「エンハンサーズレコード」
初投稿になります、よろしくお願いします。
電子ゲームの元祖はテニスだと言われる。
その時、手元のコントローラーはダイヤル一つ、右に回すか、左に回すかだったと聞いたことがある。それで板のような自機を動かし、ボールを後逸すると失点になるのだ。今の目線から見るとブロック崩しからブロックを抜いて、対戦相手を足したと表現するのが近いか。
暫くして、十字キーでプレイヤーキャラを操作するテニスゲームが現れた。自機はただの板からドット絵のキャラとなり、2次元のコートを動き回るようになったのだ。
また、ボタンを押すことでラケットを振り、ボールを打ち返すようになった。終いにはコントロールスティックで自在に動くキャラが、複数のボタンを組み合わせて用いることで色んな球種を打ち分けるようになった。
またマンガの影響からか、あるいは更なるゲーム性の模索だろうか、所謂『魔球』がコマンド入力次第で出来るようになった。
やがて、加速度センサー、傾きセンサー、位置センサーと、ゲームのコントローラーには様々なセンサーが搭載されるようになった。
ことテニスゲームにおいては、プレイヤーがコントローラーを『振って』キャラがラケットを『振りぬき』返球することができるようになった。プレイヤー自身の動作が、ゲーム内で行われる動作に直結するようになったのだ。
コンピューターゲームの進化は実に多方面的で、どの一面を切り取っても功罪様々、賛否両論あるだろう。
だが、その進化に取りこぼされた人間がゲームをやらなかったとして、何の不思議があるだろうか。
・ ・ ・
「――ってさぁ、IBISのゲーム、何かやってる?」
「え?IBISゲー?やってないけど……」
「うっそ、マジで?え、じゃあなんか興味あるのとかないの?」
「無いとは言わないけど、なんで急にそんな話?」
大学の昼休み、俺はさして普段会話するわけでもない同級生に絡まれていた。
聞けば、彼のやるゲームにクランとやら、言ってしまえばゲーム内のサークルのようなものか、が実装されたらしく、そのクランを作るための人数に彼等のグループが足りないらしい。そこでまずはIBISを確実に持っていると分かる俺に声をかけてきたという経緯のようだ。
――IBIS。Imitation Blain Interface Systemの頭文字からそう呼ばれている。
この機械は装置上に装着者の脳を擬似的に模写し、脳波を介して接続するという代物だ。これを使うと、頭で考えただけで直に電子機器を操作できるし、逆に五感全てを含めた高精度の仮想現実を体感できる。後者は特に「ダイブ」するとも呼称され、IBISのゲームと言えばダイブによるVRゲームとの認識でまず間違いない。
俺はもっぱらヘッドセット用の小型端末をPCやタブレット、IOTその他諸々の入力機器として使っている。そのためノート&鉛筆代わりに学校にも持ってきていた訳で、今回はそれが彼の目に留まってしまって現状に至る。
まあ、確かにIBISでゲームはしてこなかったが、実のところは興味は無くもない訳で。寧ろゲームの類いはわりと好きで。やってもいないゲームの攻略情報を集めて、プレイしてる妄想とかしちゃったりして。そんなわけで、肯定的な返事を返すことにそれほど時間はかからなかった。ただ、
「うまくログイン出来なかったら、まぁその時は勘弁な」
「ん?分かった」
・ ・ ・
IBISで家の電子錠を開け、ただいま、と暗闇に挨拶をした。電気とテレビを点けて、居間の床の電子レンジに学食製の野菜炒め弁当を放り込む。テレビでは芸能人が料理の腕を競っており、中華鍋と何某かの食材が踊っていた。こんな自炊もしない食生活なんて、とキッチンのガスコンロが泣いている気もするが、俺には無理だからしょうがない。そうこうしているうちに温め終わった弁当を、口の中に掻きこむ。人前で食事するのは気恥ずかしいという、我ながら困った性分のせいで昼はあまり食べないため、食に関しては夕飯が唯一の楽しみだ。朝は時間がないしね。そして最後のご飯粒をなめ取ったら、IBISをタブレットからデスクトップに再接続する。ゲームの準備だ。
トイレよし、水分よし、布団よし、現在夜7時。
気温よし、接続よし、明日は休み、フレンドコード覚えた。
ダイブ中は殆ど体は眠っているのと同じ状態になる。また、尿意や脱水症状などはダイブ中でも警告が出るものの、ゲームだと簡単にはログアウトできないので、あらかじめ準備するのが望ましい。
「IBISゲーなんて、やることも無いと思っていたけども」
ため息を吐き出し、この後の予定を確認する。まず、ゲームを開始したら、まずはキャラメイクとチュートリアルをひと通りこなす。そしたら、フレンド申請からのゲーム内メッセージで彼に連絡をすることになっている。連絡が取れたら、クランを作って、その先はまあ特に考えていないが、なんとかなるだろう。
「機会をくれたことには感謝しないとな」
少し緊張しているのか、額と首筋に汗が滲む。二、三度の深呼吸で息を整えて、俺はゲームを起動させた。
『「エンハンサーズレコード」を開始します。』