49日間の思い出
悲しい記憶をひきずるくらいなら、
いっそ・・・消えてしまったほうがいいんだ。
☆■☆■
「翔太っ!翔太っ!
今日は、アイスが食べたいっ!!」
下校時刻になったとたん、彼女は俺の制服をひっぱり、
連れて行こうとする。
「うぉっ!そんな引っ張ったら、転ぶだろ!」
「翔太が転ぶのと、アイスだったら、私はアイスを優先させます。
さあ、行くぞ!アイスが私を待っているっ!」
「だから引っ張んなって!!」
そういいながらも、ちゃんと彼女について教室を出て行った姿に
クラスメイトが微笑みながら、見送る。
彼女は1ヶ月前に転校してきて、その1週間後に告られ、OKしたから
付き合って3週間になる。
自己紹介の時に言っていた、元気と運動だけが取り柄という言葉に
間違いはなく、いつもニコニコと笑っていてクラスにもすぐに馴染んだ。
そんな彼女の笑顔に俺はどんどん惹かれていったんだ。
☆■☆■
「チョコミントってよく食べれるね」
買ったアイスを手に持ち、ショッピングセンター内をぶらついている。
「は?このおいしさがわかんねぇの?マジでうまいからね?」
「だって、アイスなのにミントって・・・純粋に甘いだけでいいじゃん。」
「おまえさん、よく聞けよ。ミントがあることによって、甘いだけでなく・・・って聞いてねぇだろ」
俺の話を聞かずに、彼女はフラフラとお店のアクセサリー売り場へ向かっていく。
「うわぁ、きれい。」
見ているのは、桜色のブレスレット、ところどころ複雑な模様や天然石が使われており、なかなか凝っている。
「う~ん・・・買おうかな・・・」
無駄な物は買わないと、日頃から言っているところから見ると、相当気に入ったようだ。
「そのぐらい、彼氏を頼りなさい。買ってやるよ。」
「いいの!?」
キラキラと輝いた目で見上げてくる。
「いいの」
先ほども言ったが、彼女は無駄な物を買わない。
だから、アクセサリー類を欲しがるところなんて、はじめて見た。
「はい。これでいい?」
買ったブレスレットのタグを取って貰い、手首につけてあげる。
「うん。ありがとう!・・・そうだっ!ちょっと待って」
今度は彼女が、ブレスレットを買ったお店で、何かを買った。
「はい、これっ!私からのプレゼント!受け取って!」
彼女が買ってきたのは、ケイタイストラップで同じデザインの水色だ。
「いいのか?」
「うん。プレゼントならお互いに交換しなくちゃ!私も翔太の彼女だし、翔太のこと、大好きだから!」
「おまえっ・・・こんなところで、堂々と・・・」
彼女の言葉に毎回赤くなってしまう。
恥ずかしさ半分、うれしさ半分で。
「大好きなんだから、ちゃんと気持ち伝えなきゃ!私、伝えなくて後悔したくないから」
笑って、細まった目から見える真面目な瞳
時々、気持ちを言葉に表すとき彼女は奥底に真剣さを帯びている。
ちゃんと伝わっているかを確かめるように。
それなら・・・
「俺も、大好きだから・・・」
俺も言葉にしてあげよう。
彼女が伝えてくれる気持ちを受け止め、彼女が分かりやすいように言ってあげよう。
ほら、彼女がとても喜んでくれた。
☆■☆■
「なにかあったのか?」
「ううん。なんにもないよ。どうしたの急に?」
急じゃない、ここ最近思っていたことだ。
手のひらや空をボーっと眺めていることが増えた。
時計を気にするようになり、日付を確認しているところをよく見かけるようになった。
「そうだっ!今度の日曜、デートしよう」
名案とばかりに、パチンと手を叩き、えくぼを作って見上げてくる。
たぶん、部活はなかった気がする。
あったとしても普段、真面目に参加しているので、1日ぐらい休んでも許される・・・と思う。
「いいよ。どこ行きたいんだ?」
「水族館」
希望を聞くと、即答で返された。
「分かった。じゃあ水族館に行こう。」
「そうやって私の願い聞いてくれるところ、優しくて、大好きだよ。」
ああ、それから彼女は気持ちを言葉で伝えるのが、最近、前より増えた気がする。
嬉しいから、あんまり考えてなかったけど、これも気になることの1つ。
☆■☆■
「ほらっ!あれ、アザラシだよ!アザラシ!」
本日の彼女のテンションは、いつもの比ではなかった。
見た目は女子高生、中身は小学校低学年だ。
「ねぇねぇ、午後2時から、イルカショーあるって!見ようよ!」
「イルカのぬいぐるみ買ってやるか?」
茶化しで言ったつもりが、彼女は純粋に喜んでしまい、イルカショーにはぬいぐるみを抱いた彼女と見ることになった。
本当に、体の大きな小学生だ。
「あ~楽しかった! いいな~私もイルカの世話とかしてみたい。」
帰りの電車に揺られながら、彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
もちろん腕には、イルカのぬいぐるみが抱かれている。
「なればいいじゃん。飼育員。これから進路決めてくんだし。」
「・・・あ~・・・う、ん・・・そうだね・・・」
進路のことを口にすると、彼女は瞳からキラキラがなくなり、視線が下に向き、ぬいぐるみをさらに強く抱いた。
「えーと・・・ごめん・・・。」
進路は彼女にとってNGワードであったらしい。ものすごく分かりやすいテンションの下がり方。
そんな彼女にキラキラしていてもらいたく、なんでもいいから、言葉をつなぎたかった。
「謝らないで。
ただ、進路のこと考えると、どうなるんだろ?って不安になるだけだから・・・。」
ぬいぐるみを抱いていた手を離して前の伸ばし、何かを掴むようなしぐさをする。
「これから、私はどうなるんだろう」
両手の開いたり、閉じたりを繰り返し、繰り返し
「・・・大丈夫。もし・・・、もしなにかあっても、俺のお嫁さんになればいいだろ。」
宙を舞っていた彼女の手をつかみ、まるで幼稚園生みたいなセリフを口にする。
気持ちを言葉にするのは、難しい。
自分の思いがうまく言葉にあてはまらなかったり、逆にピッタリの言葉があてはまったり
それでも、伝えたいという気持ちで、ある程度はカバーできる。
それも、彼女から教えてもらったことだ。
「ありがとう。こんなこと言ってもらえるなんて、私は幸せものだ。
翔太の奥さんになる人はきっといい人だろうな。」
彼女の手を離して、でこピンをお見舞いする。
「い、痛い・・・」
「なんで、そんな他人行儀なんだよ。
言っとくけど、奥さんになるのはおまえなんだからな。」
今の言い方だと、自分がならないみたいな言い方だ。
「そうだといいね~」
「また、他人行儀かよ・・・」
「ほらほら、そんな気にしないの!今のところ大好きなんだから!
・・・・あらっ?もうこの駅で降りなきゃ」
アナウンスから、彼女の最寄り駅の名前が流れ、もうすぐ停まる。
「家まで送るよ」
「ううん。いい。今日は翔太も疲れたでしょ?駅からもそんなに離れてないし、大丈夫」
「けど・・・」
「ありがとっ!気持ちは受け取っとくね。」
プシューと音を立てて電車の扉が開く。
ひらりと彼女が1人で電車を降りる。
「今日は、本当にありがとう。とっても楽しかった。ずっと、ずっと忘れないね。」
「大げさすぎるだろ。じゃあまた明日・・学校で会えるよな?」
なぜだろうか、不安になって聞いてしまった。
普通にさようならと言ってはダメな気がして。
プシュー
彼女の返答の前に扉が閉まり、見えなくなっていく彼女の顔は困り笑いだったのか、ほのかに笑っていたのか・・・
☆■☆■
「おはよー」
いつものように教室の後ろの扉から入ると、あるものはうつむき、あるものは涙を流し・・・・とにかく暗く悲しい雰囲気の漂う教室になっていた。
「ねぇ・・・」
自分の席に着き、隣の席に座っている、女子クラス委員長に話しかける。
当然その子も泣いており、俺が話しかけるとビクンと体を跳ねさせた。
「なにがあったか、教えてもらってもいい?」
「えっ・・・!!なにを言っているの?」
委員長は目を見開き、驚きに満ちた顔で質問に質問で返した。
「なにって・・・俺はクラスのみんなが泣いたりしているから、どうしたのかなって」
その言葉を口にしたとたん、彼女の顔が見るからに青ざめていった。
「本当に・・・本当になにも知らないの?」
「うん。教えて。何があったの?」
胸がドクドクいっている。
委員長は、何度か深呼吸をすると、震える唇でゆっくりと話していく
「き、昨日・・・坂本さんが・・・事故で・・・亡くなったって・・・」
瞬間、体が凍りついた動かなくなり、肺になにかが突っ込まれたように呼吸が難しくなる。
しかし、頭だけは冷静に委員長の言葉を理解していく。
坂本さん、・・・それは俺が大切で大好きな彼女の苗字・・・
「いつ・・・いつ・・・事故が起こったの?」
接着剤でくっつけたように動かなくなった唇を、無理やり動かす。
「きの、うの・・・午後・・2・・時・・・・ごろに・・・車に・・・はね・・ら・て・・」
時間を知ったとたん、俺の体が軽くなり、力が抜けていくが、わかる。
なぜならその時間はイルカショーを見ていた時間、車にはねられるわけがない。
では、なぜ彼女が事故にあったことになってるんだ。
もうすぐ彼女は登校してきて、みんなのことを笑って、そんなことあるわけないって言って・・・
・・・・・・・・なのに、なんで・・・・・・・・
もう彼女が登校してくる時間・・・
それなのに彼女は、教室の扉を開けて入ってこない。
泉のようにどんどん湧き上がる不安
「・・・っ!どうしたんだよっ・・・!!」
不安が声に出されたとき
サーーと、風の音とともに流れてくる声
「・・・しょ・・た・・・しょ・う・・た・・」
「!!」
扉をみると桜色のブレスレットをした手だけが見え、おいでおいでと手招きをしている。
その手は段々と引っ込まれていって見えなくなる。
「待って・・・!」
俺は無我夢中でその手を追いかけた。
走っているのに、案内をするように招いている手しか見えず、招いていた場所に着くと、また別の場所から、手を覗かせる。
イタチごっこを繰り返すうちに、いつしか屋上へと上る階段へと来ていた。
呼吸を整え一歩一歩、階段を踏みしめていく
ドアを開く手が震えていることに気づき苦笑する。
ドアを開けたその先、屋上の柵にもたれ掛かりながら、笑っている少女が1人
「おつかれさま 楽しかった?」
ただ何も知らず笑っている顔が無性に腹立つ
「なに言ってんだよ!今、教室は大変なことになってるんだ!!すぐに戻ってみんなに説明・・・」
言葉が続かなくなってしまった。
無理やりにでも、連れて行こうと引っ張る手が空ぶった。
それは、昨日まで触れていた手。なのに目の前にある手はつかめず、マジックのようにすり抜ける。
「ああ・・・もう実体が限界か・・・」
そんな自分の姿を見た彼女は、ただ淡々と状況を整理している。
「どういう・・・」
「さて、ここで問題です。」
唖然としていている俺の質問をかわし、彼女が言葉を続ける。
「私が転校してきて今日で何日目でしょう?」
「は?なんでいきなり・・・」
「答えてみて」
有無を言わせぬ響きに仕方なくケイタイを開いて答える。
「たしか・・・・・・・今日は・・・・49日目・・・・」
「正解。じゃあ49日目が何の日か知ってる?」
首を左右に振る。
「・・・簡単に言うとね、お別れの日なんだ。」
「お別れの日?」
「そう。お別れの日。人はね死ぬと魂があの世にいくまで、49日かかるんだ。
だから今日が本当のお別れの日・・・」
「待てよ!!それじゃあ昨日までちゃんと触れることができたってのに死んでたってことなのかよ!?」
静かに笑い、首を振らないのは、肯定の印
「本当はね・・・翔太には、忘れさせたまま黙って離れようと思っていたんだ・・・」
突然、確信を突かない事を話し出す。
「でもね・・・前の私も、今の私も、好きだったことには変わりないから・・・」
「どういうことだよ・・・?」
彼女の人差し指が俺のおでこにあたる。
もちろん触れる感覚はないが、瞬間、頭の中にとても多くの映像が流れだした。
誰かに告白している映像
楽しそうにメールしている映像
帰り道を一緒に歩いている映像
白い布が顔に被せられた人の前で泣き崩れている映像
どれも俺のまわりには同じ少女がいて、その顔は・・・
「・・・・そういうことだったんだね。」
映像が止まり目の前にいる少女がいっそう愛しくなる
「・・・クラスメイトのみんなには、私が転校してきてから今日までの記憶を消してあるから。」
「・・・うん」
「翔太には、すべてを知ってもらいたかったから。」
「・・・うん」
「それじゃあ・・・そろそろいかなきゃ・・・元気で笑ってる姿見させてね・・・」
「・・・今は、笑えそうにないや・・・」
笑えもしないが、泣けもしない
涙を流してしまったら、彼女の姿がぼやけてしまう。
「最後に、」
「ん?」
もう足のほうは透けて向こう側が見えるくらいまでお別れは進んでる。
「最後だから伝えておくね。私が生きていた時はね、付き合ってるっていうのが恥ずかしかったの。とてもじゃないけど、恥ずかしくて大好きなんて言えなかったし、デートだって、知ってる人に見られるのが嫌で、しなかった。それからおそろいの物なんて絶対に付けられなかった。」
「・・・そうだったね」
「死んだ後に後悔したから、大好きだって伝えたり、デートに行ったり、おそろいの物買ったり、恋人らしい事いっぱいやったんだよ?・・・こんな私と付き合ってくれてありがとう。好きだって言ってくれてありがとう。私のわがままに49日・・・ううんそれ以上付き合ってくれてありがとう。」
「彼氏なんだから、あたりまえだろ」
「私は、今も昔もあなたのことを好きになれて、本当に幸せものだ。翔太がくれたブレスレットとぬいぐるみずっと、ずっと大切にするね・・・いつまでもあなたが幸せでありますように・・・」
両手で挟まれた顔に彼女が最後のキスをする。
感覚はないけれど、思いが伝わる優しくて、せつないキス
いつの間にか、閉じていた目を開くと障害物がなく大きく広がる大空
「さようなら。俺も好きになれてよかった」
教室に戻るために屋上から背をむける
ポケットから覗いていたキーホルダーが、キラリと反射した。
☆■☆■
悲しい記憶をひきずるくらいなら
いっそ・・・消えてしまったほうがいいかもしれない。
けれど悲しい記憶も、楽しい記憶も、辛い記憶もあるから大切な思い出なんだ。
*補足です。*
・主人公が生きている時に告白したのは、翔太からでした。
・そして、主人公は委員長がいったとおり事故で亡くなってしまいました。
・病室で、泣き崩れている翔太を見ているのが、辛くなった主人公は、死ぬ前の付き合っていた時の記憶を消して、新しく幽霊の姿で楽しい思い出だけを残そうと思いました。
(死ぬ前の付き合っていた記憶を残すと、つじつまがあわなくなるから)
・しかし失っていい思い出なんてないんだ。と気づいた主人公は別れの時に記憶を戻してあげました。
・クラスメイト達は混乱するので、幽霊時の主人公の事は記憶を消しました。
というお話でした。
ここまで、読んでくださりありがとうございました。