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02-優也、余計な事を言う

ギリギリを攻めていきたい。

 階段から落ちて病院に運ばれ命が助かったのは良いが、目が覚めてからが大変だった。


 担当医の女医さんが飛んで来たかと思えば、緊急検査すると言って様々な検査を受けるはめになるし。周りは女性しかいなくて気を使うし。


 てか、男はどこいった? 看護士、医者、入院患者、お見舞いに来ている人、目に見える範囲は女性しかいない。


「――金城様、大丈夫ですか?」


 検査疲れで、ボーッと考えている所に女医さんから心配した様子の声がかかる。


 今は長かった検査が全て終わり、診察室で結果を聞く所だ。


「あ、大丈夫です! それで、検査の結果は?」

「はい。検査の結果……特に異常は見られませんでした」


 検査結果に異常がないと聞いて一安心だが、女医さんの顔は、なにか含みを持ったような表情だ。


「異常は無いんですよね? なにか気になる事でもありますか? 隠されてもモヤモヤするので、ハッキリ言ってくれると嬉しいです」

「では、単刀直入に申し上げます……」


 女医さんの真剣な面持ちが、俺の緊張感を上げる。


「金城様は、記憶障害だと思われます。勿論、一時的なものだと思いますが、なにぶん脳に異常はありませんので、確証を持って全て思い出すとは言えない状況です」

「記憶障害? それって記憶喪失ってやつですか?」


「そうです。一般的には、そちらの呼び名の方が分かりやすいですよね。今日行った検査では異常無しでしたが、記憶障害がある以上、これから更に詳しい検査で必ず原因を確かめていきます」

「記憶障害……因みに、僕は何を忘れているのでしょうか?」


 突然記憶障害と言われても、自分が何を忘れているのかも分からない。不安が込み上げ、女医さんに思ったよりも近付いていた。


「あっっ、か、金城様!? あの、その……近いです……」

「ご、ごめんなさい!」


 慌てて離れたが、女医さんは惜しい事をしたと言わんばかりに残念そうな顔をしていた。


「か、金城様が謝る事ではありません! むしろ此方こそ不快な思いにさせて申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる女医さんに違和感を覚える。


 全く悪い事などしていない女医さんが、何故こうも仰々しいのか。思い起こせば、会った人は皆こんな感じだった。


 記憶障害によって忘れているだけで、俺ってもしかして凄く偉い人なのか?


 そんな勘違いさえしてしまう状況だった。


「いやいやっっ、悪いのは僕なんで! それに、不快なんて1ミリも感じてませんから! むしろ、綺麗な人に近付けて光栄と言いますか!」

「綺麗……? 私がですか? こんなおばさんに、お世辞は必要ありませんよ……」


お世辞なんてとんでもない。


背中辺りまで伸びた赤みを帯びたブラウンの髪を耳にかける仕草は凄く色っぽい。


瞳は黒いが、顔立ちはどこか日本人離れしているような気がする。左目の涙ぼくろもセクシー感を際立たせているし、これで綺麗じゃなかったらどのレベルが綺麗だって言うんだ!


「お世辞なんて言ってません!! 俺、こんな綺麗な人に担当して貰えて嬉しいです!」

「金城様……」


 なんだか変な雰囲気になってしまった。

 ピンクというか、甘いというか。


 女医さんはおばさんと自虐していたが、顔は整っていて肌も綺麗だし、なにより歳上独特の妖艶な雰囲気が童貞の心をがっちり掴んでいる。


 こんな人に童貞を奪って貰えたら男として最高の名誉だ。


 死ぬまで自慢出来る。

 いや、死んでも天国で自慢しまくる。


「金城様はお優しいのですね。この世界の男性が、みんな金城様みたいに女性に抵抗のない人だったらと、心から思います……」


 しんみりと語る女医さん。

 俺は、その言葉には色々引っ掛かる所があった。


「あの……この際聞くんですが、この病院に男性っていないんですか? それに、みんな僕に対してどこか仰々しいというか……」

「え? あ、そうか。金城様はそこら辺の記憶も失っておられるようですね。だからか……」


 一人納得して頷く女医さん。対して俺は、答えを得られなかった事に納得など出来ていなかった。


「記憶を失っている金城様にとって、今からお話する事はショッキングな事かもしれません。それでも聞きますか? そこに、知りたい疑問が詰まっています」


 神妙に尋ねる女医さんに、思わず生唾を飲み込んでしまった。だが、躊躇していてもしょうがない。


「お願いします!」


 俺は覚悟を決め、真剣な表情で聞き入る。


「では……」


 それを見た女医さんは、この世界の衝撃的な事実を軽快で聞き取りやすい口調で語り出した――


 ◆◆◆◆


 その日の夕方。


 俺は病室のベッドで、天井を見ながら考えていた。


 さきほど女医さんから語られた真実は、俺の予想なんて遥かに上回る話だった。


 なんとこの世界は、"女性と男性の比率が偏る"俗に言う『逆転世界』だった。


 なんでも、19世紀中頃に流行した"男のみ発症する"病によって、世界の半分以上の男が減ったそうだ。


 その後、流行が治まった後も何故か男子の出生率は下がる一方で、病に対する特効薬が出来た近年でも、減った男の数は回復していないのだとか。


 その比率、女性100に対して男性1。


 要は、3クラス中、男が1人しかいない事になる。総学年合わせても男はたった3人。


 男が普通にいた世界の記憶しかない俺からすると、とんだハーレムじゃん! としか思えないが、この世界の男はそんな嬉しい気持ちじゃないようだ。


 そもそもこの世界の男は、女性に対して積極的どころか抵抗さえ感じているらしい。


 一応、男の義務である毎月の精子提出はこなしているが、俺が考えいるような男女関係は、かなり希少な出来事だと女医さんに熱弁された。


『ですから金城様。もし、金城様が女性に少しでも興味があって、ほんの少しでも好意を持てたら、お願いします……少しでも多くの若い女性を抱いていただけませんか? 私はもう、そのチャンスを逃してしまったので……』


 目に涙を浮かべ訴える女医さん、いや、みゆきさんの言葉が頭から離れないでいた。


 その姿に胸を打たれ、みゆきさんの美しさも相まって思わず言ってしまった言葉に、羞恥心を抑えられない。


「かーっっ! なんであんな事言っちゃったんだろ! 馬鹿か俺はっ!」

「優也様! どうかなされましたか!?」


 俺の声に慌てて反応した警護官の杏里さんが、病室に入ってきた。


「い、いえ、なんでもないです!」

「本当ですか? なにか悩み事があるなら遠慮なさらず言って下さい! 私は警護官でもありますが、優也様の執事でもあるのですから!」


 ぐいぐい来る杏里さん。


 どうやら、俺がこの世界で病院に運ばれた理由も、学校の階段から転んだせいらしい。


 学校では警護官の付き添いに制限があるようで、不在だったのは杏里さんのせいではないのだが、本人は自分がいながら情けないと、相当落ち込んでいたと主治医のみゆきさんから聞いていた。


 だからなのか、俺のささいな変化に敏感だ。

 とは言え、今の悩みを正直に話すのは気が引ける。


『なに言ってるんですか! みゆきさんはとっても綺麗で、今すぐにでも抱きたい位魅力的です! なんなら、俺が抱いて貰いたい!』

『私が魅力的……ありがとうございます。例えお世辞でも、男性からそこまで言われたのは一生の自慢になります。本当に、金城様はお優しい方ですね』


 ここまでは良かった。ちょっと感動的な感じで済んだのに、この後に高まった俺が余計な事を言うまでは。


『お世辞じゃありません! なんなら今夜病室を訪ねて下さい! 僕の初めてを貴女に捧げます!』

『そ、それは冗談ですか……?』


『冗談な訳ありません! みゆきさんが嫌じゃなければですけど……』

『それはあり得ません!! わ、分かりました。金城様の心意気、有り難く受け取りたいと思います。今夜……身を清めて伺わせていただきます』


 という展開があった。

 俺もまさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。


 なんであんな軽はずみな事を言って……いや、別に軽はずみという訳でもないか。


 俺としては、みゆきさんみたいに綺麗な歳上の女性に童貞を貰って貰えるのだ。願ってもないチャンスじゃん?


 いや、でもなー、本当にこのまま夜を迎えて良いのだろうか。病院で、しかも女医さんと……倫理とか世間体とか……。


「優也様! 本当に大丈夫ですか!? なにかあるなら言って下さい! じゃないと私……もう二度と優也様を危険な目に合わせたくありません!」


 俺がまどろっこしい事を悩んでいる中、涙ながらに訴える杏里さん。


 その姿に、俺の心は揺れた。

 てか、ちょっと惹かれた。


 あれ、俺って女性の涙に弱い?

 というか、惚れやすいのか?


 これじゃまるで、この世界で言う"チョロイン"だ。

 まあ、この世界でもそんな言葉があるか分からないが。


「わ、分かりました! 正直に言いますから、もう泣かないで下さい」


 俺は震える杏里さんの手を取って、落ち着かせるように語りかけた。


「優也様……あっ!? 私、一体なにを! 申し訳ありません優也様! 警護官らしからぬ態度でした。この事はお忘れ下さい……」

「忘れられる訳ないですよ。ちゃんと話しますから、杏里さんも座って聞いてくれますか?」


 静かに頷く杏里さんの手を引いて、ベッドの縁に二人で座った。


「実はですね。僕の主治医である、みゆきさんと約束をしてしまったんですよ」

「約束ですか。どのような?」


「今夜、僕の初めてを捧げると」

「は、は、初めてを、捧げる!?」


 大胆発言に動揺してしまった杏里さん。

 顔も真っ赤に燃え上がっている。


「何故そのような約束を!?」

「いや~、流れと言いますか、調子の乗ったというか。一言だけ言えるのは、僕は嫌ではないんです」


 一応、この世界の常識に合わせるため、無理やり約束させられた訳ではないと補足しておく。


「では、何故悩むのですか?」

「良いのかなって……病院で、しかも担当医の人とそんな事して倫理とか世間体とか引っかからないのかなと思って」


「倫理に世間体ですか。私には良く分かりませんね……そもそも、男性が積極的に男女関係を結ぶ事自体稀なので、優也様の行為は、その倫理やら世間体の枠の外かと思います」

「枠の外ですか……」


「はい。それに、女性からしたら男性に抱いて貰える事が奇跡。場所など、どうでも良いのです。その神聖な行為に意味があるので」

「じゃあ、僕が今夜する事は、誰にも咎められないと?」


「ええ、讃えられる事はあっても、咎めなんて万に一つもありません! ただ!」

「ただ?」


「めちゃくちゃ羨まけしからん、ですっっ!!」

「ぷっ、ははっ」


 鼻息荒く自分の脚を叩く杏里さんに、笑ってしまう。


 それと同時に、この人もいずれ抱くのだと、確信する自分がいた。


 そして、その夜――

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