⑮「半端ねえ…夢の一欠片」
「あなた、なんてものを陛下に振る舞ったんですか!」
モモ・ハルヴァートは珍しく、シュナイト以外の人間に説教をされていた。
彼女の名前はマリー・ウッド。ツーティア国、王宮の侍女頭だった。
マリーの手にあるカップにはモモが入れたクラトス曰わく「ドブ水みたい」な紅茶が注がれていた。
「あなた紅茶の淹れ方はストラルドブラグ家で習わなかったの?」
「…自己流です。」
ストラルドブラグ家の名誉の為に嘘をついてしまう。実際はミルクに数回紅茶の淹れ方を習ったが一向に上達する事が無かった為モモはおいしい紅茶を淹れる事を諦めていた。
マリーはモモの紅茶を口にする事は無く机にカップを置いた。
「何故紅茶がこんな色になるんです!」
「それはポットの中でケミストリー的な何かが起こったんだと…」
「なっ…!何故紅茶を淹れるのに化学が出てくるのでしょうか!!?」
何故侍女頭にモモの残念な紅茶がバレてしまったかといえば先日あった王族全員が集まるお茶会でエリザベスの護衛として就いていた女性騎士から侍女頭に報告があったという。
「よく陛下はこんな紅茶を半年間も我慢なさってましたね、なんてお優しい方なんでしょう!!」
「いや、流石にその色はヤバいかなあって思ってミルクティーにして出してました」
「あなたのその紅茶がミルクを入れただけで飲める様になるとは思いません!」
「そう思うでしょう?マリー様、しかし起こるんですよ、ケミストリー的な何かが!!」
「そんな馬鹿な…!」
モモはクラトスに出したミルクティーと同じ要領で作業にかかる。カップにモモの紅茶を注ぎ、その後は温めたミルクを入れた。割合にしてドブ水1:ミルク9だ。
マリーは出来上がった紅茶を覗き込む。 見た目は普通のミルクティーに見えた。恐る恐る口にしてみればごく普通のミルクティーに大変身していた。
「こんな事が…何故」
マリーの瞳は驚愕で見開かれた。
しかしいくら飲めるからとミルクティーを半年間も出し続けていれば苦情が出るのも時間の問題だった。
そうして普通の紅茶が飲みたいと訴えるクラトスにストレートティーを出した所痛烈な批判を受ける事となる。
「分かりました。私が正しい紅茶の淹れ方を教えて差し上げましょう。」
「はい!!」
机の上に茶器がずらりと並べられる。モモが使わない器具もいくつかあった。
「まずポットとカップをお湯で温めます、そしてそのお湯を捨て、ティースプーンで茶葉を計ります。人数分プラス一杯が目安です。」
マリーはさらさらとポットに茶葉を入れる。ティースプーンに掬う茶葉の量も決まっていて、モモには中盛と大盛の量の違いが理解出来なかったが経験していくうちに分かってくる様になるとマリーは言う。
「お湯は汲みたて、沸騰したてのものを使って下さい、空気を多く含む水を使う事により茶葉がポットの中でよく回転して茶葉の持ち味が全て溶け出します。」
ポットにお湯を注ぎ熱が逃げない様コジーを被せる。
「待つ時間は茶葉の大きさによってまちまちですが細い茶葉なら2~3分、大きい茶葉なら3~4分ですね。この時間も砂時計を持っていってきちんと計ります。」
「あ~もう駄目。モモ分かんない!」
「あと少しです、我慢なさい!!」
紅茶の注ぎ方まで指導され、終わりかと思えば、クラトスに出せるレベルまで特訓をするという。
「え、自主トレするから大丈夫だよ…」
「いいえ、私が納得する一杯を淹れられるようになるまで今日は帰しませんから!」
「……………。」
「王さま!モモの紅茶を飲んで」
後日、やっとの思いでマリーから合格を貰ったモモは意気揚々とクラトスの前に現れ、紅茶を振る舞おうと準備をして来た。
「いや、お前の紅茶はもういいよ…」
「そんな事言わずに!」
「お兄様、いらっしゃる?」
モモに続き部屋に現れたのはエリザベスだった。
「わたくし珍しいものを入手しましたの!」
机の上にエリザベスの侍女が緑色の液体が入ったボトルを置く。
「何だ、これは?」
「グリーンティーですわ。なんでも東方の島国で生産された物で〈ゲイコさんとマイコさん100人が選んだキュウスで入れたリョクチャにもっとも近いお茶〉らしいですわ。」
エリザベスはモモの持って来たカップにグリーンティーを注いだ。
「ちょ。エリザベスちゃん、それちゃんとあっためて来たカップなのに!」
「ハルヴァートのお茶なんていつでも飲めますわ。さ、お兄様お飲みになって?」
「ええ!!今日のお茶は一味違うんだって」
クラトスはモモの言葉を無視し、グリーンティーを飲んだ。
「…ほお、さっぱりしていて美味いな」
「でしょう?」
「次からはグリーンティーを飲むようにしよう。元々紅茶は甘ったるくて好きでは無かったんだ。」
「…そ、そんな」
ここ数日の努力が泡となって消えた。
「結局、え…選ばれたのは綾○でし、た」
「○鷹ではなくてグリーンティーですわ」
モモは膝から崩れ落ちた。