水泳禁止
【20XX年】
全国の学校からプールが消え、水泳という授業も共に消えた。
それに伴い水泳はお金持ちの競技となり、子供の習い事ランキング1位であった時代、オリンピックでの輝かしい実績も過去の話となってしまった…。
ーーー
池田弘人は物心ついた時からスポーツが好きであり、毎年オリンピックは食い入るように見つめている。
サッカー、バスケ、柔道や陸上など色々とあるなかで一番好きだったのは水泳だ。
水の中を素早く進んでいる様は弘人にとって未知の世界であり、何より美しく水の中はとても気持ち良さそうに見えたのだ。
「ママー! ぼく将来水泳選手になる!」
彼が6歳の時に両親へ告げた夢である。
母は「なれると良いねぇ~」と返事をしていたが、本気で目指しているとは露ほども思っていない。
父は「水泳って俺のおじいちゃんとか、おばあちゃんの時代にあったスポーツだろ?」と笑っていた。
幼いながらも何となく馬鹿にされているのを感じ取った彼が顔を膨らませそっぽを向いてしまったのは言うまでもない。
その罪滅ぼしでは無いが両親は
水泳がどうゆうものか?
やるには何が必要か?
事細かく教えてくれた。
この時から弘人の特訓が始まったのだ。
息を止められる時間を長くし、息つぎのやり方、泳ぎのフォームなどお風呂の時間を使い、狭い湯船の中でイメージし練習を繰り返した。
また直ぐに飽きるだろうと思っていた両親も毎日繰り返されるその姿にスイミングスクールへ通わせるかと悩み、一度体験教室へと足を運ぶかという話になる。
もちろん弘人の答えはこうだ。
「絶対行きたい!!」
後日、映像でしか見たことの無いプールという施設へ実際に立ち入り弘人は心踊る。
若い女性の先生から簡単な説明を受け、子供達に混ざり弘人は準備運動を始めた。
母も教室に通うママ達とパパの仕事について何やら話しているようだ。
準備運動を済ました弘人は初めてのプールを体験する。
「冷たっ!」
お風呂でのイメージが強く、思わず声が漏れる。
周りを見れば自分より幼い子も難なく泳いでおり、早く泳ぎたい気持ちと嬉しさで心がいっぱいであった。
弘人はその気持ちを伝えたく満面の笑顔で母親に手を振る。
この時、弘人へ手を振り返してくれた母のぎこちない顔に少し違和感を覚えた。
「じゃあ弘人君は…」
先生が弘人に水泳を体験させようとする言葉を遮って「ぼく、泳ぎたい!」ときらきらした眼差しで見つめその想いを伝えた。
「まだ弘人君には難しいから水に慣れる所から始めよっか」と諭すが、そんな事などお構いなしに駄々をこね始める。
その声はプール中に響き渡りいつの間にやら注目の的だ。
「弘人…」と声をかけている母親の言葉もこうなった彼には届かない。
駄々っ子作戦が功を奏したのか「じゃあここまで泳いでみよっか」と本来の三分の一程度の所に先生が立ち、泳ぐ許可をくれたのだった。
弘人は練習の成果を見せつけようと水だけの世界へ飛び込む。
聞こえるのは体に響く重低音、ブクブクとした息、上から差す光のみ。
湯船の中とは違う世界。
そして泳ぐ、水を掻き分け、前へと進んでいく。
水中で体を動かし前へ進むなど初めての経験で練習どおりとはいかずとも泳げている手応えを弘人は感じていた。
だが息つぎが上手く出来ず「ぷはー」と顔を出しそのまま足を着いてしまう。
そして彼は現実を知った。
先生との距離はさほど変わっていなかったのだ。
「今のなに? 泳いでたの?」
「溺れてる人のモノマネじゃない?」
くすくすと子供達の笑い声が聞こえる。
弘人は恥ずかしくなり母親を見る。
そして気付いた、自分よりずっと前から母は同じ気持ちであった事に。
その後の体験教室は覚えていない。
分かったのはここは自分達がいる所では無く、終始笑いの対象であったという事。
そして母に嫌な気持ちをさせてしまったという事であった。
「お母さん…ぼく水泳はやらない」
帰り道その言葉を聞いて「…そう」と何か言いたそうではあったが、母は少し安心したかのようであり、家に着いた頃にはいつもの母親に戻っていった。
この体験で母へ伝えた言葉とは裏腹に弘人は諦めた訳ではない、寧ろ心に強く決めたのだ。
【絶対に水泳選手になってやる】
池田弘人12歳の時、6歳の頃に行った水泳教室では毎年ジュニア大会が開かれている。
この大会は出場者に年齢制限があるだけで個人で参加してはいけないというルールが無いのだ。
弘人はこの大会への参加を両親に告げる。
あんな嫌な想いはして欲しくないと母は反対したが父は「お前が諦めていないのは俺達も知っている自分のやってみたい事をやりなさい」と母を説得し参加を許可してくれたのだ。
そして大会当日。
休日という事もあり人で賑わっている。
弘人が参加したのは自由形、両親が見守るなか彼はスタートを切った。
周りの観客達はざわめきだす。
大会の運営職員達は介入するべきか迷う。
その泳ぎとも取れない進み方は笑いを越えて心配になる程、滑稽であり、まるで犬掻きである。
1位が決まった瞬間、皆が見ていたのは弘人。
応援していたのは両親のみで周囲は彼らを腫れ物扱いであった。
だがゴールまでの距離が中盤に差し掛かった時、周りの目は少しずつ変わっていく。
「頑張れー!」
誰かが言い出したのをきっかけに弘人は皆から応援されていた。
誰にも教わらず、想いだけで水泳を始めた人物。
彼の心持ちは知らずとも、その夢を叶えようとする姿は美しく。
皆の心を動かし自然と応援しようという気持ちにさせたのである。
結果は当然最下位、だがこの大会一の感動を生み、彼の成長を促すきっかけとなる出来事であった。
大人になった弘人は目を閉じてそんな子供の頃を思い出し懐かしく思っていた。
「さてと…」
彼は立ち上がり向かった。
今度はこの想いを世界へ披露する為に。
(了)




