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イキって探索開始せよ ー安息点ー


 "大穴"の直上に位置する海上の大都市フロートラムは、常に多くの人と物とで賑わっている。


 異界から持ち帰られた多くの魔法資源と、それを加工した製品があちこちで販売される。

 魔法の金属で作られた武具や防具、魔法資源を惜しみなく細部にまで使った杖やマジック・アイテム。

 販売方法も路上販売からショーウィンドウに飾られるものまであり、中には競売形式なんてものまで存在する。


 その影響は都市内部だけにとどまらない。

 街の郊外には魔法資源を加工する工場や保管倉庫で埋め尽くされており、港には輸送船がひっきりなしに出入りして、そこから加工品や加工前の魔法資源が様々な大陸と国家に届けられる。


 数百年前に埋め立てられて造られたこの都市は、現在も異界からの魔法資源による商売で活気付き、世界有数の盛況ぶりを見せていた。



 その経済を支える最大の要所である異界へと通じる"大穴"が何故かつて開いたのかは、誰も知らない。誰もが自然がもたらした奇跡のような現象だと考え、納得している。

 正確には考えても仕方ないから、納得したことにしている。魔法でも再現不可能な、人智を超えた代物の考察など時間の無駄だと。

 分かっているのは異界という新たな世界には大いに利用価値があるということ。


 それさえ分かっていればいい。

 知る必要など、どこにもないのだから──




 鬱蒼とした森の中を、種族が異なる三人が列を組んで進む。

 組合のある探索者の本拠地サルテを出ること半日以上。

 依頼主から渡された地図によると、目的となっている竜の巣まではまだ距離がある。


 異界のエリアは深度という尺度で区別され、探索者が最初に訪れる街であるサルテを深度ゼロ、そこから離れるごとに深度I、深度IIと数字が大きくなっていく。

 現世と大穴で繋がった、今俺たちがいる大陸の端が深度Ⅶ、そこから海を隔てた先が“新大陸“となっており、探索者たちの数百年の成果だ。


 深度は探索者の階級により行けるエリアを示すものでもある。

 明文化されている訳ではないが、組合で登録した時に最初に教わることの一つだ。

 深度の数字と自分の階級の数字を足し合わせて八になればそこが適正深度とされ、それ以上の数値となる深度は身の丈に合わないと組合から注意を受けることに。

 階級名に数字のない《新人》は六、《最先端》は零として扱われる。

 ただし最下級の《新人》は一週間の組合での講習を終えれば自然と《第五線級》になれる。


 俺は《第五線級》。

 一応深度Ⅲまで行くことは可能だが、深度Ⅱより先に進んだことはなかった。

 ソロのままではそこまでが今の己の限界だと感じていたからだ。

 竜の巣があるという地点の深度はⅢとⅣの間。俺にとっては足を踏み入れたことのない領域だ。

 本来は《第五線級》の探索者が踏み込む領域ではないが、今回は《第二線級》探索者であるドドンが同行しているため問題はないだろう。


 現在地点は深度IIの終わり。深度Ⅲに差し掛かろうというあたりか。



「もうそろそろ安息点(レスト)が見えてくるぞい」

「レスト?」

「探索者たちが作った仮の拠点みたいなもんじゃ。まぁ、小さい町くらいの広さはあるがの。陽も傾いてきたことじゃ、今夜はそこで泊まるとしよう」



 先頭を歩くドドンは道を塞ぐ植物の蔦を払い除けながら提案した。

 異界には深度によっては探索者のための拠点があると聞いたことがあったが、それが休息点らしい。

 探索道中に集めた魔法資源を預けたり換金するためにわざわざサルテの組合本部まで持って帰るのは骨が折れる。

 その手間を省き、ついでに羽を休めるために出来たのがレストと呼ばれる休息地。探索者の、探索者による、探索者の為の町。


 ルフェイリアも異論は無いためか何も言わない。どうやら野宿は避けられるらしい。


 やがてレストが見えてきた。

 森の中で開けた、頑丈そうな柵に囲まれている幾つもの建築物。

 建てられて長いのか、或いは素人が建てて改修を繰り返したのかと思えるようなやや不恰好なものが多い。

 通路には魔法による灯が灯され、同業者と思われる男たちが店の外の席で賑わいを見せている。なんというか、この雑な感じが探索者が作ったというに相応しい町だ。

 あれがレスト。今夜の自分達の宿になる町。




 き、気まずい…………。


 レストについて直ぐにドドンは道中で拾った魔法資源を知人の店に預けに行き、俺とルフェイリアには宿をとってきてくれと言い残した。

 幸い宿の確保には成功し、今は宿屋に併設された酒場で夕食を摂ろうと席に着いていた。


 二人で、机を対面にして。


 どうにも緊張してしまう。

 ここに来るまでは気にしていなかったが、探索中は滅多に口を開かないし、そもそも初対面の森霊種とどう向き合えばいいかも分からない。そんな経験ねぇよ……。

 加えて今まで見てきた森霊種の女性の中でも頭一つ抜けた美貌の持ち主だ。

 仮に自分じゃなくても少しくらい緊張するものではないだろうか。


 互いに無言のまま食事を口に運ぶだけの、実に居心地の悪い時間が過ぎる。周りの探索者たちの騒がしい声がやけに耳に響く。

 ひょっとして同席したのが不味かったのだろうか。

 同じチームになりそのままなし崩し的に食事を共にすることになったが、やはり別れて摂るべきだったか。

 時間くらいズラすべきだったかなーと自分の配慮不足を恥じている時だった。



「お前は、あの話をどう思う?」



 急に話しかけられ、少し驚く。

 てっきり終始無言のまま食事を終えるものと考えていたのだが。

 口に入れていた肉を慌てて咀嚼して飲み込む。



「あ、あの話って?」


「あの依頼主の少女が言っていた報酬だ。彼女があの"大穴"が開いた理由を、本当に知っていると思うか?」



 出発前、成功報酬として提示された「“大穴“が開いた理由」。正確にはそのヒントとなるもの。

 俄には信じられないが、あの少女は確かにそう言って俺たちを送り出した。

 契約を交わしたのだから、全くの嘘ではない、はず。

 


「ん、んんー…………」



 判断に迷う。

 妖精種は元々現世にはいなかった、つまり異界出身の種族だ。

 大穴が開通してから交流が始まり、様々な異界の知識を現世の住人に授けてきたという。

 異界探索が始まって数百年経った今もその多くは異界に留まっているそうな。

 竜と同様に、長命だが数は少ないらしいが。


 もしあの妖精種の少女が大穴開通前から異界に存在していたなら、その可能性はある。

 その場合は見かけに関係なく老婆ということになるが。

 しかしいくら妖精種が長命で魔法にも長けた種族だからと言って、あの大穴が何故開いたかなど知っているのだろうか。

 そもそも、あれはあくまで自然現象ではないのか? いや────



「本当に知ってるかどうかは確かに怪しいが、その可能性はゼロじゃないと思う」

「そうか」



 俺の当たり障りのない回答に女魔術師は短く返事をし、それ以降は再び口を開く気配は無くなった。

 こんなことなら、もっと会話のスキルを磨いておくべきだったか。


 探索者の定番の会話といったら自分の階級とか、どこでどんな魔法資源が取れたとか、誰が強いとか、あとはどんなやばいモンスターがいるかといった探索に関係のあるものばかりだ。

 自分のこれまでの成果を自慢するというのも鉄板だが、大抵は酔った勢いで誇張してネタにされる。そもそも自分には自慢するようなエピソードは無いのだが。

 恥ずかしいエピソードはいっぱいあるのにね、不思議だなぁ……。


 早くドドン戻ってこないかなーとか思いながら最後の謎の肉一切れを口に入れる。

 その時、近くのテーブルに座っていた人間種の男の探索者がこちらに近づいてきた。



「よぉ姉ちゃん、えらい別嬪さんだな。こっちで俺らとどうよ?」



 うわぁ。

 どうやら所謂ナンパというヤツらしい。実際にお目にかかるのは初めてのことだった。

 男が座っていたテーブル席には仲間と思われる探索者が三人居り、酒ですっかり赤くなった顔でこちらを見ている。

 まぁ気持ちは分からんでもない。

 探索者の男女比率は圧倒的に男が多いし、数少ない女性の探索者。しかも森霊種の美人だ、放ってはおけないのだろう。


 しかしこの容姿なら少しは名前が有名になりそうなものだが、出会うまで聞いた覚えがなかった。実は探索者歴は浅かったりするのだろうか。



「遠慮する」

「まぁそう言わずにさ。一杯だけでも」

「結構だ」



 余程お近づきになりたいのか、男は随分食い下がる。

 ルフェイリアの方は全く相手にする気がないらしい。顔も向けずにあしらっている。

 やはりこういった経験には慣れているのか。


 やがて痺れを切らした男はこちらに指を向けて吠え出した。さっきまでは眼中にもなかったくせに。どうせならそのまま放っておいてくれればいいものを。



「こんなパッとしねー奴と飲んだって、楽しかねぇだろぅ!?」




 …………あぁん?(着火)


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