2-6 奪う
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その日の夜、疲れ果てたアランは一瞬で眠りについた。ソフィアを始め、リンやたまたま食堂でであった3人娘、そしてアクセルにまでも何があったのかと問い詰められた。
その度に、目の封印が解けたと話したのだが、それがさらに謎を呼び、話が大きくなっていってしまった。結果として、皆で席を囲み、夕食の席は賑やかになったので楽しくはあったのだが。
ヴァンやディミトリ、クリスにニコラは、そんなアランを見て今日聞くのは諦めていた。事情を知っていそいな、あの図書館の魔女に聞けばいいかなとも思っていた。彼らは眼帯の事も、その左目の事も、説明を受けていた分、事情の飲み込みも早かった。
アランが今いるのは、今日の午後にいた場所と同じであった。違うことと言えば、最初からイスに座らされていること、そして、鉄格子越しにではなく、直接それと向かい合っていること。
「さて、さっそくだが、私の力について教えていこう。む?なんだその目は。問題ない、ここでの貴様に疲れなどという概念はない。ここに存在しているのは貴様の意識のみなのだから。疲れている、と思い込んでいるだけだ」
「いや、ついさっきあったばっかりなのになぁって。疲れてるのもありますけど。あと、なんで鉄格子のこっち側に?」
「あの娘がいないからな。私が宿主を通して今まで見てきた者の中でも、あれほどの魔術師はそういない。いつか見た、あの小娘のようだった。あの一族の中でも異端であった者だ」
アランは少し前のパトリシアの話を思い出していた。
「たぶん、同じ人だと思いますけど。パトリシアさん、100年は生きてるらしいですし」
「なん、だと?老いを止めているのはわかったが、そんな事が可能なのか。いや、確かにあの小娘であればいつかは。むう」
それは考え込み始めてしまった。だが呼んでおいてそれは許せない。
「あの!呼んだんですよね!僕を!あなたが!」
「む、すまない。考えるのは後にしておこう。さて、話を戻すか。まず、私との意思疎通の仕方だが、現状私がお前をこちらに呼ぶしかない。お前の声くらいなら拾えないこともないがな。それと危機が迫る度にこちらに呼ぶことで、解決策を考える事も可能になる。避難所だとでも思え」
「そう簡単に、危機にあうことなんて」
「うむ。ないだろう。だからこれはあくまで保険だ。私とて、お前に易々と死んでもらう訳にはいかんのだよ。今までで1番環境に恵まれているからな。でだ、本題だ」
それはアランの頭を両手で挟み、目を合わせた。
「記憶力はいい方か?」
「1度見たら、もう忘れることはないです」
多少、それも驚いたようだった。
「なんとまあ、なら全て覚えてしまえ。これからお前に私の記憶を見せる。私の力の全てだ」
アランは、こちらを見つめるその白い瞳に引き込まれるように、視線を外すことが出来なくなった。
次の日の朝、アランは起きてすぐに、食堂へ降りて朝食を取り、その足で医務室へ向かった。目的はフェルである。週末はミレイユと過ごしているという話をクリスから以前聞いていた。
「すみません。アラン・クルールです」
まだ朝も早く、しかも魔導院は休み。医務室の扉には鍵がかかっている。何度か呼びかけてノックをすると、鍵の開く音が聞こえ、扉が開いた。
「何かしら、アラン君。緊急事態、って訳でも無さそうだけど、ってその目なに、え?」
そこにはいつものように白衣を身にまといながら、寝癖のついた髪をそのままにしたミレイユがいた。
「あの、フェルさんいますか?」
が、アランのその一言で顔を赤く染め、アランを睨んだ。
「いるにはいるけど、まだ寝てるわよ。ていうか誰に聞いたの。ここにいるって。ていうかその目は」
「クリスくんに。シャルル家の。あと、目のことはまた後でお願いします」
「なんであの小僧も知ってるのよ。いいわ、起こすから入って待ってなさい。目も、あとね。」
ミレイユは顔を押さえながらアランを迎え入れ、扉の鍵を閉めた。そして小部屋へと消えていく。アランはそこらのイスに座り、フェルが出てくるのを待った。
数分もすると、フェルが小部屋から出てきた。本当に今起きた感満載であった。そして着ている服は、よく見ればミレイユの白衣の中とお揃いである。アランは、見て見ぬふりをした。何かそうしなければいけない気がした。
「おはようございます、フェル先生。急ぎの用事があってきました」
「ああ、おはよう。私がここにいることは、魔女には黙っていてくれ、って、ああ!?その目どうした!」
「昨日いろいろありまして。封印はもう無いですけど制御はできてるので、問題は無いです」
「封印を解いただあ?あの魔女め。で、話はそれか?終わりなら魔女の所に行くが」
フェルはすっかり目も覚めたようだった。
「いえ、用事なんですけど、僕が練習してる肉体加速をフェル先生に見せて欲しいんです。そして、この目でそれの破壊もさせて欲しいなと」
聞いた言葉の理解はできるが意味が分からない、といったようにフェルは首を傾げた。
「アランの意思で、その目で魔術を破壊できるということか?そしてそれをわざわざ練習しているものでやらせて欲しいと?」
「はい。お願いできませんか?」
やりたいことの意味はよく理解できなかったが、フェルはアランのことを信頼し、ミレイユも傍にいるため万が一もないだろうと頷いた。
「ふむ、信じよう。いくぞ?」
フェルによる魔術の完成は一瞬だった。今のアランには、回路が一瞬で迷いなく伸びている事も、同時に魔力が流れていく様子も、そして完成の瞬間も見えていた。
「クリム」
アランがその言葉を発したその時、フェルは体中の力が端から抜けていくのを感じた。
「これが、破壊される感覚か。で、アランは何がしたかったんだ?」
解けていく魔術の後を追い終え、アランを見たフェルは驚愕した。肉体加速の特徴として、発動してから数秒もすれば、急激に上がる体温を下げるために、汗を普段の倍以上かいてしまうというものがある。
今のアランは顔が汗まみれだった。ついさっきまで何もなかったはずなのに。
「これが、この目の力です。ああ、さすがにちょっと長いとダメですねこれ。……はあ、汗すご」
「破壊した魔術を、複製するのか」
「えと、僕に合わせて作り直すというか、そんな感じです」
ほんの数秒、それだけではあったが、フェルがアランから目を離した一瞬の間に、まだ1度しか実践していない魔術を発動し、なおかつ以前のように倒れかけてもいない。
フェルは驚愕すると同時に頭を抱えた。自分はそこに至るまでどのくらい時間をかけたか、そして作り直すという言葉に。もはや魔術を見ただけで固有魔術を作れると言ってるものではないかと。
ふと我に帰り、アランの発した言葉を思い返した。
「アラン、クリムとはなんだ」
「えと、それは、午後からパトリシアさんのとこ、来れますか?」
「行こう。どうせ目の封印についても聞かんといかんからな」
「ありがとうございます。そこで説明しますので。すみませんでした。朝早くからお邪魔しました。失礼します」
アランは小部屋の扉の隙間からの、ミレイユの視線を感じながら足早に医務室を去った。
寮へと戻り、階段を駆け上がる。やっと起きてくる者もいる時間帯。降りてくる学生はアランの目を見て驚く者ばかりであった。アランはそんな事を一切気にすることなく部屋まで帰り、汗を流すために風呂に入ることにした。
フェルとミレイユには悪かったが、朝早いうちに汗を流すために風呂に入りたかったがために、朝一で医務室へ向かったアランであった。
汗を流し、スッキリした体でベッドに横になり目を瞑る。そして目を開くともうそこはあの牢屋である。相変わらず目の前には、その肉体を見せびらかすかのように腰布だけのそれがいる。
「クリムってほんとに凄かったんだね」
「当たり前だろう?外にいたであろう時の記憶は無いが、私も魔術の嗜みはあるからな。だが昨日も言ったように、適性のある魔術しかあの時間ではできん。それとさっきのような魔術は、組み換えたとしても、まだ身体が出来上がってない貴様には少し早いだろうな」
アランがフェルの前でクリムと呼びかけた時、クリムはアランの中でその声を聞き、目を通して魔術を破壊、そして術式を解析し複製、さらにアランの身体に合わせて諸々を調整、最後にアランの身体へと魔術を施す。それを一瞬でやってのけていた。魔力自体はアランのものではあるため、適性の無い魔術ではこうもいかないらしい。
「うん。フェルさんも元々長い期間をかけて習得させるつもりだったみたいだし、しっかり鍛えないとね」
「しかし、名を呼ばれるというのは、なんとも言い難いものだな。忘れていた何かを思い出させるようなそんな感覚だ」
「適当だけどね。何となく頭に思い浮かんだ名前だよ」
昨日の夜のうちに、アランはクリムに呼びかける際、何か名前が欲しいと言ったのだが、好きにしろと言われ、いくつかの候補を適当に出した。その中からクリムが選ばれたのだった。
「ほら、もう昼まで寝るから返して。また同じことしないといけなくなるんだからさ」
「わかったわかった。また必要ならば呼びかけろ。ではな」
アランはベッドの上で目を開けた。周りと時計を一応確認し、そのまま疲れに勝てず眠りについた。肉体加速の疲れが思っていた以上であったのだった。
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