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ケース:『支配欲』

 最近「ディープ」という言葉が個人的にツボで、たまに使ってみたりする。

 なんてことはない話だ。

 けれども俺自身しっくりときたんだろうな、このまま自分の中で流行しかねないだけの勢いはある。

 用途はそのまま「深い、濃い、ハマっている」といった意味に、だ。

 だが、まさか今日が思わず「ディープ」と口走ってしまうような日になるとは。

 特に原因ははっきりしている。

 何か変なものが見えるんだ。……一応はミカ太のことじゃない。

 それはほんのつい数日前に前兆が見られた。最初は、たいしたことじゃなかった。

 下駄箱に妙な欠片が付いていたのだ。それは何か紙くずのようなもので、俺は特に気にも止めずに素通りした。……たった一枚。

 次の日、そんなゴミのような小片をまた再び見ることになる。今度は黒板の上部、教壇の側面に貼りついていた。……次は二枚。

「なぁ……あれ、何だ?」

 と小さくピラピラしたそれらを周りに指し示すが、「何言ってんだこいつ」とでも言いたげに俺は奇異の目で見られてしまった。

 ……どうやら俺だけのようだ。『アレ』を認識しているのは。

 そして今回である。この状態、まさに眼前に広がっているこの光景を一体どう表現したらよいのだろう。

 びっしりと俺たちの教室に貼りめぐらされた、

 紙片、

 紙片、

 紙片。

 実に数十枚。

 さすがの俺も気持ち悪かった。

 というわけで。

「うわ……これまたディープな……」

 と唇が動いてしまったというのが事のあらましだ。

 ……その奇っ怪な紙きれがひとつ、すぐそこにもくっついている。

 なんだこれは……何かのタグのような……いや名札か。

 その証拠に何やら名前のようなものが書いてある。俺はこの現象を観察することにした。

鈴木(すずき)……(あきら)……?」

 見覚えのある名前だ。理由は単純だ。この学年の一員だったのだ、鈴木は。

 というわけで鈴木である。

 あいつには目立った特徴がなかった。特に静かというわけでもないのだが、がなりたてることもなく。

 友人が少ないわけでもなく、ネットワークが広いわけでもない。

「他人から見ても味気ないやつ」それが俺が抱いている鈴木明の評価だ、った。

 だった、というのは……あまり考えたくない。

 ……あいつは先月、消えた。行方不明というやつだ。あいつの家族は随分と探したらしい。

 最初はただの家出だと思われていた。だけど、見つかることはなかった。

 そんな鈴木の名前が教室中にあるのだ。

 壁の時計にも、天井の蛍光灯にも、ロッカーにも、あっちにも、こっちにも。

 そっち……の方向に教師がいた。もう既にみんな席についていて残りは俺だけだった。立っていたのは。

 とりあえず観念して俺も机の横に座る。だけどやはり気分が落ち着かない。

 気がついたら展開されたプリントの上を指でぽんぽん叩いている俺がいた。

 ……誰も気付いていない。

 教室が「鈴木明」と書かれた付札で埋め尽くされている。

 おかしい。

 こんな妙なこと、さてはあいつ関係なのか。

 あいつがやったのかよ。

「おれは違うよ」

 「あいつ」……ミカ太のことだ、こういう事態では何か知っているはず……って、え。

「おっ、おう、ミカ太……いたのか」

 ミカ太がいた。正確にはふんぞり返っていた。

 こいつ……出てくるときは俺の背後からぬっ、と出てきやがるんだよな。

 いつか出現する瞬間を目撃してやる。えらく個人的な取材班だ。

「ついのさっきでね。それより面白くなってきたな」

 何が。

「だって見えてるんだろ? この少し異常な光景を」

「これの正体をミカ太は知ってるのか?」

「さあね。ただ、あれ」

「あれって?」

 ミカ太の顎で示された先に何かが。……誰かが座っている。

「んん……っ?」

 それは俺が知るかぎり、いわゆる巫女服だろうか、白と赤のツートンのややダボっとした服を着込んでいる容姿の少女。

 それに似合うのはミカ太のような黒髪ロングでストレート、できれば姫カット。……のはずなのだが、あいにくとケバ気味で肩までの脱色系金髪だった。

 そんな女が先生の横の地べたではしたなくあぐらをかいているのだ。その側には何やら一升瓶のようなものまであった。

 ……先刻までこんなところに居たっけ。この女。

 そわそわとして嫌な予感がする。

「誰だ、キミは?」

 ミカ太のこの反応を見る限り、彼女も実際この女の正体は知らないのだろう。

「ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふ」

 あの女の方から気味の悪い声がする。その気色悪さと反対に声自体は澄んだウィスパーボイスといった感じで……相乗効果ってやつか。

「く……くくくっ、ふっふっふ」

 あれ。いつの間にか巫女服の女がつっ立っている。そしてそのままヌルリ、と俺達の正面に来たかと思うと。

「去れ!」

 ……ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。ミカ太のいる方で。

「…………っ!!」

 爽やかな破裂音がした。ミカ太の額で。

 もしも紙鉄砲でも鳴らしたなら、あるいはこんな音だろうな……。

 っておい。

「ミ……ミカ太……?」

 プルプルとかビキビキ、といった風情の擬音オーラを身に纏うミカ太のおでこに何かが垂れ下がっていた。

「お、お札?」

 大きく崩してある漢字が特徴的な長細い札。……紙片。

「悪霊退散!」

 巫女服の女は激しく叫んだ。だけどこの授業中に周りの生徒はそれについぞ気付かない。

「い……痛……痛っ」

 打ち震えるミカ太の肩。

「悪・霊・退・散!」

 ひょいと棒状の物体を取り出した巫女オンナは、その御幣(ごへい)のようなものを左右にがしがし振りはじめた。

 なんていう所に入れているんだ……。背中……背中だよ。それを取り出したのは。

「?……おかしいですね」

「何がおかしいんだよ。おまえ」

 「お札」の下に見える額を赤く腫らしたミカ太がぐいぐい、と巫女オンナに迫る。

「な、に、が、お、か、し、い、の、か、なっ?」

 ミカ太の怒りで巫女服が宙に浮いた。

 うわ、こいつキレてるのかよ。凄いコンタクトしたもんな……。

「あ、あ、あたしの除霊がなぜ効かないんでしょう……!!」

「除霊?」

 掴んでいた巫女オンナの胸ぐらをゆっくり下ろすミカ太。

「……おれを魑魅魍魎か何かと思い込んでる?」

 随分トーンダウンしてきた。

「だって……悪霊ですよね?あなた」

「いや違うけど」

 取り憑かれている形になっている俺の見たところ、そんなに変わらない気もするけど。

 ミカ太はミカ太で霊とはまた別の存在なのだろう。自称は。俺はまだ疑っているぞ。

「悪霊はいつもそんなふうに言うんです」

「え?ええ!?」

 一理あるな。……じゃなくてまたミカ太に喧嘩売ってるのかこの巫女オンナは。

「あんた何者なんだよ」

 ミカ太のキツい視線がもう巫女服を貫通してしまいかねない様子だった。

「あたしの名前は鈴木明。よろしくね、悪霊さん」

「なっ!?」

 うっかり転びかけてしまった。周囲のクスクス洩れる微笑の声が聞こえる。あぁ、どうせ俺は変な人ですよ。

「おい高見―ちゃんと集中しろー」

 ハゲ先生こんな時だけしっかり指摘しやがるな。普段はテストの範囲すら教えられないとか言っているのによ。

 ……だけど俺が変な言動したのは至極まっとうなことだろう。

 鈴木、明。現在行方知れず。その彼の名前を聞いたんだ。腰を抜かすには十分すぎる。

「強烈に邪魔なんでハゲは黙っててください!」

 明……さん、はそんな俺の様子は気にも止めないようだった。

「鈴木明……!? あんたまさかっ」

 ミカ太の声が荒ぶる。どういう道理か知らないがあいつも鈴木のことは気になっていたようだ。

「はい? あたしは今まさにここに在籍する鈴木明ですが」

 どういうことだ。否、名前を喋った時にうすうす俺にも感づいてはいたさ。

 こいつが鈴木明のアニマだと主張し始める事態になるのは。

「なら話は早いな。明さん? あんたとおれは同類なんだよ」

 言いつつミカ太は右手を差し出した。それに歩み寄る明さん。やがて彼女の手の平が伸びてミカ太に触れるかどうかの……。

「悪霊、退散!!」

 それがまた、ラップ音が調子に乗って数倍大きく爆ぜたような……軽快な音だった。ピシッ、とミカ太に亀裂が入った。気がした。

「ど……どういうわけかなぁん?」

 ミカ太の前額部に二枚目のお札がはためいている。おいおい。

「だって、あたしと一緒ならあなた霊魂ですし」

「ん?」

「えっ?」

 俺も驚いたが、ミカ太もそれ以上に動揺している。

 ……と、ちょっと待てよ。

「成仏! 昇天! どっちでもいいので早くなさい!!」

「あの、あんた霊だって言うの……?」

 俺もある疑念がふつふつとわいてきた。と同時に一種の寒気すらかすかに覚えた。

「ですよ? だってあたし、もう死んじゃってるんですよね」

「!?」

 ……なんてこった。嫌な予感がする。

「ええ? じゃああんた、あんたの依り代の鈴木明くんは一体どうなって……」

「はい、消えました。この世界での存在は」

 絶句。いやしばらく黙ってはいるんだけど。兎に角静かに開いた口が塞がらなかった。

「ちょっと待て、それじゃ鈴木明が本当に死んで幽霊になっちゃったみたいなっ……!」

「その通りです」

 とても信じられる言葉ではないが、考え得る状況としては……鈴木明はもういない。ということになる。

 鵜呑みにできるかよ。そんな突飛な話。

「なので退散しなさい! そろそろ」

「やだね! ……こんなものっ!!」

 鼻息荒く、ミカ太は頭に貼られたお札を一枚剥がしては捨て、二枚目を剥がしては……。

「うあ!」

 突如小刻みに震えたかと思うと、ミカ太はその場にへたり込んだ。

「やっと効いたんですね」

「くっ、手足が」

「遅効性ですが特性の術式お札です! しばらく動けないでしょう! そして私の儀式で!!」

 存在の明さんが風を切る音を立て、御幣(ごへい)を振り回す。

「ふっふっふ……って、あら?」

「んなもん効くか!」

 切る風を断つカマイタチのような速さで、悪霊疑惑女の手刀が明さんの頭に深々と突き刺さったのが見えた。

「なっなんで」

「おれは浮遊霊じゃねーってんだよ!」

「あたしの除霊が通用しないのですか!? せっかくあなたを良きライバルだと認めたのに!」

「気持ち悪いこと言うな!! それになっ」

 ミカ太はざっとあたりを目と手で舐め回す。

「この光景は何だ! 見渡す限り教室中に『鈴木明』のタグ、タグ、タグ! 気味悪いわ!!」

「そんな風に言われても……というか、見ればわかるでしょう? この学校はあたしのモノなんですよ」

 異様な情景の正体は明さん、いや鈴木もしかすると明自身の都合だったようだ。

 それにしても……。

「こんなことをする理由は何なんだよ!」

 ……ミカ太が代弁してくれた。

「あれも、これも、それも、みんなあたしのです」

「あー……」

 ミカ太は何か言いあぐねている。

「これまでに2998個のモノがあたし……明の所有になりました」

 明さんのその透けるほどにキラキラ輝く金髪が目に痛い。

「それでですね……はい!」

「はい?」

 ふいに明さんが主導で二人でお互いに握ったと思うと、ミカ太の手中に紙切れが納められている。

 ……タグなのか。おい。

「気が変わりました。あなた2999個目のモノにします。とても凶暴なまさにモノの獣! 数のキリは悪いですね。でも2999、語感はいいですよ」

「いらんわっ」

 激しくと言っても所詮札なので、情けなく床に叩きつけられたタグのへにゃり、とした音にならない音が聞こえた。気がした。

「ななな何するんですか!」

「おれはおれ! あんたの所有物とは違う!!」

「な!?」

 ……だよな。そんな反応になるよな。

 ホイホイ「私は貴方のものですっ! 好きにしちゃって下さいご主人様っ!!」なんてシチュエーションになるわけないよな。

「許せません、あたしの好意をチャラにするなんて! やはり悪霊ですか!」

 ……だよね。そりゃあ怒るよね。

 例え霊魂と言えども明確な感情ってあるんだな。

「したら勝負、勝負です! 幽霊同士、戦いでケリをつけましょう!」

「勝負ってあんた勝敗はどうすんの」

 どんなバトルをやる気なんだよ。考えも及ばないぞ。

「霊の敗北と言ったら未練を解決することしかありません!」

 敗北なのか、それは。

「さあさ、あなたの未練を教えなさい!」

「未練なんてあるわけ……」

「ちなみにあたし、いえ鈴木明の未練は……恋人です。正確には『想い人』がいるだけ、ですが」

「想い人?」

 ほう。と合点がいってはみたものの。

 確かに幽霊とはこの世が名残り惜しくて化ける存在でもあるようだ。

 つまり札女である明さんが抱える悩みは、そのまま鈴木明が抱えた生前の未練と言うことになるのか。

「未練は未練でさ、納得もできるけど。……何でも自分のモノにする行為は一体なんの為にしてるんだ?」

「趣味です!」

 趣味かよ。

 ……いやいやいやいや。異常だろ、それは。まあでも幽霊の常識なんて俺はしらないけど。

「……。で、誰なんだ? その『想い人』って」

 ミカ太が口に出すと、明さんが急にそわそわモジモジしはじめた。

「あ、浅羽(あさば)さん、です」

 顔に両手を当ててさも恥ずかしいといった具合に。

 って、浅羽かよ。この学年の浅羽(あさば)加奈(かな)ならすぐそこにいるじゃないか。

「へえ、彼女のこと好きだったんだ」

「はい。……さあ、公平に今度はあなたの未練を言って下さい!」

「と言ってもなー」

 ミカ太の未練か。

 俺は頬杖ついてこの様子をぼんやりと眺めているわけなんだが、そこでふと考える。

 例えば俺が今死んでしまったとして、幽霊になってしまうような未練、つまり『心残り』って何だろうか。

 はたして俺は後腐れもなく生きているか。

 人生の汚点を見極めて単純に反省するのならまだマシだ。でも後悔は駄目だな。

「おれ未練なんてねーけど……」

「隠すつもりなんですね、フェアじゃありません!」

「えーっと……じゃあ、『おれはジャンケンに弱いのが心残り』で……」

「ポン」

「? ……ポン」

 不意に明さんがチョキを出し、ミカ太は握り拳を突き出した。

「ほい。あなたの勝ちです」

「あー、うん」

「さっさと成仏して下さい!」

 明さんが御幣を振り乱す。

 紙と紙の摩擦音がしゃんしゃん、と俺の耳に届く。

「…………」

「…………」

 明さんがぶつぶつ唱えてる傍らで、幸いにもしばらく気も散らず、俺は授業に集中できている。

 その間当然のことのように、ミカ太は平然としていた。

「ふ、不公平です! 未練をちゃんと言って下さい!」

「じゃあ、冷え性なのがおれの本当の未練で?」

「それは絶対違います」

 きっぱりと明さんが言い放つのが聞こえた。

「どこに行くんですか?」

 気になって首を傾けるとミカ太はすたすた歩みを進めていた。その先には浅羽さんが席に座っているんだが。

 そして間髪入れず、ミカ太がその頭をはたいた。

「何するんですか!?」

 浅羽さんはあたりをきょろきょろ見回している。

 頭部に何かくっついていた。紙のような……鈴木明のタグなのかあれは。

「よーし、これで浅羽さんは鈴木明のモノだっ」

「な……」

「これにて決着っ! さあ未練とやらを絶ち切ってちゃっちゃと成仏でもしろよ」

 ミカ太のやつ……強引だな。

 相変わらず強引だけど、優しい。

 浅羽さんとしてはたまったもんじゃないだろうが。

「って、あれ?」

「おかしいことでもありますか?」

 明さん未練を解消したんじゃないのかよ。

「あんた、満足できたら天に登ったりするんじゃ?」

一方明さんはあっけらかんとした感じで、ふいに思い出したようにかしわ手をぽん、と叩いた。

「消えませんよ」

「だって幽霊だろ? タイムラグでもあるの?」

「消えません」

「本当に霊なのか?」

 仮にそのまま明さんが幽霊だったとして、さらに未練があったとして……それはすべて冗談だったのだろうか。

「あなたも霊魂なんだし察することはできるでしょう」

「おれは違うっての。面倒臭いなー」

 こめかみの周辺をポリポリと指掻くミカ太は実に面倒臭い、を顔全体で表している。

 こっちにまで気持ちが伝染する。

「浅羽さんは確かに未練でした。正確には未練のひとつ、です」

「……なるほどまったく未練がましい魂だ」

 ミカ太は溜息をついたようだった。浅すぎて俺には

「しぶとさには自信があります」

「もう他の未練も吐いてしまえっ!」

「それが……」

「それが?」

理解(わか)りません」

「へ?」

「自分でも不思議です。なぜ自分がここに残っているのか」

 あっけにとられたのは俺だけじゃなかったようだ。

 でも確かに、自分で自分のことを完全に知っている人など少数、レアパターンだろうな。

 人生経験のない俺はそんなふうに思ってしまうわけだ。

「あたしの居場所なんてどこにもありませんし。あの世にさえも」

「あんたって……」

  明さんがやけに小さく見えた。彼女の肩はすっかり落ち込んでしまっている。

 現世と死後の世界で宙ぶらりんになるなんて、俺には考えの及ぶ所ではない。

 明さん……。アニマ、いや鈴木明にとっての『何か』は、恐らくその有り方すら『あやふや』なのだ。

 幽霊の様でもあり、アニマの様でもあり、鈴木明という男でもあるような、彼女の存在意義など誰も知らない。のだろう。

 ……そんなことを考えているうちに気がつくとミカ太がこちらに向かってきた。

「ん?」

 呆気にとられていると、ミカ太は俺の片襟を鷲掴みにして……俺を側面にぶん投げた。

「痛ってえええええええ!!」

 と言ってもそんなに強くは引っ張られていなかったのだが、俺には予測不可能な行動のせいでもんどりうって倒れた。

 そのせいだろう教室中が盛んにざわめく。

 痛い。打撲だぞ打撲。下手すりゃ捻挫骨折だ。

 何するんだこの……。

「あんたの居場所ならおれが作ってやるよ」

 俺が立ち上がるのと時を同じくして、ミカ太は俺の机に激しく叩きつけた。……さっきのタグを。

 鈴木明の名札。それを俺の机に?

「これでこの席は明君のモノだ! この教室も、この学校も! 敷地の中はまるっとあんたのモノだ!!」

「え!?」

「もうとっくに死んでいようが、いつでも授業を受けに来い! 俺が許すっ!」

「あなたは……」

 俺は立ち尽くす。ミカ太の大声に受けた衝撃によってではない。

 心意気。ミカ太の心意気に迫力を感じたんだ。

「っ……!!」

 明さんはうつむいて、やがて肩を震わせはじめた。

 ……泣いているのか?

 俺は言葉を失った。さっきまでとはうってかわって意外な展開である。

「……ありがとう……思えばあなたの名前、訊いてませんでしたね」

「高見……なんだけどわけあって今はミカ太になってるんだよな」

「高見さん……ミカ太さん……」

 鈴木明と俺は多少たりとも面識はない。名前を知っている、ただその程度だ。

 俺は何もしてないぞ。感謝されても困る。

「ありがとうございます……」

 すべてミカ太がやったことだ。だけど悪い気はしないな。

 明さんは嗚咽を漏らしながらしばらく俺の席に座っていた。

 一年近く前、鈴木明が行方知れずになってあいつの学生生活は中断した。

 留年扱いだったんだろうが、もし進級していたら、ひょっとするとこのクラスに在籍していたのかもしれない。

 ……気付いたら俺は完全に白い目で見られていた。ハゲ先生の論調がピタリ止まっている。

 クラスメイト達は棒に当たる犬のように立ち尽くしている俺に、全体が呆然とした表情を投げかけていた。

 当然のように明さんとミカ太は見えていない。少なくとも。

 静寂があたりを包んでいた。

 まずい。

「……えっと、あはははは……」

 寝ぼけていたということで何とか誤魔化せ、俺!!

 ふと見直すとアニマは消えていた。

 明さん?

 さらに、教室中にマーキングされていたタグですら綺麗になくなっていた。

 俺が顔をひきつらせながら席に座ると、机の上に触れた指先に違和感がある。

 何だこりゃ。

 机にタグが残っていた。

 と、もう一枚紙切れがあった。

 そこにはかわいい丸文字で、「感謝します高見さん。あなたは優しくて心の素直な方なんですね」と読める。

 俺?

 感謝されたのは俺なのか?

  

 *

 

 授業が終わっても明さんは現れることはなかった。

 ……その日俺は夢を見た。

 幽霊にお礼を言われる、という特に筆するものでもないものだ。

 誰にも言えない、俺以外にはどうでもいい秘密を俺は作ることにした。

 俺の机の裏側には『鈴木明』の名札が今も貼ってある。

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