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イキってイキってイキりまくれ ー渾身のイキりと高位森霊種ー


 アロ・クリストは生来のイキり野郎だ。


 少しでも口に出してナメられると全自動でイキりだす。

 褒められても煽てられてもイキりだす。

 自覚はあるものの気付けばいつもそうなる。

 よせばいいのに勝手にイキりだし、結果引っ込みがつかなくなる。

 どうにかしたいものだが、これはもうどうにもならないだろうとどこか諦めているのも確かだ。

 これは一生付き合っていくしか無いだろうと。


 だが稀に。

 ごく稀にだが。


 イキるべき時はあるのだと、アロ・クリストは思うのだ。



 例えば、下手なナンパの失敗の腹いせに馬鹿にされた時とか。



「おい、おっさん。誰がパッとしない三流ド底辺探索者だって?」

「あ、あぁ…………?」

「そこまでは言ってなかったろう…………」



 少し酔っていたせいか口が滑って要らん自虐が入ったようだ。

 いかんいかん、これも酒のせいか。いや、単に俺の被害妄想か。



「なんだぁ、兄ちゃん? 何か気に触ったか? ん?」

「おー触ったとも呑んだくれの赤狸め。よくも人をてめーの三文芝居以下のナンパ劇の道具にしようとしたなぁ。そんなんでよくウチのルフェイリア様に手ぇ出そうとしたもんだ」

「おい、酔いすぎだぞ。もう少し声を…………いや、こいつ大して飲んでいなくないか…………?」



 立ち上がり、俺が手にしていたジョッキの中の酒を見たルフェイリアに気づかれたようだ。

 その通り、これは酔っているのではない。

 ただイキっているだけだ。酔った風に見えるってだけ。


 声が大きかったせいか、ワラワラと野次馬が集まってきた。

 探索者同士の揉め事などいつものことなのか、店主が止めようとする気配もない。

 野次馬共も喧嘩を待ち望んで煽ってくる。ますます後に引けない状況になってしまった。

 嫌に慣れ親しんだ空気だぞクソッタレ。



「言ってくれるじゃねぇか。そこまで言うんだ、さぞお偉い探索者なんだろうなぁ?」

「階級が聞きたいのか? 《第五線級》だよ」

「《第五線級》ぅ? 何だよほとんど新米じゃねぇか! この安息点(レスト)に来たのも初めてか坊主?」



 仲間や野次馬と一緒にゲラゲラと笑い出した。

 非常に不愉快だ。やめてくれ。これではイキり具合が加速してしまう。俺は詳しいんだ。



「あーオッサンてば人の実力を階級でしか見れない感じ? これが先輩とかマジで幻滅っすわ〜」

「あぁん?」



 ナンパ男の顔に皺が入り、表情も険しくなる。

 おぉ神よ。願わくば今すぐにこの明らかに格上の相手に喧嘩を売るアホの口を塞いでください。



「おれは《第三線級》の探索者だぜ? 表で確かめてみるか?」

「おいおい、いいのかオッサン? 相手が誰か分かってる?」

「なに?」

「アンタが相手にしようとしてるのは、今でこそ低級探索者だが────」



 右足を力強く踏み出鳴らす。



「────いつか《最先端》の探索者になる男だぜ?」



 アロ・クリスト、渾身のイキりが決まった。

 しん、と周囲の音が止み────





『ははははははははははははは!!!』





 先程よりも更に大きな、外にまで聞こえそうな程の笑い声が酒場中に響いた。



「兄ちゃん、そりゃあ無理ってもんだ!!」

「大声でんなこと言うやつ初めて見たぜ!」



 可笑しくてたまらないとばかりにゲラゲラと野次馬どもは笑い続ける。

 ナンパ男も同様で、腹を抱えながらこちらに寄ってくる。



「正気かよ、おまえ!? あんなバケモノ共と同じ位になるって、ホントに何にも知らねぇのかよ! くくく、いいか、アイツらはな…………」

「そこまでだ。これ以上は聞くに耐えん」



 俺とナンパ男との間に女魔術師の杖が差し込まれる。

 よくぞ止めてくれた。このままだとボコボコになるところだったからな。



「姉ちゃんは引っ込んでな」

「聞こえなかったのか」



 魔術師の左右で彩の異なる眼が薄く光を帯びる。それに合わせるように空気が軋み出した。




「吠えるな、と言っている」




 刹那、嵐のような魔力の渦が吹き荒れる。

 手足が痺れ痛みを覚える程の冷気が場に広がり、急激に気温が低下。

 すっかり温くなっていた酒が霜を帯び、野次馬の何人かは思わずジョッキを落としていた。



「な、なんだこりゃ!?」

「この魔力…………!? まさかこいつ、高位森霊種(ハイエルフ)か!?」



 探索者たちはルフェイリアの魔術に驚いている。

 ハイエルフが何かはよく分からないが、これなら何とか更にイキらずに済みそうだ。

 あとはどさくさに紛れてフェードアウト、宿の部屋にまで戻ればこちらの勝ち。

 翌日になればみんな忘れているだろう。酔っ払ってるし。


 未だ驚愕している探索者たちの視界から外れてこっそりと計画を実行しようとしたが…………。



 …………? 



 何故か足が動かない。


 見ると自分の脚が凍りついていた。なるほど、これは動けないわけですわ! 

 いや違う、そうじゃない。

 魔術が見事に決まったと思い、心なしか得意げになっている魔術師さんに文句を言うことにした。



「ちょっと、ルフェイリアさんや」

「もういいだろう、これに懲りたら私に…………なんだクリスト」

「どうしてオレも凍らせる必要があったんですかね?」



 酒場の床諸共凍った俺の下半身を見たルフェイリアの表情が凍りつく。



「……………………そ、それは」

「…………なぁ、お前ってもしかしてだけど加減とかメチャクチャへt」

「違う、そうじゃない。あれだ、お、お前にも折檻が必要だと思ったからだ。うん、喧嘩両成敗というやつだ」



 顔が若干赤らんで声が微かに震えている。図星かよ。

 見れば周りのご同業たちからも哀れみの目を頂戴してしまっている。 

 なんだこの空気。もうどうすんだこれ。



「とりあえずこれ溶かしてくんない? オレちょっとトイレに行きたいんだけど」

「じき溶ける。私は先に部屋で休む。ではな、また明日」

「ちょい待って待ってこれ溶かしてから…………」

「なんだ、我慢できないのか?」

「出来るんだが?」



 あ。





「なるほどの。そういうわけじゃったか」

「そういうことだったんだよ。助けてくれてありがとな、ドドン。うぅー、寒っ」



 あの後足が凍った俺を部屋まで運んだのは、組合支部で用事を済ませ宿に到着したドドンだった。

 ルフェイリアの魔術により宿の外まで冷気が漏れ、何事かと思ってすっ飛んできたらしい。

 ドドンが簡単な火の魔術を起こす魔道具で脚の氷を溶かし、何とかことなきを得た。

 もう少し遅ければどうなっていたか。おのれあの女魔術師め。


 宿部屋に備え付けられている暖炉の火で温まっていると、それにしても、と酒のボトルを閉めてドドンが言う。



「お前さんといいあのお嬢さんといい、ちと変わっとるの」

「うん、まぁ、自覚が無いこともないっていうかね……」



 事情を説明する過程でドドンには俺の悪癖については話した。

 迷惑をかけた手前の、話さない訳にもいかなかったのだ。

 ちなみに確信はないが、ルフェイリアは自分が変わっているとは思っていないだろう。



「その様子じゃと、随分あのお嬢さんと打ち解けたようじゃな」

「え? あー、まぁ、最初よりは?」

「そうかそうか」



 何がそんなに愉快なのか、ドドンはうんうんと頷きながら笑っていた。



「ところで、ちと話は変わるんじゃがの」

「うん?」

「お前さんは今回の依頼、どう思う?」



 酒場でルフェイリアにも聞かれた質問。

 どうやらドドンも何か引っかかっているらしい。

 歴戦の探索者の勘、というやつだろうか。



「そりゃ確かに怪しいけど、まぁ一度引き受けた以上途中で投げ出せないだろ」

「それもそうじゃがな、こいつを見てくれ」



 そう言ってドドンが取り出したのは、出立前に依頼主の妖精種から受け取った地図だった。

 このレストに辿り着くまでにも使い、明日以降も使うことになるだろうもの。

 記されているのは組合本部のある出発地のサルテから、目的地の竜の巣までの道のりと、その周辺区域。

 改めて見ると、かなり詳細に描かれている。



「お前さんはこの辺りは初めてじゃったな」

「あぁ、それがどうかしたのか?」



 先程までとは一転し、神妙な表情でドドンは語り出す。



「わしはもう何度もこの辺りには来た経験がある。ここの宿主とも顔見知りになる程度にはの。じゃからここいらの地理にも多少覚えがあるし、地図も自前のを持っとる。組合から支給されるものよりも詳しく描かれとるもんだ」

「じゃあなんだ、この地図はなんかおかしいのか?」

「おかしい。おかしいくらい詳しすぎる」



 詳しすぎる? 

 詳しいなら、それに越したことはないように思えるが、目の前の歴戦の探索者は何か違和感を覚えているらしい。



「なんか不味いのか?」

「不味いというか、不気味というか。今日こいつを使っていながらこう言うのもなんだが、あまりに精巧すぎるんじゃ。こんなもんはおそらく《最先端》の連中も持っているかどうか」

「はぁ!?」



《最先端》の探索者は、その名の通り異界探索のフロントランナーであり、全ての探索者たちの頂点に位置する。

 未知を探索し切り開く、探索者たちの憧れ。

 現世のあらゆる種族からの期待を背負う開闢の徒。

 彼らが身につける武具や防具、保有するアイテムは当然その格に見合った物ばかり。

 地図もまた、相当に詳しいものになっているはずだ。


 そんな彼らでさえ持っていないかもしれない代物を、何故あの少女が保有していたのか。

 しかもそれをあっさりと手渡してきた理由はなんだ? 

 大穴が空いた理由を知っていることに、なんか関係するのだろうか。



「お前さんも知っての通り、この異界は広い。ハッキリとそう分かっておる訳ではないが、おそらく現世よりもな。加えて異界内の自然環境は変わりやすい。地図なんてのはこの世界じゃ大体の道が分かるくらいで御の字じゃ」



 広いのは知っていたが、自然が云々というのは知らなかった。

 ドドンの話が正しければ、つまり貰ったこの地図は────



「存在するのがあり得ない位、正確すぎるってことか」

「うむ。しかし最も気になるのはこの竜の巣そのものじゃ。ここにそんなもんはなかった。ワシが知る限りは」

「え?」

「この辺に出る竜といえば小木竜くらいのもんじゃったそうじゃが、あれは昔の探索者たちが狩り尽くしたと聞く」

「じゃあ、新しい竜が住み着いたってことか?」

「分からん。じゃがいずれにせよ──」



 ────あの依頼主の嬢ちゃん、只者ではないぞ。


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