人にやさしく。
私は3人家族の長男で、一人っ子だった。
その日家族で近所のスーパーに出かけた。
近所と言っても田舎なので車で出かける。
ドライブ中、何気ない会話をしたのを覚えてる。
私と母が花粉症で、父に花粉症の辛さを訴えるも解ってもらえず、
母は頬を膨らませて怒る。
母はこういう子供っぽい怒り方をする人だった。
決して頭がいい方ではない、男から見たら可愛げがある、
そんな感じの人だった。
スーパーに着いて、春から中学生になる私は、
新しいノートや筆箱を見に行った。
少し大人になった気でいた。
自分は賢い、物わかりの良い人間で、
これからも勉強して、高成績で、ドヤ顔で、勝ち組で、
母のようなバカな大人を見下す権利を持っていて、
優人という名前でありながら、
まったく人に優しくない。
そんなクソガキだった。
買い物カゴに食品を沢山詰め込み、
幸せな家庭を絵にかいたような光景。
だが、母は困惑した表情だった。
「変ねぇ・・・お肉がないのよ、牛肉」
「今日使おうと思ってたのに」
この人は本当にバカなんだなと思った。
肉が肉売り場に無いはず無い。
よく探したのだろうか?
いつも来ているスーパーで、売り場も覚えてないのか?
「母さん、ちゃんと見た?」
「あそこにあるじゃん、あれが牛肉コーナーだよ」
その日のスーパーは人が多く、客がごった返す中、
上に吊るしてある牛の形の看板だけを見て、そう言った。
「でも肉がなかったの!」
「はぁ?そんな事あるわけないじゃんw」
ただ、肉売り場の周りだけ異様に人だかりがあり、
近寄れなかった。
私は確認せずに母を責めた。
「いやいや、じゃあ、本当に無いか見に行くよ?」
客をかき分け、肉売り場の前まで来た。
母の言う通り、牛肉がほとんど売り切れてた。
この日は牛肉のセール日で、
夕方にほとんどの肉は売り切れていた。
私はドヤ顔で母を責めていたので、ひっこめなくなり。
売れ残った肉を指さして、
「ほら、肉あるじゃん、何言ってんだよw」
と、苦しく母を罵倒して、自尊心を保った。
母はまた頬を膨らませて怒り、
「その肉じゃダメなの!」
と怒鳴った、周りの客に笑われた。
母の目には悔し涙まで浮かんだ。
遠くから父が歩み寄ってきて、
へらへら笑っていた私の頭を軽くひっぱたき、
「その辺にしとけよ」
叩き方は優しかったが、父の表情はマジギレだった。
普段から母さんをキレさせるのは父の方が多かったので、
なんで私だとこんなに怒られるのか、
一瞬、腑に落ちなかった。
会計を済ませたあと、母は車に乗らなかった。
「歩いて帰る」
と言ってそのままスーパーを出た。
父は「おい」と母さんを呼び止めようとしたが、
「知らない」と言って駐車場から出ていった。
本当に怒ってたんだと思う。
私と同じ空間に居たくなかったんだと思う。
帰りの父の運転は、いつもより少し荒かった。
ハンドルさばきから怒気が伝わってくる。
俺の、母さんに対する仕打ちに怒っているのが、
明確に伝わってきた。
私は一言も喋らず無言で反省した。
家に着いて、スーパーの袋から食品を冷蔵庫に移す。
その時、買ってきた食べ物が、
いつもより微妙に豪華だと気付いた、
ケーキやお酒、ジュース、普段は買わない物が多い。
父はタバコに火をつけ、テレビを見始めた。
それから1時間が過ぎた辺りで、父が時計を気にし始める。
2時間が過ぎ、父は少し嫌な予感を察知した様子で、
「母さん迎えに行ってくる、留守番してろ」
と言い残し、家を出た。
時刻は8時半くらいだった。
私は一人、リビングのソファーでうとうとし、寝た。
起きると朝だった。
父がまだ帰ってない。
その時点で異常事態を感じ取り、胸騒ぎがした。
私はなるべく普段通りに過ごした。
テレビのニュースを見ながら、
頼むから何も起きないでくれと祈った。
昼過ぎに父が戻った、見たことも無い表情だった。
虚無みたいな表情で、
「優人、母さん死んだぞ」
と告げられた。
その言葉の中には、
『お前のせいで』
が含まれていると思った。
私は起こったことが大きすぎて、呆然とした。
「よく聞けよ」
「母さん遺体、今警察署にあるから」
「今日の昼過ぎに検死が終わって葬儀屋に行く予定」
「お前は中学の制服、何時でも出せるように探しとけ」
「これから葬儀の準備で構えないから、飯も自分で」
「解ったか?」
父はそう言うと、また外に出ていった。
私はとりあえず言われた通り、朝食を取ろうと冷蔵庫を開けた。
その時やっと気付いた。
昨日、スーパーで買った物が、すき焼きの材料で、
私はすき焼きが好物で、でも昨日はその肉が売り切れで、
きっと父さんと母さんは、
私の中学入学祝いをやる予定だったという事。
母さんごめんなさい。