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第6話 それぞれの事情

 人間の声ってここまで変えられるんだ。それが、とうとう正体を現したユルヤナに対して僕が最初に思ったことだった。魔法を使った気配はないので身体そのものに由来する技術なのだろう。


「あれ? 驚きませんね。だいたい皆、いいリアクションをしてくれるのに」


 きょとんと首を傾げる姿は、相変わらず声さえ聞かなければ見目麗しい少女そのものだ。今まで彼女改め彼に騙されてきた見知らぬ人々を哀れみながら、僕はため息をついた。


「そうじゃないかと思ってたから」


 軍人時代に受けたハニートラップの見分け方や変装講座が今更役に立ったのは喜ぶべきなのだろうか。名乗った時に一人称を言い直したことと、改めて正面から見たときの骨格、加えて見た目よりも力が強かったり喋り方が雑だったりするところも踏まえてもしやとは思ったけど、正直なところ当たらないでほしかった。


「初見でバレたのは初めてです。ツクモさん、ただの魔導技師ではありませんね」


 ユルヤナは不満そうにむっと口を尖らせた。本当に美少女だったなら可愛い仕草だったのかもしれない。


「……確かに、元軍人の技師は少ないかもしれないですね」


 あまり知られたくはないがユルヤナも開示してくれたことだし、隠しておくのは不公平だと思った。


「軍人ですか! 魔法よりも武術に長けた人が多いと聞きましたが、あんなに繊細に魔力を扱える方がいるなんて」

「数は多くないけど、魔導士部隊があるんです」

「てことは、魔導技師に加えて魔導士の資格も持ってると。エリートじゃないですか」


 ユルヤナは『はぇー』と感心するような呆れるような声を出しながら、処方箋に僕の情報を書き加えた。

 彼の言う通り、魔導士といえば魔法を使うスペシャリストとして多くの国民が憧れる国家資格の一つだ。取得しないと一定以上の威力や危険な効果を持つ魔法の使用が認められない。――そんな強い魔法を行使できるくらいの実力と魔力を持っているという指標にもなるため、大変潰しが利く資格でもある。


「でもずいぶん若く見えます。おいくつですか?」

「二十一です」


 途端にユルヤナの態度が気安くなった。


「なんだ、本当に若い。敬語じゃなくてもいいですか? 実は苦手で」

「僕も苦手だから助かる」


 特に同年代に見える相手だと気が緩んでつい口調が崩れる。素直にありがたい申し出だった。気を取り直してユルヤナは訊ねる。


「……ところで魔導士と魔導技師って、それぞれ三年以上学校に通ってやっと習得できるようなものだって聞いたけど」


 一般的な魔導学校の入学年齢は十五、六歳だ。軍に入隊する前に資格を得ていたらなおのこと計算が合わないぞと言いたげにユルヤナは指折り数えている。


「魔導技師科と魔導士科を掛け持ちして三年で卒業したからその認識で合ってるよ」

「……できるものなの?」

「ちょっと大変だったけど、なんとか」


 元々魔導技師科一筋で行くつもりでいたら、入試の成績を見た学院側に『適性があるのにもったいない』『魔導士にならないなんて絶対に損する』とゴネられ、掛け持ちさせてくれるなら魔導士科にも籍を置いてやってもいいと冗談半分で言ったら通ってしまった。


 そして前代未聞の掛け持ちで必要以上に目立ってしまい、魔導技師を見下す魔導士科からは半端者と呼ばれ、魔導士を敵視する魔導技師科からは冷やかしと言われ、周囲の声を黙らせるために何が何でも両方を三年で取得する羽目になったのだ。


「ん? 待って、それでも計算が合わない。新兵は最初の三年間、能力にかかわらず基礎的な任務と雑用をひたすらこなすことになるって聞いたよ。卒業してすぐに入隊したとしても、魔導士部隊所属は早すぎない?」

「詳しいな」

「師匠のお客様には軍人もいたから」


 まだ何か隠していることがあるなと言いたげに、じとっと僕の顔を見るユルヤナの圧の強い眼差しに僕は屈した。


「魔導学院に入学したのは十三歳の時だから。十六歳で卒業して、軍に五年いた」

「ッカー! 天才様ってやつだ!」


 ユルヤナは再びクリップボードを床に叩きつけた。そのうち板が割れるんじゃないだろうか。


「そう言われるから言いたくなかったんだ。……ちなみにユルヤナはいくつ?」


 拾い上げるユルヤナのつむじに向かって訊ねると、


「いくつに見える?」


 瞬時に姿勢を正し、決め顔でバチンとこなれたウィンクをしながら妙齢の女性のようなことを言うので、僕は若干疲れながら首を振った。


「そういうのいいから」

「ノリ悪いなあ。十八だよ」


 裾が長めとはいえスカートで椅子の上にあぐらを掻こうとするのはさすがにやめさせた。被っていた猫が逃げ出しすぎだ。


「ていうか、男だって気付いてたなら早く言ってよ」

「わざわざ聞かないだろ、どういう事情があるかわからないのに」


 ユルヤナのようにそういう会話が必要な仕事ならまだしも、さほど仲良くなるつもりもない初対面の相手のことを根掘り葉掘り聞くのは悪手だ。心証が悪くなるだけならまだいいほうで、どうかすると面倒事に無駄に関わらざるをえなくなる。


「おれは全然大丈夫」


 勝ち誇った顔でぐっと親指を立てる様子を見る限り、ユルヤナはむしろ聞いてほしそうだった。仕方がないので僕は聞いてあげることにした。


「……なんで女装してるんだ」

「似合うから! あとみんな優しくしてくれる!」


 渾身のドヤ顔だった。いくら薬剤師は商人気質が多いと言ってもここまで行くとあっぱれだ。僕が呆れていると、ユルヤナはまたしても突っ込まない僕のノリの悪さに不満そうな顔をした後、ため息をついて話題を戻した。


「まあ、これで懸念はなくなったでしょ? まずは一晩泊めてくれない? もし目覚めなかった時に叩き起こせるし」

「目覚めない可能性もあるんだ……」

「弱ってると効きすぎることがあるんだよ」


 最後にはきちんと真剣な顔で頷いたので、結局僕はユルヤナの頼みを承諾した。


「……案内するから付いてきて」

「やった! 拠点確保!」


 まさかこのまま居座るつもりか。僕の嫌な予感はよく当たる。

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