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 それから、自分は人間たちにいろいろ調べられた。体を切られて中を見られたりした。その結果、外見だけでなく自分の体はあの事故に遭う前の生殖器があったころのものに戻っていると人間たちは大喜びだった。それもそうだろう。人間たちは自分が子を増やすを望んでいたから。

 その検査が終わったあと自分はまた、その事故にあった原因の奴と番わされることが決まった。

「よう、無事に頭は治ったみたいだなあ」

 そいつはいつもと違って服を着せられていた。首には小さい黒いリボン、シャツの上に黒いジャケットにズボンという普段では考えられない人間に飾りつけられている。

「ホタルビコンゴウ、お前!」

「まあまあ、そう怒るなよ」

 ヘラヘラと笑うこいつのせいで、自分は逃げようとしたのだ。頭が治ったせいでいろいろと思い出してきた。自分が戦士だったころからこいつの性格の悪さは有名だった。

 グラディエーター同士で戦えば、一番再生が遅くなる頭を真っ先に狙ってくる。そして、人間に見せつけるように必要以上に痛めつけるのだから、闘技場に出るのを恐るようになったモノも多い。そのせいで戦えなくなりトウカツになっても、そのトウカツに対して必要以上に食べて、再生ができないまま死んでいったものも多い。

「あんたは、トウカツになってはダメよ。あいつに殺される」

 トウカツたちもそう言ってた。死んだものをどのくらい見たか。しかし、そこまでやっても人間にとって望ましい見た目であったため許されていたのだ。

 そう言うこともあり、自分はこいつのことが嫌いだった。しかし人間は自分とホタルビコンゴウを混ぜればさぞ美しいモノが生まれると思ったらしい。こいつと番わされるくらいなら逃げる。

 そう思ってケージから脱走してすぐに人間に踏み潰されて死にかけた。その時はいちおう治りはしたが、それでも、体には負担があったみたいで、前ほど早く動けず、頭もよく回らず、見た目が悪くなってしまった。何より生殖機能がなくなってしまったためにトウカツになった。トウカツになって安心したんだっけ。もうこいつに番わされることはないと。

「俺はお前の気に入っていたんだ。だから俺を拒んだことや、何より誰にでも食われるようなトウカツになったのは、本当にムカついたなあ。まあでもこうして戻ってきてくれてよかったよ」

 そう言って自分の髪の毛に指を這わせて引っ張る。

「でも次逃げやがったら許さねえぞ、イナズマラセツ」

 そう言って人間が差し出した手に乗ってどこかに行った。

 イナズマラセツ。トウカツになる前にじぶんに与えられていた名前をまた呼ばれるとは思いもしなかった。逃げようにも逃げられないのだが。

 人間も今度こそ番わせようと逃げられないように動きを鈍らせる薬を打たれている。ぼんやりと今自分がいる姿を確認した。

 今まで着たことがない人間やフェアリーが着るようないい服を着せられる。多分ワンピースと呼ばれる服が近いて言えば近いが、それよりずっとたくさんの白い布が使われていて足より長い。髪の毛には細かいラメやヒモがつけられている。

 人間の話を聞きかじったが、ホタルビコンゴウと自分の服は人間が番になるケッコンシキとやらできる着る服だということだ。人間はどうも沢山の人間がいるところ、闘技場で自分とホタルビコンゴウでケッコンシキをさせて番わせたいらしい。くだらない。人間って他の動物が番になるところを見てどこが楽しいんだが。

 天井の蓋が開いている。飛び上がるにも登るにも力が入らないことにはどうにもできない。

 これまでか、いや、今までがラッキーだった。グラディエーターに生まれて、戦えなくなっても、トウカツとして生きれた。でも一番ラッキーだったことは

「ホシノメ」

 目から何か汁が出てきた。これは「涙」だと知っていた。人間は「体」に傷がなくてもその奥にある「心」に衝撃を受ければ血とはまた違う「涙」という体液を目から流せるのだという。それを泣くというらしい。人間そっくりだからってそこまで似せなくたってよかったのに。そうかホシノメも何か「心」が衝撃を受けて泣いたのか。ホシノメがどうして泣いたのかわからない。ただ、ホシノメには泣いてなんて欲しくなかった。

 ずっといたいと思ってしまった。だけど、もう会えないに決まっている。あそこまで乾いてしまったらどんな生き物だって死んでしまう。

 そう思った時だった。ホシノメの匂いがした。最初は気のせいかと思った。だけど、だんだん空気に混ざるホシノメの匂いが濃くなってきた。

 近くにホシノメがいる!どこだ。どこにいる。ホシノメの匂いは近づいてきている。ホシノメの匂いが動くとき必ず人の足音と何かがゴロゴロと転がる音が聞こえる。そうしてその匂いの元が見えてきた。

 人間はケージの中から古いマットやゴミをキャスターがついたゴミ箱に一緒くたに入れていた。そのゴミ箱からホシノメの匂いがする!

「ホシノメ!いるのか!」

 人間が通る通路側のガラスに寄りかかる。体は上手く動かない。こんなんじゃ気がついてもらえない。そもそもホシノメが聞こえるのかもわからない。それでも、叩いて声を出した。

「コンコン、ボソボソうるせ!こちとら負け試合確定でイライラしてるんだ!」

「ホタルビコンゴウに当たりたくなかったよ!」

「なんだよ。ケッコンシキのヨキョウって知らねえよ。番になるなら勝手に2体でやればいいのに、人間めんどくさい」

「死にたくない!死にたくない!」

 両脇、下の段、上の段そのもっと隣と自分の周りのケージから聞こえてきた。自分が騒いだことが原因なのはわかっているがここまで、大騒ぎになるとは思わなかった。こいつらも自分とホタルビコンゴウを番わせる人間のバカバカしいショーに巻き込まれたらしい。各々がストレスを爆発させて、ケージどころか棚自体も揺れる。ところでどんなに頑丈な棚でも積んでいる物全部が暴れる前提で作られていない。ケージが置かれた棚は少し後ろに揺れた。次の瞬間ガッシャーンと大きな音を立てて前倒しになったのだ。ちょうど近くにあったゴミ箱を巻き込んで。そうして他の棚にぶつかり、はじめに倒れた棚の前にあった棚が全部倒れた。

『なに!どうした!』

『すいません!ショーの前のヒルを入れている棚が倒れてしまいました!』

『ショーはもうすぐ始まるぞ、ケージが壊れて逃げたらどうする!』

 人間たちが騒がしい。ケージの天井が横倒しになったから出るのにちょうどいい高さになった。そこからケージの外に出た。ホシノメの匂いがする倒れたゴミ箱まで1メートルもない。早くホシノメに会いたい。

『えーたくさん逃げてますよ!』

『あ、そのウェディングドレスを着せてるやつは絶対逃すな!』

「やったー外っだー」

「逃げろ逃げろ」

 他の奴らも脱走して大混乱になっている。今の間にゴミ箱の中に踏み入る。薬がだんだん切れてきたのか体が動かしやすくなってる。

「ホシノメ!」

 匂いはある。匂いがあの最期に見た時と違ってしっかりする。カサリとマットとゴミの間で音がした。

 音がしたのが一番匂いが濃い。そこに向かおうとした。

「今すぐ、ケージに帰って」

ホシノメの声だ。よかった、生きていたんだ。

「あなたは綺麗になったんだよ。それで人間や同族にとって大切なモノに戻れたんだ。それでいいじゃない。だから、もうこんなナリゾコナイのことは放っておいて」

 そんなことをいうホシノメに近づいて後ろから抱え上げた。

 20センチはあった体は短くなって今は5センチにいくかいかないかぐらいだ。それでも、みずみずしくて柔らかいものに戻っている。ギュッと抱きしめてふわふわしたその頭に頬ずりをした。

「生きている」

「ちょっと危なかったけど、全身の残った水分を前のほうに移してあとは切れば。ねえ聞いている?もう放って」

「嫌だ。離すか。ずっと一緒にいたいって思ったものから離れるなんてできるかよ!」

 すると、ホシノメを抱えている腕に何かが伝った。どこか怪我をしているのかと思い、ホシノメを抱え直して見ると、ホシノメが泣いていた。

「頭やっぱり治ってないでしょ、こんなナリゾコナイといたいとか」

「そうだね、治ってないな。そうだから一緒にいたい」

 そう言いながら自分の視界が揺らぐ。自分も泣いているのか。

「わかった、やっとわかった。私も一緒にいたい」

 今ならわかる。あの時、ホシノメが自分を見て泣いたのは、本当は自分と離れ離れになるのが嫌だったからだ。

「一緒にいこう。ここから逃げ出そう」

「うん」

 そうしてホシノメを抱えてゴミ箱から出ようとしたときだった。頭が誰かに蹴り飛ばされた。その勢いで倒れる。蹴られたところからパタパタと体液がでた。

「好き勝手に暴れてくれたじゃないの」

 そこにいたのはホタルビコンゴウだった。こいつも棚が壊れた時に出てきたのか。

「そこまで、俺と番わされるのが嫌かね」

「嫌だが」

「あはは、そうか」

 笑っているが、今まで見たことがないくらいにホタルビコンゴウの体は赤く染まっていた。今までここまで赤くなった姿を見たことがない。

「ならここで死ね。俺より強いモノを生むかもしれないお前なんてさっさと死んじまえ!」

 そう言って襲いかかって来た。トウカツによる共食いをしてない分足遅い。それでも捕まれば、ホシノメともども命はない。ずっと避け続けるのはむりだ。何か、足止めになるようなものは。

「トウカツ、これ美味しそうじゃないゲロの匂いがする!」

 ホシノメがゴミの中から汚れたシートを引っ張ってきた。匂いからしてそれはヒルの消化液だけが吐かれたもののように思えた。何かの病気で吐いたのだろう。まだ湿ったシートを掴んだ。手が少し溶けたがシートをホタルビコンゴウに押し当てた。

「ぎゃああ!」

 シートを被せられたホタルビコンゴウはのたうち回る。

 ホシノメを抱えてゴミ箱から走り出る。どんなに強いヒルでも、同じヒルの消化液に当たれば溶ける。柔らかい目なら余計に効くだろう。

 ゴミ箱の外ではまだ、人間がうろうろと這いつくばって逃げたモノを探している。

『もう時間がありませんよ、あと早く見つけてください!』

『あ、いた!イナズマラセツ!』

 やばい、見つかった。しかしそろそろだ。前に事故にあった時もこの時間を選んで逃げたのだ。だって。

『そろそろここのヒルたちを会場に運ぶぞ』

 そう天井のスピーカーから何度も聞いたこの声。ガガガと何かが開く音が聞こえる。扉の隣にあるシャッターが開いた。棚ごと会場に移動させるためのそれは自分たちにとっては巨大な脱出口だった。

『開けないでください!グラディエーターが、ヒルが逃げました!』

 そこに向かって走る。しかしシャッターを開けた人間も自分たちが逃げているのが見えたのか、慌ててボタンを押してシャッターを下ろして来た。

 シャッターが降りる。なんとかギリギリ通り抜けられる高さだ。

 シャッターの向こうに出たヒルたちは出られたことを喜んでいるが、急がなければ、人間がたくさん来る。早くここを離れなければ! しかしあと少しで向こう側に行ける。

あと少し。

「まてヨ、逃すか」

 服を誰かに掴まれた。そこには体液が滲み出てボロボロになっているホタルビコンゴウがいた。しつこい。しかしこのままでは、だんだんとシャッターが降りて隙間がなくなり間に合わなかったモノを押し潰し始めた。

「放せ、死ぬぞ!」

「イヤだ。ニ、ゲル、ナ、俺のツガイ」

 だめだ、このままだと自分も潰される。

「トウカツを離せ!」

 自分の腕から出たホシノメがホタルビコンゴウの手に噛み付いた。それで手が離れた。そうしてそのままホシノメを抑えて、転がり出るようにしてシャッターから出た。シャッターは完全に閉まった。

 息を絶え絶えにその場で立ち上がると服の裾が赤くなっていることに気がついた。シャッターの隙間から漏れ出たホタルビコンゴウ特有の赤い体液が白を染めるように登って来る。

「ホタルビコンゴウ、今初めてお前を可哀想って思ったよ」

 その場で体液で汚れた服を脱ぎ捨てた。


 ここが最期のドアだ。ここから沢山の人間が出入りしている。足元に誰かいるなんて気づきもしていで歩いている。ドアの上にある窓からは外の星が浮かぶ空が見えていた。

 ドアの向こうは全然知らない世界だ。これから、人間よりももっと理不尽なことにあうかもしれない。自分やホシノメが想像してない悪いことが起きるかもしれない。それで死んでしまうかもしれない。

 腕の中でホシノメの体が硬くなっている。それでもホシノメはドアの向こうをしっかり見ている。最初に逃げようと言ったのは自分だ。ここで止まってどうする。

「ホシノメ、行くよ」

「うん」

 こうして、ヒルとミミズは空の下に向かった。

これにて完結でございます。みなさん読んでいただきありがとうございました。

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