1-14 決意と迫る危険
よろしくお願いします
肉体強化3回目ともなると、近接格闘術の授業のあとに立ち上がれなくなる者も少なくなってきた。大体の学生が2時間近く走り続けることもできた。
フェルが言うには、無理に走ろうとさえしなければ、肉体強化に身体が慣れるのもはやいらしい。今のうちに肉体強化を使っても体を痛めないような土台を作っておかないと、近接格闘などできないとも。
「近接格闘ができない魔術師はもちろん沢山いる。そいつらは揃って技術職ばかりだ。今日もまだ始まってすぐに倒れている者の中に、もし家が技術職の家系でないやつがいたら、これから大変だぞ」
「先生!私の家杖工房なんですけど、近接格闘術いらないんですか?」
「いらないわけじゃない。そりゃ授業を受けるやつもいる。3年生から実家が工房だったり将来技術職につきたいものは近接格闘の授業の代わりに、街にある工房に修行に行くか選べるんだよ」
「確かうちの鍛冶屋で働いてる人って名前ほとんど固定なんだよね」
「無名の家から技術職につくやつが出ることはまず無い。それこそ結婚したりしたら別だがな」
未だに起き上がれないのは8人。特に、リンは3周まではついてくるようにはなったが、まだ話す気力もないのだろう。
アランは今日もヴァン達に頼むか自分で運ぶか頭を悩ませた。毎回頼むのも心苦しかった。
「アラン、ごめん、なさい。いつも」
「しょうがないよ。休みは毎回ヴァンさんと特訓もしてるんだから。みんなより疲れてるんだよきっと」
「あり、がと」
いつものようにイリナ、ティエリー、エマにも手伝ってもらい、寮のロビーまでたどり着いた。3人と分かれるまでは階段を上るのも手伝ってもらい、3人が8階だというので残り11階分を上るために少し休憩をすることにした。
階段踊り場に設けられたベンチに2人で座る。
そこからは少し会話のできるようになったリンと雑談しながら、休憩を挟みながら、何とか部屋の前にたどり着いた。最終的にはリンも肩を貸せば歩ける程に回復していた。
部屋の入口にはヴァンとディミトリが待っていた。
「ほら、言った通りだろう?」
「お疲れ様アラン、リン。いつもより遅いから迎えに行こうって言ってたんだけどね」
「まあ、また次は来週になるが、しっかり頼りな。遠慮はいらねえよ」
「僕なんかは部屋を出るのが食事だけの日ばかりだからね。ちょうどいい運動になってたんだよ」
アランはもう1人でリンを背負うのを止めようと決断した。魔術を使わない分、授業の時よりも疲労が酷い。その日はソフィアに介護されすぐに眠りについた。
次の日、アランは昼過ぎから図書館にいた。疲労は取り切れてないが部屋で寝ているぐらいならと、フェルの話を信じパトリシアと話をしに来た。
前にいたカウンターを覗いてもパトリシアはいなかった。探すついでに、アランは図書館を見て回ることにした。
本棚の高さはアランの倍以上はあるものばかりで、上の本を取るには、本棚の列毎に置いてある踏み台を使ってもアランには高い程だった。
1階は魔術の属性ごとに本棚が分けられており、今まで積み重ねられてきた膨大な量の研究論文が本となり納められている。
2階は本の数が減り、内容も、魔術だけでなく杖などの補助具についてや、国の歴史書などになっている。
3階には、今まで開発されてきた補助具の型だったり、汎用魔術に関する書が納められている。
パトリシアがいたのは、3階の補助具の型が展示してある場所だった。
「パトリシア先生。何を見ているんですか?」
「あら坊や。これはね、私が作成した補助具なの。つい懐かしくなって最近眺めに来てるのよ」
パトリシアが見ていたそれは、何の装飾もないただの指輪だった。
「この指輪は、私の魔術師としての集大成なの。でもここではただの補助具の1例に過ぎないわ。真実を知っているのは私とアンリだけ」
「シャルル卿とすごく仲がいいんですね」
「当たり前よ、競い合った仲なの。今はあの子の方が強いけど、昔は同じくらいだったんだから」
パトリシアは指輪から目を離し、アランを向いて手招きした。
「お話しに来たんでしょ?場所を移しましょ。掴まってちょうだい」
パトリシアの手を取ると、そこはもう見覚えのある禁書庫前だった。
「今お茶を入れるわ。イスに座ってなさい」
「あ、ありがとうございます」
「私ね、100年この図書館に住まわされてるの」
「住まわされてるって、外に出れないってことですか?というか100年ってどういう」
パトリシアはお茶をアランと自分の前に置き、アランの正面に腰掛け、話を始めた。
人間を使って研究していたことは適度に誤魔化しながら、アンリと競い合ったという嘘とも言いきれない話を正面に出して。
「てことは、え、今、ええ?」
「老いなんて18の頃に止めてから、自分の歳もまともに数えてないわ。アンリよりも歳上ではあるけどね」
「不老不死、ってことですか?」
「不老不死。いいわねえ。昔からの魔術師の夢よね。でも残念だけど不死ではないわ、たぶんね。試しで死ぬことなんてないからわからないのよ」
アランは思った。今まで見てきたシャルル卿はなぜもっと若い時にその魔術で老いを止めなかったのかと。それと口調はどう考えても若くはないと。
「シャルル卿はなんであの歳で老いを止めたんでしょうか」
「それはね、そもそもこの魔術、地属性の秘奥とも言われてるものなの。そしてアンリの適性は地属性以外の4つ。適性を持たない魔術の秘奥に至るのは不可能と言われていたのよ。それを乗り越えたのがあの歳の時だったのよ」
「シャルル卿ってほんとにすごい人なんですね」
「まあ、やっぱり不完全だったから、精神的には老い始めてるのだけどね。長生きしたい理由があるのよ、あの子にも。その理由はアンリが怒っちゃうから話せないわ」
それからもアランはパトリシアに、自分の本当の両親のことや生まれた当時のこと、それだけでなく自分の属性適性や、その応用など、授業ではまだ教えられないようなことまで聞き続けた。
パトリシアは答えられる全てに答えていった。気づけば時計は夕方6時を差していた。
「また好きな時にいらっしゃい。よければ魔術の練習も見てあげるわ」
「はい。今日はありがとうございました」
アランはパトリシアに手を振り図書館から出ていった。図書館の閉館は夜7時であり、寮の晩ご飯もだいたい夜6時には始まるため、人影もなく、そこには2人以外誰もいなかった。
はずだった。
パトリシアはアランのその姿が見えなくなるまで見送り、扉を閉めるのと同時に背中側から、氷でできた羽のような巨大な刃をいくつも出し、器用に本棚を避けながら枝分かれしていき図書館を埋めつくした。
「実体じゃないのね、あんた」
振り返ったパトリシアの目の前には、氷の羽に貫かれながらこちらに歩いてくる人型の黒い影がいた。
それはパトリシアの手前で止まると、左右を見渡し、消えていった。
「まだ誰がそうなのかはわかってないのね。でも時間の問題じゃないかしらこれ」
そうつぶやくと、いつも通り閉館作業を始めることにした。図書館から出られない自分に、少しばかり腹を立てながら。
アランは帰り道、かなり後ろから大きな音が聞こえた気がしたが、振り返っても何もなかったので気にしないことにした。
魔導院を通って帰ろうとしていると、たまたまフェルと会い、そのまま話しながら一緒に寮に向かうことになった。
「そういえばフェルさんっていまどこに住んでるんですか?」
「基本は寮だな。たまに学長の家にお邪魔して飲み食いしてるがな」
「あと、在学中何したんですか?有名ですけど」
「私はね、自分を天才だと思っていた時期があってね、ここの教師全員に喧嘩をうってたんだよ。苦い記憶だ。シャルル卿にボロボロにされて目が覚めたのさ。気づいたら弟子だったよ」
フェルは自分の若い頃を思い出し頭を抱えながら、しでかしたことを1つ1つ語り出した。寮へ着く頃にはすっかり笑い疲れたアランだった。
アランを見送ったフェルは周りを見渡し、図書館に向けて歩き始めた。
もう扉は閉まっていたのだが遠慮なく扉を叩く。ゴンゴンと数回叩いたところでパトリシアが扉の向こうの暗闇から現れた。
「やっと来たのね。異変は感じたんでしょ?」
「張ってある結界の1番外に奴の魔術がぶつかった。壊れてはない」
「そう、司書室に来て。そこなら絶対安全だから」
この司書室、パトリシアの魔術によりまず壊れることのない結界が張られている。それは100年かけて未だに完成しきってはいない魔術となっており、日に日に進化しているものであった。
「とんでもない結界を作ったものね、私。あなたが腕と交換に血液を取ってきたからできたことよ」
「その前に、何故か極端に気温が低い気がするが、何かしたのか」
「奴の分身の侵入を許したと思ってかるーく攻撃しただけよ。まあただの影だったけどね」
「結界の中を認識もできてないってことで、大丈夫そうだな」
「そうね。様子を見る感じ、間違いないと思うわ。油断はできないけど」
2人はそろってため息をついた。
「本体は追えそうなの?」
「腹に大穴を開けて以来、また影か分身かしか見つかっていないそうだ。だいたいの本体の位置は、また絞られて来たみたいだがな」
フェルは大きなため息をつきながら、悔しそうに言った。
「次本体が見つかったら、直接シャルル卿が出るそうだ。守ってばかりじゃ性にあわないだとさ」
「あなたでも殺しきれなかったんでしょ?そしたらもうアンリが出るしかないじゃない。あの子は死なないわよ。あなたより強いんだから」
フェルは日付が変わる頃までパトリシアとの会話を続け、自分の部屋へと帰って行った。
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