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幻想の箱庭  作者: 農園
プロローグ-■■■■■■-
2/70

1-2 シャルル卿とルノー・ベルヴィス

よろしくお願いします

「さあ、準備はできたかね?まだ少し猶予の時間は残っている。

 外に出てしまえばもう戻ってくることはできないと思いなさい」


 僕は思い出の品を持っていかないことにした。今回の誕生日プレゼントに貰った銀の指輪だけを持っていく。


 フェルさんの話が終わったあと、きっちり1時間の猶予をくれた。父さんと母さんは、涙を堪えながら12年間の思い出を話してくれた。


「12年間騙していてごめんなさい、でも、それでもあなたを本当の息子のように愛しているわ、あなたの家はここなの、帰ってきなさい」


 ここは僕の家だ、思い出は置いていく、また帰ってくるために、ただいまと言うために。


「私達が門をくぐったところで契約満了となり契約書が燃え尽きます。

 今回はシャルル卿のご厚意により、特別に、門をこの家の玄関に繋がせていただきますが、決して御二方は門を跨ぎませんようよろしくお願いします。それでは」


 フェルさんが懐から取り出した鍵を玄関扉の真ん中に突き刺した。


 鍵穴もないのに刺さっていく鍵。根元まで刺さった鍵を捻ると、解錠の音と共に鍵が扉に吸い込まれていく。


 鍵が吸い込まれた場所から渦を巻くように風景が変わり始めた。


 ほんの少ししか時間は経っていないはずなのに、何時間もそこに立っていたかのような感覚に身が包まれた。


 これが魔術、僕はその光景に少し感動していた。


 空想でしか存在しなかった世界が目の前に広がっているのを実感した。


 気づけば向こう側の風景がはっきりとしたものになっていた。向こう側には車椅子に乗った女性が見えている。


 フェルさんがまっすぐ前を見ながら僕に囁いた


「では、アラン少年、君はこの門をくぐったその時から、ダリルの名を捨てることになる。これからはクルールと呼ばれるはずだ。」


「わかっています」


「ダリルの名を私とシャルル卿の前以外で出してはならない、例えそれが、君の両親の、ダリル夫妻の名誉を傷つけることになってもだ」


「大丈夫です、僕だけが両親の素晴らしい所を、知っていればいいんですから」


「立派だよ、アラン少年、さあ行こう」


 僕とフェルさんは同時に門をくぐった。


 そして僕だけ振り返って両親を見た。泣いていた。


 僕も気づけば泣いていた。


 フェルさんと両親の手元にある契約書が燃えている。


 それと同時に門も閉じようとしていた。


 声は聞こえない、でも分かる。最後に、愛していると口の動きだけで言ってくれたのが分かった。





「なかなか感動のお別れだこと。あたしが死んだら弟子たちはこんなに涙を流してくれるのかねえ。どうだい弟子代表よ」


「シャルル卿、死にそうにないんですから、考えるだけ無駄ですよ。そんなこと言いながら何人弟子を見送ったんだか」


「かー、契約執行が終わった途端にその口調かい。可愛げのない弟子だこと」


 泣いている時は静かだった後ろの2人が、僕が泣き止むと同時に騒がしくなった。


 ていうかこの車椅子のばあちゃん口悪いな...なんて思っていると


「あんたから見れば初めましてなんだろうが、大きくなったね。クルールの倅。あたしゃアンリ・シャルル、そこのクソ弟子がシャルル卿って言ってただろうけど、その人だよ」


「後見人?に、なってくださるんでしたっけ?よろしくお願いします」


「そうさね。それとあんたの父親、ロジェ・クルールの祖母、あんたの曾祖母さね」


 僕の本当の父親の祖母、てことは僕のひいおばあちゃん、ん?


「僕のひいおばあちゃん、ってえ、歳は、え?」


 そう、見た目が若いのである、明らかにフェルさんと同い年かそれ以下なくらいには。


「レディに歳を聞くもんじゃないよ坊や」


「このババアは魔術で自分の肉体の時を止めてるんだ、だから中身は年相応だよ」


「あたしゃまだボケてないがね。肉体の時を止めれば精神も老いないのさ。さあここで長く話すのもあれさね、執務室に飛ぼうか、車椅子に捕まりな坊や達」


 僕とフェルさんが車椅子の肘置きに手を置いた瞬間、一瞬の浮遊感と共に周りの風景が変わった。


 通っていた幼学院の校長室のような雰囲気の場所、ここが執務室なのか。シャルルさんがどのくらいの地位を持っているか知らなかったけれど、少なくとも校長よりも権力がありそうだ...


「さて坊や、とりあえずイスに座りな、茶を出すよ」


「出すのは私なのだがね...」


 勧められるままにイスに座った僕に、いつの間に準備したのだろうか、フェルさんがお茶を差し出してきた。


「さ、飲んで一息つきな。これから坊やには覚えてもらわなきゃいけないことがたくさんあるんだ、忙しくなるよ」


「勉強、ですか?任せてください、得意なんです勉強は」


「そうかいそうかい、フェルからはほんの少ししか聞いてないだろうからね、あたしがこの世界のことをじっくり教えてあげるよ。ほれフェル、ざっくりこれからのことを話しな」


 フェルさんはため息をついて僕の正面のイスに座り、話し始めた


「アラン少年には半年後、あちら側でいう中学院、この世界の名称でいうと魔導院に、通ってもらう」


「そこで坊やは魔術を習うのさ」


 魔術、ついさっきまで、空想の中でしか存在していなかったもの。


 少しわくわくしている僕がいる。いったいどんなことができるようになるのだろうか、そんなことばかり考えていたのだが、ふと疑問が湧いた。


「わざわざ僕がこの歳になるのを待たなくても良かったんじゃ...」


「幼学院の最終学年まで迎えを待ったのは、人間的な成長と基礎の教育を、魔術に触れさせないままするためだ」


「そう、ですか。分かりました。続きをお願いします」


 コンコン、執務室のドアがノックされる音がした


「ちょうどいいタイミングじゃないか、入ってきな」


「失礼しますシャルル卿、お呼びでしょうか」


「あんたに話してた坊やが来たのさね」


 執務室に入ってきたのは、床にまでつくような長髪を頭の後ろで軽くまとめた、執事のような服装をした男性だった。


 綺麗な顔をしているなあと顔を見ていると、睨み返されてしまった。


「魔導院に入学するまでの半年間でこの世界のことを学んでもらわねばならないのだが、その教師役が今入ってきた彼だ。

 魔術のことを学ぶのは皆魔導院からになる、この12年間のハンデは無いに等しい、安心しなさい」


「魔導院に入ってからのことは今はいいさね、自己紹介しな、ルノー」


「ルノー・ベルヴィス、位階は祭司プリースト。最初に言っておく、私は君が嫌いだ」


「え、」


「願わくば関わりを持つのが半年間だけであることを祈っている」


 フェルさんは頭を抱えてやれやれという顔をしているし、シャルルさんに関しては音を出さずに手を叩いて大笑いしていた。


「ただ嫌いだからといって手を抜くつもりはない、半年で知識を叩き込む。覚悟しておけ。それではシャルル卿、失礼します」


 ルノーさんは、最後にシャルルさんを軽く睨み、言いたいことは言ったとばかりに部屋から去っていく。扉を勢いよく閉める音が部屋に響いた。


「まあ、ルノーも悪いやつじゃない、明日は普通に会話できるさ、きっと、はぁ...なぜよりによってルノーを」


「たまたま予定が空いてるのがあいつしかいなかったのさ」


 僕でも分かる、ルノーさんを教師役にしたのはわざとだ...


「これから、君がこの半年を過ごす部屋に向かおうか。アラン少年のこれからの立場は、シャルル卿の領地から見出された有望な魔術師候補、ということになっている。詳しい経緯などは明日以降ルノーが教えてくれるはずだ」


「今日はもう部屋に行って休みな。後で食事も持っていくから一緒に食べようね坊や」


「はい、分かりました。」


 部屋から出たところで何か違和感を感じた。音がない。


 見たこともないような立派な廊下、装飾の素晴らしい窓、執務室の品々を見るだけでも維持にかなりの労力を使うだろう。


 部屋を出た正面の窓の外には中庭が広がっている。植えてある木々も丁寧に切りそろえられている。


 なんなら今の時刻は晩ご飯時のはずだ、こんな立派な御屋敷に人がいないわけが無い。キョロキョロ周りを見回している僕にフェルさんが笑いかけてきた


「これは人払いの結界魔術だよ、知識だけは君もすぐ習うはずさ。君のことは、あまり大勢に聞かせたい話ではなかったからね」


 フェルさんが前を指さすと、彼が人差し指にしている指輪から光が散ったと同時に、使用人と思われる格好や、向こうでも見るコックさんの格好をした人が数人歩いてきて、僕たちとすれ違っていった。


「さあ、部屋に行こう。そこで私の仕事は終わりなんだ。」


「仕事が終われば、もう会えないんですか?」


「タイミングと縁次第かな。絶対会えるよなんてことは言えないけれどね」


 案内されて着いた部屋は今までの僕の部屋とは比べ物にならないくらい大きかった。ベットもクローゼットもだ。お風呂だって部屋に備え付けてある。


「ここだけで家族3人で過ごせるよ...」


「基本的にこの部屋でだけで過ごしてもらうからね、それなりの部屋を準備したそうだ。1番奥にある机が君の勉強机になっている」


 机の上には質素なベルが置いてあった。


「このベルを鳴らすと使用人がやってくるから、何か用事がある時は鳴らすといい」


 と言ってフェルさんはベルを鳴らした。チリンチリンと心地の良い音が部屋に鳴り響く。これも何かの魔術なのだろう。すぐに部屋の扉がノックされ、開いた。


「失礼します、お呼びでしょうか。アラン様」


「てな具合で飛んでくるからな。すまんね、試しにやって見せただけなんだ」


「かしこまりました、失礼します」


 使用人が出ていった扉を見つめ、今までの生活とはかけ離れた世界に来てしまったのだと実感した。開いた口が塞がらない。


「まあなんだ、じきに慣れるさ。さ、俺の仕事はこれで終わりだからな、次の仕事に行かなきゃならない」


「あ、ああ、はい、お世話に、なりました?でいいのかな」


「ほんの数時間の関わりだったが、随分濃い時間だったな。また会えることを祈ってる、アラン少年」


「こちらこそ、また、どこかで」


 フェルさんが部屋を出ていくのと入れ替わりで、シャルルさんが使用人に車椅子を押されながら入ってきた。


「さあ、晩ご飯だよ。食べながらいろいろ話をしてあげよう、坊や。明日からは忙しくなるから今日のうちにね」

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