1-3 魔導院へ
半年飛ばしました
シャルル卿の本邸の玄関には、魔導院の制服に身を包んだアランを中心にフェル、ルノー、シャルル、それと屋敷の使用人が集まっていた。
「アラン、ネクタイが曲がっているぞ。ああ触るな、私が直してやるからやり方をきちんと覚えなさい。ハンカチは持ったか?なに、持ってないだと?今日は私のものを持っていなさい。なんならずっと持っていても構いません」
アランは、この半年で驚くほど態度が軟化したルノーにされるがままになっていた。
部屋を出る前から玄関に着くまでに何度服装を正されたのだろうか、すでに疲れが見えている。
「あ、あのルノーさん、自分でできますから...」
「いいえダメです。身だしなみには気をつけなさい、シャルル卿の親族に迎えられた者として魔導院に行くのですからね。それと今日から寮で暮らすのですから、私がいないからと身だしなみを整えることを忘れないように!」
「まるで母親みたいだな」
「半年付きっきりで面倒を見たのだ。保護者と名乗っても差し支えないだろう。こら背筋を伸ばしなさい、上手く直せないではないか」
「ええ...」
「やれやれ、ここまでなるとはあたしも予想できなかったよ」
本当に親族ではあるのだが何か事情があるらしく、領民出身でシャルル卿の目に止まり養子になったという設定で生活しなさいと言いつけられたときに、冗談で、僕は命でも狙われてるんですかと聞いた時のシャルルさんはひどく申し訳なさそうな顔をしていた。だから理由を聞くことはできなかった。
それ以上にルノーさんのこの半年での態度の変わり方の方が衝撃的だったけれども、悪い気はしなかった。
「あとはうちのひ孫達を待つだけかい?」
「そうですね、約束の時刻までまだ少し時間がありますし、私達が早くここに集まりすぎただけですよ」
「もう少し余裕を持って集まれないもんかねえあのバカ息子達は。向こうに着いてしまえばあたしら大人は別行動じゃないか。かわいいひ孫達とろくに会話もできやしないよ」
「懸命な判断だと思いますがね。あなたと接していると小さい子は性格が歪みかねない」
結局半年の間、屋敷から出ることもなく、フェルさんとも会えなかったのだが、昨日やっと再会することができた。
左手が義手のようなものになっており、左目の上には深い切傷があったが、再会してすぐに、何も聞くなと言われてしまった。本人は、油断が招いた事故だと言っていた。
そんなフェルさんが今年から魔導院に講師として招かれ、授業をしてくれることになったらしい。位階は師司で、魔術の腕前は、気に入らないが相当のものだ、とルノーさんから聞いている。
そんなルノーさんは僕の保護者枠で入学式を見に来るらしいので一緒にいる。
「あたしのかわいいひ孫達に対してあんたと同じような口調で話すわけがないだろ。生きているうちにできるだけ甘やかすと決めてるんだよあたしゃね」
「アンリおばあ様、あまりに甘やかされても困りますわ。甘やかされてばかりでは成長できませんもの」
唐突に玄関の扉が開き、アランと同じデザインの制服を来た子供が3人入ってきた。
シャルルに話しかけたのは、1番始めに入ってきた、シャルルによく似た髪の長い長身の女性だ。その後ろにお互いがそっくりの顔をしている男女がついてきていた。
「先月ぶりでございますアンリおばあ様。約束の時間はまだ少し先ですが、お待たせしてしまったようですね」
「そんなことないよソフィア、それにクリスとニコラも。あたし達が早く集まりすぎただけだからね」
「それならよかったですわ。アランも、同じく先月ぶりですね。あの日は顔合わせと軽いお話程度しかできませんでしたが、私達はもう親族です。魔導院で何かあればお姉ちゃん達を頼るのですよ?どんな些細なことでもいいのですからね?」
「姉様、アランに声をかけるよりも先に、僕達にもアンリおばあ様に挨拶させてよ」
「ソフィア姉様、気合いが入りすぎではなくて?アランに引かれてしまいますわよ?」
「そ、そんなことないわよね、アラン?」
「大丈夫ですよ、ソフィア姉様のご厚意、僕はとても嬉しいですから」
「ああアラン!かわいい弟!クリスにもニコラにもこんな時期があったというのに!」
勢いよくアランに抱きついたのは、シャルルのひ孫である、ソフィア・シャルル16歳、そしてその下の双子の弟と妹であるクリス・シャルルとニコラ・シャルル14歳である。
「ソフィア姉様は一月前から、というか顔合わせしたその日からずーっとアランのことばかり気にかけていたわ」
「生意気になった双子の弟たちよりかわいい弟ができるわってね」
「アラン頑張ってね、ソフィア姉様は構い倒してくるわよ」
1か月前、シャルルに急な呼び出しを受け、玄関ホールに集まったシャルル一族との、顔合わせとお互いの自己紹介、あとはアランを迎え入れた理由、嘘にはなるが、だけを話したのだ。
その時にはシャルルの親族が皆いたのだが今日はいないようだ。
今日ここにいる3人以外の親族は僕の正体を知っていたらしく、僕の祖父母にあたる2人が泣きそうな顔をしていたのを覚えている。
「さてさて、なんだかんだでもう時間になるね。ソフィア、クリスにニコラ、アランの案内を頼んだよ。式が始まる前にあたしは6賢人の席に行かなきゃならんからね。フェルは来賓席だからあたしについてきな、ルノーは保護者席にいるから、4人とも、何かあればルノーの所に行くんだよ」
それぞれ返事をしながらシャルルの車椅子に触れていく。
使用人達が手を振ってくれている。半年だけしかいなかったけれど皆にお世話になった。次はいつここに来るか分からないけれど、思い出話をたくさん持って帰ってこようかな。
「あんた達、少しばかり屋敷を任せるよ。あたしとルノーはディナーまでには帰ってくるからね。さあ、全員捕まったかい?魔導院のいつもの所に飛ぶからね、着いたらすぐに式の会場に向かうこと、いいね?じゃあ飛ぶよ」
目を開ければそこは6つの石像が辺に置いてある、八角形のホールだった。
「よしみんないるね、さあ行こう。あたしとフェルだけは別行動だからね、ルノー引率頼んだよ」
「了解しました。さあ4人とも、行きますよ」
「アンリおばあ様、それではまた」
歩き始めたルノー達について行く前に、アランは振り返り、シャルルの背中に声をかけた。
「あの、シャルル様!お世話になりました!」
「いいんだよ。それとあそこはもうあんたの家さね、いつでも帰ってきなさい」
「はい!ありがとうございます!」
後ろ手で手を振って離れて行くシャルルを見送り、ルノー達に追いつくために駆け出した。
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