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作戦会議

 

「わかりました。まぁ、私は説明がなくても命令に従うつもりでしたけどね」


 しばらく無言を保っていた屍達の中で、真っ先に言葉を発したのは四號だった。人形になってしばらくの間はルルーディに少々危険な視線を送って来る事もあったが、すぐに忠誠心を示すようになった。今も、元犯罪者とは思えない理知的な光を宿した目で、ルルーディを真っすぐに見つめている。


 三號と五號は一瞬顔を見合わせた後、どちらからともなく頷き合っていた。四十代の五號に三十代の三號。この二人は年が近いからか、性格は真逆であるにも関わらず何だかんだ仲が良い。


「説明してくれてありがとう課長。俺も命令に従う。その代わり、詳しい事は後で必ず聞かせてくれ」

「お嬢ちゃんの弟かー、きっとカワイイ顔してんだろうなー」


 続いて二人も命令に従う意を見せた。ゆっくりと頷いていた三號と異なり、五號はヘラヘラと笑っている。そしてルルーディを含め、全員がただ一人無言のままの六號を見つめた。その六號は、年長者達が相次いで従う素振りを見せている中、珍しく厳しい表情をしていた。


「あのさ、かちょーサン。僕が視る相手って、どんなヤツ?」


 ルルーディは手短にディリティリオの情報を伝えた。


「名前はディリティリオ・パゴス。二十九歳。ソリクト人。氷雪師の資格を持っていて髪は灰銀。そして瞳は琥珀色。けれど普通の琥珀色じゃないわ。私と同じよ」


 そう己の瞳を指差すルルーディを見て、六號は盛大に顔をしかめていた。


「うっわ。マジか」

「何か都合の悪い事でも?」


 六號は溜息を吐きながら、後頭部を乱暴にガリガリと掻く。


「いや、視る事は出来るよ? 僕、優秀な霊眼師だし? けど、あんまり魔力に差があり過ぎると断片的な情報しか視る事は出来ないんだ。で、何? ソイツがヒイラギに殺意を抱いているかどうかって事が知りたいの? だったら、殺意に特化して視る感じで良い?」


 ルルーディは少し考えた。殺意。確かにそれは知りたい部分ではあるが、ディリティリオが実行犯でなかった場合は読み取れないかもしれない。


「そうね……今回彼は視察、という名目で来ているの。だからそれが真実かどうかを優先して視てくれる? 可能であれば、その他も」

「いいよ、わかった。まぁ殺意に関して言えば雰囲気? とかそういうのでも判断出来るかもしれないし、探れるだけ探ってみるよ。視た情報は四號に念話で送るね」

「えぇ、そうして」


 ──説明は終わった。ルルーディは今一度、全員を見渡す。


「では皆さんは各々のお仕事をお願いします。でも、必ずご自身の身も守って下さいね。皆さんは既に死者でいらっしゃいますけど、再び死ぬ事は出来るんですから」

「”死ぬ事は出来る”って……まぁそうだけどさ」


 やや鼻白んだ様子の六號の頭を、五號がポンと撫でる。


「お嬢ちゃん、こっちは俺が連絡係になるよ。俺らは一度に全員へ念話を送る事は出来ない。だから、俺ら空港組に何かあったら四號へ、中央署組に何かあったら四號が俺へって事で良いか?」

「えぇ、それで大丈夫」


 ルルーディは五號の腕についている時計を見た。始業まで後五分。そろそろ戻らなければ。


「では行きましょうか」


 屍達を促し、冷蔵庫ドールハウスと廊下を繋ぐ扉を開ける。するとすぐ目の前に、鳥飼トリガイ狐塚コヅカが立っていた。ルルーディの顔を見た二人は、同時にホッとした顔をしている。


「あぁ良かった、やっと出て来た……」

「課長、もうお二人共既に六課にいらしてます。緑川課長が、忙しいんだから早くしろと」

「ごめんなさい、すぐに行くわ」


 ルルーディは後ろを振り返った。既に三號五號六號は移動を開始している。ちら、と隣に立つ四號を見上げると、こちらを見ないまま小さく頷いていた。


 ◇


 急いで六課に戻ったルルーディは、どことなく困った様な雰囲気を醸し出しながら廊下に佇む壱號を見つけた。


「壱號さん!」

「……遅い」


 急いで駆け寄ったルルーディに対し、壱號は珍しく不満そうな声を出している。その肩越しに中を覗き込んだ四號の口から、苦笑の声が漏れた。


「あぁ、これは申し訳ありませんでした。課長、我々が遅くなったせいで、壱號は随分と肩身の狭い思いをしていた様ですね」

「……俺達もですけどね」


 全く悪いと思っていない口ぶりで形ばかりの謝意を伝える四號と、疲れ切った顔の狐塚。鳥飼は五課と八課に、上司の戻りが遅れる事を再度伝えに行くと言って席を外した。ひょっとしたら逃げただけなのかもしれない。奥の方で鹿野シカノが安堵の息を吐いている姿が視界に入る。ルルーディは心の中で謝罪しながら、二人の課長の元に向かった。


「キュアノス課長、どこに行ってたんだい? こういう時だけ階級を持ち出されても困るんだけどね」

「俺はそこまで思ってないけど急いでくれ。聞いただろ? パゴス副署長殿が急にお見えになるんだよ」


 新月の席に座り、優雅に煙管を吹かす柿守カキガミの横で緑川ミドリカワはイライラと貧乏揺すりをしている。壱號に通常業務へ戻るよう命じた後、ルルーディは四號を伴い二人の元に歩み寄った。


「お待たせしまして申し訳ございません。では、お二人共こちらにいらして頂けますか?」


 潜入捜査の打ち合わせなど、絶対に外部に漏らす訳にはいかない話をする時に使う、強固な防音結界の張られた六課専用の小部屋。ルルーディはそこに二人をいざなった。


「また何か嫌な予感すんなぁ……。面倒な話は聞きたくないんだけどなぁ……」

「……」


 心底迷惑そうな声を出す緑川とは逆に、柿守は興味深そうな顔をしている。四號を小部屋の隅に立たせたまま、ルルーディは二人と向かい合って座った。


「まずは、お呼び立てして本当に申し訳ございません。今日、これから起こるかもしれない事に関してお二人には説明をしておいた方が良いかと思いまして」


 柿守は煙管を振り回しながらクスリと笑った。


「で、あわよくば手伝え。……とかそういう事かな?」

「はい。さすがはカキガミ課長」


 あはは、と声を出して笑う柿守を横目に、緑川は胡乱な眼差しでルルーディを見ている。


「一応聞くけど、それって命令か?」

「いいえ。でも私なら手伝います。自分より階級が上の者が、困っていたら」

「それ、ほぼ命令じゃねーかよ……」


 緑川は不貞腐れた顔をしつつ、それでも身体をきちんと正面に向けた。真剣に話を聞いてくれはするらしい。


「では、少々長くなりますが説明させて頂きます。まず、私はルルーディ・キュアノスとしてこの国に来ましたが、”キュアノス”は母の旧姓。つまりは偽名です。本名はルルーディ・フロガと言います。何故わざわざ偽名を使ったか。それはまた後で話すとして、私がヒウカに赴任して来たのは偶然ではありません。とある目的があった為に派遣されて来ました。その目的とは、我がソリクトで大罪人とされる『屍姫しかばねひめセリニ』の血を引く者を殺害する事です。そして、その人物とは──」


 ルルーディは言葉を切り、柿守の顔を見た。柿守は澄ました顔でぼそりと呟いた。


ヒイラギのガキだね」

「はい」

「あー、こっから先、ホント聞きたくねーわ……」


 緑川は背を反らせながら、片手で額を押さえている。よほど面倒事が嫌いなのだろう。だがルルーディは逃がすつもりは一切無い。


「私は、本当に彼を殺すつもりでした。だから『独楽狗こまいぬ』に強引に潜入させたんです。今思えば、大変な罪を仕出かす所でした。カキガミ課長から伺ったお話とお借りした資料。この二つとかねてから抱いていた違和感を擦り合わせて、ようやく確信しました。”屍姫セリニ”は大罪人ではなかった。事情は未だ不明ですが、そう仕立て上げられたのだと思います」

「……もしかして、パゴス副署長殿がいきなり来るのも何か関係あんのか?」

「私はその可能性が高いかと思います。パゴス家は警察や軍関係者が多い家ですから。因みに私に命令をして来たのはソリクト警察ではなく、軍の方です。恐らく警察側が軍に依頼したのだと思いますが」


 そして、ルルーディは全て語った。セリニの『罪』とされる歴史を。そして現在抱いている疑念と推測を。二人は顔色一つ変えずに聞いていた。特に柿守は色々と思う所があったのだろう。目を伏せたまま、手の甲で煙管をクルクルと回しながら何事かを考えている様だった。


 ◇


 長い話が終わった。無言で二人を見つめるルルーディの目の前で、柿守と緑川は目配せをし合っている。そして、同時にルルーディの方を向いた。日向人の得意とする『目で語る』という技はルルーディには出来ない。だから二人の次の言葉を大人しく待っていた。


「で、貴女はどうするつもりなのかな?さっき、死体連中を動かしていたね。あれは一体?」

「はい。実は今日の午後、父の命令で私の弟がヒウカに到着します。ヒイラギ巡査には空港まで弟を迎えに行って貰いました。その後、私の家で待機して貰おうと思っています。本当は弟が持って来た情報と共に本人と色々話すつもりでしたが、パゴスのせいで予定が狂ってしまいました。三號と五號には既にヒイラギ巡査の護衛に向かわせています。この四號は”もしもの時”用に残しました。そして霊眼師の六號は、正面玄関が見える位置に配置しています。彼には現れたパゴス副署長を”視て”貰います。それで彼が本当に視察に訪れただけなら良いのですが、そうでなかった場合は拘束して尋問する予定です」

「柊が遠くにいるってのはある意味不幸中の幸いだね。で、パゴス副署長が”クロ”だとして、もし抵抗されたら? 副署長は貴女と同じくらい高い魔力を持っているのだろう?」


 ルルーディは艶然と微笑んだ。その表情を見て、意図をいち早く理解したらしい緑川が顔を引き攣らせている。


「……まさか」

「はい。そのまさか、です。副署長がクロで更に抵抗をして来たら、私が魔法で抑え込むので四號に”もしもの時”の対応をさせます。彼はご存知の通り、元連続殺人鬼ですから」


 四號はいつの間にか、複雑な透かし彫りの施してある銀の刃を取り出し二人に向かってこれ見よがしにひらひらと振っている。


「へぇ、告天子コウテンシ作の刃とはね、良い趣味しているじゃないか」

「よくお分かりで。この刃、血液が流れ込むと模様が浮き出て得も言われぬ美しさなんですよ。私はそれが見るのが本当に楽しみで。……あげませんよ? 彼の作品はもう手に入らないんですから」


 物騒な刃を前に、盛り上がる柿守と四號を余所に緑川はげんなりした顔を隠しもしない。


「頼むから穏便に済ませてくれよ……」

「向こう次第です」


 ルルーディは澄ました顔でにべもなく告げる。緑川には申し訳ないが、新月を守る為にはなりふり構っていられないのだ。


「ところでカキガミ課長。八課の方々を、何名かお借り出来ませんか?」

「各階に配置しておきたい、とかそんな感じかな?」

「はい、仰る通りです。パゴスがクロだと想定しますと、あちらも手勢を連れて来る可能性が高い。八課は攻撃力に申し分ない方が多いので」


 柿守は腕組みをして考えている。そして壁の時計をチラと見た。


「パゴス副署長が来るまでにあと少しだけ時間があるね。私がこれから、残りの課長連中に話を通して来るよ」

「え!? それは、でも……」


 ルルーディは少し慌てた。確かに自分一人では厳しいと思ったからこそ、こうして二人に話を通した。けれど、決して大袈裟にしたい訳ではなかったのだ。


「ちょうど署長が研修会議で留守をしている時で良かったよ。まぁ居たとしても反対はしないだろうけどね。それよりも、身内ヒイラギが狙われている可能性があるのなら、他課の連中だって黙ってはいないよ」


 ──首都中央署の署長。赴任初日に挨拶に行ったきりだが、日向警察の中でも珍しい女性署長なのだ。目の前の柿守と真逆の、丸々とした体形の小柄な女性。だがその豪快な雰囲気に気圧されたのを覚えている。


 確かにあの署長なら、事後報告でもそう怒られはしないかもしれない。


「……わかりました。お願いします」

「うん。時間も無くなって来たし、私はもう行くよ」


 柿守は優雅に立ち上がり、小部屋をするりと出て行った。ルルーディは一人残された緑川に向き直る。緑川は大きな溜息を吐きながら、緩慢に立ち上がった。


「あー、朝から疲れたな。俺ももう行くよ。五課うちの連中にもそれとなく伝えとく」

「お願いします。ところでミドリカワ課長。パゴス副署長のお迎えに行った捜査員はどなたですか?」

「ん? あぁ、白峰シラミネとフェイ、ラマーディと黄林キバヤシの四名だが?」

「護衛も兼ねていらっしゃいますよね? では防御魔法が得意な方々でしょうか?」

「そうだな。フェイと黄林は中央署でもかなり上の実力じゃないか? 何で?」

「万が一、巻き込むかもしれないので」


 てっきり『何に?』と聞いて来るかと思ったのに、緑川はもはや何も聞いては来なかった。



 ──ルルーディも屍達も柿守も緑川も、そしてこの場にいない新月も含め、誰一人知る事はない。今日という日が、昨日とも明日とも異なる特別な一日になるという事を。




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