①「酒場に現れた美女、チンピラを釣る」
街の外れにある酒場は柄の悪いならず者の溜まり場になっていた。
本日も店の中は満員御礼。客層はチンピラばかりだったが売上があれば問題は無い。そんな考えの店主が営む酒場だった。いつもと変わらない風景の酒場だったが、一人の客が入って来た時店内がざわついた。
店に入って来たのは20代前半位の女性だった。桃色の髪は綺麗なボブカットに切り揃えられ、大きな翠の瞳が印象的な美女だった。冒険者なのか全身を覆うマントを纏っており、キョロキョロと店内を見渡すと店主の前のカウンターに腰を下ろした。
美女はあまりにも場違いで店内で浮いた存在になっていた。
「…悪いけれどここはお嬢さんが来る様な場所じゃないよ」
店主は美女に声をかけた。店内のならず者達の目が爛々としているのに気づいた店主はトラブルが起きる前に忠告をした。問題が起きて騎士団に尋問されるのも面倒だった。
「大丈夫、少し飲んだらかえるよ」
美女はにこりと微笑みながらお酒とつまみを注文する。いつもなら断っていたが、ちらりと店内に座る男を確認すると、男は頷いた。今日は大丈夫かと美女のお酒を準備にかかった。
「よおねえちゃん!こんなシケた店に何か用なのか?」
店主の想像通りに美女は数人の男に囲まれていた。美女は10杯目の酒を飲み干すと、とろんとした瞳を男達に向ける。男達はゴクリと唾を飲み込んだ。
「まだ飲みたりないな…」
「そうか、一緒に飲もうぜ!親父追加だ!」
今日は大丈夫、きっと…嫌な予感しかしなかったが店主はお酒の瓶を手にした。
「うっ………」
呻き声をあげ倒れたのは美女の周りにいた最後のチンピラだった。周りには数人の男達が倒れていて異様な状態になっている。
「ん…もう駄目なの?」
ならず者に取り囲まれてから約三時間、男達はひたすら浴びる様に酒を飲み、美女にも振る舞っていたが一向に潰れる気配がない。一人、また一人と男達は倒れ、遂に最後の一人までも倒れてしまった。
「…そろそろお開きかな、マスター、お会計」
ほうきとちりとりを手にした店主が美女の元へ行くと美女は自分の財布から金貨を一枚取り出し店主へ渡した。
「これで足りる?」
「…お嬢さんこれはもらい過ぎだよ、今日の飲みだいは周りの奴らの分を含めてもせいぜい銀貨10枚位だ。」
「…?では迷惑代含めてって事で」
店主の服のポケットに金貨を入れ、美女は店から出て行ってしまう。
「な…ちょっとお嬢…」
ぱたりと扉が閉まり美女の姿は無かった。
美女は街灯の少ない夜の街を一人進んいく。深夜の1時を回っていた為人の姿は無い筈だったが。
「…こんばんは。うちの若いのがお世話になったみたいだね」
数十人の男達に囲まれていた。
「おかげ様で楽しいお酒が飲めたよ」
「…そいつは良かった!」
「…………」
数人のただ者でない男達に囲まれながらも美女は取り乱した様子もなく、にこりと男達に微笑みかけていた。
「…いきなりで悪いんだが財布を置いて家に帰ってくれないかなあ?」
「何故?これはモモのお金なのに?」
「ああそうだ。それはモモサンのお金だ。けれどここを通る時はお金が要るんだ。モモサンの金貨全てがね。…」
店で支払いをする際に一部の男達が美女、モモの財布の中身を盗み見ていたらしい。彼女の財布には数枚の金貨が入っていた。動じる様子が無いモモに男は持っていたナイフを抜き、脅す様に振りかざした。
「早く出さないとモモサンの綺麗な顔に傷が入るよ?」
「分かった…金貨全部あげるから通して」
ニヤリと男は笑いナイフを持った手を下ろした。モモはマントの中にある財布を探した。
「はい。」
差し出した男の手の中にあったのは一振りのナイフだった。
「がっ…あああああああああ!」
ナイフは綺麗に男の手の中心に刺さって貫通していた。
「なにをしやがる!」
「お頭!」
「てめえ!」
男を囲んでいた男達が一斉に罵声をあげモモに襲いかかって来る。 モモはマントから大振りのナイフを取り出すと目の前の相手の喉に向けて構えた。男が剣を振りかざし斬りつける前にモモは首の頚動脈を一刀で切り裂く。 間を置かずに隣に居た男にも一太刀浴びせ、背後から近すぎ襲いかかってきた男には振り向き様に相手の懐まで一気に詰め、顎に向かって掌底を打った。
モモの周囲には数十人の男達が転がっていた。生きている者も居たし、死んでいる者も居た。モモは血がこびり付いたナイフを一瞥し、懐から出した布で綺麗に血を拭き取ってからナイフを仕舞う。
「ねえ、あなたも彼らの仲間なの?」
先ほどから感じていた背後からする静かな気配に話かける。
出てきたのは背の高い男だった。顔はマントのフードを被って居たため見る事は出来ない。
「お店に居た人だね、マスターとアイコンタクトしてた、お店の用心棒なの?」
「いえ、私は」
男が口を開いた時風が強く吹いた。被っていたフードが外れ男の顔が露わになる。
20代前半位だろうか、金色の髪は夜の闇の中でも美しく、蒼い瞳は知性の結晶の様な輝きを放っていた。一見すると王子様の様な容姿だったがそこに甘さは無く、堅く冷たい雰囲気を纏っていた。目の前の状況を見ても顔色を変えずにいた男はモモを不思議な生き物を見る目で見つめる。
「お兄さんももしかしてチンピラなの?だったらモモ土下座してでも交際を申し込むんだけど!」
モモは男の容姿を見るなり態度が一変する。男は失礼な物言いに顔をしかめ、首を振った。
「私はあの店に出入りしていた夜盗の討伐を依頼された…騎士です」
「…………なんだ騎士か、その容姿で物取りだったらかなりストライクだったのに…」
モモの瞳の輝きは一瞬で消え、マントの返り血が気になっていたのか布を取り出し拭う。
「まあ、でもお兄さん程のいい男はなかなか居ないから」
そう言ってモモは名刺の様なカードを男に差し出す。
「お店に来てくれたらモモたくさんサービスしちゃうよ、次のお休みはいつ?時間がたつとモモ忘れちゃうから早く来てね!」
男がカードを手に取るとモモは夜の闇に消えて行った。
カードには『ギルド〈熊の爪〉所属 モモ・ハルヴァート』と記されていた。






