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イキって探索再開だ ー深度Ⅲ突入ー


 日が昇り、朝になった。


 あの晩ドドンと話して分かったことは、あの妖精少女は普通ではないということだけだった。

 自分よりずっと長く探索者をやってきた彼に分からないのなら自分に分かる訳もないと、昨日は早く床に着いた。


 手早く朝食を済ませ、準備を整えてからレストを後にする。

 あんまり長居しては昨日のことで注目を集めると分かっていた。

 そうなる前に探索再開。今日から深度Ⅲに突入する予定だ。


 本格的な探索が、始まろうとしていた。





「ここからが…………」

「そう、深度Ⅲ。これまでとは規模も難易度も段違いの領域じゃ」



 安息点を出立して暫く。

 俺たちは深度ⅡとⅢの境界に立っていた。

 これから踏み込む深度Ⅲは、俺にとっては足を踏み入れたことのない領域。


 深度Ⅲはそれまでのエリアと同様に森林地帯だが、様相は大きく異なる。

 樹木の一本一本が、これまでのものと比較にならない程に巨大だ。

 頂上を見上げようとするだけで首が痛くなるだろう。

 この天を衝くような木々の群れのせいで、距離感がおかしくなってしまいそうだ。



「この辺は“ネフェリムの森“というての。木の一本一本が伝説の巨人のようにデカいことからそう呼ばれとる」

「へー」



 昨日と同様、先頭を歩くドドンが親切に解説してくれた。

 確かに巨人のようにデカい。

 幹の直径は成人土鍛種の男数人分を並べてやっと並ぶ位はあり、散って地面に落ちた葉の一枚一枚が、俺の掌よりさらに一回り程は大きい。

 樹木の本数も多いせいか、地面に露出した根(これもまた太い)が邪魔で歩き難い。



「難易度が段違いというのはどういう意味だ?」



 根のせいでデコボコとした道なき道を歩きながら、ルフェイリアはドドンに先の言葉の意味を尋ねた。



「言葉通り、というのはちと言葉足らずじゃな。まぁ、単純に出てくるモンスターが強うなって、あとは狡猾な奴が出るようにもなる。じゃから探索者の死亡率も跳ね上がる」



 オマエさんらも気をつけい、とドドンは言いながら慣れた様子で道を進む。



「分かった、気をつけよう。ところで、クリスト」

「ん? なんだ?」

「何故さっきから私の方を見ている?」



 こちらに振り向いてジロリと睨む女魔術師殿。

 俺が彼女の背を見ていたのが気になったようだ。



「いや、別に。昨日のことを思い出していただけだよ」



 そう、ただそれだけ。

 別に何かやましい思惑があって見ていた訳ではない。

 ましてや氷漬けにされたことなんて、(ぼか)ぁ全く気にしていませんよ、えぇ。

 ただ少し。ほんの少しだけ仕返しがしたいなぁーって考えてただけですとも。


 昨日のこと、という言葉に反応したらしいルフェイリアの長い耳がピクリと動く。



「……言っておくが、昨日のことはお前にも非があるぞ。馬鹿にされて腹が立つ気持ちも分かるが、だからこそ冷静にならなければな。ま、まぁ、魔術に巻き込んでしまったことについては、私にも……」

「なんの話?」

「……? 決まっているだろう、昨日の」

「俺はあの依頼主と報酬の話だと思ったんだけど?」

「なあっ!?」



 会話内容の勘違いに気づいたルフェイリアの顔が赤くなる。

 当然わざとだ。これくらいの仕返しは許されて然るべきだろう。



「き、貴様わざとだな!? 理解(わか)って言っているだろう!?」

「いやー良かった良かった。あれから何もなかったからどれだけ血も涙も無い奴かと思って心配だったけど、どうやら杞憂だったみたいだなー」

「そ、そこに直れ! 今度は全身凍らせて……!」

「おいやめろ!?」



 怒れる女魔術師は魔力を漲らせ、昨夜のように冷気が発生し出す。

 冗談じゃない。

 あれからどれだけ溶かすのにかかったと思っているんだ。あと少しで漏れるとこだったんだぞ。


 冗談だよ悪かった、と謝罪の言葉を口にしようとした時。



 ルフェイリアの背後に立っていた樹が倒れ始めた。



 ────彼女を押しつぶすように。



 マズイ。

 避けろと言おうにも、未だ気づいていない彼女ではおそらく間に合わない。

 どうすると考えるより先に、体が動く。間に合うか……!? 


 ルフェイリアの肩を掴み、倒れる樹の軌道から逸らすべく彼女を投げた。

 緊急事態につき、雑になったのは許して欲しい。

 ひゃっ、と意外にも可愛い悲鳴をあげた魔術師は、なんとか受け身をとる。


 彼女を退かしたはいいが、さて俺はどうするか。

 今から躱してもおそらく片足が巻き込まれるだろう。

 ならば剣を抜いて受け止める? 

 論外、片足どころか全身ペシャンコになるだろう。


『一瞬の判断ミスが死を招く』

 探索者組合に登録した日、最初に教わった言葉が思い出され────





「ぬんっっ!!!」





 一閃。

 同時に、爆発かと思うような轟音が響いた。

 大斧と巨大樹の衝突。

 一瞬の膠着の後、勝敗は前者が後者を切断したことで決まった。


 熟練の戦士の驚異的な膂力から繰り出された一撃により真っ二つにされた樹木の根に近い方は吹き飛び、半分は宙を舞った後地に突き刺さる。



「ドドンのおっさん!」

「無事じゃな!? 早う立って武器を構えろ!! どんどん来るぞ!」



 来る? 一体何が? 

 俺の脳裏に浮かんだ疑問は、直ぐに解決されることになる。


 驚くべきことに、森が動き始めた。

 いや、違う。

 樹が動いているのだ。

 地中に埋まっていた根を引きずり出し、それを足のように使って移動している。

 ここまでくれば、経験の浅い俺でも分かる。こいつらはこちらを害する意志を持つ敵。


 即ちモンスター。


 ドドンの言った通り、次々と動き出した樹木の群れ。

 剣を鞘から抜き、既に立ち上がって杖を構えたルフェイリアと合流する。



「囲まれたか……!」

「ドドンのおっさん! こいつら何なんだ!?」

「擬態樹じゃ! 名前の通り、樹に化けて獲物を襲うモンスターでの。特にこいつらは巨大種と言って、今しがたお前たちにやったように急に倒れては獲物を押し潰して捕食するのが特徴じゃ」

「趣味の悪いモンスターだなっ……」



 嫌悪感を露わにして魔術師は吐き捨てた。

 全く同感だ。

 狡猾な奴らとはこういう奴らのことだったのか。騙し討ちにしてもタチが悪い。


 悪趣味な樹の怪物は、その体を解いて四〜五体に分かれた。どうやら複数の個体が集まり、重なった体を捻って化けていたらしい。

 別れた個体には、その体に口がバキバキと音を立て裂けるように現れた。

 おそらくあれが捕食器だろう。あんなとこに放り込まれるなんて死んでもごめんだ。


 分裂したことでその数を増やした擬態樹の群れは、こちらを囲んだままジリジリと距離を詰めてくる。



「ワシは右をやる! お前たちは左を頼むぞぃ!」

「承知した」

「お、おう!」



 大斧と背負っていた大楯を構え、完全に戦闘態勢になったドドンは指示を出すと敵の群れに突進し粉砕し始めた。

 凄まじい勢いで敵の数を減らしていく。流石は《第二線級(セカンド)》の探索者、手際よく片付けていく。


 先達の腕前を横目で見ていると、こちらにも襲いかかってきた。他人を見て感心している場合ではない。



「私の魔法で一掃する! 時間を稼げ!」

「簡単に言うなよ、この数相手に……」

「出来ないのか?」

「出来るんだが!?」



 また己の悪癖が出てしまったが、今はそのことを悔いる余裕もない。

 いや、落ち着け。

 意識を切り替えろ。

 敵に集中しろ。


 この擬態樹は纏まった状態だと厄介だが、バラけた後ならば────



「らぁっ!!」



 俺でも切断できる。

 幸い剣は階級以上に良い物を買っていたからな。

 これが本物の巨大樹ならこうはいかなかったが、こいつらはよく見れば纏まった状態でも本物より一回り以上細い。

 それが分かれてより細くなったならば、そう厳しい相手ではない。これならなんとかなりそうだ。


 斬り倒した個体を皮切りに二体、三体と切り伏せていく。

 分かれたままでは部が悪いと判断したのか、再び集まろうとする擬態樹ども。

 そのタイミングで、俺の背後から冷気が吹き荒れる。



「準備が出来た! 撃つぞ!」

「ちょっ、ちょっと待て! 今退がるから!」



 今にも周囲一帯を凍らせんとする魔術師に待ったをかけ、急いで彼女の方へ走る。

 凍らせて動きを止めて貰えるのはありがたいが、それに巻き込まれるのはもう懲り懲りだ。


 地面に描かれた魔法陣の範囲内に滑り込む。



「いいぞ! 撃ってくれ!」

「言われずとも!」



 滑り込んだ直後。描かれた陣が発光し、極寒の突風が吹き荒れる。

 昨夜のものよりも更に強力な魔力により生じた冷気が迸り、みるみる内に地面が凍りついていく。

 そのまま擬態樹を冷気が呑み込んでいく。


 冷たい霧が辺りを覆う。

 白い靄が晴れると、そこには凍りつき氷像と化した擬態樹の群れの姿が。



「す、すっげー……」



 地面に臀部をつけたカッコ悪い体勢で、思わず称賛の言葉が出た。

 決して魔術に明るいわけではないが、そんな俺から見ても今の魔術は凄まじい代物だと理解出来た。

 本職の者が見ればまた違う感想が出てくるのかもしれないが、残念ながら俺の語彙力ではすごいとしか言い表せなかった。



「当然だろう。私はI高位森霊種ハイエルフなのだからな」

「お、おぉ……」



 ルフェイリアは誇らしげに鼻を鳴らした。

 そういえば、昨日もそんなことを耳にしたな。

 ハイエルフというのがどれだけ凄いのかについては魔術同様詳しく知らないが、まぁ、高位(ハイ)というくらいだから凄いのだろう。たぶん。知らんけど。



「助かったよ、ありがとな」

「気にするな。私も助けられたからな」



 伸ばされた手を握り立ち上がる。

 足元にあった草原は氷原に変わり、踏み入れば滑ってしまいそうだ。

 こちらは片付いた。

 ドドンも恐らく倒し終えているだろうから、どうやって合流するかを考えていると、地面に張られた氷を踏み砕来ながらこちらに近づいて来る土鍛種(ドワーフ)の戦士の影が。



「おぅ、そっちも片付いたか」

「まぁ、なんとかな」

「こちらは問題ない。そちらはどうだ?」



 大斧と大楯を背負いなおし、ふぅと一息つくドドン。



「なぁに、大したことなかったわい。このままさっさと目的地にオロロロロロロロロロロロロ」

「おいぃぃいい!? おっさぁぁぁぁああん!?」

「な、なんだ!? 急にどうした!?」



 今の今までケロッとしていたドドンだったが、急にその場で嘔吐し始めた。

 あまりに急のこと過ぎて頭がついていかない。

 まさかの事態に、ルフェイリアの顔にも動揺が見られる。



「だ、大丈夫か!? さっき戦いでなんかやられたのか!?」

「目立った外傷はない。ということは、毒か!?」



 毒? かすり傷から入ったのか? 

 対象を嘔吐させるような毒なんて聞いたことなかったが、この異界にはそんなものを使うモンスターまでいても不思議ではない。

 漂うすっぱい臭いを我慢しながら、俺はドドンの背中をさする。



「どういう毒かは不明だが、とにかく解毒だ。クリスト、解毒薬の類は?」

「あるにはあるが、効くかどうか……」



 未知の毒物の可能性も否定出来ない。

 薬を射っても効かなければまだ良いが、それで死んでしまったら最悪だ。

 俺の持っている解毒薬は深度Ⅱ以下用のものだ。毒性が低いものにしか対応出来ない。


 ならばドドンの持ち物から探し出すか? 

 だが、本人の同意なく持ち物を漁るのは探索者の御法度だ。競争意識が強い者も多く、中には切り札を鞄の中に忍ばせている場合もある。そんな連中からしてみれば持ち物を勝手に他人に見られるというのは死活問題であり、それが原因で死人が出ることもあるそう。

 ドドンがそうでないという可能性はゼロじゃない。

 だが、命がかかっている。考えろ、どうすればいい? 



「なら私の魔術でどうにかしよう。魔力量が不安になるが、致し方ない」



 マジか。

 こいつ、魔術で攻撃だけじゃなく治癒まで出来るのかよ。

 さっきの凍結魔術といい、ポテンシャルが相当高い。

 まず間違いなく《第三線級》以上はある。俺なんかとは雲泥の差だ。


 ルフェイリアが杖を構え、魔力を奔らせる。

 再び魔力で形成された陣が地面に描かれた時だった。



「よせよせ、態々魔術を使うことはないわい」



 嘔吐し、膝をついていたドドンがゆっくりと立ち上がった。

 ヒラヒラと手を振り、自分は大丈夫だとアピールしているが、空元気かもしれない以上言葉の通りには受け取れない。



「ドドン! 何を言っている、無理をするな!」

「無茶すんなって、おっさん! 一旦横に……」

「心配はありがたいが、その必要はない。いつものことじゃからな」



 いつも? どういうことだ? 

 俺と同じ疑問を抱いたルフェイリアが、魔術の発動を取り止めた。



「二日酔いじゃ」

「…………なんだって?」

「じゃから、二日酔いじゃ。ワシは土鍛種じゃが、正直酒にあまり強くなくての。飲んだ次の日に、こうなることはよくある」



 えぇ…………(困惑)。


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