冬は呪いに向かない季節
しいなここみ様主催「冬のホラー企画3」参加作品です。
「ムカつく奴いるから呪い殺したいのに、寒すぎてマジ無理」
「そんなギャルみたいなノリで言う内容か?」
ホットココアを飲みながら語る彼女は、俺のツッコミをものともせず話し続ける。
「いやさ、とりま呪いの儀式? とか色々調べてみたんだけどどれも深夜ばっかりなんだよね」
「草木も眠る丑三つ時、っていうぐらいだからな」
「でもさ、ただでさえ寒いのに真夜中なんてめっちゃ寒いしお肌にも悪いじゃん? ってか呪い完遂する前に自分が凍え死にそうじゃん?」
「そんなこと考えるぐらいなら呪いなんて諦めろよ……」
「でもさ、呪いの為に必要な道具はわりと手軽に揃えられそうなんよね」
おいおい、本気か? と思いながらも俺は「例えば?」と聞いてみる。
「まずさ、藁人形はもう完成してるのが結構売られてんだよね。なんか呪術漫画のヒロインが釘と一緒に使うみたいだから、コスの小道具として人気あるっぽい」
「あぁ、そういや名前書いた相手を地獄に流すヒロインも藁人形持ってるな」
「で、金槌と釘もちょい大きめの百均とかホムセンいけばプチプラで買えるんだよね」
「普通そういうのはDIYで使うもんだろ……ってか、まさかもう買ったのか?」
「やー、店員さんに『五寸釘ください』って聞いたらすごい顔されて結局買えなかったわ」
そりゃ店員さんもびっくりしただろうな。
かなり困惑しただろう店員に同情しながら、「あのな」と俺は口を開く。
「五寸釘ってのは、だいたい十五センチぐらいのかなり長い釘なんだぞ? そんなのを木に向かって真っすぐ、打ち付けるとか素人にはまず無理ゲーだろ」
「いや、ウチ技術・家庭の成績いいから大丈夫。それより寒い方が無理」
「そういう問題じゃねぇだろ……っていうか、お前がやろうとしてるのってたぶん『丑の刻参り』だろ? ちゃんと手順知ってるのか?」
「は? なんか真夜中になったら近くの神社へ行って、嫌いな相手の写真張り付けた藁人形を釘でボコるだけでいいんじゃないの?」
曖昧過ぎる彼女の情報に、俺は肩を落としながら説明を始める。
「いいか? 丑の刻参りにはもともと修験道の呪いで、かなり制約が多いんだ。ただ柱に藁人形を打ち付けるだけじゃない、やる時は白い服で白い布を頭からかぶって、首からは鏡を下げておかなければいかない。そんでもって頭には三本の蝋燭がついた輪っかをはめて、足には一本歯の下駄を履いておかなければ駄目なんだ」
「え、何そのめんどいドレスコード。下駄は夏しか売ってないし、蝋燭乗っけた冠なんかオーダーメイド必須っしょ。ってかただでさえ空気乾燥してるから火の用心しなきゃいけないのに、そんなもん被ってたら絶対危ないし」
「それだけじゃない。そもそもこの呪いは一週間、毎日継続してようやく相手に効果が出るものなんだ。しかも呪っているところを誰かに一回でも見られたらアウト、失敗どころかそれまで自分が向けていた怨念が全て自分に返ってくることだってあるんだぞ」
「何それ、タイパ最悪だしハイリスク・ハイリターンがすぎんでしょ……ってか、さっきから詳しすぎじゃない? それならもっと、お手軽で簡単に相手を呪える方法を教えてよ」
やや上目遣いで、あざといポーズをしながら物騒なことを口にする彼女にドキッとしつつ俺は答える。
「そんな都合のいいもん、あるわけねぇだろ。日本だけじゃない、西洋の黒魔術だってそうだ。相手にどんな恨みがあるのか、どういう厄災が降りかかってほしいのかによって魔法陣やシジルも違うし『使う道具は全て新品を揃えること』って注意書きがされていることも多いから……呪う前には自分自身の身を守るために、結界を張っておく必要だってあるんだぞ。生半可な覚悟でできるようなことじゃないんだ」
「し、じる?……島根県宍道湖の名産を使った、肝臓の働きを高めてくれる……」
「それ、しじみ汁な。シジルってのは呪いに協力してほしい悪魔や精霊を呼び出すための、専用の図形みたいなもんだ。他にも専用の文字とか、正しい呪文の文言を覚えなきゃいけないこともあるし……ろくに知識もなく迂闊に手を出すと、呪い返しにあってエラい目に遭う可能性もあるんだぞ」
「うっわ、ヤバいじゃんそれ……ちぇっ、呪いって結構難しいんだねー」
ウチには無理かー、と彼女は温くなってしまったココアを能天気に飲み干す。
「あー、もう冷めてる……こんなに寒いなら、呪いに行くとか絶対無理だわ。やっぱ冬は呪いに向かない季節だねー」
「春夏秋冬、オールシーズンでお前に呪いは無理だろ。ま、『因果応報』ってヤツに期待すればいいんじゃないか? お前みたいな奴が『呪いたい』って思うほど恨むような相手なら、ソイツはきっとこの世にいるべきじゃないとんでもないクズだろうし……そのうち、天罰下るだろ」
「やだ、今の言葉ちょっと胸キュン」
おどけつつ、それでも可愛らしい笑顔を見せる彼女に俺も少し照れ臭くなる。
「……あー、たぶんコイツだな」
俺はクラス名簿を見ながら、彼女の敵らしき人物に目星をつける。
元からコイツには、目をつけていた。クラスに一人はいる自サバ女、自分が中心にいないと我慢ならないタイプ。俺の彼女――ちょっとアホだけど可愛らしくて、何もしなくても周囲から好かれるような人間は疎ましくて仕方がないのだろう。一方的な妬みを拗らせ、陰口を叩いていたことはリサーチ済みだ。
「他のクラスメートにも色々、虐め紛いのことやらかしてるっぽいし……こういう奴が相手なら、思う存分やれるな」
言いながら俺は、使い慣れた呪い道具一式を準備する。
冬は呪いに向かない季節。素人には無理ゲーだし、ろくに知識もなく迂闊に手を出すとエラい目に遭う。
だから、代わりに俺がやるんだ。
「よし、やるか」
俺は正確に描いたシジルを元に、儀式の準備を始めた。