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銀の瞳

 

 翌日、ルルーディは資料を抱えて会議室に向かっていた。コラッツァータ警察との情報交換会の準備をする為だ。情報交換は一日がかりで行われる。なので、今日一日の業務に対する決定権は主任の鹿野シカノに一任しておいた。


「キュアノス課長、準備まで手伝って頂いて申し訳ありません」

「良いのよ。五課の皆さんはお出迎えがあるし、貴方達もギリギリまでお仕事をしていたでしょう。私はただ、エラそうに書類をチェックしていただけだから」


 共に会議室に向かう、八課の梅野ウメノ桃堂トウドウタチバナの三名が軽い笑い声を立てる。共に三十七歳の梅野と橘は同期らしく、普段からの仲の良さをうかがわせた。桃堂はルルーディの六つ上の二十八歳。穏やかな女性で、先の二人は同じ班の先輩だと言う。


「ところで課長、柊は元気ですか?」

「げ、元気だと思うわ」


 思わぬ質問に、戸惑いつつも正直に答える。


「そうですか。なら良かったです。僕達は柊と別の班なので口出ししづらい部分があったんですが、アイツは優秀な奴です。正直な所、八課ウチから出て行かれたのは痛いですが、六課で元気にやっているなら良かった」

「……えぇ」


 ルルーディは曖昧な笑顔を浮かべて誤魔化した。今は新月の事を冷静に考える事が出来ない。昨夜はほとんど眠れなかったし、朝も新月に会わないようにいつもより二時間近く早い時間に出勤した。そして早々に準備を終えた後は、資料部の閲覧室に閉じ籠っていた。


 けれど、今夜は部屋に来るだろう。拒む為の上手い理由も思い浮かばない。そしてこうやって避けた所で結局、会いたいと思ってしまっているのはルルーディの方なのだ。


「課長? どうかしました?」

「いいえ、何でもないわ。そろそろいらっしゃるわね、急ぎましょう」


 これから大事な業務が控えているのだ。今は個人的な事に囚われている場合ではない。ルルーディは手の中の資料を抱え直し、闇色の髪と銀の瞳を頭の中から振り払った。


 ◇


 情報交換は順調に進んでいた。話題は近年増えている外国人犯罪に集中していた。日向だけでなく、コラッツァータ側もそれに頭を悩ませている所らしい。


 五課課長、緑川ミドリカワが資料を読み上げる声を聞き、それを傍らの梅野達に通訳しながらルルーディは改めて五課の面子を眺めていた。国際的な活動が多い五課には外国人も多い。ディストロイア人にチャンジェン人、ジョンハム人にパーリジャ人。


(……こうなってみると、六課ももっと外国人捜査員がいても良いかもしれない。ウチは皆、働き過ぎなんだから)


 そう考えた直後に、内心で苦笑いをする。そんな風に思う資格が、今の自分にあるのだろうか。


「では、一旦休憩にしよう。後半の開始は二時間後で」


 緑川の号令を受け、捜査員達は一斉に散らばって行く。コラッツァータの捜査員達も慣れた様子で立ち上がり、顔見知りの五課の捜査員と和気あいあいと話ながら部屋から出て行く。それを見守った後、ルルーディは八課の三人に声をかけた。


「貴方達も休憩に行ってらっしゃい。私はミドリカワ課長に挨拶してから、一度六課に戻って来るわ」

「はい」

「わかりました」


 三人は部屋から出て行く。見送りながら、ルルーディは緑川の方を見た。緑川はコラッツァータの代表と話をしていたが、ルルーディと目が合うと同時に手招きをして来た。


「……? 何かしら」


 呼ばれるがままに、緑川の元へ行く。緑川は珍しく笑みを浮かべた顔をしていた。


「お疲れ様、キュアノス課長。疲れたか?」

「いいえ、大丈夫です。あの私、一度六課に戻って来ても良いですか?」

「あぁ、良いよ。ところでキュアノス、彼らはミーナ市警察から来て貰ってるんだが、お前そこの副署長を知っているか?」

「ミーナ市の副署長ですか? いえ、存じ上げません。なぜ、私が知っていると?」


 唐突な質問に、ルルーディは首を傾げる。


「先月から赴任して来たらしいんだが、お前と同じ国際警察資格を持っているソリクト人なんだと。本国ソリクトではナルキ市警察に所属していたらしい。お前も確か、元ナルキ市警じゃなかったか?」


「……はい」


 知らず、声が強張っていくのがわかった。妙に胸騒ぎがする。


「二十九歳で大都市ミーナの副署長なんてすごいな。ま、それを言うならウチの署長はもっとすごいけど。で、おまけに相当な色男なんだとよ。この副署長殿が日向の、しかもこの中央署を視察したいと急に言い出したらしいんだ。細かい日程は不明だが、近日中には来るらしい。悪いがその時はまた通訳を頼むよ」

「……その副署長。もしかして、ディリティリオ・パゴスですか」


 ルルーディの言葉に、緑川の向かい側にいるコラッツァータ人がうんうんと頷いている。嫌な予感が当たった。ルルーディは目眩を堪えるように額を押さえた。


「お、やっぱり知り合いか」

「えぇ、まぁ……」


 ──ディリティリオ・パゴス。


 先祖代々、裁判官や警察官などを輩出している名門の公爵家。次期当主のディリティリオは氷系魔術師上級職の『氷雪ひょうせつ師』の資格を持っている。


 灰銀の髪に、発光した様な鮮やかな琥珀色の瞳を持つ優男だが、その心根は未だに良くわからない。


「何だ、その顔は」

「いえ……」


 正直、今もっとも顔を見たくない男と言っても良いかもしれない。ルルーディのフロガ家とディリティリオのパゴス家は昔から相性が悪いのだ。


 ”屍姫の呪い”で急死したアルギュロスは独身だった。それも、アルギュロスに執着したパゴス家からの再三の縁談を断り続けた結果らしい。他家はパゴス家から圧力をかけられ、結局アルギュロスには他に婚約者をたてる事が出来なかったという。ルルーディはそのアルギュロスの弟であるクリューソスの直系にあたるのだが、クリューソスはその時既に結婚していた。


 その一人息子であるルルーディの祖父は、パゴス家の令嬢との縁談を蹴って格下の男爵令嬢と結婚をした。


 父は大学院で知り合った母とさっさと学生結婚をした。その時もパゴス家には年齢の釣り合う令嬢がいたらしい。だが母の実家、キュアノス家がパゴスと同列の公爵家だった為にさすがの彼の家も何も言っては来なかった。


 だがルルーディは幼少時からしつこくディリティリオとの縁談をパゴス家から持ちかけられていた。現在は古代の貴族社会ほど上下関係は圧倒的ではない。だがそれなりに暗黙の「何か」は存在する。故に、誘われるがままディリティリオをパートナーに何度かパーティーに出席させられた事はあったし、本人からも熱心に口説かれていた。けれどルルーディはなぜか首を縦に振る事は出来なかった。父も婚約だけは頑なに拒んでくれた。


 一度、心底不思議そうな母に聞かれた事がある。


『ルルーディ、貴女なぜディリティリオ様が嫌なの? あぁ、誤解しないでね? 無理強いしたい訳ではないのよ? ただ、とても素敵な方なのにどうしてなのかしら、と思って』


 その時、ルルーディは正直にこう答えた。


『私にもよくわからないの。でも、あの方はどうしても嫌なのよ。なぜかしら』


 母は苦笑いをしていた。聞くと、父も弟のフィトも同じような事を言っていたらしい。それはともかく、こんな時にディリティリオが視察に来るなんて何てタイミングが悪いんだろう、と思わざるを得ない。思い悩むルルーディに、緑川が訝し気な眼差しを向ける。


「キュアノス課長? どうした?」

「あ、あの、ミドリカワ課長。私やっぱりパゴス副署長の通訳は出来ません。コラッツァータ側で通訳を連れて来て頂く事は出来ないのでしょうか」

「いや、出来るとは思うが何でだ?」

「……説明します」


 ルルーディは迷った末に、ある程度の事情を話す事に決めた。緑川は信用が出来る。不思議そうな顔のコラッツァータの代表に挨拶をした後、部屋の片隅にもっと不思議そうな顔をした緑川を引っ張って行った。


「え、何だよ」

「ミドリカワ課長。これから話す事は他言無用で願います。よろしいですか?」

「あー……何か面倒くさい事なのか? だとしたら聞きたくないんだけどな」

「聞いて頂かないと困ります」


 そして、ルルーディは半ば強引に話をした。ディリティリオには本国で何度も交際を申し込まれていたがその都度断っていたという事。今、色々と忙しい上に異国で男女の揉め事などを起こしたくない事。それらを自らの身分や日向に来国した目的などを巧みに隠しながら、丁寧に説明をした。


「あー、そういうの面倒くさいなー……」

「そう仰らないで下さい。ですから、通訳は出来ません。よろしいですか? 私、パゴス副署長がお見えになった日は有給休暇でも取ろうかと思っています」

「うーん、気持ちは分からないでもないが、さすがに向こうも仕事と私生活の区別はつけて来るんじゃないのか? 通訳が終わったらとっとと六課に帰れば良いだけじゃないか」


 ルルーディは舌打ちをしたい気持ちを懸命に堪えた。ナルキ市警に居た時、仕事中だろがなんだろうが、ディリティリオはごく普通に口説いて来ていた。廊下ですれ違う度に整った美貌を近付け、ルルーディの薄茶色の髪を手に取ってはそれにキスしたり甘い言葉を囁いて来たり、と平気でやってきていた。


「ともかく、お断りします。申し訳ございません」

「はぁ、お前がそこまで言うなら仕方ないな、わかったよ」

「ご理解頂きありがとうございます」


 ルルーディは安堵の息を吐いた。そんなルルーディを、緑川はじっと見つめている。


「……? どうしました?」

「いいや。こうやって間近で見ると、お前の目は本当に発光しているように見えるな。”光る露草ツユクサ”って感じの綺麗な青色だ」

「ふふ、シカノ主任にも同じ事を言われました」

「変わった目といえば柊ヒイラギもだが、まぁアレはただの遺伝だからな、お前とは違う」


 新月の瞳の事を、緑川が知っている事に対しては驚かなかった。柿守カキガミから預かった資料にもそれは書いてあったし、ある程度の立場にある者は知っていて当然だろう。だが、ルルーディはその言葉に驚愕をした。


「あ、あの! ヒイラギ巡査の目が私と違うってどういう事ですか!?」

「どういうも何も。アイツの瞳は鏡の様に煌めいた希少な銀色だが発光しているようには見えないだろ? お前みたいに膨大な魔力を持っている者は瞳の中に魔力が渦巻くからそういう目になるんだよ。まぁ変わった目なのは確かだからな。ガキの頃は魔眼レンズで隠してたらしいが、その時につけっぱなしにしてた影響で今は拒否反応が出てつけられないんだと。だから単眼鏡で隠してんだよ」


 ルルーディは思わず目を閉じた。


『署内にもアレより魔力の高い者はいる』


 ──そうだ。柿守は確かにそう言っていた。新月の銀の瞳がルルーディと同じなら、そうそう魔力を上回る者などいる筈がないのに。


(私の馬鹿……! なぜ昨日の時点で何も思わなかったの……!?)


 父には初回の連絡で『セリニの子孫は片目だけだが特別な目だった』と伝えていた。セリニの目は青い。新月の両親のどちらがセリニの血筋なのかはわからないが、その伴侶が変わった目の持ち主だったのかもしれない。それならそれで良いのだが、この落ち着かない気持ちは一体何なのだろう。


 新月の目はただの遺伝。そもそも『屍人形』発動に魔力の高さは関係ない。では、これは些細な事ではないのか。ディリティリオが来ると聞いて、ちょっと過敏になっているだけかもしれない。


 そう思えば思うほど、不安が胸中に渦巻いていく。こうなって来ると、全ての事象に不審な眼差しを向けてしまう。


 例えば。


 ──フロガ家と何かと因縁のある、パゴス家のディリティリオがこのタイミングで日向にやって来るのは、果たして偶然と言えるのだろうか。



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