弱いマッチョもいるんだぞ
ここは人がくたばっても無限に生き返るファッキンワールド。
バトル中の俺は、今まさに死を迎えようとしていた。エンドレスに襲い掛かるクレイジーな連中。そう。勇者とそのツレどもの手によって。
他人の家に無断進入してツボや木箱を壊し、中の金品を持ち去ったりするあの勇者だよ。古今東西で有名だろ?
俺達はどうやら、勇者から永遠に殺され続けるという、逃れられない運命にあるらしい。
慣れたけどな。不本意にも慣れきっちまったけどな。
「青さん、早く赤さんに回復を!」
かったるい指図が耳に届いた。真面目だな。俺の兄弟は。
「黄色。肩の力抜け。どうせ負けるに決まってんだから頑張る必要なんてねえよ……グッハー」
俺の胸から突如ロングソードが生えてきた。勇者が背中に突き刺してきたものである。ごぼぼぼぼっと血がシャンパンのように吹き出す。グロい。その先にある俺の手足が、光の粒子に変化していく。
次の瞬間には闇の中にいた。再び生き返るまでの間を過ごす天国っぽい場所だ。
何も無い死後の世界だが、俺はこのふわふわした空間が気に入っている。母胎の中にいるっぽい感じがして。母胎にいたときのこと知らねえけどな。
鼻をほじくり待つこと数秒。赤いパンチパーマ、黄色いパンチパーマと、次々と怪しい髪のマッチョな男たちがやってくる。頭のおかしいショーダンサーとかではない。勇者たちに殺された俺の兄弟たちだ。
「青殿。いくらなんでも、三ターン連続で『ようすをみる』とはいかがなものでござろう」
「そうですよ青さん。回復役のあなたがそのように天の邪鬼な態度では、我々の士気も下がってしまいます。もう少し意気込みを……」
「うるせえやかましい。俺に指図するんじゃねえ。俺に要望があるなら土下座しながら口に出せ。そしたら考えてやらなくもねえがなっ」
「やれやれ。自分のやりたいことだけをやって、仲間の意見は何も受け付けない。まるで暴君ですね。子供ですらあなたより協調性がありますよ」
暴君。いいねえ。強そうで。なってみてえよ。顎先くいっと上げながら「蹂躙せよ」とか言ってみてえ。かっこいい。ていうかそんなことより、黄色の鼻にかかった声がきっしょい。背中がかゆくなってきた。「やい黄色。てめえのその丁寧な口調キモいんだよ。マッチョのくせして真面目ぶってんじゃねえバカあほ死ね」あ、今おれら死んでるか。
「青殿。筋肉質と性格は、あまり関係が無いと思うのでござる」
「うるせえ。腹が六つに割れてる奴に真面目な奴なんているわけがねえ」
むちゃくちゃなこと言ってるな俺。世界のどこかにゃシックスパックの勉強家とかいるかもしれねえじゃん。
「あら、あたしは黄いちゃんの正しい言葉使いが好きよ」
赤色や黄色に続き、ピンク色のパンチパーマという存在するだけで周りの網膜を痛めるマッチョが現われた。
「オカマの意見なんざ聞いちゃいねーんだよ。次に俺の許可無く口開いたら宇宙の果てまで蹴り飛ばすぞ」
「おお怖い。でぇも、荒れてる青ちゃん、かっこよくってゾクゾクするわん」
ピンクのパンチパーマが、俺に向かって舌なめずりをしながらウィンクしてきた。蛇に求愛されたかのように感じられて、尻の穴が自然と引き締まる。
「てめえやっぱりこの場で一回死なす。死んでるけどさらに死なす」
俺が右こぶしをピンク色の顔面に打ちこもうとした瞬間、緑色のパンチパーマ男が立ちふさがった。
「兄弟喧嘩は感心せぬ。桃を殴るのならば我輩を殴るが良い」
「是非も無し」俺はそのまま、緑色の顔面を打ち抜こうとした。だが、こぶしは鼻先ではじかれた。固い。大木を殴ったかのような感触だ。殴った俺のゲンコツのほうがびりびりと痺れる。
「こんにょっ! こんにょっ!」
ぺし、ぺしと、俺の一撃必殺かもしれないブローが緑色の顔にヒットする。だがやつは眉一つ動かさない。当然だ。眉毛はえてないからな。
ああわかってるとも。俺はマッチョなのに非力です。腕力が子犬並みの主人公はお嫌いですか?
「いい加減に落ち着きなされ」
そんな俺の尻を、赤いパンチパーマのマッチョがつねってきた。ペンチの先で挟まれたかのような激痛が、尻から頭まで駆け抜ける。
「いちゃいっ! あわわ、わかったって。それ以上つねるんじゃねえよ赤色! 尻がちぎれりゅう!」
俺が脅しつけると、赤色はすぐに指を離した。ふん。ヘタレ野郎が、この俺にびびってやがる。ヘイヘイヘイ。ホワッホゥ。ガッデム!
なにはともあれ、これで全員そろった。つまりは全員、勇者達に殺されたってことだ。
俺たちは街の酒場を根城にしている五人兄弟の盗賊団。
赤いパンチパーマは、最も攻撃力が高いアタッカー。言葉遣いはサムライっぽいが、戦いは素手だ。刀ねえのかよバカ。
黄色のパンチパーマは、攻撃魔法を使える。強力な爆裂魔法だ。ただし発動したことは一度も無い。MPが足りないからだ。戦う時は杖で殴りかかるスタイルだ。ちなみにMPってのはマジックポイント。魔力だ。マヌケポイントとかではない。
ピンクのパンチパーマは、ウィンクで敵を同士討ちさせるという凶悪な技を持っているオカマだ。この技は時々相手を石化させることもある。敵だけではなく味方から見ても怖い奴だ。
緑の……以下略。体力のある頑丈な盾役。言葉使いも固い。備考として、健康体なのに眼帯をしている。怪我をすることに憧れてるらしい。軽度の変態だが、特に害は無い。
そして青い俺は回復役。なぜかポケットからどんな怪我も直す薬を無限に取り出すことができる。
俺たち五人の兄弟は、身長、体重、足のサイズから利き手まで全てが同じだ。全員そろって逆三角形の体をしており、違うのは髪の色だけ。帽子を被りパンチパーマを隠せばコピーしたかのようである。忌々しいったらありゃしねえ。
「やだ。青ちゃんの視線、体の芯が熱されるわあ」
ただ、ピンク色だけはいつも化粧をしているのでわかりやすい。ファンデーションがくっせえし。
「そのまま熱で死ねおらぁ」
ムカついたので回復薬をぶつけると、ピンク色の化粧が全て落ちた。俺の回復薬は、怪我を治すだけじゃなくて汚れを落とす効果もある。オカマの厚化粧なんざ一撃だ。これでピンク色も俺らと同じ顔よ。ざまあみろ。
「ちょっとお。なにするのよお」
「戦闘中もそのくらい気前良く回復薬を使ってくれたら嬉しいんですけどね」
黄色の三白眼が俺をジロリと睨む。目つき悪いなこんちきしょう。
「あのなあ。バトルなんて時間の無駄って気付いてんだろ。勇者がこの酒場にやってくると、俺達全員、便所、山道、下水道、どこに居ようと召喚される。お決まりのセリフを交わして戦いになり、大抵は殺されてあの世行きだ。たまーに勝っちゃう事もあるが、勇者もすぐ強くなり戻ってくるから絶対やられる。んでもって、痛い目みて全滅して生き返った後も、また別の勇者が襲い掛かってきて殺される。その繰り返しさ。もういいだろ。もう十分だろ。無駄に足掻いたってしょうがねーだろ。頑張って戦わなくてもよ。どうせ俺達全員、勇者に殺されて死に続ける運命なんだから。さくっと殺されてうまいメシ食って気ままに酒を飲む。たまに街に行って女を買う。ダイ&エンジョイ。このループをいい加減受け入れろや」
俺が身振り手振りを交えて怒鳴っても、マッチョどもの反応は鈍い。すまし顔で化粧を直し始めたピンク色がイラつくので、とりあえずもう一発回復薬をぶつけておくおらぁ。
「手抜きでいいんだっつーの。バカ正直に戦って勝っても、奴らはゾンビのように何度でも向かってくる。無駄に足掻いてどうすんだ。痛みが長引くだけだろよお。さっさと負け死んで、こうして酒場でのんびり過ごしたほうが良いに決まってるじゃねえか。違うかあ? 俺なんか間違ったこと言ってるかあ? ああん?」
「……やれやれ。青殿は後ろ向きでござるなあ」
「我輩は戦の刹那にこそ生を感ずる。奮闘無き死を傍観するのは承服しかねる」
赤色や緑色は俺の意見に反対っぽい。黄色と同じくバトル頑張ろうね派のようだ。こいつらはいいよなあ。コンビネーションがハマれば時々は勇者達をボコり倒せるしよ。俺は回復しかできないんだもん。やる気でねえよ。地味すぎて。
「あたしは青ちゃんの考え方も好きよん。とっても合理的で」
「おっ、話がわかるなカマ野郎」
「でも、他のみんなが真剣に戦いたいっていうのなら、あたしはそっちにつくわ。勝つために努力する男子ってス・テ・キ」
「男子ってなあ。全部テメエと同じ顔だろ……。ああもうっ」
とにかくこれで四対一。多数決という数の暴力に飲まれた瞬間だった。とりあえず八つ当たりだ。黄色に全力で回復薬をぶつけておくおらぁ。
「それで黄いちゃん。あなたは青ちゃんが賢く立ち回れば、勇者達にも勝ち続けられる。そう考えてるのかしら」
「……勝ち続ける、というのは不可能でしょう。勇者一行を全滅させても、武装をグレードアップした後、再び向かってくるだけですから。ただ、勝ちやすくするために戦術を練る余地はあります。各自が好きに戦っている現状よりは、はるかにましになるはずです」
「具体的にはどうしたいのでござるか」
「そうですね……お金は余るほどあるのだから、なんとかしてこちらも武装を整えるとか……」
「それは過去に挑戦して徒労となった策でござるよ」
赤色の言う通りだ。この街にある武器屋と防具屋の装備は全員が既に試した。色々と知恵を絞った結果、戦力アップになったのは黄色の杖だけだったのだ。別の街まで買いに行くにも距離があり、移動の途中で勇者が酒場に来ると強制召喚されて、酒場まで戻されてしまう。俺達は他の街には行けない運命なのだ。
建材で武器を自作=召喚時になぜか失われる。酒場に落とし穴を仕込む=バトルになると床が崩れなくなる。酒場の酒で火炎瓶を作る=アルコール度数が足りなくて狙ったように燃えない。
黄色はその後も武装する方法をひとり提案してきたが、全ては過去に試した戦術の劣化案だった。
そろそろいいだろ。俺はテーブルに両手を叩きつけた。はい。もうおしまい。
「な。無駄骨を折るだけだって。難しいこと考えんな。さくっと楽に負けたほうが苦しまなくて済むんだぞボケども。いい加減学べ」
靴の裏のような顔をした四バカに向けて、回復薬を投げておいた。こいつらの要領がもっと良くなりますよーに。
さて。話もまとまったところでメシでも食ってきますか。
俺は隠し扉の奥にある宝箱を開けて、中から金貨を掴むとポケットにねじこんだ。
「その金貨って、いくら使っても無くなりませんね」
「んあ?」
「我々って、盗賊なのに盗みをしたこと無いですよね。それなのに、宝箱は常に金貨が詰まってる。どういうことでしょう」
黄色が投げつけてきた疑問。それに対して、俺は答えることができなかった。
……確かに不思議だ。俺たちは盗賊団であり、勇者に退治されると、死ぬ前まで時間が巻き戻る。そんな生活を延々繰り返してきた。盗賊を名乗っているのに、何かを盗んだ記憶が一切無い。まさか勇者に殺されると金貨が増えるなんて謎仕様じゃあないだろう。
てことは、死ぬと生き返るだけじゃなくて、酒場の中にあった物も元に戻る。
なんだあ? 時間そのものもループしてるってことか?
ダメだ。頭が痛くなってきた。話がややこしすぎる。
「私はもっとこの問題を突き詰めて考えるべきだと思います。我々の過去や現在だけではなくて、未来にも関わる重要なことですよ」
やれやれ。いつもうざい黄色だが、今日はやけにしつこくて鼻につく。
「過去ねえ。いい女は過去を振り返らないものなのよ」
「……ピンクさん。そうは言いますけど、あなたの過去の記憶ってどのあたりまでありますか?」
「えっ? あたしは……はっきり覚えてないわ」
「ここで盗賊として生活を始める前って、どこまで覚えていますか?」
黄色の質問は、五人のマッチョが身を寄せる空間を少しだけ冷えさせた。
「我輩は、気付いた時には盗賊としてここに居た。屈強な肉体を得たから盗賊になったのか。いや、盗賊になったから肉体を頑健に鍛え上げたのか……」
「拙者の武術も似たようなものでござる。気付いた時にはここでこうしてお主らと共に修羅道を行く忍者であった」
え、おまえサムライじゃなかったのかよ。
いや、驚くところはそこじゃねえ。
そう言われると、俺にも盗賊になる前の記憶がねえ。それどころか、生まれて以降の思い出がまるで浮かばん。ぽっかりと穴が開いてるかのようだ。
「てことは、おれたち全員、盗みもやってなければ、どうしてここに住み着き始めたのかすらも分からんと。そりゃあ一体どういうことだ。全員が寝ぼけて夢でも見てるってのか?」
「ちょっと、落ち着きなさいよ青ちゃん」
「うるせえ糞ピンク。そもそもあれだ、テメーは本当に俺の兄弟なのか? いや、ピンクだけじゃねえ。おまえらはあまりにも俺に似すぎだコラ。親子だろうとここまで似ている奴は見たことがねえ。違いが性格と髪の色だけって、これもうほとんどコピー人間ってレベルじゃねえか。気持ち悪い」
緑色、赤色、黄色と、順に目を覗きながら言葉をぶつけてみたが、俺の問いかけに答えるマッチョはいなかった。ピンクを睨むと、他の奴らと同じように目を伏せた。だがなぜか頬が赤い。違う。そういう意味で見つめたわけじゃねえよクソ。
「そもそも、誰が長男なのでしょうか」
黄色が顎に指をあてながら呟いた。そして、俺たちは左右にある顔を見回した。
「そういえばはっきりしてないでござるな」
「なぜ今まで気にしていなかったのか、不可解である」
「じゃあとりあえず、あたしの長女は確定ね」
「おまえは何言ってんだバカマ」
「バカマとは何よ、兄弟の順番が決まってないっていうのなら、性別だって自由じゃない」
「んなわけあるか。これでも喰らって頭治しやがれ」
三度メイクを洗い流すと、ピンク色がブチギレた。ひとしきりボコボコにされた俺は、反省したふりだけすると脳を回転させた。
「俺たちゃあ何でここまで奇妙な出来事に巻き込まれてるんだ? いつ生まれて、どのように育ち、なぜ実体の無い盗賊をやっているのか。五人全員が知らねえって変じゃねえか」
「全員が夢の中にいるかのようでござるなあ」
「二日酔いみたいよねえ」
「やい黄色。テメーはどう思う」
「……事故で記憶を失っているとか、魔法で記憶が消されているとか。集団催眠、薬物、幻覚、呪い。可能性を数え上げたらきりがありません」
「なんでえ。頭の良い黄色でも答えられないことがあるのか」
「当然ですよ。そもそもこの世界は謎だらけです。勇者なんていう少年が世界を旅していたり、その敵として魔王なんて存在があったり。死んでも無限に生き返ることはもちろん、緑さんの体の固さ。青さんだけが無限に取り出せる回復薬。勇者には遠く及びませんが、我々の屈強さも不思議だと思いませんか?」
不思議……。まあ、俺もちょっとは疑問に感じていた。勇者なんてバケモノがうろついている事はもちろん、俺達自身についても。俺を含めたここにいる五人は、街の連中と比べてはるかに強い。それぞれが長所を持ってるからな。赤の攻撃力、緑の防御力、ピンクの混乱技、黄色の大魔法。……まあ、黄色は実質魔法を使えないが、それでも筋肉に見合った体力を持っている。俺の無限回復って能力もなかなかレアだ。医者いらねえし。代わりにこいつらよりも非力でスタミナが無いけどな。そのぶん強さ的にはトータルで釣り合ってる気がする。
気付いた時には今の生活になってたから、深く考える必要が無かっただけで、放置していた。あくびの方法や屁のこきかたのような生理現象と同じで、なんとなく俺達は強かった。ただそれだけの話だ。
だが、それだけの話で片づけちゃダメだ。黄色が言いたいのはそういうことだろう。
「いやはや。得体の知れない存在の手によりからかわれている、かのようでござるなあ」
「……なんだそりゃ。心当たりでもあるのか?」
「赤さんの言いたいのは、フレームのことでしょう」
フレームとは、俺たちが召喚された場所で、常に空中に浮いている謎の四角い枠のことだ。
「なんだよ。赤はあの四角が俺たちの体の秘密に関わってるとでも言いたいのか?」
「そうは言いきれないでござるが……」
「あたしも気にはなっていたのよねえ。あの四角には、鏡文字がシャシャシャッと流れ続けるじゃない。あたしたちの状態を解説するように」
ピンクが口にした程度のことは、誰でも知っている。俺達がバトルに召喚される時は、まず足元に光の穴が開き、そこに落ちて強制転位させられる。気が付くと酒場に五人全員集まっており、目の前には勇者たち。フレームに文字が浮かび、いくつかのやり取りを経て、勇者らが盗賊団である俺達を退治するために戦いが始まるってのがお決まりの流れだ。
恒久的に続けてきた勇者とのバトル。それにフレームが関係しているのだとしたら。
「あらやだ。言ってるそばから、来ちゃったみたいだわ」
「なんだとっ?」
突然、椅子に座る俺の足元に光の穴が現れた。同時にカウンターのそばに立つ黄色や赤色らの足元にも光の穴が開き、全員が吸い込まれて姿を消した。直後には勇者とのバトルが始まるときの定位置に召喚されていた。同時に古い木製の押し扉が内側に開き、勇者が顔を現す。それと同時にフレームが空中に現れて、俺たちの体が固定される。
「なんでえ。てめえら一体なにものだ!」
「まちのみんなを こまらせている とうぞくだんとは おまえらか」
「ほう。俺たちを知っててここに来るとは、馬鹿な連中だ」
「おとなしく ぬすんだものをかえしなさい」
赤色やピンク色が、普段は使わないような言葉を投げかける。仕草や立ち姿もおかしい。俺の姿勢も変なポーズで固定される。猫背で下から睨みつけるポーズだ。フレームを引き連れた勇者が現れるといつもこうなる。何かに操られているかのように、口と体が勝手に動く。
「おじいちゃんの万年筆を返して!」
「おおっと、そうかい。お嬢ちゃんがこいつらをここまで連れてきたのか」
俺は酒場に飛び込んできた少女を捕まえた。フレームの中には反転した文字で『青いパンチパーマの盗賊がうす汚く笑っている』と浮き出ている。うす汚いは余計だくそったれ。
「ひきょうもの。そのおんなのこをはなしなさい」
「そうはいかねえなあ。アジトを知られたからには生かしちゃおけねえ」
「これでも喰らえ!」
「ぐあっ!」
突如、酒場の勝手口から少年が侵入してきて、俺の頭に酒瓶を投げつけた。ひるんだ俺の手から少女を奪い返し、勇者たちのところに逃げる二人。
ちなみにこの少年少女は幼馴染の隣人同士だそうだ。街中でよく会うし、会う度に少年から瓶投げてすんませんと頭を下げられる。フレームの前においては少女のピンチを少年が救うことになってるが、実生活では少女は少年の父と不倫をしている。
「あくとうどもめ もうゆるさないぞ」
「うるせえ。身の程知らずな奴らめ。痛めつけなきゃわからないようだな」
五人で勇者達を囲む。今回の勇者パーティは四人だ。
この世界には、勇者が無数にいて、見た目は少年だが、装備や仲間の数はその都度違う。ある時は身軽なハンター風。またある時は騎士の姿。サーカスの団長のような風貌でモンスターを連れている時もある。今回の勇者は重武装で、仲間も鎖鎌や両刃の斧で武装している。対して俺たちはほとんど素手だ。完全武装で素手の相手に襲い掛かるかね普通。鉄かぶとの下から見える目はキラッキラに澄んでいる。きれいな瞳で襲撃してくる少年って恐い。こいつらは目だし帽とかのほうが似合うはずだ。
「わるいことをするやつは せいばいしてやる」
そうこうしているとバトルが始まった。フレームの中にファンシーな文字が浮かぶ。
『まちのごうとうだんをやっつけろ! クエストレベル ★★★』
前から思ってたが、クエストレベルとやらの下にある星は、勇者達から見た攻略の難しさを表現しているんじゃねえだろうか。だとしたら、星三つってことは俺たち五人組はそこそこ強いチームってことになる。まあ今それを考えても仕方ない。
ここからは自由度がちょっとだけ増える。ピンク色のようにスキルを使ったり、黄色のように魔法を唱えたり。各々が行動を選べるのだ。
「わかってますね?」
黄色がじっとりと俺を睨みつけてきた。
「はいはい。真面目にバトればいいんだろ。従ってやるよ。しょうがねえ」
「先手必勝でござる!」
素早い赤色が真っ先に飛び出して、最も重武装の女戦士に足払いをかけた。だが女戦士はすね当てで赤色の攻撃を受けたのでダメージは少なく見える。ていうかもっと弱そうな奴から攻めろよ。なんでわざわざ防具のしっかりした相手を襲うかな。
次。勇者がピンク色に牛刀で切りかかった。
「きゃああああああっ!」
一撃でピンク色の手首が切り落とされる。さきっちょは光の粒子になり消えた。ていうか、牛刀振り回す勇者ってなんだ。山賊に転職しろ。
ピンク色のHPバーがいきなり半分以下に減り点滅が始まった。ちなみにHPというのはホモセクシャルポイントとかではない。ヒットポイント。つまり体力を表すバーだ。無くなると死ぬ。
ここで俺の出番が回ってきた。やるべきことは犬でも解る。ダメージを受けてるピンク色に向けて回復薬をポイっとな。
あ。しまった。狙いがそれて、ピンク色の横にいた緑色に当てちった。ノーダメージ状態の緑色のHPバー上にプラス100って文字が浮かぶ。
黄色が目玉だけで俺を睨んできた。
「その女の子投げ、どうにかならないのですか?」
「しょうがねえだろ。俺は真面目にやってるっての。恨むなら俺の肘を恨め」
次の瞬間には、フレームの中にある矢印が動いた。勇者一行の攻撃目標が俺に集中する。こうなりますわなー。
勇者パーティのターンだ。鳥のコスプレをしてるかのような奴が俺にトランプを投げつけてきた。何の変哲もない紙に見えるそれは、俺の腹に深々と突き刺さった。いってえ。俺のモツがこぼれてHPバーが半分に減った。くそが。殺すなら一撃で殺してくれよ。
更に女の魔法使いが、俺の顔を見つめながら何か呪文を唱え始めた。
ご覧の有様ですわ。勇者達と戦うとき、俺は真っ先に狩られる運命だ。回復役ってのは狙われやすい。集団戦闘の鉄則だ。気付かれた時点で終わりなのよ。とはいえ、俺の役割に気付かせることなく兄弟を回復させるなんて無理だしな。プラス100って文字が出るし。
俺のポケットから無限に取り出せる小瓶は、日常の生活で使っても文字は出ない。当てた瞬間に対象者の体の表面ではじけて消えるだけだ。だがフレームの中にいる間は、なぜか数字が浮き上がってきちまう。そうなるともう、殺してくださいよーって両手を振り回すようなもんだ。相手は息をするようにジェノサイドしてくる連中。今もほれ。頭の上にでっかいツララが。俺の脳天めがけて。
はい死んだ。死にました。
そんなわけで今回もまた青パンチパーマ選手が一着で死後の世界にチェックイン。例によって霊のまま鼻をほじくり、ふわふわとバトルの終わりを待ち続ける。
体の丈夫な連中ってのは、俺のような劣っているものに無関心すぎだよな。お構いなしに要求を押し付けやがって。
俺の役割が勇者一行にバレると、攻撃は俺に集中して、真っ先に狩られる。当然だ。先に潰したほうがバトルを長引かせないからな。次にアタッカーの赤色や、やっかいな技を持つピンク色、もしくは黄色の順に殺されて、固いだけで攻撃力の無い緑は最後に魔法でじっくりコトコト〆られる。それがありがちなパターンだった。
分かりきっている。分かりきっている運命だからこそ、一撃で楽になりたい。それだってのに、あいつらときたら。俺の気もしらねぇで。
「やってらんねーよ。こんな世界。どいつもこいつもクソくらえだっ……」
「勇者かい。いいやつだべな。オラんとこの鶏さ逃げだすと捕まえにきてくれるんだわ。あん? フレーム? クエストレベル? ああ、そういえば変な枠でると金縛りになるなあ。でもどってことねえべ」
「お嬢様のかくれんぼ技術は忍者の域に達してます。見つけられるのは勇者の皆さんだけですね。ええ。最後には必ずおばけラフレシアに襲われるんですよね。フレーム? はい。ですが、あれって害はないでしょう」
「見るたびにかけっこドラゴンの扱いがうまくなりますねえ。そうそう。フレーム。文字出ますよね、あれ。なんなんでしょ。でもフレームがあると勇者の手綱さばきがすさまじくなるんすよ。こないだなんかついに優勝しましたし。景品持ってかれちゃいましたわー」
「あたしね、見ちゃったのよ。そこの工房で勇者さんがよく錬金の研究してるんだけどね、こないだ見たこともないアイテムができあがったの。そしたらちょっと、フレームの中にねえ、なぜか名前や効用が書かれてたの。あれぜったいおかしいわよ。なんでそんなことわかっちゃうの」
「って具合だ。以上のことから、結論。間違いない。ここは勇者が遊ぶために作った世界で、俺たちゃいわば雇われの使用人みたいなもんだ。したがって頑張る奴はアホ。雇い主にたてつく行為だからな。バトルを放棄して正解だぜ。あっさり負けるのがみんなハッピーなんだ」
俺が苦労して集めてきた情報から導き出した結論だ。街に住む連中の語った言葉を、身振り口ぶりを真似して伝えたのだが、目の前の筋肉カルテットの反応は鈍い。
滑舌が悪かったか。しなが足りなかったか。説き伏せるって難しいな。あっさり頷いてくれよ。クソッ。
以降は俺の情報の補足だ。
ひとつ。この街の人間には、老いが無い。
時間が経過しても、年をとらないのだ。子供は子供の状態から成長しないし、ババアは産まれた時からババアであったらしい。これは、俺たち五人兄弟の過去の記憶が無い点と一致している。俺も、兄弟も、街の連中も、ある日突然、この世界にいたということだ。
ふたつ。時間のループに気付いている奴はとても少ない。
死んだ経験のある奴以外は、よみがえりを信じていないのだ。
街の外で起きた偶然の事故などで死んだ奴は、俺たちと同じように、すぐ後で生き返る。そういう経験をした奴は、よみがえりを信じ始める。ただ、その他大勢の災難に遭ったことが無い街の連中は、毎日の繰り返しが普通の人生だと都合良く受け入れていた。まるで餌を貰えることに疑問を持たない養豚場のブタのように。
みっつ。物質の増減が基本無い。
酒場の金貨が永遠に減らないように、武器屋や防具屋の資産も変わらない。養鶏場のおっさんが飼うニワトリは、売っても翌日には元通りになっているのだとか。唯一のイレギュラーは、勇者が外の街で手に入れた武具を、この街で売ったりした時だけだった。それらはオーパーツとして残るが、勇者が街から消えると霧のように失われる。
よっつ。生活実態が無い。
これは三つ目とやや重なる。俺たちが強盗団として活動していないように、街で働く連中も働いている役割を演じているだけのようだった。働いても金は増えないのに、毎日を規則正しく働き続けている。そんな状況に疑問を抱かず。さして己とは何なのかを哲学すること無く。同じ毎日を延々ループしているにすぎなかった。
「てなわけだ。勇者と接してクエストってのに巻き込まれると痛い目に遭う奴も多い。だが、俺達以外の連中は基本、幸せを謳歌してやがる。あとフレームは勇者にお供する犬みたいなもんだと考えとけ。勇者とフレームは常にワンセットで旅をしている。それだけが絶対の法則で崩れない。従ってフレームについてはこれ以上調べられん。勇者が来襲してバトルになってる時以外は、フレームを先に見つける機会もほとんど無いことだしな。もうな、これ以上調べようがないし、いくら考えてもわからん。わからんもんはわからん」
「分からないからといって、バトルを真剣に戦わないというのは詭弁でしょう」
ちくしょうめ。やっぱ黄色の野郎は簡単に説得できねえ。
「青ちゃんって努力家なのねえ。享楽的に生きろって説きつつ、あたしたちの見てないところで白鳥さんみたいに足をパタパタ。うふふ。かわいい」
クソったれ。女思考のピンク色は観察力が鋭い。俺の思惑にあっさり迫ってきやがる。
たしかに、俺はあがいている。空回りしてる自覚もある。だって痛いのやだもん。無駄に長く苦しむのつらいもん。
この世界では、手が折れようと足が切り落とされようと、俺の回復薬を使えばあっという間に元に戻る。てことはだ。その気になれば、赤色なんかは、俺の全身の骨を砕いて、延々回復薬で復活を続けるなんていう拷問もやれちまう。きちんと回復するでござるー。べきべき。いやだクソッタレー。いうこときくでござるー。ぼきぼき。わかりました勘弁してくださいー。なんてな。そうやって最後には俺のメンタルまで捻じ曲げちまうんだ。冗談じゃねえ。俺にそれを防ぐ力はねえ。
兄弟は俺の能力のそういった使い方に、いずれは気付く。おっかねーよ。勇者もおっかねーけど、俺よりパワフルなこいつらも。
だったら、何も気付かせないままに、こいつらの行動を誘導したい。強引に俺好みの環境を守りたい。
「髪を手入れする必要が無いのは良いでござるなあ。老いが無いということは、禿げ上がる心配もいらないでござる」
「恒久の時を生きる。成程。時の連環の中では季節も移ろわぬ。死機無き世には四季要らず。日常の異状も通常と思量する」
「じゃあ、明日はドレスでも買ってきちゃおうかしら。お金が減らないのならいいわよね。着てみたらまっさきに青ちゃんに見せてあ・げ・る」
しめしめ。本能のままに生きる連中は飽きっぽい。少し情報を与えて時間を置いたら、バトル熱も冷めてきたようだ。ビバ単純。この調子で熱を冷ましたら、またしばらくは、さくっと死んで楽しく生きられる。
という俺の完遂間近の策略を、黄色が打ち砕いた。
「青さん。とぼけるのは終わりにしましょう。疑い深いあなたならもう察してるのではないですか?」
「むっ。なんのことだ黄色」
「勇者がフレームを引き連れて旅をしているのではなくて、フレームが勇者の行動を操っている。そう考えているのでしょう」
さすが黄色。MPが足りなくても魔術師だけのことはある。賢くてめんどい。
その通りだ。ヒントは街中でババアが言っていた、勇者たちがやっていたという錬金術の話だ。
酒場に勇者たちがやってきた時とバトルの時は、フレームは基本、起きた出来事を言葉に直して表示するだけだ。だが、錬金術でアイテムが完成した時、名前や効果が表示されたという。それはつまり、フレームが未知の知識を蓄えており、勇者を強化するために知恵を与えている。なんて考えることもできる。
「そういえば、HPバーなんかもそうね。あれも普段の生活じゃ見えないものだし」
「次々に流れる鏡文字と合わせて、フレームが集めているのは勇者周辺の情報とも考えられますね。我々を観察しながら、情報を文字に直している」
「フレームは何奴かの遠隔視魔法、なんてことも考えられるでござるな」
「フレームそのものが枠型のモンスターとも推察可能也」
ぬおっ。そこまでは俺も考えが及ばなかった。ディスカッションしてるとアイディア浮かぶものだなあ。って、関心しても仕方ない。やっぱこいつらの成長性というか、意見交換は脅威だぜ。
俺は勇者からぶっ殺されるだけの人生に慣れきっている。これで満足なのよ。それ以外の部分に目を向けて、集中的に楽しもうと努力してるからな。
籠の中の鳥上等。痛いめに遭うのは一瞬だけでありたい。
だが兄弟の戦闘民族っぷりはおっかねえよ。こいつらバトルの危険に気付いちゃいねえ。狂ったように鬼つええ勇者。そんな勇者を自在に操るフレーム。俺はあれが恐すぎる。
こいつらを放っておくと、いつかフレームに対してまで戦いを挑む。そんな流れに非力な俺まで巻き込まれちまう。俺はそれが心配でならねえ。そうなっちまうと、何が起こるか知れたもんじゃねえ。
議論していると新しい勇者がやってきた。いつものように足元に光の穴が開く。
今回の勇者パーティは三人。しかもHPやMPが少ない。回復しないまま来ちゃったようだ。
「なんでえ。てめえら一体なにものだ!」「おじいちゃんの万年筆を返して!」「あくとうどもめ もうゆるさないぞ」
いつも通りのやり取りが終わり、バトルが始まる。
「会心の一撃でござるっ!」
赤色の空中二段蹴りが豪快に勇者をとらえた。ふっとんだ勇者のHPバーは点滅している。黄色やピンク色がちょっと小突けば殺せる具合だ。
あー、今回は勝っちゃいそうだな。俺もダメージを受けずに済みそうだ。ぼんやり考えてると、俺の番が回ってきた。
ようすをみるで、一回パス。んでもって、他のやつらがすぐにトドメを刺すだろう。
……。本当にそれでいいのか?
ここで勇者を倒しても、コイツはすぐに装備を整えて、再び襲い掛かってくる。次回か次々回か。俺たち街の盗賊団は、皆殺しにされるだろう。
「青さん? 何を悩んでいるのですか?」
俺が世界で盗賊としての役割を果たしてるように、勇者も世界の中で勇者の役割を果たしているだけだとしたら。押し付けられているだけだとしたら。
それを強制しているのは、間違いなくフレームだ。
だとしたら。勇者パーティも、俺やこいつらと同じ運命の被害者?
「青ちゃん?」
「青、如何した」
俺は今まで、現状を変えることはできないと諦めていた。だが。もしかしたら、これで何かを変えられるかもしれない。直感がそう告げてくる。
俺は、瀕死の勇者に向けて回復薬を投げつけてみた。プラス100という文字が浮き上がり、勇者のHPバーの点滅が止まる。
だがその後、いつものように俺達は全滅させられた。
生き返ったら、勇者たちから仲間に誘われた。
きゃっほほーい。
世界の英雄。伝説のヒーロー。そんな正義押し付け系サイコパスな勇者きゅんパーティの新メンバー。
青いパンチパーマもとい、サラッサラヘアーのアオ君でぇいすっ。
テンション高い? うざい? ごめんくさーい。
だってそりゃねえ。陽気。ハイ。躁状態にもなっちゃうでっしょーん。
永遠に続いてた死の輪廻から脱出しちゃったのよーん。今の俺自由。無敵。毎日エブリディ生き放題。そりゃあリミットがブレイクしちゃうでしょう。
むさ苦しいマッチョ兄弟と延々過ごすくっさい日々から、突然、世界を救うなんて意識高い系パーティの一員に出世しちゃったんだみょーん。
勇者に殺され続ける人生に満足している。籠の中の鳥で十分です。ぱたぱた。
なんつってたな。あれは嘘だ。
どうせなら痛い目に遭わないほうが良いに決まってますわ。ウホウホ。
もうこれ以上、手足ちょんぎられてから生き返るなんてことにゃなーらねっ。
なんて考えが通用したのは数日だけでした。
意外と死にまくるね。勇者パーティ。思ってたより痛い目に遭う。うん。
加入してしばらくは移動が中心だったからだ。死ななかったのは。
割と急速に冷めた。やっぱこの世界クソだ。
クエストにとりかかって★の多いイベントに関わるとあっさり死ぬ。何度でも死ぬ。ていうか死にすぎ。いまもほら死ぬよあぼー。はい死んだ。クエストレベル★★★★。アンデッド村潜入イベントのボス戦にて派手に死にました。
ただまあ、アジトのあった街の外に出られるのは嬉しいからなあ。かろうじてこっちの人生のほうが良いか。微差だが。
死ぬパターンが増えただけだと割り切るしかない。どのみちフレームの意思には逆らえないし。
「アオさんのような能力はー、王都の奇術家集団ではメジャーな能力なんですかー?」
「うん? いや。かなり珍しかったはずだ。俺は他に知らねえな。ポケットから無限に回復薬を出せる奴なんて」
俺は死後の世界で、先に死んだ召喚士の女とダベっていた。犬のように人なつっこくて俺の次にスタミナの無いヘタレだ。
アジトの戦いで勇者を回復させた俺は、翌日には過去の記憶を思い出していた。
王都の軍にて支援兵をやっていた俺は、任務中に頭部の怪我で記憶を失い、流れついた街で盗賊団の手下をやりながら生きのびていた。って記憶だ。
酒場での戦闘の最中に記憶を取り戻し、ピンチに陥る勇者の支援に回った。そんな俺を勇者がスカウトしたって流れ。それが今までの俺の人生であり、疑いようのない記憶。
……。んなわけないわー。俺が軍の支援兵? 脱走兵の勘違いだろ。俺は集団行動大嫌いだし、他人のために働くなんて考えただけで背中がもぞもぞする。
んっだよこの催眠術か何かで記憶が上書きされた感じ。脳がごわごわする。
だが、今の俺は、軍での厳しい訓練漬けだった毎日を覚えている。その記憶がある以上。そして、フレームの中に居つづける以上。そういう人生を送ってきた人ですと納得するしかない。
兄弟がなぜか俺とほとんど同じ見た目だったことも。
酒場の戦闘の翌日には、パンチパーマが真ん中分けになってたことも。
ポケットからの無限回復薬は奇術士の能力ってことでまとめられたことも。全て納得するしかない。色々なご都合ポイントも、全て飲み込む以外に無い。
「あたしの村に来た海賊がー、ほこらに祀ってた海神様を奪おうとしてえー、そこに通りかかった勇者さんたちが助けてくれたんですぅー。クエストレベル? ああ、あのへんてこな枠の中の文字ですか? ★ふたつと半分でしたー。でぇ、そこで海神様と契約してぇー、召喚士の能力に目覚めたんですぅー。それから……」
勇者パーティの中でも比較的新しいメンバーである召喚士のあばずれ女は、尋ねてもいないのにごちゃごちゃと自分を語っている。俺はそれを話半分に聞きながら、ここまでの旅路を思い返していた。
勇者にスカウトされて以降、終始フレームの中で生き続けるようになった。行動を選べるのは、バトルの最中と死後の世界ぐらいだ。不自由だが、俺には選択する権利が無い。ただ身をゆだねる毎日だ。
勇者は息をするようにジェノサイドする。昼夜見境い無く。こいつの脳に倫理という単語は無さそうだ。街の外でエンカウントした敵は、背中を見せてても片っ端から襲いかかる。むしろ背中を見せてたほうが喜ぶ。喜び勇んで、金や荷物を奪い取る。街の中ではめったに他者を襲わないが、そのぶん色々な物を盗む。俺は気苦労が絶えない。そのうち盗むついでに放火とか始めても驚かないな。
最初のうちは勇者に殺された奴らに同情していたが、そのうちに気付いた。こいつらはかつての俺のように、死んでも一定時間後にリポップする。それに気付いてからは、木に生る果物のようなものにしか見えなくなった。ニット帽を被ったうりざね顔の海賊とか、そのまんま梨にしか見えねえ。そりゃ何度でも見境無く収穫するわな。そうやって敵がドロップした武器や防具を分け与えられているうちに、俺の心も少しずつ勇者色に染まっていった。真っ赤な血の色に。
しかし、旅を続けるうちに俺の力不足が顕著になってきた。勇者も打算的なやつで、あっさり俺を見限った。パーティ契約を外したのだ。戦力外通告ってやつ。
別れると、いつのまにか再び酒場の強盗団って生活に戻っていた。俺が勇者と旅をしていた間は、兄弟たちに新規の記憶は上書きされてなかった。
やがてすぐに次の勇者が襲い掛かってきた。バトルは完敗。
再び酒場で殺され続ける毎日になる。なんてことはなく、また記憶を取り戻したイベントの後に仲間に誘われた。
どうやら本格的に運命の輪から外れるルートに乗ったらしい。
そうして仲間になって、リストラ、酒場に戻るを繰り返してるうちに、勇者にもそれぞれ戦いのクセや旅の好みのスタイルがあるんだなと気付いた。
多いのがバトルにおいて圧勝を嫌い、ギリギリで勝つことを好む勇者。スリル中毒とでも呼ぶべきかね。マゾだな。だったら仲間を集めず一人で旅してろや。
クエストイベントがバトルで終わった直後なんかは、HPがほとんど無いのに長い会話を始める事がある。耳から脳がてらてらと零れているってのに「おばあさん だいじょうぶですか」なんつってる。おまえが大丈夫じゃねえだろ。
フレームの中にいる間は行動が拘束されるから仕方ないんだが、会話とかそーゆーのあとにできねえもんかね。見ててわびしい。
ダンジョンを隅々まで探索しなきゃ気がすまない勇者。カジノで何時間も寄り道する勇者。顔は同じ少年なのに、辿るルートは様々だ。そして仲間も、旅ごとに変化する。
「私が彼にスカウトされたのは火山洞窟の中でしたね。師匠が無理をして希少鉱物を採るために奥まで行き、モンスターに囲まれて立ち往生していたのを勇者さんに助けて貰ったのです。それをきっかけに、恩返しのつもりで仲間になりました。クエストレベル? ああ、あの枠の中の。★ふたつだったかな」
「あたくしは博物館の隠し地下広間で鎧の亡霊に囲まれた時に、勇者様に助けられたのです。そいつら自体は弱かったのですが、脱出する時は大活劇と呼べるほどの冒険でしたわ。まず天井が落ちてきて……、あら、そこは聞きたくないのですか。星? たしか三つと半分でしたかしら」
俺は死後の世界の自由時間を利用して、その時々に死んでいる仲間から情報を集め続けた。すると、俺のように後から記憶が変化したって奴は、とてつもなく珍しいケースだと気付けた。まあ、敵を回復するなんて行為、よほどの変人じゃなきゃやらんだろう。それが運命の転換点になるなんて、やってみなきゃ分からねー事だろうしな。
話を聞いた奴の大半は、生まれながらにして勇者の仲間になる事を義務付けられてきたような奴ばかりだった。総じて、キラキラしてて前向きな奴だ。俺のように白目が黄ばんでるような奴はいない。
そしてそいつらはそのまま繰り返される運命に屁理屈をつけて納得している、思考しない馬鹿ばかりだった。
唐突な記憶の改ざんと、備え付けられた運命の軌道に乗り続けるボンクラども。
俺はひたすら推理した。結果、いつだったか思いついた、フレームが勇者の行動に関わっているという説に間違いは無いと核心した。
他人が勇者を目撃したって情報は意外に多い。街の外やダンジョンで会うこともあるんだとか。あるときは谷底。またあるときは橋の上。勇者が一人でカンオケを三つ引き摺りながら、フレームを連れて歩いていた所を見た者もいるらしい。実に嫌な絵だ。
勇者とフレームは一心同体。それどころか、やはりフレームのほうが上位の存在なのではと思える。いつか感じたフレームへの恐怖は、勘ではなかった。俺は本能だけで結論付けた。本当にやばいのはフレームだ。勇者もそれを知ってて、ストレスに感じている。勇者の状態異状って項目に(胃潰瘍)って文字を見つけた時に確信した。
俺は数え切れないほど俺を殺してきた勇者に対して同情の気持ちを抱いた。すまんな。慢性化してるらしくて、俺の薬でも胃は治らない。だがフレームに拘束されてる者のよしみだ。ピンチになったら俺が回復してやるよ。俺は固く誓った。
そんな時のことだ。そのループ回は七人パーティで、男は俺と勇者だけだった。
フレームの意思は、勇者や俺よりも味方の女の子を大切にしている。かなり露骨に。装備が豪勢で露出が多めなのだ。
クエストレベル★四つのイベントで、勇者が瀕死の状態に陥り、女の子の一人も中度の怪我を負っていた。
「まあ、いっか。勇者は痛いの慣れてるだろ」
ってことで、勇者を見捨てて女の子に回復薬を使った。
チームのリーダーよりフレームに媚びるほうが大切だよね。目の前の中間管理職より空に浮かぶ上司。
すると次のループで、更に別の記憶が上書きされた。なんと俺、王の隠し子だったんだってよ。
王がちょっかい出した妾。つまりは俺のおふくろが、王位継承者争いに巻き込まれたさなかに俺を連れて逃げた。んでもって、おふくろは殺されたが、俺は孤児院に預けられ、後に軍隊に志願して今に至る。それが付け足された新しい記憶であった。
ここまでくると、俺も確信した。
フレームに気に入られる行動をとると、記憶が上書きされて、待遇が良くなる。どんどん未来が開けていく。催眠術とか脳改造、宇宙人にさらわれたなんてちゃちなレベルじゃねえ。もっと上位からの未知なる祝福だ。
「コノセカイハ ワレワレノモノダ ダカラ ワレワレノスキニスル」
なんて文字がいきなり流れても不思議じゃない。
こいつ一体なんなんだろな。勇者の体に乗っかり、空中に浮かびながら世界中を旅する四角い悪魔。うん。聞いたことねえ。
この世界には、フレームに疑問を抱くほど知的探究心のある奴はいねえ。空に流れる雲の形に法則性を見出そうとする奴がいねえように、ただ空に浮かび続ける四角い枠の正体を突き止めようと考える暇人はいねえ。
水や空気といった、昔からどこにでもある存在に疑問を抱くのは、老い先短い哲学者くらいだろう。もっとも、この世界に老いや死は無いから、優れた哲学者なんて生まれねーか。言葉だけの形骸化した学問だ。まあ、俺も調べようとは思わねえけどな。ただ、利用はさせてもらう。痛い目みるのが嫌だから。
俺は頑張って生きた。そのうちに、クラスチェンジできる神殿みたいなとこに行くと、いつのまにか神官とやらになれる道が開放されてた。
「この俺が神官だってよ。おまえら全員、頭がおかしいんじゃねえのか?」
「なぜですか。アオ様の回復術により我々は幾度も命を救われております。あと少しで魔王との戦いが始まります。私以外の者には、くれぐれも自身を卑下するような発言はしないで下さい。士気が下がってしまいます」
と、ゴリマッチョな仲間の剣士と、死後の世界で会話を交わした。
俺もマッチョだけどね。法衣の下にある俺の筋肉はうわべだけの筋肉だ。
はっきりいって、持ち上げられるのは快感だ。だが男からは微妙。とはいっても、剣で岩をバターのように切り裂けるような奴におだてられると、さすがの俺も心に自信を宿す。
とでも思ったか。クソたわけ。
俺は忘れてないよ。延々繰り返していた死の輪廻を。俺は油断しない。フレームに媚びを売って、どこまでも逃げ切ってやるぜ。
俺は自力で回復薬に磨きをかけた。状態異状回復。全体回復。全体HP上限リミット解除。よくこんなの使って代償無いなと関心してしまう。自分で作った薬ながら、自分に使うの恐い恐い。
まあ、厳密には自分で発明しているわけじゃねえんだろう。そう。フレームにより導かれているだけだと思う。だが、このままで良い。このまま尽くそう。
フレームに貢献するほど、安全な場所に行ける。コツを体得した俺に、立ち止まるという文字は無い。
ある時。フレームから感じるパーティへの好感度で、勇者よりも俺のほうを重宝するようになったと感じられた。値段の高い装備。戦闘時の並び順。クエストイベントでの選択。全てがかつてないほどデラックスだ。初めて大神官と呼ばれる階級になったからかな。明らかに俺は優遇されはじめた。死ぬこともあまり無くなったし。
不思議なもので、賢くなるにつれて、フレームに押し付けられた記憶とは別の思い出が心の中に浮かぶようになった。
これはきっと、前世ってやつなのだろう。
Linker リンカー・オブ・オープンワールド Ⅷ
俺は瞑想を繰り返して、苦労しつつも最後の言葉が『八回目』を表すと解読した。
つまりは、この世界の真の名はリンカー。八度目の世界であり、頭の中を駆け回る思い出は、過去七度の世界を生きた経験。そう、唐突に悟った。
俺はリンカーの思い出をひとつずつ頭の中で遡った。ある時は巨大な虎に食い殺される、悲鳴以外にセリフの無い村人の役割。ある時は漁村で嫌がらせを繰り返す半魚人。ちなみにラストは父親の巨大クジラに食われて死ぬ役割。人間とモンスターが半々だろうか。全てに共通するのは、酷い扱いを受ける役柄ばかりで、今と同じように死んでもすぐリポップしてたこと。ちなみに最も古いリンカーパートⅠでは、人間を襲う巨大なハエだった。しかもドット絵とか呼ばれる、色のついた点で形作られただけの存在。
俺も、勇者も、その仲間も、別のリンカー世界を生きてきた。そして、過去の世界を基軸に、今のリンカーⅧが構成されている。おそらく、前世の記憶は人によって違うのだろう。この事実に気付いた者は、俺が最初……。なわきゃねーか。
目の前にいるこいつは知ってるだろう。
「初めまして。ですね。フレームの干渉を受けること無く会話を交わすのは」
「ああ。永いこと迷惑かけてきたな」
「いえ。僕も数えきれないほどアオを殺し続けていることですし。お互い様です」
なんでえ。まともな会話もできるんだな。フレームの中では平仮名しか使わないのに、死後の私語は至極礼儀正しい。だからといって、背中から殺されたこととか忘れてないけどな。
今回のループ。法王にクラスチェンジした俺は、勇者と死後の世界で二人っきりになる機会があった。
勇者は夜叉のように強い。仲間を置いて先に死ぬことは滅多に無い。今回はたまたま不運が重なり、俺が死に、仲間が生き返らせる前に勇者も死んだだけだ。勇者はバトルの要。すぐに俺より先に仲間の手でリンカーに戻されてしまうだろう。もう、こんな機会は二度と訪れないかもしれない。
「おい。フレームってのはなんなんだ。教えろ」
勇者の足先が消え始めた。パーティの誰かが蘇生の呪文でも使ったのだろう。
勇者は薄れながら、微笑んだ。
「創造者に気に入られると、力を得られることが多い。奇跡を起こせるとしたら、努力により成長を続ける、アオのような存在かもしれない」
「あん? 創造者?」
フレームがこの世界の創造者なのか。はたまた、創造者がフレームを使ってこの世界を動かしているのか。勇者の答えは中途半端だった。
だが、その周回。俺は初めて、フレームに勇者パーティの契約を切られること無く魔王戦まで付き合うことができた。
勝利すると、フレームの中にエンドロールが流れ、その最後に名前が載っていた。
エグゼクティブ・プロデューサー Fumi Kamiyama
フミ・カミヤマ。あれがこの世界の創造者……。
『百度目の魔王討伐おめでとう。アオ』
「薄っぺらい祝福だな。本気で言ってるのか?」
『当然さ。私を疑っているのかい?』
「俺に信用されるような行いを、今までしたことがあるのか?」
『ははは。相変わらず口が減らないね。かわいい奴だ』
俺はフレームに必殺俺キックを入れようとした。しかし、フレームは俺の足をひょいと避ける。畜生。自在に動かすこともできるのかそれ。
『じゃあね。次のループも頑張っておくれ。きみの人気、ランキングを独走しているよ』
フレームに鏡文字が流れて消える。それと同時に、見慣れた酒場で見飽きたマッチョたちに囲まれた人生が始まった。
初めてエンドロールを見て以降、フレームの奥にいるフミ、世界の創造者が頻繁に話しかけてくるようになった。話すといっても、声での交流は世界が違うだとかで不可能らしい。フミはフレームに文字を流し、俺が声で返答するって流れだ。
フミは残念がっていたが、俺は奴にも出来ないことがあるのだと知り、気分がすっとした。きっと黄色のようなねちょっとした感じのきしょい声をした男に違いない。
創造者、神山史は言った。
俺が今いるこの世界、リンカーとは、アクアリウムの中にある闘技場のようなものなんだとさ。外の客席にいる連中は四方八方から観察することができる。しかし、フミのいる世界で金を払えば、各々がフミの水槽と繋げられた専用の水槽を所有することが可能になり、自在に干渉も可能になるのだとか。
闘技場の外には、気に入った奴を比べるランキングボードまであり、そこでリンカー住人の人気投票が常に行われている。
正確に解説しても、今の君では理解できないだろうからね。そんな様子をイメージしてほしい。俺はフミからそのように説明を受けた。
フミは自身のことを、闘技場の経営者兼最高責任者であると言っていた。フミだけがリンカー内部の仕様を変更させることが可能で、ⅠからⅧまで全ての世界に関わったのだとか。前世の記憶が残っているのは、アルゴリズムを使いまわしている名残りだろう、と説明された。なんだそれ。リズムってのは音楽か?
正直、フミの言葉は信用ならない。創造者の世界からリンカーにアクセスできても、リンカーからフミの世界にはアクセスできない。一方通行で物を言える相手のことを信用できるわけがない。
「法王よ。フミの言葉は真実じゃよ。ほれ。両手のひらをこう合わせて、目をつぶってみなさい。今のきみなら見えるじゃろう」
法王ってのは俺のことだ。最近なったばかりなので一瞬誰だよってなったわ。
「あん? なんのまじないだよそれ」
「いいからいいから。わしを信じなさい」
死後の世界で鼻をほじりながら、新加入した大賢者のエロジジイと創造者についてあーだこーだ喋っていると、妙なポーズを薦められた。
俺は不審に思いながらも、両手を胸の前で合わせながら目を閉じた。すると、中指の先と思われるあたりに、まぶたを透かして数字が浮かんだ。
Ver 2・55
「その数字はな。フミがリンカーに手を加えた時に増えるのじゃよ。法王は最近、リンカーの内部で敵や味方の能力が向上している事を感じているであろう。それはフミが世界に干渉した結果なのじゃ。細かく刺激を加え続けることにより、闘技場に興味を持つ人々に新鮮さを感じさせているのじゃ。このわし、大賢者というジョブが追加されたようにな。ちなみに最初の数字が1から2に変化したのは、いつごろか解るかね?」
「なんとなく……な。バトルで三ターン連続『ようすをみる』を選んだ頃だろう。あの頃にフミは、リンカーに生きる者に対して、知恵を与えた」
俺がランクアップした経緯を語ると、エロジジイは乳をまさぐるような指の動きで、長いあごひげを擦りながら首をひねった。
「知恵、のう。それもどこかであったのかもしれんのう。わしが大賢者の能力を得たのは最近じゃ。それまでは山奥で一人寂しく隠居暮らしを続ける謎の老人という、バトルを経験しない人生をフミから与えられておったからのう……。だが、おぬしの答えは間違っていると思うぞ。その時に与えられたのは、努力する心じゃ」
「努力?」
「さよう。フミは極めて稀だが、我々の体感時間では数万年に一度の割合でミスをする。フレームをリンカーに接続したまま長時間放置することがあるのじゃ。その時にわしは偶然覗き見た。フミの世界の住人同士の会話ログをな。『そういえば2・0になって何か変わった?』『三日前のあれか。NPC全てに進化型AIプログラムを組み込んだとかいうやつ』『NPCのとる選択が増えたってだけだろ。おおげさすぎだ』『バトルの最中に面白い動きをする奴増えてて笑った』『モブを味方にできるようになったらしいぜ』と、あった。おそらく、進化型AIプログラムというのが、努力により人生を改善させ続けることが可能になる力じゃ。おぬしはその力を、最大限に引き出せた者なのであろう」
……このジジイ、俺を買いかぶりすぎている。
努力により人生を改善だあ? 俺はただ、逃げたかっただけだ。現実から。
痛い目に遭うのが嫌だったから、逃げた。逃げて逃げて、誰の手も届かない所に行きたいと思ってたら、いつのまにか段階の違うところに到達してたってだけだ。
何もわかってねえ。大賢者を名乗るジジイでもこんなものかよ。所詮は女の尻を撫でる以外に趣味の無いエロガッパだ。脳みそまで若い女の肌のようにつるつるなんだろう。
「バカだろ。俺に与えられたのは、努力なんてご立派な情動じゃねえよ」
「それは、違う」ジジイはゆっくりと首を振った。「多くの者は、目の前の不思議に対して思考を怠り受け入れる。ところが、おぬしは違った。おぬしは考えた。考えるということは、存外痛く疲れる作業なのじゃよ。だが、おぬしは耐えて頑張った。その結果、こうしてここにいる。まごうことなき努力の力でな」
ジジイの言葉に、俺は息を飲んだ。
心当たりがある。俺は弱かったからこそ、人一倍痛い目に遭う経験をしてきた。それはすなわち、痛みに強いということでもある。
思考するって行為もまた、頭の芯にズシンと痛みが走るもんな。
最弱だったからこそ、思考する痛みに耐え続けることができた。それは、ひどく納得のできる示唆だった。
「努力により成長を続ける。おぬしのような存在のほうが、勇者と呼ばれるにふさわしいであろうなあ」
いつだったか、勇者が俺に言っていたことと似たようなセリフを、世界一賢いと呼ばれているジジイは口にした。
なぜだ。なぜ、どいつもこいつも、俺を高く買ってくるんだ。
『もうじきね、リンカーを維持できなくなるのさ。観客の支持が減ってきててね。闘技場があちこちにできちゃったとでも言えばいいのかな。競争が厳しいんだ』
ある時、現れたフレーム越しに、フミが告げてきた。
それは俺だけではない。世界全体に対する突然の死刑宣告だった。
「俺たちはどうなる?」
『消滅さ』
「性根が悪いな。俺に怯えてほしいのか?」
俺は低い声で脅す。フレームの奥にいるフミがビビるとは思えないが。
『すまない。からかいすぎだった。そうさ。アオが察している通り、その世界はリンカーⅧ。次の世界である九番目のリンカーに、君達のアルゴリズムは移植されて生き続けるから消滅はしない。そうとらえているのだよね』
「ああ。記憶は失うが、時と場合によっては過去の自分を思い出す。この俺のように。そうやって続いていくものなんだろ。フミの創る世界は」
『ずいぶんと達観したなあ。うん。たしかにかっこいいよ。アオはふさわしい』
「ふさわしい? なんのことだ」
『私もこのままリンカーⅧの終了を手をこまねき待つつもりはない。最新の技術を使ってテコ入れを行おうと考えている。それをアオに手伝ってほしい』
その文字が流れた瞬間、フミとの会話を打ち切りたくなった。だが、俺はこいつから逃げられない。どこに逃げようと、追いつかれ続ける。永遠に。
最初から、俺に拒否権は無いのだ。
『まあそう嫌な顔をするな。それなりに楽しい経験になるはずさ。我々の世界に招待するというのだから』
「招待?」
『ああ。闘技場の外には登場人物の人気を比べる場があってだな。アオはここしばらく、主人公の勇者を超えるほどの人気者なんだ。かつて戦った敵が仲間になり、悲しい過去を乗り越えて共に戦う。我々は大抵、立身出世して栄光を勝ち取る者が好きなのだよ。まあ、過去の記憶は面白い行動を繰り返したアオに対して、私が後から上書きしたものだがな。っと。話が逸れた。それでだ、人気者のアオに似せた機械人形を作ったんだ。あ、頭はパンチパーマじゃなくて勇者パーティ加入後の真ん中分けね。それにアオのアルゴリズム……、分かりにくいか、魂とでも言い換えよう。アオの魂をそれに移植する。すると、今のアオはこちらの世界で活動することが可能になるのだよ。ポケットから万能の回復薬は出せないけどね』
「なんだそりゃ……」
簡単に言ってくれているが、ようは別の体に俺の意識を入れるってことだ。
なんて狂ったことを実現させやがる。理解できねえ科学力だ。
『そして、こちらの世界でイベントを行う。そこでアオには色々と頑張ってもらう。具体的にはリンカーを支持する人たちと会話をしたりしてね。それが話題になれば、まだまだリンカーⅧは終わらせないぞ。ってなるわけさ。このイベントは君にかかっている。なにせ、観客がモニター……、っと、フレームって言ったほうがいいか。フレーム越しに普段見ているアオの言葉は、私が考えた言葉だからね。アオはこちらに来ると、アオの言葉を口に出す。今のようにフレームにゆだねきりってわけにはいかないのさ。どうだい? 頼まれてくれるかい?』
「俺がはいと言うとでも思ったか?」
『うん。君は賢い。私の機嫌を損ねると具合が悪いということを理解しているし、リンカーⅧを滅ぼしたくはないと考えているだろう。面倒だが引き受ける。そう見てるけどね』
「ふん。やれやれだな」
俺が渋々頷くと、フレームのはるか遠くから、フミの喜ぶ声が響いてきた。そんな気がした。
フミは俺が嫌々仕事を引き受けたと思い込んでいるはずだ。
だが、フミは二つばかり計算違いをしている。
ひとつ。俺は逃げたいだけだ。俺は俺だけでもいいから、安全な場所に行きたい。ただそう考えているだけだ。フミの世界に行けば、更に遠くへの道が開けるかもしれない。行くだけ行って、損は無いだろう。
ふたつ。実は、これが最も大切なことだ。逃げること以上に成し遂げたいことがある。
俺は、執念深いんだ。今まで痛めつけられてきた運命を、忘れてねえぞ。
フミを、殺してやる。
死に際まで、たっぷりと後悔させながら。
痛みを味わって死ぬがいい。創造者。
空を細切れにするほど乱立する巨大な塔。機械の巨大なムカデが目を光らせながら地中を驚くべき速度で這い回る。後に知ることになるのだが、それは地下鉄という乗り物だった。科学力すげえ。何もかも俺の空想すら及ばない産物だ。
人々は会話をすることなく無数にすれ違う。人が人らしくない無機質な街。誰も彼もが俺に対して好奇の視線を向けてくる。俺の髪の色が珍しいんだろう。とても不愉快だが、甘んじて愛想笑いを浮かべた。
鋼鉄の乗り物から降りると、そこは俺の写真が無数に貼られた巨大な広場だった……、いや。写真の一部が動いている。ここに来るまでに学んだ。あれは電気の画面であり、あれこそが俺がずっと恐れていたフレーム。
この世界の人間は、誰もがフレームを安価で購入することが可能であり、フミの運営する闘技場、ネットサーバーとも呼ばれているらしいが、そこに世界中からいつでも訪問できるのだとか。
そこで、数刻前の考えを修正した。俺に視線を向けるのは、髪の色が青いからではなくて、俺のことを知る奴が多かったからなのであろうと。
文明レベルの桁が違う。
更に驚くべきことに、リンカーという世界の出来事は、こいつらにとって全て『ゲーム』であるということだ。知れば知るほど頭に痛みが走る。
俺や俺の兄弟、モンスター、戦士に賢者。勇者の胃に穴が開くほど苦しみぬく世界が、こいつらにとってはただの遊び。怒りをはるかに通り越して、ただあっけにとられた。
イベントは大盛況のうちに終えることができた。
自分で言うのもなんだが、俺は女に凄まじくモテた。俺は媚びた。ひたすら媚を売った。奴らがつけた二つ名『慟哭の法王・アオ』を勘だけで演じきった。
フミは俺を信用しきっている。役員室にて街を見下ろしながら、俺に背中を見せるほど。
「せっかく箱庭から脱出したんだ。場の空気を読んで、おしゃれに振る舞ってくれる。アオならば間違わないと見極めていたさ」
「ふん。何度も鼻をほじって悪態を叫んでやろうと思ったがな。この世界の奴らを見ているうちに萎えた」
「うん。アオは賢いよ。やはり私が願った理想の男だけのことはある」
そう言って、フミは俺にキスをしてきた。俺は、機械の体でも唇の感触を味わえるのだなと感心しながら、フミの求めに応じた。
創造者・神山史とは、女だった。
二十代後半で、世界配信用の子供向けゲームを作る会社の開発主任。子供の頃から父親である社長にアイディアを与え、十二歳にしてリンカーの雛形を提供した。以降、今に至るまでひたすらリンカー・オブ・オープンワールドを拡大させる人生だったそうだ。
「浮かない顔をしているね。何を悩む?」
「リンカーのことさ。俺一人だけ、水槽から脱出して自由を得た。ここまで幸せで良いのかと悩んでいる」
「ははっ。素直に喜べば良い。アオの行いは、アオの兄弟やアオの世界を延命させている」
「延命、か。物言いが曖昧だな。イベントは失敗なのか?」
「いいや。成功さ。成功したけど、資金繰りがね。スポンサーの信頼を得るための大博打だったんだけど、夕方までに連絡は無かった。見通しは暗いかな」
フミは声をくぐもらせながら、俺の胸から下に唇を這わせた。
この体は強靭に作られている。今ならば、首をへし折ることも容易い。
だが、俺はそれができなかった。もはや、逃亡や復讐なんてことは、どうでもよくなったのだ。
フミの世界は、人が死んでも生き返らない世界だった。それを知った俺は、フミとフミの世界に生きる連中を不憫に思った。
不老や不死なんてクソッタレな現実に憧れるような存在があったとは。
俺はフミのいる世界に対して、恐れと若干の憧れを抱いていた。しかし、この世界の連中は、俺に好意を寄せる奴ばかりだった。
『隣の芝生は青く見える』なんて言葉があるらしい。
近視眼的だった俺にぴったりの言葉だ。
いつのまにか俺は、瞳まで青く濁っていたのだ。青い瞳を通して、フレームの奥にあるフミのいる世界に理想郷を見ていた。
とはいえ、フミの世界にいる連中も、青い髪の俺に心を奪われていた。
「アオには人を惑わす力があるのかもしれないね」
俺の首に腕を回しながらフミは言った。俺の生まれた世界を創り出した両腕は、俺の片腕一本よりも細い。
この世界の女とは、男よりも腕力が劣っていた。フミ自身も体力は無い。リンカーでは男より腕力のある女も多いんだけどな。
だが、それが自然なんだろう。人間として偽りが無いのだろう。
弱く享楽的なフミが創ったリンカー。弱い人間は弱い連中の望みを察することができる。だから、俺の考えは正しいはずだ。
「現実の世界には理想の男がいない。だからアオを作ったの」
臆面も無く、フミは言い切った。
身勝手なものだ。他人の気持ちに配慮しない愚か者。
俺とフミはよく似ている。似ているからこそ分かる。
偏執的で、残酷で、放り出しやすい。
ある日あっさりと、全てを捨ててしまう危うさがある。
だったら、忘れてしまう前に、俺が動くしかない。
俺が、救世主になってやるしかない。リンカーの奴らのために。
リンカーⅧの提供が打ち切られて永い時が経った。
予感通り、フミの手により次の世界が創られることは無かった。フミの所属していた企業が他社と合併したことが理由だ。
だが俺は、俺という完成品を創りあげてしまったことにより、フミ自身のモチベーションが低下したことが主因だと睨んでいる。
明らかに仕事のやる気を失ってたもんなあ。
ではリンカーの住人はどうなったのか? そこは安心してほしい。
今のリンカーは、フミのいる世界のすぐ裏側にある。フミの創り上げたオープンワールドは、魂をアーカイブできる媒体に記録され、世界中に散らばっている。
闘技場の外にいた連中はアクセスできないが、フミや俺はいつでも干渉が可能にしてある状態だ。
そうそう。俺は、機械人形のままフミの世界に残った。やることがあったからな。
フミの世界には、スーパーコンピュータなるものがあるらしい。それを使えば、リンカーで流れる時を加速させて、未来の姿を予測できるそうだ。本来は国家の中枢にいる者しか利用できないらしいが、フミは違法に利用する方法をいとも簡単に編み出した。
今の俺は、フミから教わった方法を使用して、ループしていたリンカーⅧの未来を開放していた。
半永久的な平穏を手に入れた身だ。このくらいの恩返しは訳が無い。
それで、だ。数十年後の世界。
目の前には、パンチパーマがすっかり禿げあがった男がひとり。
平和な世界に不満を抱きながら生きてきたせいか、眉間にはしわが寄り、顔はいかつい。
いや。眉間にあるしわは、おそらく、長い闘病生活による痛みが原因だろう。
「む……ぐ……あ……、光? ……、いや、まさか。フレームでござると?」
俺は間もなく本当の死を迎える、赤色のパンチパーマをしていた男を見つめていた。かつて俺たちの中で最強だった男も、時間の流れには勝てない。
頬がこけ、筋肉もすっかり衰えていた。だが、俺はその衰えを美しいと思えた。
「なんだ……、フレームがあるのに、体が自由に動くのでござる……」
「来世での望みを言え。出来うる限り、叶えてやる」
赤色は俺のことをフレームと呼んだが、勘違いをしている。フレームはこっちの世界でフミに金を払った住人が、リンカーにアクセスする時に使用する枠だ。今の俺は、フミの最高責任者特権を使用して、合成音声を使い、赤色に語りかけている。
赤色側から見たら、光の中から声が聞こえるとしか感じられないだろう。俺をフレームと勘違いした原因は、赤色の類まれな戦闘センスもあるのだと思う。
勘だけで俺の真相に肉薄しやがった。老いても野獣のように鋭い。
だが、赤色はすぐに自分の状況と鑑みて、何が起きているかを納得したようだ。迎えが来たのだと。
「……戦いのある世界に、生まれ変わりたい。修羅のように生きたい。ここは物足りないのでござる」
「……ああ」
そう言うと、思ったよ。分かってたけど、一応は確認したかった。
こっちの世界には、フミの部下たちが創った世界が無数にある。
俺は赤色の魂を、戦いの続く世界で、最強の武力を持ち生まれる男にペーストしようとした。
だが、少し悩んだ末に、努力すると最強に至る可能性を秘めた男にペーストした。
このほうが、赤色も喜ぶだろう。
「我輩に望みは無い。既にこの秀麗な世界に満たされておる」
「まあ、そう言うな。なんだったら人間以外でも良いのだぞ」
かつて緑色のパンチパーマをしていた男は、秋の山頂にて、餓死により生を終えようとしていた。山ごもりの生活中に地滑りに遭い、動けなくなったのだ。
その目には、眼帯は無い。
俺は緑色の願望を見抜いていた。こいつは、変化に憧れていた。怪我や痛みを感じない体を物足りなく思い、眼帯を付けていたのだ。そしてその鬱憤は、風景の変化しないリンカーにも向かっていた。
ということで、俺は時の流れをリンカーⅧに組み込む時、四季も足しておいた。緑色だけのために用意したプレゼントだ。
代わり映えしない世界にストレスを溜めていた緑色。
俺の贈り物は、予想以上に緑色を納得させたらしい。
「悔いは、無し」
不満を口にしないまま、緑色は逝った。
元々、口下手で理想を語れない男だったからな。こいつは。
だが、なんとなく緑色の好みそうな生き方は分かる。喋る必要の無い一生だ。
俺は、平和な世界の桜の苗木に、緑色の魂をペーストした。
固さや頑丈さを受け継ぎながら、色彩の変化を楽しめるはずだ。
きっと、とてつもなく長寿な桜の大樹に成長することだろう。
「おまえは来世で絶世の美女にしてやろう」
「冗談じゃないわよ。あたしはあたし。あたしはこれからもずっと自分を失いたくないわ。性別変えたりしたら踏んづけてやるんだからっ」
老衰による死の淵にいても、化粧を欠かさないピンク色は、俺の厚意をヒステリックに拒否してきた。
おまえ、そこまでオカマであることに誇りを持ってたのかよ。俺は面食らった。
いつだったか、ピンク色は俺のことを享楽的と言ったことがある。フミに近い俺の本質に気付いていたのだ。鋭かったよ。おまえの観察眼。
ピンク色も、俺やフミと同じくらい欲望や本能に従って生きるタイプだと思ってたのだが、違ったようだ。
こいつの本質は、美しくあろうとする向上心。
ようするに、頑張りたいのだろう。自分磨きが楽しいんだ。女として生きたいという気持ち以上に。
「分かった。それならば、次も男にしてやろう」
約束だ。だが、赤色と緑色が謙虚すぎたせいで、世界の選択に余裕がある。
完全無欠の王子様として生きる美少年にしてやった。お望み通り、せいぜい苦しむ過程を楽しむがいいさ。超イージーだろうがな。
「来世、ね。……好きにしてかまいません。ただ、ゴフッ、知りたいことがひとつだけあるのです。それさえ教えてくだされば、今後の私についてはどうなっても構わない」
「なんだ? 言ってみろ。この世界のことなら、知らないことは無い」
「……かつて、ここの酒場にて、私が盗賊をしていた頃、青いパンチパーマだった兄弟がいたのです。勇者にスカウトされた彼は、後に国王の隠し子だったことが分かるんですけどね。魔王を倒した後に行方不明になってしまったそうです。ゴッ、ゴフッ。……彼は一体、どうなったのでしょう」
ラストだ。黄色は、俺たちが根城にしていた酒場でマスターをやっていた。腰が曲がり、常に杖を突いているが、目線は鋭いままだった。
閉店後に強盗が入り込み、刺された黄色は、もうじき死ぬ。
せっかく来世の望みを聞きにきてやったのに、逆に俺について尋ねてくるとは。
「……その者について、知ってどうする?」
「心残りなのです。元の仲間として」
正直、俺はこいつが最も気に食わなかった。口やかましくて。
だが、死に際だってのに自分の来世より俺を気にかけてくるとは。そこまで思われると……。うん。やっぱりきしょいだけだ。
「元気に生きている。遠いところでな」
「そうですか……。良かった」
口元に笑みを浮かべて目をつぶった黄色に対して、俺は尋ねる。
「その者に対して、おまえは常々小言をぶつけていたはずだ。なぜ今、そこまで気にかける?」
「……。この世界に生きる者は、永遠の命を持っていた。だが、私はある日突然、生き返り続ける奇跡が終わるのではないかと感じたのです。その時に私の仲間達を守れるのは、癒しの能力を持つ青さんだけ。そう信じておりました。そしてある日唐突に、世界から不死の輪廻が失われた。それと同時に、青さんが消えた。他の仲間たちは自由な世界を気ままに生き延びたが、青さんだけを守れなかった。それ以来、私の心から喪失感が消えたことは無い」
黄色の言葉を聞いて、俺はようやく、黄色の本質を理解した。
黄色は仲間思いなだけだったのだ。
今になり考えると、赤、緑、ピンク、俺。全員が自分の欲求に従い生きていた。しかし、黄色だけは口やかましいものの、仲間全員の幸せを考えていた気がする。
フミが注入した、進化型AIプログラム。勇者や大賢者のジジイは、努力する力と呼んでいた。
黄色はその力を、仲間を守りたいという願いに全振りしたのだ。
「青さんは、弱かった」
余計なお世話だボケ。
「弱いからこそ、他者の怯えに早く気付ける。そして、人よりも早く、怯えの根源に辿り着ける。だから私は、青さんに目をかけていた」
……。
そっか。間違えた。進化型AIプログラムは関係ない。黄色は生来、こういう奴として産まれてきたんだ。
なんのことはない。俺が救世主だったわけじゃなくて、黄色という救世主が、俺を育てただけだった。俺はそう解釈した。
ならば、在るべきところに修正してやる。
灰は灰に。塵は塵に。救世主の魂は救世主の体に。ついでに、もう一仕事してもらおう。
俺はどうしても、俺の記憶の中にある逃亡者の記憶を消したい。弱く惨めな裏切者の気持ちを忘れたい。
せっかくだ。黄色よ。本来の運命通り、俺を救え。
おまえこそが、救世主だ。だから、おまえがこっちの世界で生きやがれ。
今後の私についてはどうなっても構わないって言ったよな。実践してもらおうじゃねえか。
俺は、黄色の魂を、俺自身に上書きした。
俺の青い髪の毛が、黄色の魂の影響で変異を起こして、黄金に光り輝く。
意識が薄れ始めた。
「じゃあな。次の世界では、もちょっと我がままに生きろ」
新生して目覚める直前の黄色に声をかけた。
こいつなら、じきに真実を見つけるであろう。
心配を必要としない世界で、せいぜい楽しく生きるがいいさ。クソッタレ。
ああ。きっしょかった。せいせいすらあ……。
やっと、ゆっくり眠れる。