1-11 休みの日のお姉様は
よろしくお願いします
日付についての話をしておこう。5大属性にあやかった火の日、水の日、風の日、天の日、地の日、そして月の日と星の日の7つが繰り返されている。
暦は聖皇歴と呼ばれ、建国時、6賢人とその伴侶合わせて12人からとって、1月から12月までを1年とし、ひと月は季節の巡りを基準として30日。
1日は最初、太陽が真上に登ったところから再び太陽が上がってくるまでを12等分していたのだが、生活のリズムに合わないとされ、最終的に、月が真上に登ったところから再び月が登って来るまでを24等分、という形に落ち着いた。
魔導院には定期的な休みの日が存在する。水と天の日は午後から休み、月と星の日は1日休みである。
教師陣も魔術師であるため、自らの研究の時間も大切であり、それを確保するために設けられているものである。
学生はその時間を使って、魔導院の周辺にある店へ遊びに行ったり、魔導院内で修行をしたり勉強したりと思い思いに過ごしている。
アランの学生生活2日目の授業は、座って話を聞いているだけで、前日と比べひどく退屈なものだった。
ルノーは基礎の基礎と言っていたが、それはルノーが当時学生だった頃のことで、今からすれば、下手をすれば1ヶ月は授業を聞かなくても問題のないものであった。
しかもそこに、物を1度見ただけで知識とするアランの生まれ持った能力がある。退屈なものになるのは仕方のない事だった。
アランは自分の能力を自覚しているために、幼少期の頃から、これ以上退屈は過ごしたくないと、教科書の先を読むことを避けていた。
例えサミーに問われて答えを求められても、本来は教科書の、サミーが読んでない部分にある答えのため、大半の学生は視線を教科書に向けなければ答えを見つけることができないはずなのに、一切下を向くことなく即答していた。
そういうわけで、途中から耳では授業を聞きながら、午後からソフィアはどこに連れていってくれるのかばかり考えて退屈を紛らわせていた。
「アランって、教科書全部、覚えているのね」
「ああ、皆にはこれ内緒なんだけど、1度見たものを忘れないんだよ、僕」
午前全ての座学が終わり、今日はもう解散となった時にリンが話しかけてきた。
ルノーはその能力の苦悩を理解していた。リンなら、もしかしたらわかってくれるんじゃないか、そんな気がして本当のことを話した。
あまりいい思い出がないために、少し小さな声になってしまったが。
「それは、辛いね。忘れたいことだって、あるもんね」
「そうなんだよね。便利だとかずるいだとか、そんなことばかり言われてきたからね。そう言ってくれて嬉しいよ」
「そう、よかった」
アランはリンと共に部屋に帰ることにした。アランはソフィアと、リンはヴァンとそれぞれ寮の食堂で待ち合わせしている。
誰でも一目見ただけで分かるほどに、今日のリンは機嫌が最高にいい。理由を知っているのは6人だけなのだが。
アランは、リンと一緒に教室に入ったときも、そして今出るときも、同期からの視線がずっとこちらを向いている。正確に言えば皆リンを見ている、それなのに本人は気づいてなかった。それほど浮かれている。
「おう、アランとリン、ちょうどいいタイミングだったな。一緒に寮の食堂行こうぜ。クリスとニコラは先に行ってるってよ」
「お疲れ様です。部屋でも取りに来たんですか?」
「そそ。念の為にな。少し広い部屋取りたかったから取られる前にと思ってな」
しかもそこに都合よく、ヴァン本人も現れてしまった。
自分の特訓のために先に部屋を取ってくれている。リンはいきなりのヴァンの登場とその理由に感情が爆発寸前であった。
「ああ?リン落ち着け。変な顔になってんぞ。体調悪いか?今日やめとくか?」
「やる、もん。大丈夫」
「おいおい、ほんと大丈夫かよ。アラン、朝からこんなんか?」
「ヴァンさんと2人きりが嬉しくてこんなのになってるんだと、って痛いってばもう」
リンをいじろうとしたアランはゆるいパンチを受けてしまった。
ヴァンも、彼は彼でアランの言った言葉が本当か悩みつつも少しにやけていた。
横を歩いていたリンの頭をおもむろに撫でながら嬉しそうに話し始めた。
「それが本当なら、兄貴冥利に尽きるってやつだな。赤子の時からめんどうみたりしてんだぜ。昔はもっと喋んなくてなぁ。ディーと2人で必死に笑わせようとしてたよ」
「頭やめて、あと、アランに、それ言わないで」
「はっはっはっ、過去は忘れたいんだっけな。すまんすまん」
3人で話しながら寮の玄関を通り、食堂に入る頃には、同じように食堂を利用しようとしている学生が受け取り口で大勢並んでいた。
「こりゃちょっと時間かかりそうだな」
「3人の分ももうこちらに持ってきてありますから、そのまま席へ行きましょう」
並ぼうとした3人に後ろからソフィアが話しかけてきた。
ソフィア達4年生は午前中1コマしか授業がなかったため、混み出す前から彼女1人で食事を運んでいたらしい。
パンに食堂特性のソースとカツ、そして野菜を挟んだ人の顔程の大きさのあるカツサンドである。
ちなみに包み紙の内側には、熱を発する術式が組み込んであるためいつでも暖かいものが食べられる仕組みである。
食堂の調理担当がおふざけで開発したものであるのだが、正式採用されてしまい、ついでに固有魔術認定され、位階を授けられたという逸話が残っている。
「食べ終わったら1度着替えに上に上がりましょう。食後の運動にもなりますしね、アラン」
「あ、はい。分かりました...」
「頑張ってアラン。僕達は下で待ってるよ」
「あなた達もに決まってるでしょう」
「姉様許して...」
ヴァンとリンが再び校舎に戻っていくのを見送り、3人は階段を必死に上がっていた。ソフィアは慣れたもので息などひとつも荒らげてはいなかった。
そして部屋で制服から私服に着替え、アランの服は何故かソフィアがどこからか持ってきたが、再び階段を下り始めた。
「寮の門限までそこまで時間はありませんから、はしゃぎすぎないようにしませんとね」
「はしゃぐの姉様だけじゃ...」
「今日は私たち3人の服を見るって言ってたし、多分ギリギリまで連れ回されるかな」
「ソフィアさんって、元気だね」
結局ギリギリまで連れ回され、ソフィア以外はボロボロになりながら寮の門限寸前に玄関をくぐることになった。
「リンは行かなくて良かったのか買い物」
「今の私には、こっちが、大事」
「そうか。俺に任せとけ。使えるとこまでは何とかしてやるからな」
「うん、お願い」
ヴァンとリンの2人は、部屋の使用可能時間ギリギリまで、お互いに魔術を撃ち合った反動でボロボロになりながらも粘ることで、何とか半日で物にしたと言えそうな所までやってくることに成功した。
なかなかの快挙ではあるのだが、父親に見つかると何を言われるか分からない状況なので、お互い進捗は他の4人とサミーとフェルにだけに話そうと決めた。
部屋をでたところで2人とも力尽き座りこんでしまったのだが、何故かフェルがそこに現れた。
「すまんな、ヴァン。私の代わりに教えてくれてありがとうな」
「元々俺が今研究してるのがこの魔術だったからさ、別にいいんすよフェルさん。リンのためっすよ」
「そうか、そう言ってもらえると助かるよ。せめてもの礼だ、2人とも寮の部屋まで運んでやろう」
「やったねーよろしくお願いしまーす」
フェルは、既に寝てしまったリンを器用に片手でお尻を支えるように抱き抱え、いまだに意識は残しているヴァンを頭が前に来るように肩に担ぎその場を後にした。
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