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それから、闘技場につれていかれて戦士に食わる。ゴミを食べて、ホシノメに吐き出す。ホシノメを食べて、話す。暗くなったら眠る。明るくなって起きたら体に巻きつくホシノメを起こす。その繰り返しだった。
ホシノメと一緒にいることが楽しいと思えるようになった。そもそも、トウカツになってから楽しいと思えたことがなかった。ミミズは食べるものと思っていたけど、ずっと暮らすうちにそうしなくても何かが満たされたりすることを多く感じるようになった。だけど、自分が見た闘技場の景色や勝敗の結果を伝えるたびに目を輝かせて聞いてくれる。その姿が見ていて楽しかった。
「今日行ったところ!なんだか迷路になっていてそこで出会い頭にバトルロワイヤルして、その奥のゴールに先についた方が勝ちってルールだった」
「迷路かー、それは人間が見ていて楽しかっただろうね」
「いやー、後片付けする自分たちも迷うから大変だった。でも千切れたゴミがたくさん出てたくさん持って帰れた」
「あ、それで今日はたくさんあったのか」
そんなことを絡まったホシノメの髪の毛をほどきながら話していた。いつのまにかウズムシの頭でも器用に喋ることができるようになり、前はうまく動かせなかった指先も動くようになった。
ただ不満があった。ホシノメはあまりホシノメ自身のことを話さない。自分も聞かない方がいいと思っている。最近トウカツになる前の戦士だった頃のことをまばらに思い出すことがある。自分とホシノメの間で、いつのまにか今起きたことしか話さないと決めていた。食う以外で傷つけたくなくて、誰もいなかった頃のケージにもどしたくなかったから。
今日も人間の手が自分を掴んだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
毎回連れていかれることにも慣れたのか、お互い挨拶してしてから行くようになった。
ホシノメにあげる分はぜったいに確保しなければ。今回自分を食う奴が派手に散らかしてくれると嬉しいのだけど。
「よう、またあったな」
また、こいつか。ホタルビコンゴウ。こいつは嫌いだ。理由は一番再生に時間がかかる頭を食うからだ。他のグラディエーターたちは頭は狙わない。多分気を使っているのだろう。なのに、こいつは執拗に自分の頭を食う。それだからか見るたびにムカムカする。だから話したくない。
「おーい知ってるぜ。おまえ、ミミズと一緒に飼われているっていうじゃない」
これはミミズにすら負ける弱い奴だと思われているな。それに飼われているという言い回しから人間の言葉を聞き取って知ったのだろう。グラディエーターやフェアリーはある程度は人間が何をして欲しいのかとかはわかる。しかし、同種同士で話す言葉や複雑な会話は一生かかってもわからないことが多い。しかしごく稀に人間の言っていることを完全に理解する突然変異みたいなのがいてそれがこいつだ。
無視する自分をよそにホタルビコンゴウは話し続ける。
「まったく、かつては人間に気に入られ、闘技場で一番輝いていたおまえをこうして闘技場の外に追い出せたのは嬉しい」
そう言って両手を伸ばして自分の頭を掴んだ。ホタルビコンゴウの指が食い込んでいたい。
「あの時、おまえが俺を拒まなければ、おまえはトウカツになることなんてなかったのに」
いつおまえのことを自分は拒んだ。どうしておまえを拒んだから自分はトウカツになったんだ。わからない。トウカツになったのは人型の形に再生できないくらいの何か大怪我をしたから、その原因にこいつがいるのか。
そう思っている時に青い光を当てられた。それでホタルビコンゴウに頭を食われた。そこからいつもの通り、再生が始まるはずだった。
今まで起きたことがないことが起きた。いつまで経っても、音が聞こえない。いつまで経っても、匂いがしない。いつまで経っても、見えない。頭で感じていた感覚が戻らない!いつもならとっくに治っているはずだ。頭があるであろう所には何もない。それに体中が熱い痛い。かろうじて人型を保っていた手足が溶けて体の中心に集まってくる。そうして集まりきると体が丸くなってそして硬くなった。上に持ち上げられた浮遊感を感じた。しばらくして、人間の手で運ばれている時の揺れだとわかったが、それはまた感じなくなった。
意識があるのかないのかもわからない。ただこのわからないが怖い。その時、しっとりとした太いモノに巻きつかれてふわふわした何かがくすぐったい。
ホシノメが自分に巻き付いている。それで何かいつもより水気が多い。熱い体には、ひんやりして気持ちいい。
ホシノメが近くにいる。そう思うと安心してきた。このままずっとこうであるなら、多分自分は死ぬ。だけど、他のトウカツに食われるのではなくて、ホシノメに生ごみとして食べられたい。
どのくらいたっただろう。もう体が熱くない。自分に巻きつくホシノメが動く音が聞こえる。でもいつもみたいに巻きつかれている感覚で動けないのでなくてなにかに全身を包まれているように息苦しくて動けない。
「ホシノメ?」
声が出た。暗いから目が見えているかどうかはわからないが、これだけ戻っているのであれば、目も治っているだろう。
「トウカツ!起きたの!」
何か壁を一枚挟んだみたいにくぐもったホシノメの声が聞こえた。
「今自分ってどうなっている?」
「何か皮みたいなもので包まれている。あー殻?さなぎ?みたいになっている」
やっぱり自分は何かし包まれているらしい。
「出られそう?」
「出たいのだけど、動けないんだ」
腕も足ある程度は動くがこの包んでいるものを破くにまで力が入らない。
「ねえ、剥こうか」
「お願い」
ぺりぺりと床か壁に張り付いたゴミを剥がすような音が聞こえた。
剥がし終わるたびに少しずつ息が楽になってくる。剥がしたところから外の空気にあたる。ホシノメが動くと、空気が揺らぐのを感じた。背中にホシノメの歯が当たった。ヒルの歯と違って丸い。こんなんじゃ自分を噛みちぎるのは無理そうだ。
半分くらい剥かれてから、背中をそるようにしてそれから出れた。出ても、暗い。もう部屋の灯りが消されているようだ。
「ありがとう!」
「どう、いたし、まして」
少し息切れをするように返事をされた。少し息が荒いような気がする。どうしたのだろう。手探りでホシノメの体を探す。手に何か乾いたものが当たった。乾いたそれは動くとマットとすれてカサカサと音を立てる。
「体が乾いてる。どうして!」
ここまで乾いているのは命に関わる。水を飲まなかった?それでも、こんなに乾くのか?とにかく水をかけてあげないと。水入れの方に手を伸ばした。しかし、そこに水はなかった。水入れの皿には少しも湿るような水気がなかった。どうして、この水入れには3日分くらいの水がいつもは入っていたのに。
その時、自分の身に起きたことを思い出した。熱かった自分の体が冷えたこと。その前にホシノメにグルグルと巻かれていたこと。
「なんで、どうしてそこまで」
自分の体がこの水入れの水だけじゃなくてホシノメがホシノメの体の水分を使ってまで冷やされていたのか。
「少し、昔話をさせてよ」
驚いている自分をよそにホシノメは自分に語り出した。
「昔、あるところにフェアリーの卵がありました。とその卵の親は美しいフェアリー同士で生まれてくる子は同種からも人間からも大層美しく産まれるだろうと思われていました。そう期待されて生まれてきた子どもの頭は美しいものでした。しかし首から下はミミズでした。子どもはフェアリーになり損なったのです」
ホシノメの体からは美味しそうな匂いが薄くなっている
「そのなりそこないの親はいつまでもフェアリーらしい姿に産んであげられなかったことを悔やんでました。なりそこないは土の中でフェアリーの群れに入れてもらえることはありませんでした。そんな状況でも人間は間引かず、頭が綺麗だからせめてその要素だけを他に遺伝させようと卵を産ませられる産ませることができるくらい大きくなるのを待とうと思われていました」
あんなに柔らかかった体が今はカラカラに乾いて硬い。
「人間が望んだ通りに大きくなりました。しかし、その人間が望んだそのフェアリーが産ませた卵や産んだ卵はどれだけ沢山のほかのフェアリーと無理に交わってもできませんでした」
ホシノメは自分に巻き付けていた体を離した。
「なりそこないを持て余した人間は、ある実験のためにとあるヒルの餌にすることを決めました。そうしてヒルのケージに餌として入れられました」
ホシノメはそんな理由で自分のケージにきたのか。
「そこにいたヒルはナリソコナイが出会った誰かの中で一番優しいモノでした。食事を分け与えくれただけでなく、今まで誰もつけてくれなかった名前をくれた」
「もうそれ以上喋らなくていいから!」
「だから、そうしてくれたあなたに食われて、一緒に暮らせて幸せでした」
人間が入ってきて部屋に灯りがつく。
ホシノメの姿は変わっていた。ミミズの部分は乾いてヒビ割れてみずみずしさがなくなって、顔もやつれていた。
「人間が来たら、水を入れてもらって水を飲めば!」
「そうは、してもらえないよ。人間からはもう用済みだから」
用済みってなんだよ。どうしてそんなことをいう!
目をうっすら開けるとホシノメは少し笑いった。そして、両目からスウっと水の筋が垂れた。
「よかった、綺麗になりましたね」
何を言っているのかわからなかったその時、ケージの透明なプラスチックの壁にうっすら誰かがいることに気がついた。顔から手足の先まで皮がピンとハリがあり破けたところがない。頭から生えたキラキラした金色の髪の毛も誰だろうと首を傾げるとそいつも傾げる。そうして髪の毛の間から覗く一対の金色に光る瞳と目があった。自分が瞬きをすれば、キョロキョロと目を動かせば、その瞳が瞬き、動く。嫌だ。嘘だそんなわけない!
自分は、トウカツになる前の戦士だったころの姿に戻っていたのだ。
人間が乱暴に自分を掴んだ。なんだかとても落ち着かない持ち方をされて嫌だ。
『形が崩れたグラディエーターにフェアリーを食べさせれば直るって本当だった!奇形とはいえ、成分的にはフェアリーのもの効いたのか!』
人間は独りで嬉しそうに何かを喋っていた。よくわからないが人間にとってはいいことで自分にとっては悪いことだということがわかる。
そんな自分を持って人間は自分をどこかに連れて行った。
「ホシノメ!ホシノメ!」
自分のゲージが見えなくなるまで、どれだけ呼んでももうぴくりともホシノメは動かなかった。