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ケース『夕立が来るまでは止んでいた』

 勇者は呪いにかけられた姫を救出するためなら、魔王の城をより高く、より深くへと駆け抜けるのだ。

 麗しの姫を助けるため、決戦の地へと馳せ参ったのである。

 ミカ太お姫様はちょっと凶暴なのが悩みのタネ『だった』。

 今はなぜだか俺の中に……いる。これには俺も戸惑うしかない。

 そんなわけだが、つまるところひとつ誤算があった。

 倒すべき魔王もまた別の『お姫様』でしかなかったということだ。

 ……後付け設定的なものではあるけども。

 救うべき姫と、もうひとり敵であるところの姫。

 俺にとっては敵役でしかない姫、つまり河合(かわい)さん。今は彼女とふたりきりだ。

 晴れやかではないものの、実に穏やかな昼下がりと形容できるだろう。

 くぐもった空を一望できているこの場所は、我らが学校の屋上部位である。

 あれから河合(かわい)さんに直接呼ばれたのだ。

 いや、直接というか……休み時間にいきなり目の前に現れたかと思うと「昼」、「来い」、「屋上」と口に出していた……と思う。

 あまりに突然で心外であったので、正直会話の内容は忘れてしまったが、要点としてはこういう単語が混じっていたはずだ。

 そんなこんなで俺は屋上へを足を伸ばしたのだったが。

 しかし……良くこんなとこに来られたなぁ。というのも変だけど事実、俺はこの学校に屋上があることなんか一度も意識したことなんてなかった。

 屋上には、当然のように昼飯を食べに来たような人は他に誰もいなかった。俺と、渦中の彼女以外は。

 普段は施錠してあるものだと俺も、そしてきっと皆までも思っていたので、そりゃその通りなんだけど。

 そもそもここは進入禁止なんじゃあるまいか?

 といった考えすら頭をよぎる。

 当然のように、俺と河合(かわい)さんを妙な目線で茶化したりする奴もいない。

 とりあえずは。

 お互い知らないはずの状態で、どういう用事かは知らないがチャンスではある。

 俺にとってはミカ太を取り戻すため、かつ俺の異変をなんとかするために。

 ハイエナともう一度対峙する必要が、ある。

 心に留めておくべき理由とすべき行動はハッキリしているものの、人には説明しにくいな、と俺がどう切り出したものか悩んでいると、ふと、フローラルな香りが鼻を突いた。

「はじめまして。と言いたいところだけど、とっくに知ってたよねぇ。」

「え?」

 意外だった。

 河合(かわい)さんは開口一番、流暢に話しかけてきたのだ。初対面のハズの俺に。

 彼女は貧血か、はたまた低血圧気味にも見えるその顔色で……なのに余裕を持って俺をもてあそんでいるかのようにやや恍惚とした表情を浮かべてこちらを伺っている。

 美形の類ではあるが、その血の気の引き具合たるや、己をヴァンピールだと言い出しかねないほどのそれ、だ。

 例え言い過ぎだとしても正直、怖さすら覚える。妙なプレッシャーがある。

 俺がいきなりの答えを用意していないのもあり、ただただドギマギしていると。

「落ち込んでいるかと思ったら、結構順応してるようだね。むしろ舞い上がってんのかな、大紙高見(おおがみたかみ)、さん?」

 河合(かわい)さんが強引に詰め寄ってきた。

 ……あれ。気のせいかな。

「似合ってるよ。男子の制服を着た女の子姿も」

 んんんっ。

「ほんと変な格好。洒落にもなんにも、ね」

 聞き間違いじゃないようだ。

河合(かわい)さん、アンタがなぜ……」

 ……なぜ、彼女は俺の今の境遇を知っているんだ。

「こうやってさ、言い合うの、モモ色の会話かもね」

「えっ」

 絵那(えな)さんはそんな俺の動揺を余所に置いたまま続ける。

「モモとモモでモモアイ?」

「も、もも……」

 モモアイ。どういうことだ。

 あ、そういえば百は『もも』とも読むような……まさか。

 とんだ曲者のペースに押され、頭がぐるぐると廻ったけれど。

 ややあって。

「冗談だよ」

 地球を三周半する程度でなんとか地上へと戻って来れたようだ。

 そしてそれは目の前にいる河合(かわい)さんの笑顔の元に帰還するのだった。

 次第に速くなる鼓動。小刻みに揺れる脚。一向に言葉を発しない俺の喉。

 直接口を口で塞がれたような事態になったわけではないのだけれど、一方で彼女と視野を共有した変わった感覚があった。

 じっ。

 と。

 ……何考えてんだ。

「あ、の」

 俺が重圧に耐えかね、言語にならない音を絞り出していると。

「初めてのお仲間かぁ。……高見(たかみ)くんさん? 私、もう出席日数足りないギリなのにねぇ」

 どこか切なげに愚痴りだした。その詳細は一瞬理解できなかったが。

 そして。

 河合(かわい)さんは俺に向けて、大股で。胸を張って。

 びっ、とハタから見てもらしくなさげに指をさして言い放ったのだった。

「一緒に、戦いましょ」


 *


 歪みすぎて、一周して素直になった。らしい。

 それが転じて福となす。……わけでもないようだ。

 ひとまず不登校により留年確定寸前ではあるみたいだ。

 へそ曲がりな河合(かわい)絵那(えな)という存在は思うところあって、自分の意思に忠実に、サバサバした性格へと変貌したということだ。

 彼女は『アッシュ』『ツバサ』とこういった、やや夢見がちの憧れじみたような言葉がわりと好みであるようだ。

 私はいつもふわふわしている、とは河合(かわい)さんの弁。

 トンデレラ。で聞いたような単語が頭を過ぎったが。

 生憎、でもないけれど虐めてくる姉などは家族構成には組み込まれてはいないらしい。

 好きな食べ物はトマト。好みの料理は砂糖かけトマト。

 いわく、甘いものは絶対従順。

 編みぐるみを作るのが得意なのだとか。

 と、だいたいこのあたりで何で俺は積もった問題を放置してそんな情報を淡々とインプットしていたのか、自分に対して疑念が湧いててきた。

 だから、ひとまずはそういう話であるけども。

 つまり、絵那(えな)さんはニーソックスが苦手だということ。

 ……じゃなくって。

「なんですか?」

 なんだよ。

 ……河合(かわい)さんは日差しに弱いらしい。なので、いつも歩く時は建物や環境下の影に入るということだ。

 この日もまた決していい天気ではなかったのだけど、それはそれで都合が良かったのだともいえる。

 妙な空気のままで、昼飯を掻き込んでいる俺がいる。

 例の屋上で、コンクリートの突起に腰をかけ、 くだんの件について、ふたりきりで。共闘するために。

「こうして三人で食事を囲むのもいいですね」

 なので。

 ……ふたりで食べているんだよ。邪魔するな。

 一応はミカ太は勘定に入れていない。残念だが都合が悪い。そんな俺の意を介したのか、おとなしいものだ。

「反応がないと張り合いがありません」

 正確には俺達ふたりと、俺の左手のミカ太と、石ころひとつ。

「何か言ったらどうなんです?」

 いまだに石ころが真横で喋っている。

 おまえに言いたいことなど何もない。といった感じだが本日は 『ずーっと』こんな調子だ。

「ふう……まったくあなたときたら……」

「やかましいわっ!」

 ……いやいや、こいつとはビタのひとつも口を利きたくないんだ。

 大体、どうしてやつがここいるんだ。

 となりにいるのは、紛れもない。河合(かわい)さんと一緒に戦おうとしている、渦中のあいつ。

 ハイエナ。

 それが今、ちょうど目の前にいる。

「だって、共闘しようとはいったけどね」

 ……あと、河合(かわい)さんも。

「筒抜けだもの。私と、ハイエナと自称しているアイツとは。だから、ここにもいるわけ」

 つーかー。

 そんな構図なのならもっと早く言って欲しい。いや、喋るとモロバレなのか。結局。

 まるでそのまま俺とミカ太の関係だな。

高見(たかみ)くん、ハイエナを倒す、って言ったよね。拳で殴りつけて這いつくばらせて『今まで威圧して登校 拒否になるまで追い詰めてごめんなさい』って懐柔しようとしても怯むことなく踏みつけて鉄パイプで ガシゴシたこ殴りにするって言ったよね」

「いや、そこまでは……」

 特に後半は初耳だぞ。いきなり怖いな……。ちょっとしたギャップで俺、ショック受けたじゃないか。

 ただ、ミカ太を解放する絶好の機会ではる。

 どうにかして打ち負かしてスカしたやつから元に戻す手段を問い出せばいいのだ。

 少なくとも、そのつもりではあった。

 けれど。

「どうしました? なんでしたらまた襲いかかってきてもいいんですよ」

 まるで余裕を絵に描いた塊のように、ハイエナは髪をかきあげる。

 俺は意を決し、服の埃を怠げに払いながら立ち上がる。

 そして、眼前にハイエナを見据えて……駆け出した。

 速度の緩急を意識して相手にタイミングを測られ ないようにしつつ、俺は強く右を握り締め、まっすぐ突き出し捻り上げる。

 ……が。

「あ、そのあなたの渾身の右ストレート、『否定』します」

 言うのが先か、剛拳が届くのが先か。とすればハイエナの声があたりに響くのが先だった。

 それ自体は、さしてたいしたことではない。

 ただし。

「……っ!」

 これなのだ。

 ハイエナは軽い口調で左の掌を前に開き、……それと呟くだけで。

 俺の攻撃をその一言で『掻き消した』。

 正確には、当たる直前で腕に何やら不可思議な反作用がはたらき、動作の全てが萎えてしまう。

 さっきから俺にやる気が露ほどもないのは、つまりはこういうわけなのだ。

「アッパーの次は正拳突き、でしょうか? 最短距離を狙ったのは悪くありませんね」

「くっ」

 ついぞさっきのことで、俺はこれにやられたのだ。

 否定的なあいつ。

 おそらくあれがアニムスが驚異のアニムスたる理由。一種の才覚。

「わ……わーったよ」

 俺はリキんでいた分、座るというよりその場にへたりこんだ。

「ついでにあなたの右フックも否定します。おまけにあなたのブローも、ジャブも、スマッシュも、カエル跳びアッパーも否定しましょう」

理解(わか)ったって言ってるだろ!」

 隣を見ると河合(かわい)さんが紫蘇ジュースを実に呑気な様子で、チュウ飲んでいる最中だった。

 なので、俺も買っておいた黒豆ジュースをすすることにする。

 肌触りがとてもぬるい気流が吹きつけていた。

 少し距離を置いて座っている俺達、と腕を組んでつっ立っているハイエナ。

 服がわずかにはためいている。まだらの空が、のほほんと流れている。昼。

 ゆるい。

 ……緊張感の欠片もないな。

高見(たかみ)くん」

「あ、あぁ」

 河合(かわい)さんが不健康っぽい感じの微笑みをこちらに向けてきた。

「アイツの『否定』あるけどあれ、あんまり使われるとどういうわけだか私の体力根こそぎ持っていかれるんで迂闊なことはやめてね」

「その通りですよ。穏やかに行きましょう」

「う……」

 そのことに関して少しばかり詳細は聴いていた。話のあらましはこうだ。

 最初は何の変哲もなかった。というよりも気にならなかった。

 河合(かわい)さんは俺と似たような感じで、ある日突然不思議な存在……彼女の場合『アニムス』が見えるようになったというわけなのだが。

 そんな異常な状態でさえも、病みがちな彼女にとっては平常だった。

 いや正確には、むしろ当初は喜んでいた。らしい。ついに私にも話し相手ができたと。

 ……死ぬ前に。

「はぁ」

 なんとなく河合(かわい)さんの方を向く。彼女はてらてら、と痩せた笑顔を浮かべていた。

 当の彼女は、その、まあ、当時『自殺願望』が、あったということなのだ。

「しふぁし、ふぉんふぉうになぁ」

 昼食であるところのイチジクのジャムパンをいっぱいにほおばりながら想いを巡らせる。

 しかし、本当に彼女がなぁ。

 わっ、と花々の香りがする。河合(かわい)さんはラベンダーの女性である。

 ややあって、紫な花の人が口元を開いた。

「食べながら喋るの、ちょっと行儀悪いよ、あなた」

 兎に角は。

 河合(かわい)絵那(えな)には願望があった。

 死に対する。

 ところでアニマは男の願いが凝縮されたモノだとミカ太に聞いたが、アニムスもまた、女のそれではあるらしい。

 そんな意味ではよく似ているのかもしれない。

 と、ここらへんが河合(かわい)さんの願望にかかってくる。

 彼女は世界を『否定』することを願った。こんな世界なら、なくなってしまった方がいいと。

 そして、それを体現したのがハイエナだったのだろう。

 だが河合(かわい)さんの願望はそれだけに留まらなかった。

 『彼女は、全てを否定する自分自身を拒絶したかった』のだ。

 さらにそれが、皮肉なことに河合(かわい)さん自身のキャパシティに合致した。のだろう。

 かくして、この世界……少なくとも俺達の周辺から「ない」という言葉が消えた。

 つまりはNGワード。

 ……その際、河合(かわい)さんはエネルギーのようなものを吸い尽くされたようで、数日昏睡した。

 らしい。

 色んな意味で物凄く苦しんだようだ。

 と、それが河合(かわい)さんが聞かせてくれた話と俺の見解を混ぜた流れである。

「こんなダメなオカルト、付きまとわれても迷惑なんで高見(たかみ)くん、ちゃっちゃと倒しちゃっていいんだよ」

「失敬な……僕をオカルトと呼ぶとは」

「あなたの、その人をまんま食ったような態度も迷惑と言えば迷惑」

「だけど僕自身が現れて、何か悪かったことがありますか?」

「あります。ありまくりってやつです。むしろ憎んでます」

 倒すべき敵、ではあるのだが、さすが分身とその本体。漫才やっているように見えなくもない。

 河合(かわい)さん、口ぶりだけだと満更でもなさげだけれど、態度では露骨に嫌がっているが。

 顔は笑って目はマジだ。

 ……思いつつ、食べ終えたパンの包みをくしゃくしゃに潰して袋の中にゴミとして放り込むや否やの時に、ふと左手のケータイの電源が入った。

(ちょっとおまえ 何やってんだよ 撃破すんだろ? ハイエナを!

 ミカ太だ。

「言いたい気持ちも理解(わか)る。だけどな……」

「あ、それ、ミカ太さんなんだよね」

 河合(かわい)さんは携帯電話で俺がミカ太と意思の疎通をしていることを知っている。

 俺のアニマがハイエナに掻き消されたことも認めていることだ。

 だったらミカ太を復活させる方法くらい教えてくれよとなるのだが、ハイエナが口を割らないために、……要するに殴りつけるなどしてぶっ倒せば良いんじゃないかという予測だけで俺達は動いている。

「いやはや大変なことになってますね」

「アンタがやったんだろ!」

「えぇ」

 声の主をきっ、と見据える。大気を震わせるほど強く睨んだつもりだったが。

「……穏やかに行きましょう怒るとシワが増えますよ」

「そこまで顔を気にするかよ!」

 この調子だ。もちろん良い意味ではなく、こんな調子だといったほうが正しい。

 そして何よりこいつの今すぐにでも殴りつけるなりして鼻をあかすようにするのが正しいのだ。

 ミカ太の姿を取り返すためには。

 しかし俺が、俺達が抱いているアニムスの禍々しいイメージ……実際にそれは時折垣間見せるものの、こんな「のほほん」として見えなくもない応対をされると、こちらとしても困る。

 拍子抜けなわけだ。

(だが 待てよ……)

 ミカ太の意識を現すガジェットである左のケータイに文が表示されていく。

(おれたち 今が チャンス なんじゃあ?)

「え……?」

(ハイエナには この字文 見せるな!)

「うおっ」

(いいか 高見(たかみ) 今やつは 隙だらけだ)

 どういう理屈なのか、はたから見てもおかしく思うほどの高速な運指で展開されていく画面上のフォントの羅列。それが俺達なりの作戦会議だった。

(なので スキを 拡大させるたm)

「何しているのですか?」

 ……まだタイプの途中だ、ちょいとばかり待ってろハイエナ。

(ポケット 見てみろ)

 ポケットって何だ。俺がズボンをまさぐると、くしゃっ、と手に触れるものがあった。

 これは……。

 これならいけるかもな。

 そして全てを取り戻すための手段を確実なものとするため、しばらくその作戦を練るのだった。

「待たせたなっ」

 俺は腰に手を当てハイエナの風上に立ち塞がる。やつがどこかへ行こうとしているわけではないけど。

「特に待ってはいませんよ 」

 いきなり出鼻を挫かれたかたちだが、気に止めている暇などない。

 アニムスを見据え、右手をあちらに向けて二本、閉じた形で指して示す。

「勝負だっ」

「勝負……?」

 そしてそのまま、畳みかけるように言い放つ。

「『舌戦(ぜっせん)』だよ!」

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