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朝の教室、ベタな噂

「おっす裕也。今日も相変わらず覇気のない顔してんな」


 学校に着き、自分の机に鞄をおろしていた俺に紳治――城野紳治きのしんじが後ろの席から立ち上がって声をかけてきた。


「うるさい。そういうお前は今日も寝癖が凄いぞ。そのボサボサ頭をいい加減どうにかしろ。幼稚園児じゃあるまいし髪くらい梳かしてきたらどうだ?」


「寝癖じゃねえっ。無造作セットなだけだって何回言ったらわかるんだ? 毎度毎度わかってて言ってるだろ?」


 紳治のやつとは小学校からのつきあいで、俺の数多くはない友人の一人だ。俺とは正反対の「お調子者」な性格でいろんな意味で騒がしいやつなのだが、こんな風にお互い軽い減らず口を叩いたりしながら仲良くやってたりする。


 いつもならここいらでもう一人現れるんだが……今日は休みか?


「おい紳治。鈴原のやつはどうした?」


 俺の席の斜め前、いつもならショートカットの女子生徒がいるはずの空席に目を移しながら訊ねる。


「信乃か? 休みじゃねえの? 鞄もねえし。あと数分でチャイム鳴るけど、あいつってば変に真面目なところあったりするから遅刻はないだろ」


 休み、か。昨日に風邪でも引いたのかな。


 まああいつのことだ、明日になればまたヒョッコリ出てくるんだろうけど。


「なあ、それよりもさ」


「ん?」


 何故だか真剣な顔つきで詰め寄ってくる紳治。


「知ってるか?」


「何を?」


「――今日、転校生が来るらしいぜ」


 転校生? そりゃまたおかしな時期に来るもんだな。


「ふーん……」


「うわっ、リアクションうっすいな。他の生徒はみんなかなりびっくりしてたぞ?」


 まあそりゃそうだろう。こんな受験間近に転校してくるやつなんて、受験しないやつかよっぽどの事情があるやつかしかいないからな。そんな予想外のイベントには驚いて当たり前だ。俺だって少なからず興味がある。別に声を出して驚くことでもないとは思うが。


 しかしそんな俺の反応が期待はずれだったのか、いつの間にか紳治は何ともいえない残念そうな面持ちになっていた。こいつは俺にどんなリアクションを求めてたんだろう?


「で? そいつはどんなやつなんだ? 男か? 女か?」


 俺の質問に「知らん」と短く答える紳治。直接転校生を見たワケじゃないのか?


「今日の朝職員室行ったときに大澤達が話してたんだよ。ウチのクラスに転校生が来るとかどうのこうのって」


 大澤っていうのはうちのクラスの担任で、生徒達にも人気のある若い男の教諭だ。


 にしてもそれじゃあんま信憑性がないな……。転校生の顔見たってんなら話は別だが、教師達が『それらしい話』をしてただけでは証憑がなさ過ぎる。こいつの聞き間違えだって十分にあり得るし。


 そこまで期待できるような話じゃないか。


「ところで紳治。今日職員室行ったってのはやっぱり……」


「んにゃ、今日は親父の話じゃない。ちょっくら体育委員の用事があっただけ」


 そっか。なら別に問題ないな。



 ガラガラガラッ



「おーし、みんな席に着けー。HR始めるぞー」


 大澤先生が、立っている生徒達に着席するよう促しながら教室に入ってくる。相変わらずラフな私服だな。一度でいいからスーツをビシッと決めてる大澤先生を見てみたい。


「おわっ、大澤来たか。そんじゃまたあとでな裕也っ」


 そう言うと紳治は自分の席に戻り着席する。


 大澤先生は生徒が全員座ったのを確認するとゆっくりと口を開いた。


「えーっと、今日は大事な報せがある」


 その言葉にクラス全体がどよめく。「男? 女?」とか「城野の言ってたことはほんとだった」という声が飛び交っているところをみるとほとんどのやつは紳治の情報を聞いてるみたいだな。当の紳治は多分後ろの席でガッツポーズなどをしてるんだろうが、あいつが調子に乗っているのを見てしまうと間違いなく俺の拳が繰り出されそうなので振り向くのはとりあえずやめておく。


「『何故か』みんな知っているようだがウチのクラスに転入生が来ることになった」


 みんなの目線が教室のドアへと集中した。中には中腰になっているやつもいる。


「ここで紹介……と言いたいところなんだが、残念なことに今日はまだ来れないらしい」


 それを聞いた生徒達は溜め息混じりに落胆の声を出す。たかが転校生で一喜一憂忙しいクラスだな。


「多分明日からの登校になるだろうが、お前らそんなに騒ぐんじゃないぞ」


 大橋先生はそう言うと、名簿を開いて出席の確認を始めた。


 俺はふと窓の外を見てみる。別に何があったとかそういうワケじゃない。


 ……転校生、か。


 別にそいつが来たからって俺の日常がどうにかなるわけでもないだろう。でも、ただなんとなく、







 なんとなく、




 久しくなかった新しい出会いに、




 漠然とした期待を抱いてる俺がいた。 







「――なんてな」


 ボソリと呟く。俺は少女漫画かなにかのヒロインかよ。


 黒板の前では、まだ大橋先生が出席を採っているところだった。






 今日も一日、長くなりそうだな。

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