イキって同業救出せよ ー救難ー
「地図通りならもうすぐじゃな」
サルテを出発してから約一週間、安息点を経ってから5日目。
俺たちは、ようやく今回の依頼の目的地である深度ⅣとⅢの間に存在する仮称"竜の巣"に辿り着いた。
本当に依頼主から宝を奪ったという竜は存在するのかどうか。
その宝とはどんなものなのか。
気になることは未だに多いが、その答えが漸くはっきりする。
「しかし本当に竜の巣なんてこの辺りにあるのか? もっと高い所にあると思っていたのだが……」
「まぁ、基本的に森みたいな比較的平坦なところには無いわな。だが、そういう種もいるおろう」
「どんな
深度Ⅳは高山地帯。
山脈が軒を連ね、Ⅲ以前の深度と比較して高度が格段に上がるため空気が薄くなり、アップダウンも激しい。
出現するモンスターも四肢が発達したものや翼を持つものがいるらしいので、二人がイメージしたのはそういうところからなのだろうか。
俺たちがいるのは深度Ⅲの中では高度が高い方だが、未だⅢの領域内。
果たして本当に竜はいるのか。チームの中でそんな疑念が湧き始めた。
その時だった。
「止まれ!!」
「!?」
「っ!」
先頭にいたドドンの静止の声。
何かを感じ取ったようだ。
唐突のことだったので思わずビクりと驚いたが、お陰で身体は反射的に剣の柄に手を伸ばした。
微かに聞こえる、不自然に揺れる草木の摩擦音。
隊を緊張感が包む。
手に汗が滲み、頬にも汗が流れた。
竜か?
魔術師であるルフェイリアを下がらせ、ドドンが音がした正面を睨みつつ武器に手をかけ、俺はドドンとは反対の方向を警戒して襲撃に備える。
本当に竜がこちらに襲いかかってきたならこんなことをしても手遅れかもしれないが、それでもやらないよりはマシだ。
音が近づいてきた。
草木をかき分け、樹海を抜けて来たのは──
「た、助けてくれ!!」
「えっ!?」
「コイツは確か……」
見覚えのある顔だった。
安息点に着いた日の夜。あの酒場でルフェイリアをナンパして振られた挙句、俺に絡んできたあのナンパ男。
その男が、満身創痍の状態で助けを求めて来た。
「なぁ、頼むよ! 同じ探索者だろ!? なぁ!?」
「落ち着け。何があった?」
男は先頭にいたドドンに縋りつき、必死に助けを請うている。
酒場にいた時と比べると、まるで別人のようだ。
呼吸の荒い男に水を飲ませ、未だ息を切らす彼の話を聞く。
「バケモンだ! 竜みてぇな、真っ白なバケモンにみんなやられちまった!」
「白い竜、みたいな化け物……?」
「他に特徴は? 何処におる?」
「向こうにいる! 今は俺の仲間が足止めしてる! だから早く……ゲホッ、ゲホッ」
「おい、しっかりしろ!」
ナンパ男は咳き込み、倒れ込んだ。
竜のようなバケモノ。
恐らくそいつが俺たちが探していた、依頼主から宝を奪ったという竜のことで間違いないだろう。
そしてこの先にその巣がある。
どうやらあの依頼主は嘘は言っていなかったらしい。嘘は。
「色々気になることは多いが、それは後じゃな。とにかくその竜をどうにかせんにゃいかん」
「だが、どうする? 相手が本物の竜だというなら、この人数では心許ないぞ」
「……コイツの仲間はどうする?」
助けてやりたくはある。
探索者というのは成果を競争することも多いが、助け合うことも多い。
このナンパ男に思うところが全く無いとは言えないが、彼の仲間が危機にあるならそれとは話が別だ。
ただのモンスターなら直ぐに助けに行っただろう。
だが、それは竜を敵にした状態でとなると途端に難易度が跳ね上がる。
なにせ相手は最強種。
こちらは動けるのが三人。しかもボロボロの男を一人抱えている。
だったらここは────
「俺が偵察してくる」
「ん!?」
「なっ……」
これが最善策だ。
「一人で行くつもりか? いくら偵察といってもなぁ……」
「考えなおせクリスト! いくらなんでも無茶が過ぎる!」
「別に一人で勝てるとはハナから思ってない。言ったろ、ちょっと偵察してくるだけだ」
「強がるな! 竜はお前が考えているよりずっと感覚が鋭い! 死にに行くようなものだぞ!」
俺だって死にたくはない。
死にたくないが、誰かがやらなければいけないなら、今俺がやるべきだ。
俺が一番何も出来ないから。
ルフェイリアは魔術師だ。
いざ見つかったら恐らく逃げきれない。回復魔術が使える貴重な存在を、そんなことで失ってはいられない。
ドドンは経験豊富だが、脚の速さは俺の方が早い。
だが、俺よりずっと強い。
もし俺がダメになった時に他の皆が逃げるだけの時間を稼いでくれる筈だ。
俺がここに残るメリットが一番小さい。
全員で行ってもいいが、それだとこのナンパ男が多分死ぬ。
見捨てる、という選択肢もない訳ではないが、それは流石に心苦しい。そこまで根に持ってはいない。
俺に出来るのは────
「まだ俺たちが持って帰らなきゃいけない宝の中身も分かってねぇんだ。そんな状態で帰れるかよ」
「それはそうかもしれないが、だからといって……」
「大丈夫だって。俺ならヨユーだ、任せろって」
────精々カッコつけてイキることだ。
「ドドンのおっさんは直ぐ逃げられるように準備しててくれ。ルフェイリアはそいつの治療頼む」
「……分かった」
「おい、ドドン!?」
「何にせよこのままにしちゃおけん。情報は必要じゃ」
俺の言葉に、ドドンは素直に従ってくれた。
考えまで伝わったかは不明だが、今はそれがありがたかった。
竜の巣があるという方角に足を進める。
正直、怖い。
この先に本物の竜がいるのだ。いや、竜みたいなモンスターか。
どの道恐ろしい怪物が待っていると理解していて、微塵も恐怖を感じない筈がない。
地面に落ちていた枝を踏み、パキパキと音を立てた。
風に乗って運ばれる、薄らとした鉄の匂い。
この辺りは深度Ⅳにも近いため土や鉄の臭いがしてもおかしくはないが、これは多分そうではない。
もっと別のものだ。
何度も鼻に通った、赤い液体の、生命の香り。
「……っ!」
前方に何かがある。
鈍色のヘルムを被ったそれは、背を樹木に預けたままぴくりともしない。
あの男の仲間か。
近寄ってヘルムを被った男を、既に事切れた男を見る。
胴に刻まれた、右肩口から左脇腹にかけてまである大きな傷。
これが致命傷になったのだろう。
身体は血塗れだが、他に目立った外傷はない。毒があろうと無かろうと、これだけ大きく深い傷なら関係ない。
地面には深度Ⅳへと続く方から男の遺体に向かって赤い点線が描かれている。
この男をヤった竜は、おそらくそう遠くない地点にいる。
風が吹いた。
先程よりも強く、濃い血の臭い。
口の中が乾く。
人間一人を引き裂けるような爪を持つ程に大きなモンスターを討伐した経験は、俺には無い。
やれるのか、俺に?
いや、落ち着け。今は偵察に向かうだけだ。それなら俺にだって出来ると思ったからあの時自分から言い出したんだろ。
ビビってんじゃねぇ。
足を血の線が示す方へ向ける前に、ヘルムの男のズボンから何かかはみ出しているのが目に入った。
屈んで手に取ってみる。
それは探索者の身分証とも言える探索者組合が発行する、組合証だった。
持ち主の階級やこれまでどんな、どれだけの魔法資源を持ち帰ったかを示す証。
そこに記されていた男の階級は──
「勘弁してくれよ……」
──《第三線級》
俺より二つ上の探索者が、手も足も出なかった。
その現実が、ようやく俺に重くのしかかった。
良ければ評価よろしくお願いします!