1-13 肉体強化と反動
よろしくお願いします
週が明け、教室に入ったアランとリンを迎えたのは頭を下げたティエリーとエマ、そしてその後ろに立っているイリナだった。
「アラン君、この間はごめんなさい!」
「ごめんなさい!私達周り見えなくなってて!」
「大丈夫だよ、怒ってないからさ。図書館に行くいい機会だったよ」
「アラン君2人がごめんなさい。許してくれてありがとね」
サミーが来るまで、リンも含めた5人でこの週末していたことを話し続けていた。リンも、終始つまりながらではあるが、話に参加していた。
午後からの授業は、全学年、週ごとに魔術と近接格闘術の授業が入れ替わる。
本来は教師も入れ替わるのだが、フェルがそもそも近接格闘を交えた戦闘技術を持っていたため、そのまま受け持つことになった。
「魔術の基礎修練とは違い、日頃動かない者は怪我をする可能性が高い。時間をやるからよく身体を柔らかくしておけ」
アラン達はいつものように服を着替え、友人達で分かれ柔軟をしていた。アランとリンのペアにイリナ達3人も加わり、ティエリーとエマのおかげで賑やかであった。
「近接格闘術と言っても、1年生の間は体力作りが中心だ。基本は汎用魔術を用いてある程度肉体を強くはするが過信するな。体力がなければ反動で魔術を解いた瞬間に動けなくなるからな」
「先生!どうやって体に魔術をかけるんですか?」
「説明する前に、これを取りに来なさい」
フェルは足元に置いてある箱を開け、中身を取り出した。
「手袋と靴だ。手袋は修練服と同じで大きさは勝手に調整してくれる。靴は指定靴と同じサイズを準備している。自分の名前が書いてある紙が置いてあるセットを取って身につけなさい」
手袋も靴も一流の工房によって制作された補助具である。自らの身体を魔力で覆うことで強度を上げ、突き蹴りの速度の補助をすることで威力の底上げをする肉体強化術、その際の回路接続の感覚を体に覚えさせるためのものである。
「サイズに違和感はないな?よし、それでは授業を始める。まずは各々の体力を見る。部屋の入口の前に集まってくれ」
皆立ち上がり、入口へと移動して行く。
「走るんだよね、たぶん。嫌だな」
「リンって、走る体力なさそうだもんね」
「うるさい。最近は、たぶん、体力ついてる」
「ヴァンさんと頑張ってるもんね」
いつの間に移動したのか、さっきまで集団の後ろにいたフェルが扉の前に立っていた。
「これから部屋の壁際を走るんだが、途中で力尽きたら真ん中に抜けていってくれ。邪魔にならないようにな。ただなるべく限界まで走ること。
今から授業2コマが終わるまで2時間半ある。残り時間次第では、何か考えておこう。さあ手袋と靴に魔力を流しなさい。汎用魔術の使い方の基本は教えてるからな」
汎用魔術は、転移などの高位の魔術を除き、基本道具有りきである。道具に対し魔力を流す、回路を繋ぐイメージをするだけで起動するものがほとんどである。
アラン達が手袋と靴に魔力を流すと、魔力が流れた跡が線となり手足に走り、途端に体が軽くなってきた。
「見てわかる通り、その線が手袋や靴に魔力をながせている証拠になる。走って疲れてくるとその線がなくなって来るのが普通だ。今はたいそう体が軽いことだろう。後々後悔しないように加減はするようにな」
皆、それぞれのタイミングで走り始めた。
アランはリンとイリナと並んで走っている。ティエリーとエマは準備ができるなり、すぐに勢いよく走り始めたため先頭集団にいるようだ。
「僕はリンに合わせて走るよ。フェルさんががあそこまで言うってことは、多分初めてであんなに飛ばしたらまずそうなんだよね」
「はぁっ、ふぅっ、はぁっ、ふぅっ」
「アラン君は余裕でしょうけど、リンさん、もう死にそうね」
「まだ走り始めて少ししか経ってないんだけどなあ。補助も結構しっかりしてくれてるし」
「基礎体力までは補助してくれないからじゃないかしらね」
結局リンは死ぬ気で1周はしたが、フェルに止められ早々に真ん中のスペースで死んだように倒れることになった。
「イリナさんはまだ余裕?」
「ええ。話すと少し、息が上がるけどね」
「ああごめんごめん、そうだよね」
イリナも次第にペースを落とすことになり、5周でストップとなった。
アランは少しだけペースをあげることにした。途中バテたティエリーとエマを抜かし、さらにその先にいた関わったことの無い男子学生たちも抜き去り、気づけば自分しか走っていなかった。
「アラン、そのまま走れるとこまで走っていなさい。脱落してしまった君たちは手袋と靴を取ってしっかり休んでいなさい。明日がしんどいぞ。下手すれば歩けないからな。寮の階段降りが楽しみだな!ハッハッハ!」
フェルは上着を脱ぐと、中にボディスーツを着ていたようで、そのままアランと合流し走り始めた。
「アラン、まだ走れるか?」
「はい、まだ余裕ですね。肉体強化ってすごいですね」
「基礎の体力を底上げする訳では無いからな。寮の階段降りと走るのとじゃあ平面運動のこっちの方が疲れにくいって奴の方が多いさ。て、そういや魔女に会ったんだって?」
魔女と言われてアランの頭に浮かんだのはアンリしかいなかった。
「魔女っていうと、シャルル卿のことしか思い浮かばないというか」
「図書館の魔女のことだよ。あれはシャルル卿よりも年上だからね。騙されないように。あの人は図書館から出られなくされているくらいには危険人物なんだけど、頼りにするといい。アランにだけは魔術も色々教えてくれるはずだ」
「き、危険人物なんですか?というか図書館から動けないって」
「もう100年も前の事件だけどね。本人に聞いたら教えてくれるよ」
結局アランはフェルと、休みに何をしていたかなど話しながら2時間走り続けた。最後はさすがにバテて話もできなくなってはいたが。
早い者はもう既に身体が悲鳴をあげていた。そこら中からうめき声がしている。
アランも明日のことを考えるととにかくはやく部屋に戻りたくなっていた。元気なうちに。
「明日は午前中で終わりだからな、我慢しな。じきに慣れる。それじゃかなり早いが着替えてきたやつから授業を終わる。寮の部屋が近いやつはなるべく連れて帰ってやるようにな」
フェルはそう言って備えつけられているベンチに座り、苦しむ学生たちを見てニコニコしていた。
「リン、もう少しで寮だからね。さすがに階段は背負って上がれないからね」
「リンさん、ついに反応も出来なくなりましたのね」
寮への帰り道、着替えはイリナ達3人がリンもついでとばかりに済ませてくれたので、校舎の3階から寮の玄関までは、まだ無事なアランが背負って来ていた。
ちなみにティエリーとエマは無言で疲労と戦いながらついてきていた。
アランはイリナに頼み、寮のロビーのソファでリンを見ていてもらい、その間に階段を駆け上がり、部屋にいるであろうヴァンかディミトリのどちらかを呼びに行った。
「誰かいますか!」
「どうしたアラン、何かあったか?」
「どうしたんだい?」
アランは2人ともいた事に安堵した。
「今日の授業で肉体強化術使ってリンがバテました。持って上がるの手伝ってくれませんか?」
「ははは。あれか懐かしいなあ。ヴァン、2人で行こっか」
「そうだな、1人でここまで担ぐのはしんどいな」
「アランはここにいなよ」
こうしてリンは2人に交互に抱えられながら部屋に戻ることができた。ソフィアが帰ってきてからは、アランとリンの食事も全て食堂から持ってきて食器も返しに行くという、介護をされた。
去年も同じだったらしく、クリスとニコラがニヤニヤしていた。
ちなみに同じようにバテていたティエリーとエマは、イリナにより、若干引きづられながら部屋へと帰って行った。食事の時間には復活していたらしいが。
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