そして丸め込まれる
しんと静まり返る薬屋で、アリアハイネとラヴァルはじっと見つめ合う。
呆気に取られる彼女に対し、ラヴァルはずっと笑顔を浮かべているが、何も楽しい話はしていなかったはずで。
「えーっと、王子様で魔法使いなの?」
混乱するアリアハイネは、今聞いたばかりの情報をただ口にした。
「妾腹ですけれどね」
くすりと笑ったラヴァルは、それからゆっくりとした口調で自身のことを話し始めた。
「師匠と最初に出会ったとき、俺は妾腹の『いらない王子』として魔女討伐に参加させられていました。魔女なんているのかって半信半疑だったし、討伐なんてどうでもよかった。でも、俺に選択肢なんてなくて」
「そうだったの……」
出会ったばかりの頃、ラヴァルは自分のことを給金目当ての志願兵だと言っていた。確かにそういう子もいるだろうなと思ったので、アリアハイネはあえて疑うこともなく今日までそれを信じていた。
身寄りのない少年。
アリアハイネにとって、帰る場所のない彼は弟子にするには都合がよかったのだ。
今、目の前にいるラヴァルは艶のある銀髪に美しく精悍な顔立ちで、「王子様と言われれば王子様にしか見えない」とアリアハイネは簡単に納得した。
「そういえばこの銀髪って」
彼の髪にちょんと指で触れると、ラヴァルは幸せそうな顔をしてその手に自分のそれを重ねる。
「きれいでしょう?王族にしか出ない色らしいですよ」
「そうなんだ」
まったく知らなかった。
そもそもラヴァルに会うまで他人に興味がなかったアリアハイネは、魔女討伐なんてする国の情報はもっと興味がない。
「師匠がいなくなった後、やつらは性懲りもなく魔女討伐をまた仕掛けてきました。俺はそれを討伐しただけ」
「それは、まぁ、事情はわかったわ。でもなんで国を滅ぼしたの?」
アリアハイネの質問に、ラヴァルは世間話をするかのような雰囲気で返事をした。
「だってあんな国があったら、師匠とゆっくり暮らせないから。ちょっと街に降りて情報を集めてみたら、騎士団のトップと王族が仲たがいしているって話もすぐに聞けて、だからそいつらに手を貸してやるって唆して……まあ色々経て、王族は全員狩って広場に吊るしました」
正義の魔法使い、という話と随分違うな。
アリアハイネは冷静にそう思う。
「ははっ、俺の父親だったはずの国王には、そのとき初めて会ったんです。俺を見てびっくりしていましたよ?でも、何番目の王子かもわからなければ名前も当然知らないんですよね。俺とあいつが同じ部分なんて、この髪の色以外には何もなかった」
ラヴァルは、とても機嫌がよかった。
家族と呼べる関係ではなかったのだろうが、この子はこれで大丈夫なんだろうかとアリアハイネは心配になってくる。
「ねぇ、悲しいとかつらいとかそんな気持ちはないの?」
単純な疑問だった。
アリアハイネは師匠以外の家族がいないので、「普通」がわからない。もしも彼が無理をしているのであれば、正直な気持ちを師匠として聞きたいと思っていた。
ラヴァルはそんな彼女の心情を察し、呆れたように笑う。
「師匠は本当に優しいですね。俺が大事なのは師匠だけ。ほかには何もいりません。誰が死のうが生きようが、どうだっていい」
「そっか。それなら問題ないわね」
ふっと笑みを見せるアリアハイネ。
ラヴァルもにこりと笑い、和やかな雰囲気に包まれる。
(この子、魔法の才はすごいけれど、普通のことがわからないんだわ。王子様だからかなぁ?こんな感じで街で暮らしていけるのかしら)
自分のことを棚に上げ、アリアハイネはそんなことを心配する。
ラヴァルはというと、話が終わったのでまたアリアハイネをぎゅうっと抱き締めてその感触を堪能していた。
「あぁ、やっぱり師匠はいい匂いがする。もう離れたくない」
「何言ってるの。あなたはもう立派な魔法使いよ?一人立ちしなきゃ」
頭に頬ずりされながら、アリアハイネは苦笑いでそう言った。再会できたのはいいとして、一人前の魔法使いを再び弟子にすることはない。
ところがラヴァルは、さらりと告げる。
「一緒に住んじゃダメっていう決まりはないよね?」
「え?」
アリアハイネは、記憶の中にある魔女の規則を思い出す。
確かに、「一人前になるための試練の後は、弟子を置いて速やかに立ち去る」という決まりはあるものの、その後に再会して同居してはいけないというルールはない。
だからといって、同居する意味は?
アリアハイネは深刻な表情で考える。
この子に教えられることは、もう何もない。
はっきり言って、ここ2年はアリアハイネが世話になる方が多かったくらいだ。
「ねぇ、私と一緒に住んでラヴァルに何かいいことある?」
そう尋ねると、ラヴァルは愛おしげな目で彼女を見下ろす。
「うん。お願いを聞いてもらえるなら」
「お願い?」
聞き返したときには、二人の唇がしっかりと重なっていた。驚いたアリアハイネは、しばらく呆然として目を見開いたまま身動きを止める。
顔を少しだけ離したラヴァルは、にっこりと笑って言った。
「俺、師匠との子どもが欲しいんだ。お願い、聞いてくれるでしょう?」
「子、ど、も?」
「うん。師匠に産んで欲しいんだ」
アリアハイネは、ラヴァルと目を合わせたまま考えた。
弟子が子を産んで欲しいと言っている。それはラヴァルにはできなくて、女性の自分にならできるかもしれないというのはわかる。
ただし問題が一つあった。
「生命の錬成は、黄金の花1本や2本じゃ無理よ」
「………………あぁ、そっちで考えちゃった?師匠は安定の師匠だね」
「何年前だったか、そんな本を読んだの。賢者と呼ばれた魔法使いが、自分の分身を生み出そうとして生命の錬成をしたっていう話を……。あぁ、あなたに譲ったあの家にある本よ?あなたもあれを読んだの?」
「待って、あの本に書いてあったのは子どもじゃなくて分身というか、肉塊しかできなくてそこに魂を降ろすっていう黒魔術みたいな……って、いったんその話は忘れてよ、師匠」
やはりラヴァルも読んでいたか、と納得した表情になるアリアハイネ。自分の異常さは認識しているラヴァルだったが、別の方向にズレている師匠を見るとそれはそれで心配になってくる。
(やっぱり師匠はあぶない。よかった、万が一のときのことを考えて、師匠がこの街に来るように誘導しておいて)
アリアハイネがいなくなるのは、彼にとって予想外だった。
だが、万が一のことを考えて、この街の安全性や住みやすさは逐一彼女に教えていたのだ。そして、ラヴァルの罠にまんまとハマったアリアハイネは、こうして新しい拠点をこの街に決めた。
そうとも知らないアリアハイネは、どうやってラヴァルの願いを叶えようか今も真剣な表情で考えている。
「かわいいなぁ」
「私の方が10歳上なんですけれど?」
むぅっと膨れた彼女の頬を指でつつくと、その目が責めるようにラヴァルを見た。
「ねぇ、俺たちは普通の人間に比べると長生きだよね?」
アリアハイネの黒髪を指でいじりながら、ラヴァルは尋ねる。
「ええ、そうね。あなたも私も200年くらいは生きるんじゃないかしら?」
魔女や魔法使いが少なすぎて、平均的な寿命というものは見当がつかない。けれど、ケガや魔女討伐などに遭わなければ、二人とも随分と長く生きることはわかっていた。
「そんなに長い時間を生きるんだから、一人でいるより二人でいた方が楽しいよ」
満面の笑みでそう言われると、アリアハイネ「それもそうね」と肯定してしまう。
「子どもを作って、家族を作って、いろんな街へ行って……。そうやって暮らしていくのっていいよね」
「う~ん。想像がつかないわ。だって私、まだここで暮らし始めたばかりだし」
「それなら検証してみようよ。どんな魔術書にも書いてなかったでしょう?」
「確かに……。どこにも書いていなかったわ」
「ほら、まだ俺も知らないことがたくさんあるよ。そしてそれは、師匠が協力してくれなきゃ永遠に知れない」
ラヴァルは再び、アリアハイネにキスをする。
逃げられないように後頭部をしっかり押さえられ、息苦しくなったアリアハイネが「んー!」と呻って抵抗を始めるまでそれは続いた。
「師匠、拾った責任は取ってくれなきゃ。知らないことがまだまだあるんじゃ、完璧な魔法使いとは言えないんじゃないかな」
「はぁ……はぁ……、それ、も……、そう、ね……?」
「まだまだ師匠が必要だよ?」
「それ、も……そうね?」
「ありがとう。さっそく今日から色々と検証しようね?」
「それも、そうね?」
アリアハイネは、自分が丸め込まれていることに気づいていない。
薬屋の扉が開かず、何人かの客が「おかしいな」と呟きながら帰っていったことにも気づいていない。
ラヴァルは歓喜で顔を歪めると、すぐにアリアハイネを抱き上げて店の奥にある階段を上がっていく。
「住居は二階?どうせ掃除していないんでしょう?俺が全部やってあげるからね」
「え、いいの?助かるわ」
「でも掃除したらきちんとご褒美もちょうだいね?」
「わかったわ。あなたの師匠だもの」
高い靴音が二階へと消えていく。
それからしばらくの間、薬屋は閉店したままの状態が続き、再開した頃には夫婦で営む薬屋ということになっていた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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イラスト:あとのすけ先生
ルーシーとジュードのほのぼのラブコメが
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