第2話 父との語らい
午後のお茶は父の執務室でとることになった。父が持つローグヴェルド伯爵位はローゼンフェルト公爵継嗣に与えられるもので、いずれはリィンジークが引き継ぐことになる。
お茶会は父の言葉から始まった。
「リィン、あまり母様を困らせるものじゃないぞ」
『申し訳ありません』
父が何のことを言っているのか察しはついていたので素直に謝る。母はリィンジークが見た夢の内容をローグヴェルド伯爵夫人として聞きたがっていた。でも無理だった。母を信用していないわけではない。ただ、リィンジーク自身が夢の内容を消化できていないが故に話さなかったのだ。けれど、父の追求を避けることは不可能である。
「それで、どんな夢えおみたんだ?」
『……長い、長い夢を見ました』
前世のことは決して言えない。例えゲームの世界に転生したのだとしても、この世界は現実で、皆当然のように毎日を生きている。ゲームのように不都合が生まれたからといってやり直しなどできない。でも、だからこそ話さなければならないこともある。リィンジークはまだ3歳。自分でできることなど何もない。けれど、父やこの国の最小限たる祖父は違う。彼らは大人だ。未来の出来事を知ってさえいればとれる対策もある。ローゼンフェルトは王の忠臣。その矜持はリィンジークだって持ち合わせている。
だから父には前世のことを除いて正直に話すことにした。当主たる祖父には父から伝わるはずだ。
『今から2年後に妹が、7年後に弟が生まれます』
「それはイザベラから聞いた」
『事が起こるのは15年後です』
「……随分具体的だな」
リィンジークが王立学院の最高学年になった年、妹が2年生の時。特例で入学してくる平民の女子生徒。リィンジークも含め学院のトップに君臨する男子生徒に近づき、その内の誰かと結ばれる。勿論彼らには婚約者がいて、彼女達はそれを快く思わない。それは当然の権利だ。婚約者なのだから。だが、件の女子生徒は彼女達の忠告を聞かない。それは恋に落ちた男子生徒も同じこと。リィンジーク自身は自分がそんな醜態を晒すとはとても思えないが、実際に出会ってしまえばどうなるかは分からない。断罪をされるのは忠告を行った婚約者達で、最終的には婚約破棄をすることになる。国王陛下がお認めになった婚約を勝手にだ。断罪される女子生徒の中にはまだ見ぬ妹がいて、その責は家中にまで及ぶ。そして我が家は没落することになる。
「……成程な」
『父様、ただの夢ですよ?信じるのですか?』
「私を見くびるな。お前が嘘を言っていないことくらい分かる」
確かに嘘は言っていない。気分を変えようと話を続けた。
『父様、特例で学院に入学することなど有り得るのですか?』
「過去に例がないわけではない。だがここ数十年はなかったはずだ」
眉間に皺をよせ考え込む父に件の女子生徒の名前を告げる。リタ=ジョルカエフ。
「お前はその女子生徒が怪しいと?」
『仮にも陛下がお認めになった婚約を勝手に破棄するなど有り得ません』
「そうだな」
「”魅了”を使ったのかもしれん」
『”魅了”、ですか?しかし、あれは禁忌では……』
「憶測にすぎんがな」
訝しむリィンジークだがテオドールは割と本気でそう思っている。
「この件は私から父上に伝えておく。お前はもう下がりなさい」
『分かりました。失礼します』
父に話して少しだけ肩の荷が下りたように感じるリィンジークであった。