イキって目標発見だ ー邂逅ー
探索者の階級昇格に、その者の強さは考慮されない。
探索者の本文は異界に眠る魔法資源の採取だ。
どんな魔法資源をどれだけ採取し持ち帰ったかでオレたちの階級は決まる。
珍しい、貴重なものを持ち帰れば持ち帰るほど、当然階級は上昇する。
また階級が上昇しても、一定期間の間にその階級に相応しいだけの成果を挙げられなければ以前の階級に戻される。
厳しいかもしれないが、それが俺たちに課せられた規則。
自由な印象を持たれがちな探索者も、所詮は一労働者に過ぎないということだ。
さて。
探索者の強さについてだが。
組合の規則に、強ければ昇格出来るとは一言も明記されていない。
だが、一般的には上の階級の探索者ほど腕っ節が強いというイメージが通っている。
何故か。
それはこの異界という環境によるものだからだ。
基本的に異界の深度の数字が大きくなるほど進むことが困難になる。
自然環境や出現するモンスターの影響で生存確率が下がっていき、それを攻略した探索者は自然とその強さが証明される、ということだ。
強さは階級昇格基準でも条件でもない。
探索者はただ強いだけではやっていけず、持ち帰る魔法資源という結果のみが実力の証明になる。
だからと言って、決して腕っ節の強さを軽視していい訳ではない。
役職にもよるが、探索者の階級は一つ違うだけで強さがハッキリと変わる。
俺の現在の階級は《第五線級》。
目の前の、竜にやられたと見られる男は《第三線級》。
階級の差が二つあれば、その差は歴然としたものになる。
「くそったれ……!」
血の跡を辿る。
ゆっくりと、慎重に。
この先に居る絶対捕食者の姿を拝まなければいけない恐怖に耐えつつ、一歩、また一歩と足を前に運ぶ。
皆と別行動になってどれくらい経った?
分からない。まだ数分の気がするし何時間も経ったような気もする。
感覚が狂う。
足も重く感じる。
カッコつけるんじゃなかったかなと、今更ながらそう思い始めたころ。
視界の先に、開けた場所が。
樹海を超えたその先。
深度Ⅳへ続くと見られる、聳え立つ絶壁と地面との交差点に。
ソレは居た。
「なんだ、アレ……?」
竜、なのだろうか。
奇妙な生物。
第一印象は、俺たちに助けを求めた男の言っていた通り『白い』。
全身真っ白だ。
生きているはずであるのに白骨死体のような、或いは彷徨う幽鬼のような、見るものに不気味さを植え付けるような白さ。
胴体や四肢、全体のフォルムは想像よりやや細めだが、確かに竜のものだ。
だが、他が明らかにおかしい。
まず頭部。
顔が見えない。
頭を竜の頭蓋骨のようなもので覆っているため、その下に隠された顔面(?)部分は伺えない。
次に翼。
前腕部の肩口より身体の内側から生えた二対四枚の翼。
四枚というのも十分想定外だが、何より翼そのものが鳥類のそれのようになっており、どこか天使を彷彿とさせる。
そして何より、あるべきモノが無い。
無いのだ。
竜を竜たらしめる最たる特徴の一つ。
全身に纏い、あらゆる攻撃から身を守る────鱗が。
体表は爪の先から尾の先端に至るまで鱗どころか凹凸が殆どない、のっぺりとしたものになっている。
俺が今まで見てきたあらゆるモンスター、あらゆる生物とも異なる。
あれは────何だ?
あれが竜なのか?
チームメンバーの二人のような知識の無い俺には判別すらつかない。
竜というには強烈な違和感しか感じられない、あの生き物。
だが何故か竜としか呼べないような、異形の怪物。
未だ未知の事柄だらけの異界においても、一際未知なモンスター。
強いて言うなら、『異端』。
その異端の竜を、俺は樹木と草木で身を隠して観察した。
「────!」
全身真っ白な怪物だが、その爪先だけが赤く染まっている。
そして、その爪の先の真下。
何かを前脚で踏みつけている。
人の脚だ。
種族まではここからでは分からないが、探索者用のブーツを履いた足が見える。
だが、微動すらしない。
あれがあのナンパ男が言っていた「足止めをしている仲間」なのだろう。
すぐ近くには彼の物と思われる直剣が転がり、彼が最後まで己の役割を果たそうとしていたことが窺える。
竜は踏みつけてこそいるが、踏みつけている対象には興味がないのか、こちらも先程から身動ぎする気配すらない。
何かを待つように、ただじっと虚空を見つめている。
────どうする?
懐に隠した緊急用の信号弾──偵察に出る前にドドンがオレに渡したもの──に手を伸ばし、思考を巡らせる。
オレの役割は偵察だ。
目標が何処に居てどんな姿かは確認した。
なら、あとはどんな情報が要る?
どんな攻撃手段があるのか。
あの翼でどこまで飛べるのか。
弱点。
急所。
行動パターン。
オレたちの依頼主から奪ったという宝の在処?
必要な情報は幾らでもある。
普段は冴えない仕事しかしない頭だが、今だけはよく働く。必要だと思う情報が、調べるべき要素が湧いてくる。
だから、気づいてしまった。
それらは全て────アレと直接戦わなければ手に入らないと。
「フー……」
いや、落ち着け。
竜、と呼んでいいのか分からないが、とにかくあんな見るからに危険な生物と正面から戦うとか、いくらなんでも無謀過ぎる。
イキるしか出来ないオレでも、いやオレだからこそ自分の分は弁えている。
アレにはオレ一人では勝てない。
イキって挑んで勢いでどうにかなる相手ではない。
これまで戦ったことのあるチンピラなんかとは文字通り生物としての格が違うのだ。
イキることはない。
ここにはオレ一人。誰かに煽られる心配はない。
よってオレの悪癖が出る可能性は皆無なのだ。
オレの役目はあくまで偵察。
出来る限りの情報を持って仲間に伝えることが肝心なのだ。
そうだ、一人で戦う必要はない。
普段は一人で異界を探索しているが、今回は仲間がいて、今は彼らと共に受けた依頼の真っ最中。
本来の目的を忘れるな、オレ。
撤退だ。
そう決心して、一度仲間の待つ地点に戻ろうとした。
その時だった。
「────」
「────」
竜と、目が合った。
背筋が凍る。
悪寒が奔る。
絶対的捕食者に獲物として認識された。
その自覚だけで、全身からだらりと、脂汗が吹き出た。
身体が、本能が危険だと煩く訴える。
まずい。
マズイマズイ。
不味い不味い不味い不味い不味い────!!
気付かれないように、慎重に、細心の注意を払って退がろうとしていたが、もうそんなことをしている場合ではない。
ここに居たら死ぬ。
森の中にいたあのヘルムの男の様に。
あそこで踏まれている男の様に。
「冗談じゃねぇっ……!」
身を翻し、足で地を叩きつけ走り出す。
恥も外聞も関係ない。
探索者が未知から背を向けるなどと言われようが、知ったことか。
生きてなきゃ何にもならないのだ。
オレは逃げた。
あの竜から、多分これまでの人生の中で一番必死になって。
何かからこんなに必死になって逃げたのは、まだ現世にいた頃、盗賊のアジトにカチコミした時以来だった。
幸いというか、竜は変わらず動きを見せず、咆哮も発さない。
追ってくる様子もない。
ただ、こちらをじっと静かに観ている。
それが却って不気味だった。
走る。
とにかく走る。
振り返らず、真っ直ぐに。
景色があっという間に後ろに流れていく。
そうして走り続け、あの竜にやられたヘルム男が見えそうになった辺りでオレは────
「────は?」
────気づけば宙を舞っていた。
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