1-15 特訓の成果とエラド家
よろしくお願いします
アランが入学してから1ヶ月が経った。
同期の友人は4人しかできていないし、休みの度にパトリシアのところに入り浸る生活を送っていた。
パトリシアは、アランには友人がいないのではないかと心配はしているのだが、自分に会いに来るアランがかわいくて仕方がないとばかりに色々と教えたりして可愛がっている。
そんなある日、
「アラン、明日の休みは、あの、一緒に」
授業も終わり、いつものようにリンを寮まで背負って帰っている時だった。リンは以前よりかは体力がついたようで話すことはできるようになった。
「明日一緒に、なんだい?」
「一緒に、来て欲しくて」
「ヴァンさんとの特訓が一段落したの?」
「うん、そう」
特訓の成果は気になってはいたものの、どんな具合か聞いてもヴァンは、完成を待っててくれと言って教えてくれはしなかった。
「もちろん行くよ。気になってたんだ」
「なになに、秘密の特訓でもしてたのかな?」
「いっつもヴァン先輩とどこかに行ってたじゃない。あれでしょ?」
「あー!見たことあるー!」
リンは相槌をうつことはできるが、未だにティエリー達のテンションについていけず、黙り込んでしまった。まだ同期は、アラン以外と話すのは恥ずかしいらしい。
いつものようにロビーにリンを座らせようとしたのだが、リンは背中から降りると歩きだした。
「階段は、手すりが、あるでしょ?」
と言いながらゆっくりと。反動による身体の痛みが最初に比べかなりマシになったため、リンはこれくらいの痛みならと、我慢することにしたのだ。
ヴァンとディミトリに甘え、交互に背負ってもらうのも、2人とも兄のようで大好きなので、悪くは無かったのだが、周りからの視線があまりにも痛かった。
恥ずかしがりなリンの性格もあり、視線を向けられるのが1番嫌なことであった。
「リン、無理しないでね?」
「今日は、っ自分で、っ上がるの!」
そしてリンは心の中で叫んでいた。いつまでも甘えてはいられないと。負けてられないと。
リンからすれば、この1ヶ月でアランは魔術の発動がものすごく早くなっているように感じていた。
リンは父親から教育を一応受けていたから分かるのだが、基礎以外の部分もかなりできるようになっている気がしていた。
今も魔術は基礎の部分、火水風の3属性をただ杖の先に出したり、それを放ち、離れたところから壁に届くかどうかを見たりしかしていないが、アランの腕前は、どう考えても他の場所でやっている気がしてならなかった。
リンは授業中は常にフェルが側に立ち、あっちこっちに魔術が飛んでいかないように見てくれている。ヴァンとの特訓のおかげもあり、攻撃魔術も前に、しかも壁に向けて飛ばすだけなら安定してきている。
リンからすればそれだけならまだ良かったのだが、近接格闘術の授業の度に動けなくなり、挙句の果てに毎度背負われる。
対するアランは、初日からずっと時間いっぱいバテることなく走りきっている。そして自分を背負わせている。
リンの魔術を使えるようになろうとした理由は、アランに頑張った所を見て欲しくなったから、応援してくれているからである。
自分が頑張っているのと同じように、もしくはそれ以上にアランは頑張っていた。努力していた。リンはそう考えた。
だから階段くらいはと勇気を出して上り始めたのだった。
「アランに、負けて、られない、から」
「助けはいつでも呼んでくるからね?倒れる前に休みながら上がるんだよ?」
「っ、うん」
アランの魔術の腕前が上がったのは、休日の度にパトリシアに、彼女が100年かけて積み上げた魔術の知識から、特に授業で使うものを教えてもらい、なおかつ的も準備してもらい放つ練習もしているからである。
アランからすれば、パトリシアの実力のこともあり、圧倒的にずるい行為であると思っているので、他言は一切していないのだが。
「ねえ、アラン。明日、私、頑張るから」
「今日も頑張るってこと?」
「うん!」
時間がかかりすぎ、途中でヴァンとディミトリが様子を見に階段を降りてきたのだが、リンは1人で部屋まで上りきった。
「次からも、頑張る、からね」
「寮までは背負ったほうがいい?」
「......うん」
「リン、準備はいいか?いつものように落ち着いてな」
「うん」
次の日、アランはリンとヴァンに連れられ、魔導院内にある部屋の1つにいた。
リンとヴァンが向かい合って立っているのをアランは眺めていた。
「アラン、これから俺はリンに魔術を放つ。リンの成長を見てやってくれ」
そう言うとヴァンは、リンに指先を向けた。指先に水の玉が生まれ、リンに向けて放たれた。
放たれた水の玉はリンの手前で壁に阻まれたように消えて無くなった。
その後も同じことを繰り返し、5回目は消えずにリンが水浸しになってしまった。
「リン頑張ったんだね、すごいよ!」
「まだあんまり威力の高い魔術は受け止められないんだが、なかなかの完成度だろう?」
「まだ、自分しか、守れないけど」
タオルを手に持ち、濡れたままの髪を拭きながらリンが近づいてきた。
「襲われることなんてそうないんだから、あれでも十分だと思うけど」
「お父様に、この魔術を、認めてもらうの」
リンはこれまで以上に真剣な表情に変わっていた。
「親父さんに認められるには、最低でももっと耐えられるようになるか、誰を中心にしても使えるようにならねえとなあ」
「リンのお父さんって、どんな人なんですか?」
ヴァンはリンに視線を向け、リンはそれに頷いて応じた。
「リンの親父さんはな、まずこういう、待つ魔術が大嫌いなんだよ。血筋がどうのとか関係なく、性格上な」
「お父様は、シャルル卿を、超えたいの」
「エラド家ってのは、呪われた家系なんだ。しかも代々呪いが濃くなっていってる。要するに親父さんよりも、リンの方が強くなるってことなんだが。多少過激でな」
リンの父、ジョーダン・エラドは幼少期、自分の力に絶対的な自信を持っていた。6賢人の中で最も力に優れた家系であり、最強であり続けるために培われた最適な環境も用意されている。
間違いなくその日までは、ジョーダンは最強であった。アンリ・シャルルと出会うまでは。
魔導院在学中に既に両親を圧倒できる程になり、守りなど必要ないと言わんばかりに、力で圧倒するスタイルを作り上げた。
しかしジョーダンは、両親が自分を見る時の視線に憐れみが含まれていることに気がついていた。
そんな父が、自分との修練の激しさと、自らの研究のための体の酷使に遂に、限界を迎え亡くなり、6賢人を、賢位を継ぐことになった。ジョーダンが26歳の時である。
賢位を継ぐ際に、初めてアンリ・シャルルを間近に見た。遠くから見れば車椅子に乗った、ただの妙齢の夫人のようであったはずなのに、間近に向かい合った瞬間に本能が負けを悟った。化け物だと。
初めての挫折だった。圧倒的な実力差を感じてしまった。
が、そこで終わらなかったのがジョーダンだった。自分が勝てないなら、自分よりも強くなるはずの子に勝たせよう、と。領地にいた優秀で、なおかつ意見を挟んできそうにない気性の大人しい女性の魔術師を娶り、そしてリンが産まれた。
リンは、当たり前のようにジョーダンよりも魔術師としての素質に恵まれていた。それを見て、どうしても自分の子の代でアンリに勝ちたくなってしまった。
ただ、リンは母親に似て優しかった。優しすぎた。
本来は魔導院に行かせる予定ではなく、家での修練による性格の矯正も視野に入れていたのだが、当主殺しがまた出現したというアンリの言葉により、色々あって入学させざるを得なくなり、今に至る。
リンは母親から、父親の執念のことを聞いている。この魔導院に在学している間に、どうにかしなければと思っていた時に、フェルからこの魔術を提案されたのだった。
「俺も聞いた話になるんだが、どうも親父さん、リンの性格から変えるつもりだったみたいでな。ここに来れてなかったらどうなってたことか」
「なんで、入学できたかは、わかんない」
「ほんと助かったよなリン。シャルル卿を超えた魔術師を作るってなると、その性格じゃ無理あるからな」
「エラド家が特殊なんですか?それとも、6賢人の家ってそういうのばかりとかないですよね?」
一瞬きょとんとし、ヴァンは笑いながら答えた。
「リンの親父さんが特殊なだけだな。エラド家っていう血筋と本人の性格が、こう歪な形で合致しちまってんだよきっと。うちなんかは家族関係良好だし、ディーも親族総出で食事とかよくしてるぜ」
「母様とは、仲良いよ」
「アランは家族と仲良いのか?シャルル卿に拾ってこられた訳だけど」
アランは何と答えたらいいか一瞬だけ悩んだ。だが親はいないと言った方が話がはやいかと思いそうすることにした。複雑な事情を話すことができないのだから。
「実はもう死んでるんですよね。たまたま縁があって今回シャルル卿に拾ってもらったんです」
「っっ」
「そか、すまねえな。ソフィア達は知ってんのか?」
「はい。顔合わせの時に」
「そうか、だからソフィアがあんな過保護なのか」
アランとヴァンはお互いに苦笑していた。
そんなアランの袖をリンがつまんで弱い力で引っ張った。
「頼りない、けど、私もいるから、その」
「大丈夫だよリン、ありがとね。両親が死んだのは僕が産まれてすぐだったみたいで、育ててくれた人達が僕に取っての本当の両親みたいなものだから、辛くはないんだ」
「あー、今思い出したがクルールってそいや、シャルル卿の孫が籍入れたとこと同じ名前か。それ関係か。納得だ、すまねえな」
しばらく6賢人の親族の話で盛り上がっていたのだが、ふとヴァンが気がついた。
「ここに来た理由、リンがアランに魔術を見せるためじゃねえか。おうリン、忘れる前に1個だけ言わせてくれや」
「なに?」
「1度した失敗を引きずって怖がるなよ。失敗なんて誰でもするんだからな。そっから這い上がれるかどうかでこの先が決まるぞ」
「うん」
「残された時間はこの6年だけだ。お前の持ってる素質なら必ずできるからな」
「うん、ありがと」
アランは2人の会話を横で眺めながら、ここにいるのが邪魔なのではと考え始めていた。この前ヴァンのことが好きなんだろとリンをからかったが、これはもしやお互いなのでは、と。
直接聞くのもなんだか気まずくなりそうだったので、気づかないふりをしながら、覚悟を決めた顔をしているリンを無言で応援していた。
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