イキって依頼を引き受けろ ー元凶との出会いー
何が悪かったかと聞かれると、自分が悪かったのだと思う。
人間種の青年アロには、生来のものとしか思えない悪癖が一つあった。
イキること。
生きることではない。そちらにいちゃもんをつけられると割とどうしようもないし泣きそうになるが、そうではない。
イキる。あるいは粋がるとも。
自分にはできないと分かっていても、その場の勢いでついつい強がって「オレならヨユーだし」だの「そんなのやれて当然だから」だの口走り、結果無茶をする羽目になるのだ。後先考えてないともいう。
しかも本当は臆病者で後になってビビりまくるのだから手に負えない。
残念ながら彼の脳にはその辺の学習能力が搭載されていなかったのだった。
だからあのくそ妖精のクソッタレな依頼を引き受けることになったのも、己のこのイキり癖のせいなのだ。
「やばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬぅ!!?」
「うるさいぞイキりヒューマン! 今魔術を…………って待て、こっちに来るなぁ!?」
「情けないのぉ! 退いておれ、ワシが…………うっ、昨日の酒が…………」
「ヴヴモオおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「「「あああああああああぁぁぁあああぁぁぁ!!?」」」
その日は偶々上質な魔法資源の採取に成功し、その事実を肴に酒場で酒を飲んでいた。
久々に手にした成果らしい成果。
いつも以上に懐が潤い、上機嫌に次々と酒を口に注いでいく。
実にいい気分だった。
異界に飛び込んだのは早数ヶ月前。
キッカケは同世代の友人たちと集まった酒の席。
地元で誰が一番早く探索者になるかという話になり、挑発され「俺なら探索者とか余裕だわー。一流の探索者になるまで帰らねぇから!」とイキった結果、気づけば身一つで故郷から飛び出していた。
冷静になった後、己の過去の発言を後悔したのは言うまでも無い。
やってしまったことはしょうがないと、そこから気を取り戻して探索者組合に登録。
しかし探索者になったはいいがなかなか芽が出ず、階級も下から二番目のまま。
探索しては然程珍しくもない魔法資源を得て、帰って組合でそれらを金に替えては酒場で管を巻く。
階級も上がる気配はなく、うだうだと日々を過ごしていた。
こんなハズじゃあなかったのになぁと、俺、アロ・クリストは燻っていた。
なんだかんだ上手くいくんじゃないかと楽観視していたのだ。
異界に来ればどんどん未知の領域を開拓し、新たな魔法資源を誰よりも早く採取。探索者としての地位も鰻登りになると夢見ていたが、その淡い期待は現実の前に無力だった。
異界。
ある日世界に突如として開いた大穴の先に広がっている世界をそう呼ぶ。
驚くべきことにこの穴は地面に開いたのではなく、海上に開いたのだ。
外から見るとぽっかりと開いた穴に向かって海水が、下へ下へと流れる円形の滝の様。
その先には現世とは全く異なる世界が広がっており、貴重な魔法資源が溢れている。
そんな急に現れた宝の山に、当然あらゆる種族が食いついた。
人間種、森霊種、土鍛種、獣人種…………当時は魔法資源を奪い合い争っていた彼らは直ちに戦いをやめ、我先にとこの新世界の開拓に乗り出したのだ。
開通から数百年経った今ではその大穴の周辺を埋め立て、円形の巨大な都市が出来ており、異界から持ち寄られた魔法資源はそこから世界中に運ばれていく。
未知の世界を踏破し、現世では決して採取出来ない異界の魔法資源を持ち帰り一攫千金。
種族を問わずそんな夢を見る挑戦者たちが集まり、いつしか彼らをこう呼ぶようになった。
「探索者」と。
「そこのおにーさん。おにーさん。そこの酔っぱらいのあなた。あなたのことですよー」
あの悪魔みたいな奴に会ったのは、いつも通っている酒場だった。
がぶがぶと浴びるように飲んでいた酒で酔いが回ってきた頃。
俺に話しかけてきたのは、小さな妖精種の少女だった。
フードを目深に被っていたせいで顔立ちはよく分からなかったが、外にはみ出た絹のような艶のある髪と背から伸びる二対四枚の小さな羽が、彼女の種族を明確に示していた。
「なんかよう?」
「見たところおにーさんは探索者の方ですよね? 実は、おにーさんに是非お願いしたい依頼がありまして」
「ふーん??」
今思えば、この時から胡散臭いとは思っていたのだ。
探索者に依頼をするなら普通は組合を通すものと決まっているし、顔を隠しているのも怪しい。
腐っても命懸けの探索者。そういった輩相手に警戒はするものだ。
だがこの日の俺は久々の成果らしい成果に舞い上がり、浮かれていた。
そこに持ち込まれた名指しの依頼。通常は高ランクの探索者にしか回ってこない仕事。高まる優越感。
多少怪しげでも、受けないという選択肢は既に頭の中からどこかへと飛び去っていた。
「まぁーそこまで言うなら? 引き受けなくも無いけどさ?」
「わぁー! ほんとですか! 嬉しいなぁ」
そこまでといったが、この時少女はまだ何も言っていない。
そもそもどんな内容でいくら報酬をもらえるのかetc,etc…………。
気にするべき点はいくらでもあったはずだが、そんなことも分からないほどこの時の俺は酒精で知能が低下していた。
「それでぇ? ど〜んら依頼なのぉ?」
「依頼内容の説明の前にですね、この同意書にサインをしてもらいたいんですよ」
「サインー??」
「はい。説明してから断られると少々面ど…………大変なので。でも大丈夫ですよ、おにーさんならきっと簡単にこなせる依頼ですから」
怪しい。とてつもなく怪しい。
語り口調といい手口といい、まんま詐欺師のそれだった。
急激に酔いが冷め、ここにきて流石に感づいて受諾拒否を考えた。
何せこれまでの人生で無茶な頼みを引き受けて悉く「断ればよかった」と後悔してきたのだ。
よし、今回は断ろう。
自分を頼ってきた目の前の妖精少女には大変申し訳ないが、組合まで連れて行けば、あとは向こうが勝手にいい腕の探索者を紹介するだろう。それも彼らの仕事なのだから。
「あ、あー。悪いな、やっぱその依頼はオレには…………」
「あーでもなーやっぱりここで即決できないような探索者の方には荷が重いかなー」
「は?」
頭のどこかで、ブチっと何かが切れる音がした。
それを機にグツグツと煮えたような血液が頭に上るのを感じる。
今、なんて言った?
腰かけていた椅子から勢いよく立ち上がる。
周りにいた客から何事かと視線を向けられたがそんなことは眼中にも入らなかった。
少女に顔を近づけ、内心の激情を悟られぬよう余裕綽々といった表情で見下ろす。
「出来るんだが?」
「えぇーほんとですかぁー? おにーさんに出来るんですかぁー?」
「出来るんだが? ヨユーなんだが??」
「そうですか! いやーよかったよかった! ではこちらにサインお願いしますねー」
ニヤニヤと笑う少女からペンと同意書をふんだくり、ガリガリと荒々しく自分の名を記す。
どんな依頼でも構うものか。
こうまで煽られて、舐められっぱなしではいられない。この小娘の鼻っ柱をへし折ってやるのだ。
この妖精少女の依頼を達成して、目にものを見せてやらねば────!
「はい、ありがとうございまーす。では依頼内容を説明させていただきますねー」
同意書を受け取った少女は、花のような笑顔を浮かべたように見えた。
まるで全て自分の思い通りになったとばかりの、愉快でたまらないといった表情。
「今回私が依頼するのは、竜の巣穴にある宝物の奪取です。死なないように頑張ってくださいねー?」
…………今、なんて言った?? (二回目)
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