03-優也、男になる
これぐらいなら大丈夫だよね?
もっと過激でもOK?
誰か教えてー!
とても綺麗な満月だ。
月にかかった雲も、また風流。
窓から照らされる月明かりに、反射する白い肌。
ベッドの横に汐らしく立つ妖艶な女性。
白衣を脱いだ中は、シースルーの青いネグリジェ。
透けて見える柔肌は、今にも飛び付きたくなる。
「そんなにジロジロ見られると恥ずかしいです……」
「ご、ごめんなさい! みゆきさんが、あまりにも綺麗だったから……」
俺がそう返すと、みゆきさんは体をくねらして頬を染めた。
「私、その言葉だけでどうにかなっちゃいそうですっっ」
恥じらいながらも此方を誘惑する姿に、唾を飲み込む音が静かな病室に響く。
「みゆきさん……本当に良いんですか?」
「金城様こそ、私で宜しいのでしょうか……」
最終確認に入った俺達は、お互いコクりと頷き返事を返した。
徐々に近づく唇と唇。
みゆきさんのぷくっとした柔らかな唇が触れた瞬間――
脳内で謎の物質が爆発した。
キスの仕方など分からなかったが、本能に忠実に、俺達はお互いの唇を貪っていた気がする。
「ぷはっっ……息をするのも忘れていました」
「はぁっ、はぁっ……わ、私もです。凄いです! キスってこんなに幸せな気持ちになるんですね!」
そう興奮気味に話すみゆきさんは、まるで子供みたいで可愛かった。
「あの……」
「ど、どうしましたか金城様!? 私、なにか不手際を!?」
なにかしてしまったと思い込み、焦って離れようとするみゆきさんをギュッと、抱きしめる。
「違います。今から、この時間だけでも、お互いに呼び捨てしませんか?」
「えっ……そ、そんな事恐れ多いです!」
「ダメかな……みゆき」
「あぁっっ! なんか凄いのきちゃった……」
「早く呼んでよ。みゆき」
「ゆ……ゆうや」
呼び捨てにした瞬間に恥ずかしくなったのか、みゆきさんは俺を力強く抱きしめ返した。
大人の階段を一歩ずつ登り頂上に辿り着いた俺は、行き先を塞ぐ鍵の掛かったドアを、みゆきさんという鍵を使って開ける。
そう、俺はこれから"男"になるのだ。
そして、月明かりに照らされた俺達は、次のステージに向かうため熱い夜を二人で越えていく――
◆◆◆◆
翌朝。
微睡みの中で隣の温もりを探してさ迷う手。
その手が掴んだのは、柔らかな肌ではなく、カサカサとした無機質な1枚の紙だった。
『一晩だけでも、私にとって生涯大切な想い出になりました。ありがとうございました――金城様』
短いお礼の文。
その下には、何度も書いては消した後。
そこから伝わる健気さに、俺の心臓は一際高く跳ねた。
「一晩だけなんて、寂しい事言うなよ……」
数時間後。朝ご飯を食べて少し経った俺の元に、彼女はやって来た。
「金城様。回診の時間です」
「はい」
俺に触れる度、緊張でビクビクする看護士さんが血圧を測っている間、みゆきさんはカルテになにかを書いていた。
昨晩あんな事があったのに、何食わぬ顔。
それが少し不満で、いたずらしたくなった。
「きゃっっ!」
看護師さんが見ていないのを確認して、みゆきさんのお尻を撫でる。
「どうしました先生!?」
「いえっ、なんでもありまんせん!」
不思議そうな看護師さん。恥ずかしさを抑え、なんとも言えない表情のみゆきさん。
俺は可笑しくて笑ってしまいそうだったが、なんとか抑えて追撃に出る。
またもや看護師さんが見ていなのを確認し、みゆきさんに1枚の紙を素早く渡す。
『今夜も来て欲しいです。OKなら頷いて』
そう書いた紙を見たみゆきさんは、光の速さで白衣のポケットに仕舞うと俺を見てコクコクと頷いた。
その間、ほんの数秒だ。
俺はとうとう堪えきれず笑ってしまった。
「金城様が笑ってらっしゃっる!? 男性の笑顔って、こんなに素敵だったんだ……て、あれ? 先生は何故顔が真っ赤なんですか? 熱でもあります?」
「な、なんでもありませんっ! か、金城様! 無事に回復に向かっているので、退院の日取りを後程決めたいと思います!」
退院の日取りか。
まあ、検査でも問題なかったし、後数日って所かな。
「分かりました。それじゃ、後程」
「はい! では失礼致します! 後藤さん! 行きますよ!」
「金城様、失礼致します……あっ、先生待って下さいよ! てか、なんでそんなぎこちない動きなんですか? 今日の先生おかしいですよ」
「う、うるさいわね! それより、次の患者さんは誰なの!?」
「誰なのって、朝のミーティングで話したじゃないですか。先生! 一体何を隠してるんですか? 私には分かるんですよ」
「一体なんの事やら!」
閉まったドアの向こうから、そんなやり取りが聞こえて笑いが止まらなかった。
そしてその晩、彼女は約束通りやって来た。
その次の日も、そのまた次の日も。
みゆきさんから提案された1週間後の退院。
俺達は、最後の日まで欠かさず慈しみあった。
彼女は俺の担当医だが、ベッドの上でも先生になってもらった。女性の弱い所、どういう言葉をかけたら喜んでくれるか、色々教わった。
彼女は歳上だけど、純粋で子供っぽい所もある普通の女の子。
最後の晩、涙の跡をつけ名残惜しそうに俺の元を去っていく彼女。そんな彼女を、寝たふりのまま薄目を開けて見送った俺は、とある事を決心して眠りに落ちた――
◆◆◆◆
「「金城様。ご快復、心から喜び申し上げます!」」
「皆さん、ありがとうございました!」
退院の日を迎えた俺は、病院総出で見送りを受ける場面で決心を行動に移す事にした。腹に力を貯め、思いのたけをぶつけるように彼女の名を叫ぶ。
「東條みゆきさんっっ!!」
端の方で看護師さん達の影に隠れながら見送ろうとしていた彼女が、フルネームを呼ばれビクッとしたのが見えた。
俺が名前を呼んだせいで、全員の視線がみゆきさんに注がれる。きっと恥ずかしいだろうが、前に出て来てくれないと話が進まないので致し方なし。
「こっちへ来てくれませんか?」
「はい……」
おずおずと俺の前に出てくるみゆきさん。
もじもじと下を見て俺に視線を合わせようとはしない。
俺はここで一呼吸置き、自問自答で最終確認をする。
覚悟は出来てる。断られてもしょうがない。
優也、お前は男だ。俺なら出来る。
そうやって自分を勇気づけ、一歩を踏み出す。
「東條みゆきさん。俺を見て欲しい」
「は、はい……」
顔を上げ俺に視線を合わせた彼女の澄んだ瞳を、真っ直ぐ見つめ返す。
期待と不安。そのどちらも感じられるような表情。
一体なにを言われるのか、想像もしていないだろう。
「貴女と出会い、僕は男になれた気がします」
「はい、金城様は素敵な男性だと思います」
「素敵なのは、貴女の方ですよ」
「あ、ありがとうございます……」
俺達のやり取りにざわざわするロビー。
きっとここに集まった人達は、俺が一体なにをしているのか分からないだろう。
それは世界の常識が変わってしまったせいであって、彼女達のせいではない。常識が変わってしまう前は、当たり前に行われていた男女の一幕。
――そう、俺は"告白"をするのだ。
「出会ってたった1週間ちょっと。それでも、僕が貴女に……いや、みゆきに抱いた感情は間違いじゃない」
「は、はい……?」
「僕はみゆきに恋をした! 好きなんだ!」
「恋……好き……」
理解が追い付かず俺の言葉を何度も反芻するみゆき。
どうやら周囲の人達も同じ状況のようだ。
そして少し経った後、ようやく全員が理解したみたい。
「「ええぇぇーっっ!?」」
思わず耳を塞いでしまったロビーに反響する甲高い声。
当のみゆきはというと、口をパクパクして驚いていた。
「色々すっ飛ばしてしまった俺達だけど、恋に順序なんて関係ないと思うんだ。デートして、手を繋いで、帰りにキスをする。そんな関係を築いていきたい!」
「え、あ、はい……?」
「だから……俺と……恋人になって下さい! お願いします!」
手を突き出し頭を下げる。
顔が熱くてしょうがなかった。
「「きゃぁぁぁーっっ!!」」
黄色い歓声が上がる中、宙をさ迷う俺の手。
お願いだ……握ってくれっっ!!
そんな願いが叶ったのか、柔らかくて暖かい手が俺を包んだ。
「私で、良ければ、おね、お願いしま、す……」
冷たい滴が俺の手に落ちる。
顔を上げると、みゆきはボロボロと涙を流していた。
えずきそうになる中、区切りながらも返事を返してくれた事に、心音が高鳴る。
俺は本能に従いみゆきをかたく抱きしめる。
そして離れ際に、熱いキスをした。
涙の味がして、ちょっとしょっぱい。
「ありがとう。嬉しい」
「私もです……幸せ過ぎて怖いって変な感じですねっ」
はにかむ笑顔にドキッとする。
「「きゃぁぁーっっ! 」」
再び沸く黄色い歓声。
「私達一体なにを見せられてるの?」
「ドラマの撮影かなにかですか?」
目の前で起きた事実に、信じられないと言わんばかりにざわつくロビー。
そんな混乱の渦を巻き起こした俺達だが、二人の世界に入っていたせいか、周囲のどよめきなど一切入って来ない。
啄むようなキスをしては見つめ合い、それを何度も繰り返す。
「優也様。夢中の所申し訳ありませんが、そろそろ」
そんな俺達を見かねた杏里さんから、ストップの声がかかる。
「そろそろ時間みたいだ……今度は、デートで逢おう」
「はい、お待ちしております……」
杏里さんに付き添われ、ロビーを出て玄関前に止まった黒塗りの車へ乗り込む。
窓から手を振ると、みゆきは笑顔で手を振り返してくれた。そしてその背後には集団が詰め寄り、みゆきさんを囲むと、ヒーローを讃えるように胴上げをしていた。
驚きながらも満更でもなさそうなみゆきを目に焼き付け、俺は病院を後にした――
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