第1話 現状把握
いつものように朝がきた。
パチリと目を覚ますと見慣れた天井が目にはいる。そのことにひどく安堵した。原因は先程まで見ていた夢のせいだろう。将来家が没落するなんて話、誰だって信じたくない。特にまだ幼いリィンジークには酷な話だ。
そのままベッドでぼんやりしていると寝室のドアがノックされる。
「おはようございます。若君」
『おはよう』
従者に身支度をされ護衛の騎士を連れ食道がんへと向かう。以前なら煩わしく感じた護衛の存在も、前世の記憶を思い出した今なら必要なことだと理解できる。仮にも王位継承権を持つ身である以上、警戒しすぎるということはないのだから。
『お祖母様、父様、母様。おはようございます』
「「「おはよう」」」
父に手招きされ駆け寄る。愛しくてたまらないと崩れた相好にリィンジークもまた愛しさが込み上げた。膝に抱き上げられ頬にキスをする。いつもの挨拶だ。
「相変わらず仲がいいわね、テオドール」
「ずるいですわよ、あなた」
微笑ましそうに見守る祖母と、少し拗ねてみせる母。これもいつもの光景。父のことが大好きなリィンジークにとって、キスの挨拶は特別だ。
この場に当主である祖父がいないのは、宰相の職に就いていて多忙なため既に王宮に出仕しているからだ。もう少し早起きすれば見送りくらいはできるだろうから頑張ろうと思う。
立場上祖父母となるが、2人ともまだ40代。金髪碧眼のグレゴールと蒼銀の髪にネオンブルーの瞳を持つロレーヌ。公爵夫妻は似合いの美男美女だ。勿論、公爵継嗣で伯爵の地位を持つ父テオドールと妻イザベラもまた美男美女だ。金髪にネオンブルーの瞳のテオドールとストロベリーブロンドにタンザナイトの瞳のイザベラ。こちらもまるで誂えたように似合いの夫妻だ。そしてまだ20代前半。熱愛続行中の2人なのでまだまだ子供は増えそうである。そんな血を引くリィンジークはというと、蒼銀の髪にネオンブルーの瞳と色合いは祖母のものだが、容姿は父親そっくりで我ながら将来有望である。
ちなみに、ネオンブルーの瞳はラインフェルド王室特有のもので、この瞳を持つだけで王室の血を引いている証となる。
家族4人での食事を終えた後、大人達はそれぞれの仕事へと向かった。ロレーヌとイザベラは社交が、テオドールは公爵継嗣として仕事が山積みである。流石に3歳児のリィンジークに仕事はないから、現状を把握するために自室へと戻った。
ゲームの世界に転生したリィンジークだが、前世で使っていた言葉も問題なく扱える。それで記憶の整理をすることにした。
思い出した記憶によれば、妹が生まれてくるのはあと2年先の話だ。リィンジークが5歳になった時、慣例の魔力測定と、その年に5歳になった子供を集めて国王陛下ご夫妻へ謁見することになる年に生まれてくる。
ゲーム開始は今から15年後。6歳から12歳までの幼年学校を卒業後、13歳から6年間通う王立学院の最高学年になった時、特例で王立学院に入学を許された主人公がやってくるはずだ。ちなみに、悪役令嬢になるかもしれないクリスティーナはその時2年生である。
しかし、と考える。そこまで身分差に厳格ではないとはいえ、王立学院は基本的には王侯貴族の学び舎だ。平民で入学してくるのは、将来王宮に出仕したり王軍幹部になれるようなエリートばかり。普通は一般的な平民が通う王立学園の方へ行く。
そんな中で特例とは一体何なのか。まだ見ぬ主人公に自然と警戒感がわく。
更に有り得ないのは、彼女が恋をする相手がリィンジークも含めこの国の王侯貴族の中でも上位にくる王族であったり高位貴族であることだ。下位貴族ならばまだ平民との恋も許されるだろうが、高位貴族では有り得ない。至高の身分である王族などもってのほかだ。
それに、王侯貴族の婚姻には国王陛下の裁可が必要となる。賢王と名高い陛下が慣例を破ってまで平民との婚姻を許可するとは到底思えない。陛下は平和主義だ。王太子殿下もまた同じ。
仮に主人公が本当は平民ではなく、あまり考えたくはないが他国の出身だとしても、ラインフェルドは世界有数の大国だから他国の顔色を窺う必要はない。
うんうんと考え事をしていると部屋のドアがノックされ従者が入ってくる。
「若君、若奥様がお呼びです。一緒にお茶でもどうかと」
『すぐに行きます』
東屋で待つ母の下へはしたなくない程度に足早に向かう。3歳児といえど自分の立場は理解している。守らなければならない礼儀・行儀は山ほどあるのだ。
『母様、お待たせしました』
10時のお茶はいつも母と2人きりでするのが恒例。逆にアフタヌーンティーは父と2人きりだ。
「今日はご機嫌ね、リィン。何かあったのかしら?」
ころころと上品に笑う母に何と答えたものかと迷う。まさか、前世の記憶を思い出し、これから先起こる様々な出来事を知っていますだなどとは口が裂けても言えない。だから、ほんの一部だけ話す。
『母様、僕、とてもいい夢を見たんです』
「まぁ、どんな?」
『夢の中で、僕には5歳下に妹が、10歳下に弟がいました。とても可愛かったですよ』
「あら……」
赤面する母に胸中で謝る。決して嘘は言っていない。全てを語っていないだけで。両親はまだ20代前半。夢が現実のものとなる可能性は高いだろう。何せ2人は熱愛続行中なのだから。
幼子らしく無邪気に笑ってみせる。
『僕、妹弟がほしいです』
母に抱きついて笑えば、母もまた優しく抱きしめてくれた。