弟子がついてきました
「ふぁ……」
アリアハイネが起きると、外はまだ薄暗い時間だった。
ベッドから出るとショールに包まり、魔法でお湯を出してお茶をいれる。
半分眠ったままの状態でキッチンをウロウロし、パンとドライフルーツを布で包んでバッグの中へ。夕べの残りのスープをポットに入れると、顔を洗って着替えをすれば準備完了だ。
「よし」
鏡の前に立つと、今日も「普通の街娘のアリアちゃん」が出来上がっていた。
薄桃色のかわいらしいワンピースは、師匠がくれたもの。いつ着るのか、と不思議に思っていたけれど、まさかこんな風にワードローブとして活用する日が来ようとは。
薬屋を出て、まだほとんど人の歩いていない道を通り、小川を越えれば森の入り口に到着する。
ここからは危険が伴うため、こっそりと防御魔法を展開して己の身にまとわせた。
陰鬱な雰囲気の森は、奥へ行くほど希少な薬草が生えている。
大量に採ってもまたすぐに生えてくるのだが、そんなことをしては魔女だとバレる可能性があるので、「アリアちゃん」として怪しくない範囲で薬草採取に励んだ。
けれど、この日はたまたま前日の雨のせいで地面がぬかるんでいて、うっかり足を滑らせた彼女は二メートルほどの坂を転げ落ち、沢へ突っ込んでしまった。
「冷たい……!」
水深というほどの深さはないが、スカートもブーツもびしゃびしゃである。
まだまだ採取したい薬草があるのに、とアリアハイネは顔を顰め、沢から上がってスカートを絞る。
「もう、いいか」
ここは森の中。油断していた。
どうせ誰も見ていないし、と思った彼女は魔法を使って一瞬にして服や身体を乾かした。
その瞬間、ガサッと茂みが動いて男の叫び声がする。
「うわぁ!」
「っ!?」
振り返れば、そこには街から森に入ったとみられる狩人がいた。顔見知りではないが、同じ街の人間であることはすぐにわかる。
(しまった……!見られた!)
普段なら絶対に魔女だと気づかれないが、魔法を使っているところを見られたとなれば話は別だ。
アリアハイネはじりっと一歩下がり、この場から逃げようとする。
しかし狩人は、震えながらもその矢をアリアハイネに向けた。
「魔女……!」
いくら正義の魔法使いが現れたといっても、魔女はまだまだ畏怖の存在だ。狩人はアリアハイネを殺そうとしている。
防御魔法で矢は防げるが、初めて明確に向けられた殺意に彼女は動揺した。
互いに息を呑み、時間が止まったかのように思える。
張りつめた空気が漂う森の中、その状況を変えたのは突然に聞こえた低い声だった。
「消えろ」
アリアハイネの背後から、膨大な魔力の揺らぎが発生する。
真っ黒なモヤが瞬く間に狩人の方へ向かい、彼を包み込んで遠くへ運んでいく。
「!?」
唖然としていると、耳元で懐かしい声がする。
「ただいま戻りました」
背中に人の温かさを感じたアリアハイネは慌てて振り返ろうとするも、抱き締める腕が強すぎて身動きが取れない。
「師匠。ダメじゃないですか、勝手にいなくなったら」
「っ!」
聞き覚えがあり過ぎる声。甘えるように背後から抱き着いてくるところも、つい三か月前まで日常だったものだ。
アリアハイネは恐る恐る口を開いた。
「ラヴァル……?」
一人前になった弟子が、どうしてこんなところにいるのか?
混乱する中でも、はっきりとわかることが一つだけあった。
「すごく甘い匂いがするわ」
ラヴァルはクスッと笑って囁く。
「師匠の好きなリンゴのクッキーを持ってきましたから」
ゆっくりと振り返れば、そこには相変わらず美しい笑みを浮かべた弟子の姿があった。