3.もう言わないから
「やばい、新歓が終わる」
入学式から数日に渡ってあんなにひしめきあっていたクラブ&サークルの勧誘ブースも、今や姿を消し、残るは名称と活動内容がイラストや写真と共に簡単に書かれた巨大パネルのみ。
並ぶ葉桜の木々の下、静かに連なっている。
「昨日の新歓ボーリングはまじで悲惨だったなー……、ボーリングのガーター率の深刻さ(自分のせい)!ハイタッチのノリが永遠に続く義務感への飽き!」
ひとしきり叫んだ後にパネルの波の前から踵を返し、私は今までに周ったアウトドアサークルを指折り数え出した。
「アウトドアーズ、キャンピングラブ、ネイチャーヒューマン、グランピング同好会……」
そして、更に周った『アウトドアも!』しそうなサークルを数えようとして、ため息をついた。
君はどこにいるんだろう。
学部も分からない、もしかしたら新歓の時期を過ぎてからサークルに入るのかもしれない。
あの新歓のざわめきがもう遠い過去のように、学内の雰囲気は見えない穏やかな風によって学生たちの足を日常へと進むよう促しているかのようだった。
私は場所を移す度、長身の人物はいないかと、目で未だ見ぬ君の姿を追っていた。
私はどうしたらいいのだろう。
18歳の私は、本来の28歳の私の姿を思い出していた。
君はね。
突然過ぎて閉じることもままならなかった私の唇に、キスをしたんだよ。
「あっ!また会ったねー!」
綺麗で切ない純愛映画のような一場面をぶち壊しにかかってきた呑気な声に、私の魂は18歳の自分に強制的に戻らされた。
「うわー」
「うわーって何、先輩に向かって」
「だって、本当に会いたい人には会えないのに、なんで」
「それにしても今日も大学生してるねぇ」
この慣れ慣れしい眼鏡の男子学生は、新歓初日に私に声をかけてきた『追Q』とやらのサークルの会長らしい。
「どういう意味ですか?!」
「髪も服もそれっぽくしちゃってさぁ、そのかかとが高い靴に妙に初々しさを感じる」
モカブラウンの肩上ワンカールヘアに、ジャケットの中は花柄キャミソールワンピ、そして太めではあるがヒールのベージュパンプスという姿なのを、あろうことかこの男に『慣れていない』と見透かされてしまったようだ。
「うっ、うるさいうるさい、あなたに用はないんでっ、それじゃあ!」
「はっはっはっ、でもどうせまた君に会いそうな気がするなー!」
私がもうぐるりと違う方向を向いているにもかかわらず、やつは逃すまいとするかのように声でつかみにかかる。
「無視しますからっ!」
「よかろう、それじゃあ君にクイズという名の呪いを仕掛けよう」
「はい?!」
「我が『追Q』は一体何を目指しているでしょーかっ?!」
「知らねぇーよーっ!!!」
これじゃあ、眠り姫に誕生日プレゼントという名の呪いをかける悪役の魔女と一緒じゃねぇかぁ。
「はいっ、ほいっ、はいっ、ほいっ」
もう日の光を遮る必要のない時間帯、こちらが見えないよう閉めきったミントグリーンのカーテンの向こう側から、謎のかけ声が聞こえる。
私が一人暮らしを始めたマンションは、学生が駅から大学に向かう『大学前通り』に沿うように立っており、部屋の真横では団体様大歓迎の居酒屋が賑わっていた。
こんな騒がしい場所を選んだのも、お父さんが娘の暗い夜道を心配してのことだった。
でも、良かったな……、静かだと、より一層暗い方に考え過ぎておかしくなっちゃうかもしれなかったから。
パタリと後頭部を枕に預け、腕で隠した目をつぶる。
「はいっ、ほいっ、はいっ、ほいっ」
ばからしい。
「はいっ、はいっ、ほいっ、ほいっ」
こんなとこまで追っかけてきた挙句に、会えないなんて。
「はいっ、ほいっ、しゅーりょー!」
会いたいな。
「お疲れ様でしたー!」
付き合ってみたかったとか、もう言わないから。