新しい暮らしを始めました
「いらっしゃい、今日は軟膏と湿布薬ですよね?」
「おぉ、アリアちゃん。いつもありがとうね」
ラヴァルの一人立ちから約三か月。
魔女の森から遠く離れたボルダーの街で、アリアハイネは薬屋を営んでいた。
よく効く薬を売っている若い娘。今の彼女は、「アリアちゃん」と街の人に親しまれる普通の娘だ。
魔女かもしれない、なんてまったく疑われることはない。
事実、人々が想像する魔女のイメージと違いすぎて、魔女ということを証明せよと言われても難しいだろうなとアリアハイネは思っていた。
ただ一つ、寿命が普通の人間とは違うので、ここにも住めて十年ではあるけれど。
開店してからずっとよくしてくれている常連客・ヨーグは、アリアハイネの父親くらいの年齢で、若い娘が一人で薬屋を営んでいるという境遇に同情し、頻繁に薬を買いに来てくれては世間話をして帰っていく。
アリアハイネを通して、嫁いだ娘を見ているのかもしれないなと彼女は思っていた。
「今日は気分がすっきりするジャスミンティーを入れたんです。どうぞ?」
カウンターに座ったヨーグに、お茶を出すアリアハイネ。
人づきあいは得意ではないけれど、自分に害がない人間とは世間話ができるくらいにはなじんでいる。
ヨーグはうれしそうに茶を飲むと、一息ついてからふと思い出したように口を開く。
「そうだ、アルデインが滅んだらしいよ。内乱が起きたとかで」
「えっ、アルデインが?軍事国家なのに?」
アリアハイネは目を丸くして、ヨーグに尋ねる。
アルデインは、魔女の森に討伐隊を送ってきていた国だ。軍事力なら、近隣諸国で一番の大国でもある。
「あぁ、なんでも死んだと思われていた王子様が現れて、一夜にして王族を皆殺しにしたらしい。しかも魔法使いを従えていたっていう話で、軍事国家がなすすべなく敗北したんだと。でもあの国は上層部が腐りきっていたから、民衆は手放しで喜んでるって話だ」
「へ~。そんなに強い魔法使いがいるなんて、初めて聞きました」
「しかもその魔法使いは、信頼できる騎士たちに国を任せてすぐに消えちまったらしい。民衆の間では、悪政に裁きを与えた正義の魔法使いだってすごい人気だよ」
「魔法使いが、正義?」
それはすごいイメージアップだ、とアリアハイネは感心する。
これまで、魔女や魔法使いは嫌悪される対象だったが、真実はどうあれ魔法使いのイメージがよくなることは単純にうれしかった。
これをきっかけに、弟子のラヴァルにも生きやすい世の中に変わってくれればいいなと思った。
「ふふっ、これを機にアルデインがいい国に変わればいいですね」
「あぁ。しばらくは混乱もするだろうが、弱小国家のうちなんて特にありがたいね」
「本当に」
それからしばらく雑談をして、ヨーグは自分の営む古美術商へと戻っていった。
誰もいなくなった店で、アリアハイネはせっせと薬づくりに精を出す。
「あ、種がないわ」
よく眠れる薬の材料となる植物の種が、小瓶の中に一つしかないことに気づいた。少し面倒だけれど、買うと高いので自分で採りに行く方がいい。アリアハイネは明日の明け方に家を出て、森まで採取に行こうと決めた。