戦火の前夜
カツカツと階段を踏む音が静かな闇に反響する。
地下ホームへと通じる階段の中間あたりで腰を下ろしていた金次と兎市は降りてくる足音に気付くとすぐに警戒態勢へと移行した。
「まずいわね、下にはあいつらがうようよいるっていうのに・・・。上からもなんて」
兎市が頬の汗を拭きながらつぶやく。
「聞こえてくる足音は二つ。数での有利はない、でも地形でなら・・・」
金次が階段の影に隠れながら刀を構える。
・・・少しの沈黙のあとに金次の声が響く。
「今だっ!」
龍二と新田、シズクの三人は帰りの遅い砂波たちを不審に思い階段を使い地下のホームへと向かっていた
「さっきの話だがな」
新田が龍二に話しかける。
「さっきの・・・、光を食う獣なら失踪事件は起きないんじゃって話ですか?」
龍二が聞き返す。
「そう、それだ。あくまで光を主食としているのはさっきの小さい奴らだけだ。あいつらを指揮している親玉がいる・・・親玉には食事が必要なんだ。それもこの駅をまるまる影の中に落としたことを考えると、かなりのエネルギー消費のはずだ。どれだけの人間を食ったのかはそれだけでなんとなく予想がつく」
先行する新田の足が少し早くなったのを龍二は感じた。しかしその直後、新田の足がピタリと止まった。
新田は階段の中腹地点に目を向けていた。
「何か、いる・・・」
「奴らでしょうか・・・」
「分からない。だが気をつけろ。もし奴らだとしたら、ここは奴らのフィールドだ何をされるか計り知れない気を引き締めろ。俺が合図をだすそれに合わせろ」
「了解」
・・・少しの沈黙のあと新田の声が響く
「行くぞっ!」
刹那、新田の前に刀の切っ先が寸前で止まった。
「新田さん!?」
「金次かっ!?」
「そうか・・・。だがまあ、お前たちが無事でよかった」
龍二と新田は金次と兎市と合流したあと階段に腰を下ろし地下での出来事を聞いた。新田は不気味なほどに冷静に話を聞いていた、さっきまでの焦りの表情はもうない。ふー、と新田は息を吐くと龍二たちを見渡して口を開く。
「これから地上に上がって本部に救援要請を出すそれからは実働部隊にまるなげしよう」
新田の話に、兎市が反応する。
「砂波さんはどうするんですかっ!見殺しにする気なんですかっ!」
兎市の怒号に新田が静かに問う。
「兎市、お前のその怒りは一体どこに向いている?」
「ど、どこって。砂波さんを見捨てようとしている新田さ・・・」
「違うな」
兎市の言葉を切るように新田が口を開く。
「お前の怒りは、俺になど向けられてはいない。お前の怒りは獣に対してのものだ、過去の記憶、獣への憎悪を消せとは言わないが自らの行動も制御できない程の憎悪はいつか自分を喰らい尽くすぞ。・・・それに
ああ見えて砂波さんは強い実働部隊の到着までは持つだろう。それよりも今はここから安全に君たちを逃がすことが大切だ、まさか偵察任務でここまでの相手と遭遇するとは、結果的に君たちを連れてきたのは間違いだったかもしれんな」
新田の言葉に兎市はうつむいたまま喋らなくなった。
それから龍二たち階段を上り地上に出たあと本部へ連絡をしていた。
『ハァ〜イ、新田ちゃん。提示連絡が遅れたから心配してたけど大丈夫だったみたいねん』
「はい、まあ私達は無事なのですが砂波さんが地下で目標と交戦中でしてなるべく早く実働部隊を送ってもらいたくてですね・・・」
『あらん、砂波ちゃんが?それは・・・おっけ〜今送るわ・・・、ちょ、な、何じゃごゃらーッ!?新田ちゃんたちの頭上に高エネルギー反応を確認したわ!かなり巨大な獣が次元を割ってこちらの侵入しようとしている?・・・でもこんな巨大なもの、まさか』
「まさか、俺達の目標が目印になってそのデカブツを呼び寄せたってことでしょうか」
『次元断層の安定具合からして目印になっているのは間違いなさそうね。少しはそっちに送るけど日本支部総動員になるからなるべく早く目印の始末をお願いしたいんだけど・・・行けるかしら?』
「了解」
通信を切り新田が龍二たちを見回して言った。
「聞いてのとおりだ、これから俺たちは砂波さんの救出及びシャドーフィシュの討伐を行う。今回の任務はどう考えても君たち新人には荷が重すぎる、しかしこの状況で君たちをおいていくこともできない。よって
後方支援に絞り君たちを連れて行く。絶対に俺の前に出ないようにしてくれ」
「「「はい!」」」
龍二たち三人の返事の直後上空に大きな影が現れる。その影に新田の表情曇る。
「つッ、早いな。・・・いや、こちらが気付くのが遅かったのか。急ぐぞ!」
龍二たちは新田を先頭に階段を降り、ホームを奥に進んでいく。オレンジ色の非常雨用のライトは影を一層濃く作り出す。
龍二の足がピタリと止まる。
「な、何だ!?」
(た・・・けて、たす・・・て、だ・・か、・・・わたし・・・ころ・・て)
「一体なんだ、頭が、割れる」
『龍二っ!?どうしたのっ!?なにか聞こえるの!?』
シズクが全員に聞こえるように龍二に声をかける。新田が龍二に駆け寄り言った。
「典型的な、リンカーの初期症状だな獣に近いぶん奴らの声が聞こえるんだろう」
『龍二落ち着いて、私の声を聞いて!落ち着くのよ』
「あっ・・・ハァハァハァ。ありがとう、姉さん落ち着いたよ」
龍二は「すみません」と一言言うと新田たちとともに前に進み出した。
『龍二・・・あなたは強い子、私はそう信じているは・・・』
シズクは誰にも聞こえない声でつぶやいた。
奥に行くに連れて非常用のオレンジのライトの光が小さくなる。前も後ろも見えるのは約1mほどで一歩先は暗闇といった状況で龍二たちは進んでいく。
ガキンッ!
龍二たちの耳に金属の弾かれる音が聞こえる。
「良かった、まだ生きてるみたいだ」
新田が安堵の声を漏らした、次の瞬間龍二たちの横を人影が後方へと飛んでいく。
ガリリリリリリリッ
線路の下の砂利が掘り返される音が後方から聞こえてくる。
「いたた、油断した」
コツコツと足音が近づいてくる。「ふ〜、危ない危ない」と砂波が土を払いながら歩いてくる。
「どうして戻ってきたんだ、と聞くのもやぼか・・・。上は誰に任せたんだ、新田?」
砂波の質問に新田が顔色を変えずに答える。
「1・2番隊と隊長数名と言ったところです」
「ならまあ任せて良さそうだな・・・、行くぞ、お前らちゃっちゃと終われせて帰ろうか」
新田が無言で砂波の横に立つ。
新田が前髪を上にかき上げるとその腕には赤く光る小手が現れていた。
「兎市、金次。武器を抜け。龍二はシズクに合わせて俺について来い」
砂波の言葉に後ろに立っていた龍二たちの緊張感が一気に底上げされる。
「さあ、反撃開始と行こうか」
がチンッ 砂波の刀が砂利にぶつかり小さな火花が出るとともに全員が動き出した。