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「ごちそうさま!」
吐いたゲロを全部食べ終えたフェアリーは満足そうにいった。さっきまで胃に入っていたものを全部吐き出したからなんだか疲れた。そっちか食べ終えたのなら、自分の番だ。
「いぃいか」
そう言って俺はフェアリーの首からすぐ下の部分を撫でた。
「いいよ!」
フェアリーにそう言われて齧り付いた。
乾いたゴミみたいに体の水分が持ってかれるようなことはなくむしろ流れ込んでくる。歯に食い込む柔らかい肉の弾力がうまい。
「ねえ、私は美味しいかい?」
そう聞かれて頷く。そう言うとフェアリーの口の両端が上がる。笑えるのか。元々ヒルやミミズという種で表情でコミュニケーションを取る必要がない、もとい取らない種族だから顔のパーツがあるだけで必要以上には動かない。しかし、グラディエーターやフェアリーの中には人間と似たような表情を作ることができる奴がいる。こいつもそうらしい。
「そっか、ねえ、あなたは名前はある?人間からはなんて呼ばれる? 」
名前を尋ねられたのは久しぶりだ。なんだったかな、もう随分と人間からはトウカツの内一匹としか呼ばれていない。
「トウカツ、お、まえはぁ」
そう聞き返すとフェアリーはさっきと変わらない笑みを浮かべたまま笑って答えた。
「私か、私はフェアリー」
名前を聞いたのに種の名前で返されたのも初めてだ。
人間が名付けた名前なんて、色々あるだろし、そういう名付けに縁があったのだろう。そう思ってまた齧り付いたフェアリーの体は硬かった。何か力んでいる? 今更怖くなってきたのか。
どうしたのか聞こうとした時、人間が部屋を出て行ったのだろうか、明かりが消えた。
あたりが暗くなって光も何もないケージの中では何も見えない。何もないこのケージの中では暗くなったら眠るという習慣が染み付いていたせいか、今日はいいもので腹を満たされたおかげかで余計に眠い。
力が抜けて噛んでいたフェアリーの肉を離す。眠る寸前にフェアリーは自分の頭を撫でた。
「お腹いっぱいになった?」
聞かれて思わず頷いた。久しぶりの生き餌。急いで食べたら体がびっくりするだろうから、これでいい。
人間がまた部屋の明かりをつけて目が覚めた。体が重いし、動けない。なんだと思い目を開けた。見るとフェアリーが全身を使って自分の体に巻き付いていた。
寝ているのかフェアリーの体が規則正しく脈を打つのを感じる。まじまじとそいつの顔を見る。
二重と呼ばれる皺が一本横に入る両目のマブタ。両目の間にある人間の鼻を模した突起はすうっと高い。そしてシミ一つない白い肌。
自分が起きて動いたせいだろう、フェアリーも起きた。
昔、闘技場に落ちていたビーズみたいな赤くて綺麗な丸い瞳。でもそれだけじゃなくて目自体もキラキラ光っている。こんな感じに光るものを昔見たことがあった気がする何かに似ている。
「おはよう」
頭だけ見ればなかなかない、いい出来栄えの頭だと思う。
そんな頭から剥き出しで伸びた冷たい滑りがある長いその体は到底人間には受け入れられなかったのだろう。人間に愛されて可愛がられそうにない。それでも人間にここまで大きくなるまで育てられたのだ。グラディエーターと比べると随分といい暮らしをしていたのだろう。
「お、もい」
「わあ、ごめん」
起きたならさっさと自分から離れてくれ。フェアリーは巻きついていた自分の体を離した。
「どーして、くっ、ついた」
自分はミミズを食べるヒルだぞ。普通は一緒にいるだけでも嫌だろうにグルグルと巻きつくのは、一体どうなってる。
「えっとね。ミミズは大体誰かとくっついて寝るの。だからそうした感じ?」
そう言って首を傾げる。いくら、そうすることが当たり前だとしてもヒルにはくっつこうと思わないでしょうよ。
そう思っていた時だった。人間の足音が近づいてくる。人間は自分のケージの前で立ち止まった。そして白いビニールで覆われた大きな手で掴んだ。
「トウカツ!」
いきなり現れた人間の手に捕まる自分におどろいたのか声を荒げるフェアリー。
『まったく、ホタルビコンゴウはどうしても、コイツじゃないと食い渋るのだから困ったものだ』
連れて行かれたのは、いつもの闘技場とは違う。天井が高くて透明な屋根から外が見える場所だった。明るすぎる。人間が見やすい明るさ、これは乾く。これじゃあヒルたちの動きが鈍る。
『付けて』
人間がゲージの中に投げ入れたそれは見覚えがあった。帽子だ。ただ頭を隠すように揺れる黒いナイロンでできたベールがあった。
人間がそれを指さして頭にかぶるよう指示をする。それを被ると、さっきまであった眩しさは抑えられた。楽になった。しかし、人間が自分たちに気を使うことはあんまりない。
それを確認したのか、ケージに白いシーツがかけられる。
「よう、頭は治ったか」
前にこいつに頭をもがれたことがある。同じゲージに入れられているということは今日もこいつに食われるのか。名前は確かなんだったか。人の形をしていない頭を笑っているのか。なるほど、こいつが戦うために自分が呼ばれたのだろう。
「みてのとぉーり」
治りもしないしそれ以上に壊れもしない。そう返すとは両目を素早く瞬きした。
「喋った」
驚いているようだった。話しかけたのはそっちからだろうに。
「おい」
『みなさんお待たせしました。ショーの始まりです!』
スピーカーを通して大きくなった人間の声が聞こえた。その後にバラバラとたくさんの人間の声が聞こえた。
「おい喋れ!おい!」
『さあ、ホタルビコンゴウ!トウカツを食え!』
ケージに掛けられたシーツが剥がされる。周りに沢山人がいて人間の声が入り混じってよく聞こえない。人にウズムシの頭を見せないようにするための帽子だったか。そうして、青い光に当てられる。トウカツに青い光が当てられる時はヒルに食らえと人間が命令する時だ。それに逆らうのは無理だ。
そうしてそいつ、ホタルビコンゴウにまた頭を食いちぎられた。
食べるのを見せるパフォーマンスが含まれるショーだったらしい。五感が戻ってきたのは闘技場の裏に移された時だった。
『ホタルビコンゴウのトウカツを裏に戻します』
『***のトウカツ出します』
裏は裏で人間たちが騒がしい。
トウカツと呼ばれる中に自分も入っているのだろう。
トウカツに落ちたものは名を呼ばれない。
名前か、あいつフェアリーといったが名前はないんじゃないか。いやあったけど無くすような事情があった?
「なあ、なあ、まだべっぴんさんのおまえさん」
隣のケージから声をかけられた。見るとそこには黒い塊が動いていた。そいつは動くとそいつの体の中でキラキラと細かいラメが揺らぐ。
「おお、やっと声が聞こえたか」
肉の塊のような姿になっているがトウカツにされているということはかつては自分と同じ人型だった。
「中身からわからなくなっていく。だが、あんたはちょっとおかしい」
「おかぁしい」
おかしいとしたら何がだろう。初めて話しかけたであろう奴そう言われるのは腹が立つ。
「やっぱり、おかしいなあ。前に会った時は私の方を見なかった。それに喋ることもなかった。不思議なこともある」
自分を知っているのか、前に会った。どうしてそれを覚えているなぜ、今になってそれがきになるようになった。そう思う自分をよそに黒い塊は喋る。
「でもやっと気づいてもらえたのにもう話せないや。はあ、あんたには、トウカツになって欲しくなかった」
そう言ってそれっきりその黒い塊は動かなくなった。それで闘技場の片付けの時、そいつも乾いた片付けるゴミになっていた。それを食べた。他のゴミと同じように不味いはずなのに無性に口に詰め込んだ。そうしてそれを片付けたあと、上を見上げた。透明な天井の向こうは暗かった。だけど、それだけじゃなくて、そこにあるキラキラ光る粉や粒の名前。
「あんた、この会場は初めてかい。ここは外が、**が見れて綺麗なんだよ」
ここで自分も戦士として戦ったことがあるのを思い出した。そこで食べたトウカツは黒い体にラメが入ってた。そっか、食べた奴に教えられたんだった。
自分のケージに戻されたとき、フェアリーが出てきた。
「おかえり、トウカツ。人間に、急に連れていかれたからびっくりした。無事でよかった」
ため息を吐くようにそう言って自分に近づいてくる。ああそうだ。そうか、おかえりになんて返すのだっけ。
「ただ、いま」
フェアリーと呼ぶつもりはない。朝は思い出せかったが今ならわかる。このフェアリーの「目」は天井の向こうの外みたいに「星」がいくつも浮かんでいるように見えるから。
「ホシ、ノメ」
「ホシノメ?」
「名前だよ。そう、今から、呼ぶ」
なかなか身勝手なことをしたと思う。だけど、フェアリーいや、ホシノメにグルグルと巻き付かれてギュッとしめられた。
「ありがとう」
そう言って頭を擦り寄せてきた。くしゃくしゃの髪がくすぐったかった。




