白くて甘い君に
JR新宿駅の東南改札を出て、開けた場所。よく路上演奏している人とかがいたりする。その片隅に俺一人。少しだけ屋根のある所から、大きな階段を見下ろして俺は待っていた。
自分の吐く息が白いし、降り積もり始めた雪で街は白く化粧されていく。まるで、ホワイトデーにいつもより少しオシャレしようと背伸びした俺を、一緒にめかしこんで後押ししてくれるみたいだ。
ホワイトデー。
どうしてホワイトデーと言うのかは知らない。バレンタインが聖バレンチヌスという昔の人由来で呼ばれる事は知っている。じゃあ、なんでホワイトデーはホワイトなんだ?謎だ。
どうでもいい事が浮かんでは散っていく。目の前が白に染められていったから、ホワイトデーの名前なんかが気になったんだろうか。
このところ暖かかったのに、急に真冬に逆戻りした今日は人も少ない。イベント日の土曜なのに、人通りはいつもの半分以下だ。
冬用のコートも仕舞い込もうとしていた所を、最後にもう一度袖を通す事になった。
高校の通学用で来ているダサい学校指定じゃない、あの人と並んでも恥ずかしくないようにバイトして買ったコート。少しでも、ガキ扱いから抜け出せるように。男として意識してもらえるように。
スマホに連絡が入って震えた。ラインを開くと、あの人から少し遅れるメッセージと、キャラクターのごめんねスタンプ。
土曜出勤で定時のはずが、上がる寸前に雑用を押し付けられたんだろうな。ったく、断れないって断りゃあいいんだよ、んなもん。なんであの人ばっかりいつもメンドイ事押し付けられなきゃいけねーんだよ。おかしいだろ。
嫌なことは嫌って断れ。面倒ごと押し付けられて黙ってんなよ。
俺が苛立ち交じりで言う度に、お人好しなあの人は少し困ったように笑って見せた。そうして、俺の頭を撫でる。
5年。たった5年遅く生まれただけで、あの人の中ではいつまでたっても俺は『近所の弟みたいな子』だ。
スマホを少しかじかんできた手で操作する。誤字りそうになって、いつもより返信に少しだけ手間取った。返信してスマホを仕舞うと、空を見上げた。暗い空から雪が降り続けている。
今夜は積もるかな。あの人、慌てて走ってコケたりしねーといいけど。
ネックウォーマーを口元に引き上げて、待つ。あの人は、スタバかどこか入って待っててというけれど、こんな寒い中、仕事で疲れてきたあの人を歩かせたくない。だから、俺はただ待っていた。
来年度から、後一か月ちょいで大学生だ。やっと制服から卒業出来ると思うと、心底嬉しかった。早く働いて社会人になりたいけれど、色々考えて進学にした。
電車が到着したのか、後ろの改札出口から一気に人が出てくる。雑然とした人にまぎれて、あの人も出てきた。
俺の前へ駆け寄るのと同時に、甘いアンタの香りが届く。
「っごめん!待ったよね。うわぁ、こんな寒い中ずっと待たせちゃってごめんね」
俺の顔を見るなり、慌てて謝ってくる。こんな雪の日にもスーツでスカートのアンタの方が、よっぽど寒いだろうに。
「私服なんだね。って、土曜日だもん、そうだよね。制服姿を最後にもう一度見られるかと思ったのに、残念」
笑って言うアンタが、少し憎らしい。やめてくれ。制服なんか着てたらいつまでたっても学生だって、ガキだって思い知らされてるみたいなんだ。
「それで、どうしたの?仕事帰りでもいいから、少しだけ話したいって。もしかして、大学進学の事で、何かあったの?やっぱり合わない気がしてきたとか?」
心配そうに俺の顔を見上げてくる。どこまでもお姉さんの顔だ。
「……違う。今日、何の日だよ」
普通、こういうのは女の方がすぐ気付くんじゃねーの?そりゃ、今年は貰ってねーし、小学生位のガキの頃以来アンタからのチョコは貰ってねーけどさ。
不機嫌そうに仏頂面してしまう俺に、細い首を傾げて見せる。サラサラと髪が流れて、白いうなじが見えた。
その、白くて細い首筋に、触れたくて仕方がない。
「えぇーっと、もしかして、ホワイトデーかな?で、でも、その」
どこか気まずそうに口籠る。その手を取って、小さな紙袋を押し付けた。
「ずっと、貰ってただろ。遅くなったけど、お返しだから。アンタに今まで貰ってきた分」
顔は見れなかったし、赤くなってるかもしれないけど、寒さのせいだって事にしてくれ。
「あ、ありがとう。ねぇ、手、すごく冷たいよ。ほんとは約束の時間よりだいぶ早く来てくれてたんじゃない?」
「別に、そんなんじゃねーし」
「そっか。じゃあ、私がコーヒー飲みたいから付き合ってくれない?」
そういって、アンタはまた俺の事なんざ意識してないって風に、姉弟みたいな距離感で俺の手を引っ張る。
他の奴には、こんな事しないでくれよ。俺の事、男だって意識してくれよ。いい加減、気付いてくれよ。
そう、想いを込めて、少しだけ手に力を込める。俺の手の中で、小さな手が少しだけ握り返してきた。
今までと違ったそれに、半歩前を歩く横顔を見ると、ほんのり赤くなっていた。