動きでモモの体勢を変える。アイザックの視線に答え、一緒に来ていたミルクも手伝う。ベッドの柵の前に滑らかな手触りの毛皮を巻いたクッションを置き、その部分に背中が当たるように体勢を変えた。
「ぶっ…」
モモの寝間着を見てミルクは吹き出してしまう。寝間着には〈痩せた大地、枯れた草木、朽ちた廃屋の村・オームラ。村人募集中!〉と書いてあった。
「誰が移住するのよ、そんな村…」
「これ団長のお土産、いつも変なパジャマばっかり買ってくるの」
〈熊の爪〉の団長ことヨーク・メーリングは依頼に行った先々の街や村でモモに変なデザインの寝間着をお土産に買ってくるがモモは袖を通さず、箪笥の奥に仕舞っていた。入院をしたときに〈熊の爪〉の事務員が纏めて持って来た着替えは全て団長の買ってきた変な寝間着ばかり入っていた。
「誰もお見舞いになんて来ないから変なパジャマでも大丈夫だろうと思ってたのに…」
団長からナリミヤ家の事情などは関係者に詳しく説明したという報告があった時、自分の仕事は終わった、もう関わった人達に会う事は無い、そう思っていた。
「何故誰も来ないと思ったのでしょうか?」
「それは…」
「ご自分がナリミヤ家の者だからという考えからですか?…ハルヴァート様のご両親は宰相に騙されいたんです。悪いのは宰相だと皆わかっていますよ」
「………………」
「ハルヴァート様、うちの子になりませんか?」
「え?」
「旅商人をしている息子夫婦の養子に来ませんか?」
アイザックの息子夫婦は世界各地を旅する商人だった。子供に恵まれる事は無かったが仲むつまじい夫婦だという。
「ルティーナ、ダルエスサラーム、ユーリドットなどの同盟国はもちろんナカサキやミルメール、ユメリット等の外交の無い国なども行ったりするそうです。ハルヴァート様の着ている寝間着にある〈オームラ〉はナカサキにある村ですね。最近は何処も治安が悪い様で護衛を雇う経費がかなりかかっているとか、護衛と一緒だと行動制限があってなかなか思う様に行動が出来ない、と嘆いていました。ハルヴァート様が養子に来て下されば買い付けに行ける範囲も広がりますし、あなたみたいな明るく優しい娘が出来たら息子夫婦も喜ぶでしょう」
養子に来なくても専属の護衛として各国を一緒に回ってくれるだけでも大歓迎だとアイザックは言った。
「お返事はいつでも構いません。どうかゆっくり考えて下さい」
「…ありがとう、おじいちゃん」
「あなたの本当のおじいちゃんになれたら嬉しく思います。…なんて、あまり重く捉えないで下さいね」
「ありがとう…ごめんなさい…心配、かけて、少し考えるから」
アイザックはモモに道を一つ示してくれた。彼女には救いある選択だった。それが逃げ道だとしても。
つむじが黒くなったモモの頭をアイザックは撫でる。幼い子供を宥めるかのように優しく。