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ヒダマリノハナ

そこにあるのは、純粋な愛。

ただ、それだけだった。

 フルールと呼ばれている森のなかにある湖の畔にぼくは住んでいた。

 この森は一年を通して、森のいたるところにたくさんの花が咲いている。とくに、春から夏にかけて咲く色とりどりの花たちが森をいっそう華やかにした。

 ぼくの好物は花である。美味しそうな草や葉っぱがあればもちろん食べるのだけれど、それよりも、いい香りがする愛らしい花を探すことが、ぼくの毎日の楽しみだった。

 行く先々でにっこりとぼくに頬笑みかける花たち。花と目があったときは小さな鼻を近づけて、くんくんと香りを嗅いだ。それがぼくにとっての花たちへの挨拶だった。

 くすぐったさにくすくすと笑う声が聞こえる。気に入った花に出逢うとぺろりと舌を出し、花びらを口に含んで味わった。




 ある日の昼さがりのことである。

 いつものようにお気に入りの花を探していたとき、ぼくの長い両耳がぴくりと動いた。どこからか美しい歌声が聞こえてきたのだ。惹き寄せられるように歌声のほうに近づくと、花園の真ん中にひだまりの空間があり、それはそこから響いていた。


 マリア 花のマリア

 虹色の羽に恋して

 マリア 花のマリア

 あなたの瞳に恋して


 ここに、こんな花園があっただろうか。そう思いながらひだまりのなかへと進んだ瞬間、陽の光が舞う花びらのように、ぼくのからだをふわりと包み込んだ。そよぐ風がぼくの長い髭とまつ毛をもてあそぶ。

 ここはどこだろう。優しさに満たされているこのひだまりは、いったいなんなのだろう。初恋をしたあのときのように、心の奥が締めつけられるのはなぜだろう。どうしようもなく甘酸っぱい気持ちになるのだ。


 ーーそれは恋をする、花のマリアの世界だった。


 恋する花が、こんなにも美しいだなんて知らなかった。

 うっとりと眠気を誘うような甘い香りをただよわせながら、ひだまりのなかで(たたず)む一輪の花。花びらを何枚もかさねて着飾っている姿は、薔薇の花のように華やかで艶めいており、ダリアの花のように凛としていた。彼女を包む周囲の空気だけが、ほんのり熱いような気がする。

 ずっと見つめていたい。この美しさをいつまでもこの瞳に焼きつけていたい。

 ぼくは歌声の(あるじ)に近づいた。

「すてきな歌だね。きみはマリアというの?」

「ええ」

「ぼくはトム。また来てもいいかい?」

 マリアはこくりとうなずいて、(あで)やかに頬笑んだ。




 次の日の朝、ぼくは花探しの散歩を忘れて、マリアのひだまりへと駆け足で向かった。

「こんにちは!」

「こんにちは」

 マリアがぼくを見て頬笑む。

 マリアに会えたぼくは嬉しさのあまり、彼女のまわりを飛び跳ねながらぐるぐるまわったりして、つい落ちつきのないところを見せてしまった。

 照れくさい気持ちを隠すように、咳払いをしてからマリアのとなりに腰かけ、花を食べることが好きなことや、散歩のときに必ず立ち寄るお気に入りの場所、帰り道にいつも考えていることなどをマリアに話した。

 マリアがぼくの話を楽しそうに聞いてくれるので、うっかり飛び跳ねてしまいそうになるのを必死にこらえる。

「ぼくは美味しそうな花を見つけると、すぐに食べてしまうんだ。だけどね、マリア。きみはあまりにも美しいから、食べるにはもったいないよ」

 だって、ずっと見つめていたいから……。

 ぼくはひだまりのなかでマリアを見つめ、彼女がなにを思い、なにを感じているのかを考え、それを楽しみ、ときおりマリアがこちらをふり向くと、ぴくりと片耳を動かして挨拶をした。

 すると、マリアはあの歌を歌いはじめるのだ。


 マリア 花のマリア

 虹色の羽に恋して

 マリア 花のマリア

 あなたの瞳に恋して


 マリアにすっかり夢中になってしまったぼくは、魔法にかけられたように彼女のひだまりへと毎日通い、このまま時間が止まればいいのにと、心のなかでひっそりと願った。




 なかなか眠りにつくことができない夜、木の葉の隙間から届くわずかな月の光をたよりにして、ぼくは花園を目指して歩くことにした。花園の花たちもマリアも、今はきっと眠っていることだろう。起こすつもりはないけれど、マリアのそばに行けば眠れそうな気がしたのだ。

 ふくろうの仲間を呼ぶ声。動物たちの寝息。虫たちのささやき。自分の足音。あらゆる音がぼくの耳に届くなか、空耳だろうか。花園のほうからマリアの優しい歌声が聞こえてくるのだ。マリアの歌を毎日聴いているから耳に残っているだけなのだろうと思っていたけれど、その声は確かに花園につづく道から聞こえてくる。

 そして、夜の花園にたどり着いたとき、ぼくは目の前の光景に目を奪われた。暗闇のなかで、ひだまりの光に包まれているマリアがいたのだ。その姿は夜空から舞い降りた光の天使のように、それはそれは美しいものだった。

「マリア?」

「トム? 眠れないの?」

「うん。マリアも眠れないの?」

「わたしは眠らないの」

 どうやらマリアは不思議な力を持っているらしい。マリアのいるひだまりの場所だけが、どうしてなのか雨が降ることも夜が来ることもない。それなのに、マリアは枯れることなく美しいままなのだ。




 しかし、その日はとつぜんやってきた。

 湖の水で乾いた喉をうるおしていた朝のことだった。湖に映る景色にふと違和感を感じて空を見あげると、今までに見たことのない黒く厚い雲が浮かんでいた。遠くのほうでは雷鳴が(とどろ)いている。

 ただならぬ空気を感じたぼくは、気がつくと、マリアのもとへと一目散に駆けだしていた。

「マリア!」

 美しい歌声もひだまりも消えていた。花園の真ん中で、薄暗い闇に覆われているマリア。彼女の身を飾っていた花びらが、一枚、また一枚と、どんどん枯れ落ちていく。

 まるでマリアの涙のように、ぽつりぽつりと降ってきた冷たい雨。マリアの悲しみは花園だけではなく、森までも呑み込んでいった。

「ああ、アルフレッド。どうしてなの……」

 マリアは俯いたまま弱々しくつぶやいた。

 ぼくは花びらを落としつづけるマリアに寄り添い、そっと訊ねた。

「アルフレッド?」

「ええ。虹色にきらめく羽をお持ちのお方よ」

 マリアはアルフレッドとの話を少しずつ語りはじめた。




 マリアには恋人がいた。

 彼の名はアルフレッド。虹色にきらめく羽を持つ、美しい蝶である。アルフレッドが散歩の途中、休憩のために立ち寄った場所がマリアの頬だった。

「うふふ。くすぐったい」

 アルフレッドが羽を静かに休めていたとき、嬉しそうにマリアが頬笑んだ。

「今日のきみはいつになく美しいね」

 アルフレッドが言った。

「お世辞なんかいらないわ」

「お世辞じゃないよ。ずっと前から、きみだけを見ていたんだ」

 マリアの頬がほんのりと色づく。

 それが彼らの出逢いだった。


「ねえ、あなた」

「なんだい?」

「わたしもこの花びらを動かせば、あなたみたいに舞うことができるかしら?」

 アルフレッドの虹色の羽が作る、やわらかな風を頬に感じながらマリアが訊ねると、アルフレッドが目を細めて優しく答えた。

「やってごらん」

 マリアは言われるがままに挑戦してみたが、風に頼ってみても、花びらをはためかせることはできなかった。

「ねえ、あなた」

「なんだい?」

「もしも生まれ変われるなら、あなたと同じ蝶になりたいわ。そうして、あなたといっしょにこの森のなかをお散歩するのよ。いい夢でしょ?」

 うっとりと目を閉じたマリアは、自分の頬で羽を休ませるアルフレッドにそっと身を預けた。

「いい夢だね。そのときはエスコートしよう」




 マリアの意識がこちらに戻ると、彼女が降らす悲しみの雨がいっそう強くなった。このままでは森が消えてなくなってしまうのではないかと不安になったが、それ以上に、ぼくはマリアを失うことを恐れた。

「マリア……」

 ぼくになにかできることはないだろうか。きみの心がぼくを向いていなくても、ぼくはきみのことが世界で一番好きだから。もう一度きみの頬笑みを見つめながら、きみの歌声を聴きたい。きみのとなりは居心地がよくて、そばにいるだけで癒されるんだ。

 そう、ぼくはマリアに恋をしていた。

 けれど、マリアの身を飾る最後の花びらがぼくの頬を(かす)めたそのとき、重大なことに気づいてしまった。


 ーーぼくはマリアのことをまだなにも知らない……!


 ああ、マリア。きみのことを知りたかったはずなのに、きみのとなりにいることに満足して、ぼくは自分の話ばかりをしていた。だれかに恋をしていることは知っていたのに、それを認めるのがこわくて、ずっと目をそむけていた。マリアのことをなにひとつ知ろうとしなかった。

「マリア……! ぼくがアルフレッドを探すよ。必ずきみのところへ連れて帰ってくるから!」

 マリアがこくりとうなずいたのを確認してから、ぼくは勢いよくその場から駆けだした。




 雨降る森のなかを駆けまわった。忙しなく駆けまわるぼくの姿を、森の仲間たちが心配そうに見つめている。どこを探せばいいのかわからない。けれど、じっとなんかしていられない。

 走れば走るほど泥水が跳ねてきて、ぼくはみるみるうちに泥まみれになった。次から次へと落ちてくる冷たい雨が、ぼくのからだをどんどん重くしていく。

「おひさしぶりね、トム」

「雨が降ってきたわね」

「あら、あなた泥だらけになっているわ!」

 声をかけてきたのは小さな白い花たちだった。

 マリアと出逢う前、ぼくはよくこの辺りに来てお気に入りの花を探していた。花たちは雨のなかでさえ、ぼくの髭にくすぐられるのを今か今かと楽しみにしている。

「ねえ、きみたち、蝶を見かけなかったかい!?」

 いつもと様子の違うぼくに花たちは戸惑った。

「蝶のお方ならいつも見かけているわよ」

「青いお方、黄色いお方。ほかにもいっぱい」

「あなたがお探しの蝶はどのようなお方?」

 いっせいに答えてくれる花たちの言葉を聞きもらさないように、ぼくは両耳をいつになくピンとのばした。

「ぼくが探しているのは、アルフレッドだ。虹色にきらめく羽を持っているらしい」

「まあ、なんてことなの」

 ふたたび、花たちはいっせいにざわめいたが、親切な花が大きめの声で教えてくれた情報をぼくは聞き逃さなかった。

「彼をお探しなら、精霊さまのところへお行きなさい。間にあえば、きっと会えるはずよ」

「わかった! ありがとう!」



 精霊さまはこの森の中心にある大樹に宿り、森に住むぼくたちを加護していると言われている。精霊さまが願いごとを叶えてくれるという噂があるけれど、だれかが精霊さまに会ったという話はまだ聞いたことがなかった。

 いったいどれほどの時間が経ったのだろう。走っても走っても、ちっとも前に進んでいる気がしないし、何度も同じ場所を通っているような気がする。道に迷ったのだろうか。そんなときだった。

「お困りのようだね。トム」

 話しかけてきたのは大きくて立派な角を持つ、鹿のランディーさんだった。

「ランディーさん!」

「きみのことが心配でね、後を追いかけてきたんだ」

 そう言うと、ランディーさんは優しく頬笑んだ。

 ランディーさんの角には、森の落し物がたくさん飾られていた。花びらやふくろうの羽根、人間が落としていった小さくてきらきら光る輪っかもあった。

 きっと、彼はこの森のことを隅から隅まで知っているに違いない。

 ぼくは精霊さまのところに行きたいことをランディーさんに伝えた。

「なるほど。精霊さまの聖域はかたく守られていてね、そう簡単には入れないようになっているんだ」

「そんな……」

「あきらめないで、トム。途中までわたしがいっしょに行こう。たどり着けないわけではないから」

「方法を知っているの?」

 ランディーさんがこっちにおいでと言うので、降りつづける雨のなかを一緒に歩いた。しばらくすると、ランディーさんが立ち止まったので、ぼくも立ち止まる。そっと彼を見あげた。

「この道を、どんなことがあっても前に進みつづけるんだ」

 ランディーさんはぼくたちの目の前にある一本の細道を示した。うすい霧に覆われて、左右に生い茂っている樹木の枝が、トンネルを作るように上の方で複雑に絡まっている。まるでどこか妖しい世界へとつづいているような、なんとも奇妙な道だった。

「どんなことがあっても?」

「そう、どんなことがあっても。ひとりで大丈夫かい?」

 ぼくは大きくうなずいて、ふたたび走り出した。 




 奇妙な道はどこまでもつづいていた。

 どれほどの時間が過ぎたのか、どれほどの距離を走ったのか、まったくつかめない。果てしないような気がした。このままたどり着けずに、妖しい空間のなかにひとり取り残されてしまうのではないかと、ひどく不安になる。精霊さまへの道のりがこんなに大変だなんて思いもしなかった。

 アルフレッドは今、どうしているのだろう。もう精霊さまには会えたのだろうか。そもそも、どうして彼はマリアを置いて精霊さまのところに行く必要があったのだろう。マリアは大丈夫だろうか……。

 ひゅうっと冷たい風が吹いた。泉のように湧いてくるぼくの不安を(あお)るように、木々のざわめきと雨の音に混じって、何匹もの狼の遠吠えが遠くのほうから聞こえてくる。恐怖のあまりその場で立ちすくんでしまったぼくは、後ろ足を地面に叩きつけて、こわい気持ちを無理やり追い払おうとした。

「どんなことがあっても、前に。どんなことが、あっても……」

 両目に涙を溜めて、体をぶるぶる震わせながらランディーさんの言葉を何度もくり返していたとき、ぼくの両耳がぴくりと動いた。どこからかマリアの歌声が聞こえてきたのだ。


 マリア 花のマリア

 虹色の羽に恋して

 マリア 花のマリア

 あなたの瞳に恋して


 どうして? マリアは今、あの場所でぼくとアルフレッドの帰りを待っているはずなのに。アルフレッドが帰ってきたのだろうか。だから、また歌いはじめたの?

 頭のなかであれこれ考えを巡らせていると、目の前にマリアと虹色の羽の彼ーーアルフレッドが、霧が晴れるようにすうっと現れた。仲睦まじく見つめあうふたりは、お互いに愛をささやいていたが、ふとマリアがぼくに向けた視線は氷のように冷たかった。まるで邪魔しないでと言っているかのようだった。

 ぼくが入る余地なんてどこにもない。ぼくはマリアに近づいてはいけないのかもしれない。もう帰ろう。ぼくがいないほうが、マリアは幸せなんだ。ふたりの邪魔をしてはいけないんだ。

 来た道を戻ろうとしたとき、ランディーさんの声が頭のなかに強く響いた。


 ーーどんなことがあっても前に進みつづけるんだ。


 どんなことがあっても……。

「そうか! これはまやかしだ!」




 とつぜん眩しい光が差し込み、視界がひらけた。

 エメラルド色に染まる神秘的な泉が現れ、そのなかから一本の大樹が静かにぼくを見つめている。

「トム」

 透きとおる(うるわ)しい声がぼくを呼んだ。

「よくがんばりましたね。この場所には、意志の強いものだけが入れるのです」

 それは他ならぬ精霊さまの声だった。はっとしたぼくは、急いで訊ねた。

「精霊さま……! アルフレッドがこちらに来ていませんか!?」

「ごらんなさい。あなたの足元にいますよ」

 足元を見ると、虹色にきらめく一匹の蝶が、羽を開いたり閉じたりしながらもがき苦しんでいた。なぜなのか、彼の片方の羽が千切れてぼろぼろになっているのに、最後の力をふり絞って飛び立とうとしていた。その光景は美しくも儚いものだった。

「こんなに傷だらけになって、なにがあったの?」

 ぼくはアルフレッドの羽に頬を寄せ、祈るように目をつぶった。

「帰ろう。マリアが待っているよ」

「ぼくはもう、動けないようだ……」

 アルフレッドが力なくつぶやいた。

「精霊さま! どうかアルフレッドを助けてください!」

 ぼくは大樹に向かって祈るように叫んだ。

「トム。わたくしには傷を癒す力はありますが、天が定めた命をのばす力はないのです」

「そんなっ……!」

 精霊さまなのにどうして! そう口を開きかけたときだった。

「トム……。どうかマリアに、伝えてくれないか……」

 最後の力をふり絞って語るアルフレッドの言葉に、ぼくは涙を流しながら耳を傾けた。




 気がつくと、先ほどまで降っていた冷たい雨は、花びらが降るような優しい雨になっていた。

 アルフレッドのことをどのように報告すればいいのだろうと考えながらマリアに近づいたとき、「彼の匂いがするわ」と、花びらを落としたマリアが小さくつぶやいた。

「ねえ、もっと近づいて。その頬をわたしに寄せて」

 ぼくは戸惑いながらも花びらのないマリアの頬に、泥だらけの頬をぴたりと寄せた。

「ああ、アルフレッド……」

 つらそうに目を閉じるマリア。そんな彼女の姿を見て、ぼくの胸がきゅうっと締めつけられる。

「マリア……あのね、アルフレッドは」

「いいのよ。すべて知っていたわ」

「え?」

 ぼくはきょとんとして、両目をぱちくりとさせた。

「彼はね、怪我をしていたの」

 傷を負い、アルフレッドの命がもう長くないことに気づいたマリアは彼にお願いをした。どうかわたしの頬で安らかに過ごしてほしいと。けれど、アルフレッドは大樹に宿る精霊さまが傷を治せるのではないかと一縷(いちる)の望みを抱き、出発したのだ。しかし、彼は息絶えてしまった。

「だめだったのね。ところで、それはどうしたの?」

 いつの間にかぼくの首をふわりと包んでいた虹色の布を、マリアはまじまじと見つめた。

「美しいわ。まるでアルフレッドの羽のよう」

 ぼくはその布を首からほどいた。すると、そのなかから安らかに眠るアルフレッドの亡骸が現れたのだ。傷だらけになっていた彼の羽は美しく(よみがえ)っていた。

「まあ!」

 次の瞬間、ぼくとマリアのあいだに優しい風が吹いた。枯れ落ちたはずの花びらが風にのってふわりと舞いあがり、なにごともなかったかのようにマリアの身をふたたび飾る。降っていた雨はあがり、ぼくたちはあたたかなひだまりに包まれた。

「もう会えないと思っていたわ。本当にありがとう」

 そう言うとマリアはゆっくりと空を見あげ、眩しそうに目を細めた。

 そこにはアルフレッドの羽と同じ、虹色の空が広がっていた。




 ーーきみは美しい。きみの甘い香りとその歌声に、ぼくはふたたび惹き寄せられるだろう。むしろ、ぼくが花になってきみのとなりに咲きたいくらいだ。いいや、大地になって、きみを守りつづけよう。マリア。


 ぼくが伝えたアルフレッドの最期の言葉をいつまでも心に抱き、マリアはひだまりのなかで歌いつづけた。やわらかな旋律と優しい歌声は、夢と希望を光で包んでいるようであり、天に祈りを捧げているようでもあった。

 歌うことに満足したマリアのひだまりには、次第に夜が来るようになった。やがて、彼女はみずから花びらを一枚ずつ落としていき、花としての一生を終えた。

 最愛の恋人、アルフレッドにまたどこかで逢えると信じて。

 



 ゆらり 空を見あげて

 あなたを想い 祈りを捧げる

 ひだまりのなかで いつまでも

 歌いつづけるわ ラララララ


 雨あがりの空 おひさまと

 虹の光に 包まれて


 ふわり きらめく羽が

 わたしの頬を 優しくかすめる

 花びらを 風にのせて

 飛んでみたいわ ラララララ


 耳を澄ませば 愛おしい声が

 目を閉じれば あなたがいる


 雨あがりの空 おひさまと

 虹の光に 包まれて


 ラララララ




 花たちの歌声、小鳥たちのおしゃべり、蝶たちの優雅な舞い。フルールの森のなかの花園で、幾度となく繰り広げられる美しい宴。

 ある日の雨あがりのことだった。花園に一輪の美しい花が咲き、それを祝福するかのようにひだまりが現れ、彼女を包んだ。

 二匹の蝶が仲よく並んでひだまりのなかから虹色の空へと飛んでいく様子を、ぼくは姿が見えなくなるまで見つめていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

アルフレッドとマリアの出会いは、一番最初に投稿した【優しい雨】という作品にもさり気なく登場しますので、そちらもご覧いただけますと嬉しいです。


余談ですが、マリアの唄にはメロディーもございます。

動画の制作も検討しておりますので、いつか皆様にシェアできればと思います。

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