夏のはじまり雨上がりの朝
──午前五時。季節は夏のはじまり。雨上がりのまだ静かな街並みからは、小さな鳥たちのさえずりだけが聞こえる。
様々な家が立ち並ぶ、華やかな住宅街に一棟の古いマンションがある。
その七階建てマンションの一室は、ベランダの掃き出し窓が開けっぱなしになっていてカーテンもかけられていない。
部屋の中には一人の子供が床に敷いてある布団に寝そべり、タオルケットシーツに包まりながらシーツから頭だけを出してボーっと天井を見つめていた。
ベージュピンクのような明るい茶髪に、カモメみたいなアホ毛が一本生えていて。綺麗な紫色の瞳をした、顔立ちの整った可愛らしい見た目の男の子。
その子の名は源夏巳、まだ幼い八歳の小学三年生だ。
夏巳の部屋にはガムテープがビッシリと貼られた段ボール箱が山の様に積まれてあり、敷き布団の上で寝そべっている夏巳の周りを囲むように、その無数の段ボール箱は床に置かれていた。
子供用の勉強机にも埃が付かないようにビニールシートが掛けられていて、部屋はまるで物置小屋のようになっている。
カチカチカチ……(時計の秒針の音)
敷布団の上でタオルケットシーツに包まっている夏巳の枕のすぐ側には、目覚まし時計が床に置いてあり、その時計の針が五時三十分をさすと、ジリリリーンと大きなアラーム音が鳴り響いた。
夏巳はボーっとした顔をしたまま、タオルケットシーツの中から右手を伸ばし。
手探りで側に置いていた、五月蝿く鳴り響く目覚まし時計を探し当て乱暴に止め。
冷えた小さな手足をタオルケットシーツの中へそっと隠した。
開けっ放しの掃き出し窓からは、まだ冷たい早朝の風が部屋の中へ入り込む。
「うぅ……さっむぅ」
タオルケットシーツに包まってしばらくジーッとしていると台所から夏巳の母、
夏夜子が慌ただしく、朝食用のサンドイッチを作りながら夏巳を呼ぶ声がした。
「なっちゃん なっちゃん 起きたのー? もうすぐ出発の時間よー」
夏夜子と夏巳は瓜二つを二つに割ったように顔がよく似ているが、夏巳のように頭に変なカモメみたいなアホ毛は生えていなかった。
長い髪に白いリボンをつけていて、淡い水色のストライプシャツと白いデニムパンツがよく似合う、今時の若い母親だ
「うーん……」
夏巳は唸るように面倒臭そうに返事を返すが、台所にいる夏夜子には、その唸るような返事は全く聞こえていなかった。
本当は早く起きて着替えて、朝食をすませたら早々に、今住んでるマンションからもこの街から出て行かなくちゃいけないはずなのに、夏巳はまだ寝床から起き上がることが出来なかった。
「夏巳ー聞いてるのー?」
──チッ。朝からうるさいなぁ 母さんは。起きたくない!オレこのまんま布団の上でずーっとボーっとしてたい……!
布団の上でタオルケットシーツに包まったまま、ゴロンと寝返りをしながら夏巳は心の中で強くそう思った
「早く起きなさーい」
何度も何度も夏夜子から呼ばれた気がしたが、タオルケットシーツに包まったまま、ゆっくりと瞼を閉じて真っ暗闇な夢の世界へ。夏巳の意識は溶けるようにスーっと消えていった。