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「確かに私とハロルドの婚約は祖父たちの口約束から始まったものです。けれど約束であることに変わりはありません。貴族にとって約束はとても重要な意味を有します。ましてや既に国家に書類を正式に提出し、将来を共に過ごすことを約束を確固たるものにしています。幾ら陛下と言えども容易く覆せるものではありません」
ましてや王が貴族の婚約に口を挟むなど。それも私情で!それは許されるべきことではないだろう。
前例を作れば王家に対して貴族に疑念を抱かせることにもなる。
貴族が行う婚約は私たちのように対して利益に反映されないけど祖父が約束したしで始まるものばかりではない。寧ろそれで始まる婚約はかなり少ない。
家に何らかの利益を齎すからこそ結ばれる契約なのだ。それを邪魔することに貴族がいい顔をするはずがない。
「リスティル、陛下に対して無礼だぞ」
ハロルド、あんたは本当に脳筋ね。どうして私に怒鳴るのよ。
婚約を破棄しろと向こうは脅してきているのよ。男なら婚約者を守るぐらいしなさいよ。それとも何、今日一日護衛しただけで惚れちゃったの?
「どのような理由があろうとも女である私にとって一度結ばれた婚約を反故にするのはリスクが高すぎます。 “傷物令嬢”として嘲笑の的になれと陛下は仰いますの?」
理不尽だけれど婚約破棄・解消はどのような理由があろうと女性側に問題があったのだと言われて嘲笑の的になるのが常だ。
そしてそんな女性にまともな縁談などこない。
親子ならばまだマシな方だろう。祖父と孫ほど年の離れた相手と結婚させられたり、女癖の悪い最低男と結婚させられたりする。
それ以外の道は貴族籍を王家に返還して修道院に行き一生を神に仕える身として過ごすかだ。
「いい加減にしろ、リスティル!騎士団の者としてこれ以上の陛下への無礼は許さない」
何が無礼よ。
私は貴族令嬢として当然のことを言っているだけじゃない。
陛下に反論せず黙って従うことが忠臣だとでも思っているの?
何でも「はい、はい」従えって?
無理ね。そこまでお人好しじゃないもの。
メロディのことは多少可哀そうだとは思う。でも、自分で選んだ道なんだから自分でどうにかするべき案件でしょう。
「ハロルド、先ほどから私にばかり怒鳴り散らしていますが陛下の提案を受けるつもりですか?」
「とても光栄なことじゃないか」
そうですか。と、呆れと怒気を含ませた言葉をなんとか飲み込んだ。
普段から積極的に交流している方ではない。
頼めばパーティーのエスコートをしてくれる。
頼めばだけど。
つまり頼まないとしてくれないし、頼んだとしても同僚や友人と約束がある場合はそちらを当たり前のように優先するし誕生日プレゼントなんて貰ったことがない。
彼は婚約者である私のことをどう思っていたのだろう?