②「ギルドのご利用は計画的に」
「…誰?」
モモは団長から叩き起こされ挙げ句、眠気眼のまま応接間まで引きずり込まれ、不機嫌だった。
ここはギルド〈熊の爪〉の団員が暮らす建物で依頼者との取引や仲介を行う場所でもあった。
モモの目の前に居るのは騎士団の制服を着ており金色の髪と氷の様な蒼い瞳が印象的な美しい男だった。
「…まだ一時間しか寝てないのに、団長から頼まれた無理な依頼こなしてきたばかりなのに。それにモモ騎士の知り合いなんて居な」
文句を言い終わる前に団長のフルスイング拳骨がモモの頭にヒットした。
「痛ーッ!!!!」
「お前は馬鹿か!!自分で名刺を渡しといて忘れるとはッ!それにギルド関係者とあろう者がシュナイト・ストラルドブラグ様を知らんなどとよく言えたもんだな」
数年前まで全てのギルドはとある貴族の仲介を経てから依頼をこなしてきた。ただ仲介するだけなら問題無かったが、その貴族は依頼人から仲介料として法外な料金を請求したり、ギルド側に代金を払わなかったりとやりたい放題だった。
その貴族の不正に気づき、監査を行い、貴族からギルドの仲介権を剥奪する様に働きかけたのがシュナイト・ストラルドブラグという国王の騎士で、ギルドや民の間では英雄的な存在で知らない者など居ない筈だった。
「すみませんストラルドブラグ様、お恥ずかしながらこの通り、頭の足りない娘でして…」
「…いえ、彼女と会ったのは半月前で夜でしたし」
「あッチンピラ騎士のお兄さんだ!!!」
「紛らわしい言い方をするなッ!!!」
またしても団長の拳骨がモモの頭に振り落とされた。
団長はこの後用事があると言う。シュナイトとの取引をモモに任せる事に関して不安があったがいかんせん〈熊の爪〉は人手不足でモモ一人の為に事務員を割く訳にはいかなかった。後ろ髪が引かれつつも「何か失礼な事を言いましたら殴り倒して下さい」と物騒な事を言い残し、団長は退室していった。
シュナイト・ストラルドブラグはモモに〈国王の護衛〉を依頼しに来たと言う。
「陛下は以前より何者かに執拗に狙われ、近くに居た騎士も何人も巻き添えに遭い亡くなっていて、そんな事件が何件も発生し陛下の親衛隊は壊滅状態にあります」
とりあえず試用期間を三ヶ月設けうまくこなせる様であれば更に一年間、正式な陛下の騎士として働いて欲しいと言う。
「一年かあ…」
「もちろん報酬もそれなりの金額を払わせて頂きます」
「うーん…団長から〈この依頼からは一切報酬は受け取るな〉って言われてるんだよねえ」
「………?」
団長はギルドの英雄からの依頼は報酬はもらわないとはっきりモモに言い聞かせていた。
「そういう訳には…」
「団長は言い出したら聞かないよ」
「……しかしその様な曖昧な契約であなたは陛下の為に命を張れますか?」
「張れるよ、…多分。団長の言う事は絶対だから…でも一年も収入ないのかあ、モチベーション続くかなあ…」
「…衣食住はストラルドブラグ家が保証します。他に要求があれば出来る限りの事はしますが」
「本当?!じゃモモをお兄さんの愛人にしてください!!!!」
「今、なんと?」
「え?愛人にしてくださいって言ったけど」
「…………」
シュナイトの冷ややかな蒼い瞳の温度がさらにぐっと下がった。
「勿論本当の愛人じゃなくて〈お兄さんの愛人です!〉って名乗りたいだけって言うか」
「意味が分かりません、名前だけの愛人になることによりあなたにどんな利益が生じるのでしょう?」
「モモだけが楽しい、愉快、以上。」
「……………」
この提案を受けるにしろ受けないにしろストラルドブラグ家にモモを出入りさせる地点で〈彼女は愛人なのでは?〉という噂は流れるだろう。それにいきなり陛下の護衛として連れていけば変に悪目立ちをするかもしれない。ならば最初からシュナイトの〈愛人〉として王宮へ連れて行くのが手っ取り早く自然な様に感じた。
「分かりました。その条件で依頼をこなしてもらいましょう」
「いいの?―あ。…もしかして奥さんとか居る?だったら悪いかなあ…それとも愛人小屋みたいなものがあるから大丈夫なの?」
「………妻も居ませんし、愛人小屋もありません。子供はいますが…ハルヴァート殿にはストラルドブラグ家の本邸に滞在して頂きます」
「子供ッ!!!?」
モモの瞳がきらりと輝いた。
「お兄さん子供いるの?な…仲良くなれるかなあ」
モモは無類の子供好きでもあった。期待に満ちた表情をシュナイトに向けたが
「無理でしょう。もう16になりますし、ルティーナ大国に留学しているので屋敷には居ないですよ。」
「16ッ…何歳の時の子…」
「亡くなった兄の子を六年前に養子として引き取ったんです」
「そう、なの……」
モモはがっかりとした様子だったが、シュナイトの用意した契約書にサインをして「これからよろしくね」と軽く挨拶を交わした後部屋から退室した。モモが立ち去った数分後に〈熊の爪〉の事務員が入ってきた。入念な契約の確認作業を経て、モモの〈国王陛下の護衛〉という依頼は受け付けられた。