エピローグ 一旦の平穏
よろしくお願いします
すっかり夜も更けた頃、アランはフェルと並んで寮へと向かって歩いていた。魔導院内はもう施錠してあるため、外を通っての少しだけ遠回りの道だった。
吐瀉物を処理した後、アランは自分に起きたことを皆に話した。司書室の扉を開けた記憶は無かったのだが、アンリとパトリシアの2人が見たのだから無意識で開けてしまったのだろう、と自分を納得させた。
今も左目には眼帯をつけている。鏡で少しだけ自分の目を見たが、黒目の部分が白くなっており、気味が悪かった。眼帯をしていなければ無差別に目に映る魔術を破壊していくらしく、検証も少し行った結果、特にあの2人の前では眼帯を外さないことを約束させられた。
今回のようなことは、絶対にとは言えないが、もう起きないだろうと言われた。別に自分が何かした訳でも、直接された訳でも無いが、自分が原因で誰かが知らないところで傷つくのは気に食わなかった。
アランは強くなろうと決心した。自分が事態の中心にいるなら、自分で解決できるようになろうと。
この目が、自分の魔術は壊さないのも理解した。ならば必要なのは、近接格闘の技術である。アランはそう考えた。
「フェルさん、僕に近接格闘をもっと教えてください。強くなりたいんです」
「む、そうか。いいぞ、と言いたい所だが、放課後も私が見ることはあまりできないからな。ソフィア嬢に頼むといいだろう」
「ソフィアさんですか?でも、休みの日は友人と遊びに行ってますし」
「遊びは、お茶をしに行くだけじゃ無いのが、ソフィア嬢なんだ。本人に聞いてみるといい」
「ええ。なんか怖いんですけど、ソフィアさん何してるんだろう。って、僕寮に戻ったら絶対質問攻めされますよね?」
特にソフィアの顔が頭に浮かんだ。あとはディミトリ。彼も絶対何か言ってくるだろう。アランは寮に帰りたくなくなってきた。
「ふむ。まあ、私が説明するから、アランは寝てなさい。明日も授業はあるからね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします、フェルさん」
特に何かが変わる訳では無い。ただしばらくは左目を使わないというだけ。今回の事態でした事は、無意識の中でトドメをさしたこと、たったそれだけなのだ。何かが成長した訳でもない。
「あれ、そういえばルノーさんは?」
「彼は医務室で休んでいるよ。また、お見舞いにでも行ってやってくれ。喜ぶよ」
「もちろん行きますよって、そんな重症だったんですか?」
「ああ。だが明日にはもう元気になってるだろうよ」
フェルと2人で会話をしていると、いつの間にか寮の近くまで来ていた。玄関前には寮監のリュックがいた。
「ああ、やっとか。もう玄関の鍵は閉めてるからな、職員出入口を使う。こっちだ」
「あ、はい。すみません」
「フェル君。後でいいから私にも経過を聞かせなさい」
「ええ、もちろんです。シャルル卿からそうしろと命令を受けてますので」
寮の玄関から少し外れた所に職員出入口があった。鍵もかけて無かったらしく、そのまま扉を開き中へと入っていくリュックについて行く。食堂の裏を抜け、そして最後に寮監室の中へとたどり着いた。
「普通に学生は歩いているからな、転移陣を使わせる訳にはいかん。階段で上がれ」
フェルと2人で階段を上がって行く。
「寮監って、なんで化け物とか言われてたんですか?」
「あの魔女は教えなかったのか。あんまり他に言うなよ。彼は、名を変え姿を変え、この魔導院の寮ができた時から常に寮監なんだ」
「それって、ホントなんですか?名前も姿も違うなら別人なんじゃ」
「中身は同じだけど外見だけ別人になるんだ。彼はそういう、いわば人を外れた存在なんだよ。あの魔女がこの世で最も嫌いなものって呼んでたよ」
「なんでそんな人が寮監なんかを」
「この魔導院が出来た時からの契約だそうだ。できた当初の詳細など調べるのは不可能に近いからな。契約の内容も有無もわからんままだがな。まあ魔術の腕はそれこそシャルル卿並だからな、困ったら頼ってみるのもいいかもな」
「覚えておきます。万が一に備えて」
会話が盛り上がれば階段を上るのもその分はやくなる。気付けば19階、部屋の前であった。扉に手をかけると同時に向こう側から開き、ソフィアが飛び出してきた。そしてアランへと抱きついた。
「あああ。よかった無事なのね。どこも怪我してないかしら?なにかに襲われたりもしなかった?ねえこの眼帯は何?やっぱり怪我を」
「ソフィア嬢。一旦静かにしてくれ。そしてアランは寝かせてやれ。聞きたいことがあれば私から話すことになっている。まずは部屋に入れさせてくれ」
「あはは」
部屋に入り、名残惜しそうに見つめてくるソフィアを尻目に、自室へと向かい、軽くシャワーを浴びてすぐにベットに寝転んだ。クリスもフェルの話を聞いているらしく、ここにはいない。
眠気はすぐにやってきた。アランは目を閉じ、深呼吸をしてすぐに眠りについた。明日からの目標を頭に思い浮かべながら。
その夜アランは夢を見た。
自分は誰かと鉄格子数枚越しに向かい合って座っている。
相手の首元から上は見えないが、その体は鎖に巻かれイスに固定されているようだった。
やっとここまで来れた。もう少しで会える。
言葉は発していないのにそんな感情が流れてきている気がした。
眼帯で覆った左目が、熱くなり、そして震えている気がした。
何もない真っ白な部屋。その真ん中に、椅子とそこに座っている白い人影がいた。部屋に無機質な声が響く。
「管理者人格へ接続……箱庭の正常化を確認……メインプランへの修正を申請……不可……重大な障害を確認……強制排除実行を申請……許可……完了……メインプラン軌道修正開始……完了」
人影は完了の声を聞くと同時に部屋から消えていった。
一旦の区切りになります。またすぐに次も投稿しますが。
ありがとうございました
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