弟子を勧誘します
少年を家に連れて帰ったアリアハイネは、もう一度彼に回復魔法をかけると今度はその顔を濡れタオルできれいに拭ってやった。
「かわいい子ね」
年齢は、12、13歳くらいだろうか。か細い少年はさらさらの銀色の髪が殊の外美しく、端正な顔立ちはずっと眺めていたくなるくらいだと彼女は思った。
そして、寝顔を見ているうちにあることを思いつく。
──弟子にしよう。
魔女の寿命は長い。
アリアハイネはまだ23年しか生きていないが、この見た目のままあと200年ほどは生きられるだろうと予想できた。
師匠に至っては、アリアハイネと暮らしていた時にすでに150歳を超えていて、見た目は若々しいままだった。年を取らない魔女は、人里で暮らすなら十年単位で各地を転々としなければ怪しまれる。
森で暮らすのは、それが面倒だという理由も大きい。
アリアハイネは一人立ちしたばかりで、まだ弟子を取ったことはない。
けれど、自分の手で立派な魔法使いを育てるということに、密かな憧れを抱いていた。
「うっ……」
アリアハイネが勝手に彼の行く末を決めてしまった頃、少年は目を覚ました。
「こんにちは。気分はどう?もうどこも痛くないでしょう?」
ベッドサイドの椅子に座り、笑顔で話しかけるアリアハイネ。
しばらく天井を見上げてぼぅっとしていた少年は、アリアハイネの存在に気づいて目を瞬かせる。
「私はアリアハイネ。あなた、森に落ちていたのよ」
「森……?」
「討伐隊のメンバーだったの?こんなに若いのに、かわいそうね」
少年はアリアハイネの言葉を頭の中で何度も繰り返し、自分の置かれた状況をやっと理解した。
そして、自分たちが討伐しようとしていた「悪しき魔女」がこの目の前の女だと言うことにも気づく。
「魔女……?あなたが?」
「ええ、そうよ」
「普通の人間、じゃないか」
「まぁ、そうね」
長い沈黙が続き、少年はじっとアリアハイネを観察する。
(白くて細くて不健康そうだけれど、本当に普通の女の人だ……)
アリアハイネは小柄な娘で、癖のない黒髪を肩より少し長いところで揃えているところも町娘とそう変わらない。空色の大きな瞳は愛らしく、浮世離れした雰囲気はあるものの「悪しき魔女」のイメージのそれではなかった。
「ねぇ、あなたここで暮らさない?私、弟子が欲しいの」
「は?」
突拍子もないその言葉に、少年は目を丸くする。
討伐隊としてやって来たことがわかっているのに、なぜ自分を弟子にしようとするのか?しかも、弟子になってといわれて魔法使いになれるものなのか、と疑問が湧いてくる。
「あ、心配しないで。結界に触れて生き残れるなんて、あなたには魔力がある証拠よ?今まで気づかなかった?」
「!?」
少年は、驚きで絶句する。
きっとこれまで、気づく機会がなかったのだろう。アリアハイネは、彼の様子からそう察した。
「どう?魔法使いにならない?今なら優秀な師匠と衣食住がついてきます!」
まるで、ちょっと住み込みで働いてみないか、くらいの軽い誘い方だった。
とはいえ、アリアハイネは本気である。
「魔法使いに……?」
少年は、混乱する頭を必死に動かした。
魔女の考えは理解できないが、そこに悪意がないことは伝わってくる。
少年は、そう長い時間を置かずに答えた。
「弟子になるかは……少し考えたい。でも、しばらくここに置いて欲しい。頼む」
アリアハイネは、パァッと表情を輝かせる。
まだ弟子になると決まったわけではないが、彼女からすると彼がここに残るという答えだけでも満足だった。
「あなた名前は?」
「…………ラヴァル」
「ラヴァルね。ふふっ、じゃあまずは元気になりましょう!回復魔法でケガが治ったって言っても、体力や精神疲労はそのままだから。すぐに食事を用意するわ!」
すぐさま立ち上がり、その小さな背はキッチンへと消える。
ベッドの上に残された少年は、まだしっかり残っている気怠さに負け、再び目を閉じるのだった。