彼女がえんぴつにこだわる理由
「あ、この人。また描いてる」
「へぇ、どれどれ」
放課後の多目的教室は自由だ。美術部員が集い、めいめいにお喋りしている。
冬の日差しは曇りがちで弱い。鼠色の雲の向こうは、もう茜色。
換気のために窓を開けている。
運動部の掛け声がグラウンドから聞こえる。
ふたつ向こうの音楽室からは木管の音色。
綺麗だし、BGMにしたいのにメロディーはすぐに止まる。
外部の講師レッスンもある、と吹奏楽部の子は言っていた。今日はそういう日なのかも知れない。
「窓、閉めよっか」
寒がりの部長さんが、そさくさと窓を閉めた。
暖房の音が急に大きくなる室内で、私たちはもう一度スマホの画面に見入る。
某巨大小説サイトの一頁。
そこにはなぜか手描き絵が表示されていた。
友人は小説を無料で読めるこのサイトに去年から入り浸っている。私はそれに便乗していた。
どうして小説サイトに絵が? なんて思ったものだが。
友人曰く挿絵とか。なるほど納得。
絵の課題ならぬ宿題の手を止めて覗き込む私に、友人は告げた。
「仲良しの作者さんにね、絵を贈ったんだって。なんか微笑ましいよね」
「そうだねぇ」
――画面の向こうで創作にいそしむ、知らない誰か。
女の人らしい彼女には私たちと相通ずるものがあった。それは。
「ほんと、この人、いっつもえんぴつだよねー」
「たまにデジタルもしてるけど、ぜんっぜん上達しないの」
「そうそう。よっぽどアナログ好きなのかな」
「いいんじゃない? うちらもだし」
「言えてる〜」
私たちは自称『アナログ大好き同盟』だ。そりゃあデジタルもするけど。
画面の中の小さな絵。
それは、勢いのままに黒い粒子で描かれた男の子。
きっと、これを描いた人も同じ表情だったんだろうなぁ、なんて。
私は、ちらりとノートの端っこを見た。
自作ヒロインの真剣な顔がある。所謂顔だけらくがき。
浮かんだものをどこにでも描きつけるのは、絵描きあるあるらしいけど……。
えんぴつやシャーペンはいい。授業中でも頼りになる。手軽で心強い相棒だ。
(この人も。離れられなかったんだろうなぁ)
しみじみ覚える共感。
湧き起こる創作意欲に、私は宿題を脇によけた。
「お。描くの? コンクール用」
「うん。やる気出た」
「そっか」
彼女はにこっと笑い、スマホの画面をオフにした。再び大きなパネルと向き合う。
カチ カチと時計は進む。
私たちは今日も、とっぷり日が暮れるまでそれぞれの画に立ち向かう。
いつかきっと誰かに届く。
果てなくひろがる世界に。