13.重要保存事項
午後8時、定刻通りに始まった『追Q恒例!夜間学内おにごっこ』。開始と同時に人生の迷い子みたいになってしまった私は、何の考えもなしにとりあえずこんもりと丸みを帯びている茂みと校舎の間に身を潜めていた。
とにかく逃げるしかないよね、逃げるしか……一人で。
「姐さん」
「わぁぁぁ」
完全に油断しているところにぬっと現れ出たのは、同学年なのになぜか私を姐さんと呼んで慕ってくる勝平だった。
「何よ、何、飴持って」
「走るのにチャージは必要ですからね」
薄い黄色とピンクがくるくる渦巻いている大きめの丸いペロペロキャンディーを片手に、もう額に汗を光らせている勝平。
「でも僕は見つかったら終わりなんで、主に隠れる戦法でいこうかと」
「賢明だと思います」
月は流れる雲に道を空けられているかのように、その美しい姿を晒し続けている。
「でもみんなとりあえず隠れるんじゃないの?」
「いや、足の速い方々は、じきに隠れることに飽きて鬼を挑発することを楽しみ始めるような気がします」
「相手、部長だもんね」
さわさわさわさわ。暗闇の中、風が遊び駆けるように葉の間を抜けてゆく。
「誰が足速いと思う?」
「うーん、そうですね。挑発と言えば莉子さんのイメージですけど、足はどうでしょう」
「なんか部長から見える遠くの方でスキップとかして見せて、つかまったらつかまったで『ウケる』って言って終わりそう」
「ですね」
遠くから、別団体の笑い声が微かに聞こえる。まるで夢の中にいるような不確かな空間。
「江藤くんはひょいひょい逃げそうですよね、足長いし」
「あ。あぁ、そうだね」
胸がきゅうとなった。
「どこにいるんだろ」
「え?」
「いや、みんな、どこに隠れてるものなのかなぁって」
私はいつの間にか、心臓が締め付けられるのに呼応しているかのように、ぐーの手をぎゅっと握り締めていた。
「勝平!私ちょっと、場所変える!」
「あ、はい!姐さん、お疲れ様です!」
誰よりも先に、江藤さんを見つけ出したい。
それで文句のひとつでも言ってやるんだ!
『部室で、一緒に逃げる?って聞かなかった?』って。
そうしたらきっと江藤さんは「俺、そんなこと言ったっけ?」を発動するんだ。
私なんて、江藤さんが言ったこと一字一句レベルで覚えてるんだから。
いつも、いつも、忘れるのは江藤さんの方なんだから!
いつ次の言葉がもらえなくなるか分からない私にとっては、全てが重要保存事項なんだよ。




